JINKI 301-15 巡る思いの果てで

 破壊を続ける白亜の人機に金枝はその手を掲げる。

 途端、脳裏で弾け飛ぶスパークの感覚。

 その指先の末端まで馴染んだ思惟が宿り、腕を払う。

 空を引き裂き、今しがたまで隠されていた空輸ポッドが弾け飛ぶ。

 高空よりライフルを構えた漆黒の巨神である《モリビト天号》が舞い降り、同期した意識のまま金枝は引き金を絞るイメージを拡大させる。

 敵人機に銃弾が突き刺さるも、装甲の表層で弾丸が空転する。

「……弾丸を弾きますか。ですが……」

 金枝は呼吸を整える。

 推進剤を焚いて清水寺付近に不時着した《モリビト天号》には既にアンナが乗り込んでおり、そのマニピュレーターを差し出す。

 その掌に導かれ、金枝は《モリビト天号》のコックピットへと乗り込んでいた。

「……金枝。偽装迷彩は現時点まで有効。《モリビト天号》はここまで気取られていないわ」

「……ありがとうございます、マネージャー。それにしても、実体弾が通用しないのは厄介ですね」

「先刻、黄坂南さんから通達があったわ。Rフィールド装甲持ちの特殊人機。名称を《キリビト・レキ》」

 キリビトの識別信号が振られた人機に対し、金枝は血続専用のトレースシステムに腕を通す。

「……金枝が倒します。マネージャー、サポートは任せますよ」

 命の灯火が宿った《モリビト天号》が大地を踏み締めて駆け抜け、反射された弾頭を掻い潜っていく。

「巨大人機の死角は……直下……ッ!」

《キリビト・レキ》の真下に潜り込み、ライフルを速射モードに設定する。

 着弾した弾丸は確かに、《キリビト・レキ》の推進モジュールを撃ち抜いたかに思われたが――。

『甘いんとちゃうんか? 《キリビト・レキ》、推進バーニア全開……!』

 敵人機は推進剤から放出した篝火で弾丸を焼き尽くす。

 周囲の建築物を巻き込む灼熱の息吹に、《モリビト天号》は急速後退するも既に射程内だ。

「……この人機……! 血塊炉とその出力が桁違いで……!」

「金枝! 一旦後退しないとまずいわ。《モリビト天号》のフィルター装甲だけじゃ、このまま巻き込まれてしまう」

「分かっています! ……《モリビト天号》、一度飛翔して射程外に……」

『せやから、それが甘い言うとるんや! 《キリビト・レキ》の武装を舐めるんやない!』

 弾け飛んだのはプロペラ付きのミサイルポッドであった。

 まずいと本能的に察知したその時には、《キリビト・レキ》の展開する稲光のフィールドに包囲されている。

「……金枝。《モリビト天号》の機体追従性、三十パーセント減……。どうやらあれはRフィールドを拡散するだけではなく、こちらの機体のパワーを奪う代物でもあるみたいね」

《モリビト天号》の飛翔用推進剤が尽きていく。

 高度を落とした《モリビト天号》の躯体へと、伸長された《キリビト・レキ》のアームが食い込む。

《モリビト天号》と同調していた金枝は腹腔へと衝撃を感じ取る。

 平時のようにRスーツで軽減されていない、剥き出しのダメージに思わず身体を折り曲げていた。

 苦悶の声が漏れ、息も絶え絶えになっていく。

 背面から倒れ込んだ《モリビト天号》は格好の的だ。

 追撃のアームがコックピットを狙うのを、何とか持ち直したアンナの操縦で逃れる。

 武装を構え直そうとするも、金枝は《キリビト・レキ》の戦闘能力を前に身体が震え出すのを止められなかった。

「……何で……。金枝は死ぬのなんて、怖くないのに……」

 胃液が上ってくる。

 ここに来て、死の恐怖など捨て去ってきたはずなのに。

 まるで影のように自分の背に付き纏う。

 払い除けたはずの恐怖が、振りほどいてきた因縁が。

 何もかもが、足を竦ませる。

 及び腰になったこちらの隙を逃すような相手ではない。

《キリビト・レキ》のアームが《モリビト天号》を拘束し、照準器が据えられる。

『何や。こんな弱小と戦わせられるために、わしはこのキリビトを用意されたんかいな。こんな弱い人機に弱い操主、時間かけて壊すまでもないわ。とっとと死んどけや!』

《キリビト・レキ》が硬質化させた刃を射出する。

 今に《モリビト天号》のコックピットを射抜くかに思われた。

 事実、金枝は一歩も動けなかった。

 殺される――いや、それより性質が悪い。

 ただただ無意味のまま、朽ち果てる。

 戦いにさえならないなんて、と悔恨を噛み締めたところでもう遅い。

 死の足音がすぐに近づく。

 こんなにあっという間だったなんて。

こんなに拍子抜けだったなんて。

死はもっと劇的なものだと思っていたのに――ひと瞬きの間に終わる。

金枝は目を瞑り、思わず口走っていた。

「……死にたく……ない……!」

 赤緒が友愛を育んでくれた。マキと泉が自分に構ってくれた。トーキョーアンヘルの面々と食べた食事は、久方振りに味を感じさせた。自分には無縁だと思っていた学校生活は存外に楽しかった。誰かと喋ることも、誰かと喜びを共有することも、決して悪くはなかったのに。

 だと言うのに、終わるなんてあんまりだ。

 終わるなんて――と硬直した金枝は痛みも何も訪れないことに疑問を抱く。

 ゆっくりと瞼を開いたその視界に映ったのは、真紅のトウジャタイプが放たれたRソードをその身を挺して抑え込んでいる様相であった。

「……なん、で……」

『何でもクソもあるかよ……ったく。何だ、今の戦い方ぁ……ッ! 乗ってンのは三宮だな? 何でそんな情けねぇ戦いしてンだよ。お前は確かになぁ……覚悟してやってンだろうさ。だがよ、腰が引けたままで勝てる相手じゃねぇ。一度下がれ』

『両兵よぉ……カッコつけてぇのは分かるが、《トウジャCX》で勝てる相手かよ』

「……両兵……。小河原、両兵……」

『口ぃ閉じてろ、勝世。一気に決めるぞ』

『あいよ。上操主は任せたぜ。オレはせいぜいサポートさせてもらう』

《トウジャCX》がブレードを構え、姿勢を沈める。

『雑魚が何匹集まろうが!』

『――ファントム』

 途端、加速度に掻き消えた《トウジャCX》は躍り上がっていた。

 ブレードを手元で回転させ、逆手で《キリビト・レキ》の装甲を切り裂く。

『……速い……が! キリビトの敵とちゃうわ!』

《キリビト・レキ》は拡散させたRフィールドを収束させ、ミサイルポッドを鏡のように反射させて四方八方から放つ。

 プレッシャー兵装の灼熱の雨嵐に《トウジャCX》も焼き尽くされるかに思われたが、即座に飛翔する。

『追尾性能じゃ! 逃げられると思わんことやな!』

『そうみてぇだな。なら……逃げるなんて考えねぇでいい』

 その言葉が放たれた直後、《トウジャCX》はフライトユニットをパージする。

 狙いが僅かに逸れ、放射された熱線がフライトユニットの翼を貫いた瞬間には、ブレードを構えた《トウジャCX》が《キリビト・レキ》の懐に潜り込む。

『アホ抜かせ! キリビトのRフィールド装甲の堅牢さを舐めんなや!』

『確かに馬鹿ほど堅いかもしれねぇが、ついさっき付けた傷までは修復できねぇみたいだな』

 キリビトの装甲に僅かに付けられた、ほんの一欠片ほどの勝機。

 だが、それを最大限まで活かし、《トウジャCX》は刃を打ち下ろす。

 スパーク光が弾け飛び、《キリビト・レキ》の装甲版に纏っていた絶対的な防御皮膜が崩れていく。

「……すごい。旧式のトウジャで、キリビトのRフィールド装甲を……」

「無効化、した……」

 茫然自失の状態で口にする自分とアンナに、《トウジャCX》は追撃しようとして不意打ち気味に硬直していた。

『おい! トドメの一撃はどうしたんだよ、勝世!』

『……悪い。ここまでみてぇだ。元々バランサーがイカレてんのに無茶させ過ぎなんだよ』

『何言ってんだ! ここで仕留めねぇと、こいつは……』

『どうやら手札が切れたようやなぁ。ならば……押し潰させてもらう!』

《キリビト・レキ》はその高出力兵装を開き、《トウジャCX》を全方位から射抜こうとする。

 逃れる術はないと思われたが、それを阻んだのは一発の砲撃であった。

『何奴……!』

《キリビト・レキ》が視線を振り向けた先に居た人機に、金枝も目を見開く。

「……嘘、でしょう……」

 空を舞い、超長距離射撃用の徹甲弾を有したのは青いモリビトタイプ――《空神モリビト2号》であった。

『……間に合ったか。立花の奴が貨物列車の中に隠しておいたとか言っていたが……』

「……柊……赤緒……さん?」

『……三宮さん』

 赤緒は幽霊の小道でマキと泉を逃がした後、小道の特性を活かして上手く最短距離を辿ったのだろう。

《空神モリビト2号》が主武装を照準する。

《キリビト・レキ》は機体の装甲版を裏返らせ、プレッシャー兵装を一斉掃射する。

『モリビトが一機や二機増えた程度で! わしを止められるかい!』

 赤緒は《空神モリビト2号》を反り返らせ、循環パイプを軋ませて声を放つ。

『――ファントム』

 途端、掻き消えた《空神モリビト2号》は瞬時に《キリビト・レキ》の足元に迫っている。

 至近距離で放たれた徹甲弾が《キリビト・レキ》の装甲の一部を剥離させ、爆炎が舞う。

 即座に誘爆装甲で《空神モリビト2号》の追撃のブレードをかわした《キリビト・レキ》は拡散したRフィールドの電磁波を一点凝縮させ赤緒の機体を押し潰さんとする。

『高出力のリバウンドに押し潰されて死ねぇぃ!』

《空神モリビト2号》が機体を軋ませるが、腕に格納された連装ガトリングを掃射して逃れつつ、フライトユニットの推進剤を全開に設定して地表すれすれを飛び抜いていく。

 清水寺の周囲を一巡して充分に距離を取った《空神モリビト2号》が長距離射撃を敢行し、その砲弾が《キリビト・レキ》のバイザー部分を狙い澄ます。

『いやらしい戦闘スタイルやんけ……! けれどな、わしに勝てると思うなんざ百億年早いんじゃ!』

《キリビト・レキ》は拡散に使っていたエネルギーフィールドを一時的に解除し、実体ミサイルを壁にして照準を狙いづらくさせている。

 爆風と黒煙を纏いながら、京都の上空を二つの人機がぶつかり合う。

「……柊さん……! 退いて、退いてください……! 勝てる相手じゃありませんよ!」

『それは言いっこなしだよ。それに、私だってトーキョーアンヘルの一員。守られるよりも、守りたいの……っ!』

《空神モリビト2号》がリバウンドの盾を有する右腕を翳す。

 リバウンド斥力磁場の光球が編み出され、《キリビト・レキ》へと撃ち込まれていた。

『リバウンド……プレッシャー……っ!』

『ハ……ッ! Rフィールド装甲に対して実体弾なんて豆鉄砲以下ってのは分かっとるみたいやが、一手甘いんじゃ!』

《キリビト・レキ》が装甲を一時的にパージさせ、《空神モリビト2号》の必殺の一撃を部位破壊に留める。

 それだけではない。

 パージした装甲を《キリビト・レキ》は自律兵装として浮遊させていた。

「……リバウンドによる、装甲板の射出……! いけません、それは……!」

 アンナの声が劈きかけて、加速度で射出された装甲が《空神モリビト2号》へと突き刺さる。

 命中寸前になってリバウンドの盾で受けたが、それは悪手だ。

『遅いんじゃぁ……! 歴が違うってことを分かれや!』

 盾に着弾した装甲は爆砕する。

 リバウンドフォールを構築するのには接地していなければならず、この時、《空神モリビト2号》の盾はただの防御性能以上を持たない。

 よって、弾き飛んだ炸裂装甲が《空神モリビト2号》の躯体をズタズタに引き裂く。

 赤緒の悲鳴が響き渡る。

 金枝は奥歯を噛み締めて《モリビト天号》を疾駆させていた。

「よくも……よくもぉ――ッ!」

『おっと! こっちもまだ健在やったか。じゃがなぁ、そんなザマで勝てるもんがあると思うんか!』

 装甲の一部を失ったとは言え、《キリビト・レキ》の兵装はほとんど損傷がない。

 それに対し、《空神モリビト2号》が一直線に落下してくる。

 黒煙を棚引かせ、機体表層には痛々しい傷が刻まれていた。

『勝世! 何とかしてトウジャを動かせ! 何でもいい……あいつを失うわけにはいかん!』

『分かってっよ……! 回路、接続……両兵、三十秒だ!』

『充分……!』

 死に体の《トウジャCX》が再び立ち上がって眼窩に灯火を宿す。

 直後には超加速度に至った機体が駆け抜け、《空神モリビト2号》を抱えていた。

 だが、《トウジャCX》もダメージが大きい。ほとんどもつれ合うようにして二機は地上を滑っていく。

『おい! 柊! 聞こえてンだろ! 返事しやがれ!』

「あ……あ……」

 金枝はぜいぜいと息を切らす。

 自分のせいで、自分が至らなかったから、赤緒を傷つけた。

 過呼吸になり、視界が赤く染まっていく。

『……何や、こいつ。大して強くもないのに前に出て来たんか。なら……纏めて葬ったる……!』

《キリビト・レキ》がリバウンドの雷撃を二機に見舞おうとしたところで、不意にエネルギーが拡散する。

『……何や? 何が起こって……!』

「――ゆる、さない……!」

「金枝! その力を使っては……!」

 アンナの制止も今は鬱陶しい。

 金枝は脈動する情動に身を任せ、片手を翳す。

 どくん、どくんと人機の体内で脈打つ鼓動を掌握するイメージ――それを敵に纏わせる。

『おい、キリビト! 何がどうなって……あの黒いモリビトと、血塊炉の固有反応が同期しとんのか……!』

「金枝! 使っては駄目! それを使ったら、あなたは戻れなくなる!」

 構うものか、と金枝は《キリビト・レキ》の血塊炉反応を関知する。

「……血塊炉は、大型のものが三つ。それらを全て、《モリビト天号》の血塊炉と瞬間同期……。エクステンド……チャージ……」

 命の光が花開くようにして瞬き、星々の輝きを想起させる。

 その向こう側に佇む何者かの存在を感じつつ、金枝は力を振るっていた。

『キリビトが……言うことを聞かん……! 何で動かんのや! 《キリビト・レキ》!』

「血塊炉の固有振動数、それを《モリビト天号》に合わせている。人機はブルブラッドエンジンの回転数を違えれば、それだけで動かなくなる精密機械……」

《モリビト天号》――否、それだけではない。

 操主である自分の鼓動でさえも擦り減らす諸刃の剣。

 金枝は心臓が収縮して痛むのを感じて、顔をしかめる。

 このまま――心臓を止めれば、《キリビト・レキ》はそれだけで自壊する。

 だが、その時が訪れるのは自分自身の命と引き換えだ。

 人機の遠隔操縦、それはただアルファーを介さない代物ではない。

 人機そのものと鼓動を通わせ、その結果として操る禁断の術。

 今に金枝の心臓は禁術の果てに鼓動を止めようよしていた。

 それでよかったのだ。

 キリビトさえ倒せれば、他に何も要らないと。

 本心から、そう思えていた金枝は不意に切り込んできた別のイメージに意識を覆われる。

 ――その力を待っていましたよ。

 肉体の奥底を鷲掴みにされるような感覚。

 冷や汗が伝い落ちるよりも先に、金枝の権能は振りほどかれていた。

《キリビト・レキ》が操縦系統を取り戻し、再浮上する。

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