レイカル 67 レイカルと花めく季節に

「では……一局お願いします」

「ああ。一局頼もう。作木君、駒の動かし方は?」

「それにはウリカルが」

「師匠との対局は覚えていますので!」

 胸を反らして自信満々のウリカルに削里はフッと笑みを浮かべる。

「……なるほど。手強い助言ありと言うわけか」

「創主様! お弁当、食べてもいいですか?」

 レイカルは花より団子と言う様子で、きらきらと輝く具材に夢中だ。

「うん。レイカルもそれにウリカルも。先に食べていいから。僕は……ちょっと削里さんとね」

「安心しろって。すぐに弁当にはありつけるよ、作木君」

 とは言え、こうしてヒヒイロ以外と打つのは久しぶりか。

 どこかで自分の殻を守ることばっかりに慣れてしまったのもあるのだろう。

 成長、あるいは前進。

 そう呼べるものを忌避して携帯電話も持たず、その上で花見のような恒例行事だけは毎年訪れる。

「……なるほど。自分で選んだとは言え、これもね」

 ウリカルが書いた達筆な桜の歩を進めながら、削里は感じ入る。

 桜は、春はどんなに世界が沈んでも訪れる。こうして、季節は巡るのだ。

 それをありがたいと思えるか、あるいは毎年のことだと流してしまうのかはその時次第。

 きっと、目の前でウリカルの助言を受けつつ、額の汗を拭いつつ慣れない歩を進める作木は前者なのだ。

 まだ明日も分からない毎日を駆け抜けつつ、その上で味わっている。

 それを忙しい日々でしかなかったと回顧するか、あるいは掛け替えのないものだと噛み締めるのかは彼らのこれからだろう。

 未来のことなど誰も分からない――それと同じように、今を駆ける人々の営みを留めることなんてできはしない。

「……作木君、対局しながら喋るのも乙なもんなんだ。下ばっかり見るもんでもない。上を見てみなよ」

 指しつつ、削里は顎をしゃくる。

 作木が仰ぎ見た春空を桜の花弁が抜けていく。

「……わぁ……っ」

「どうだい? いいもんだろう? とっておきの花見スポットってのはね。俺みたいな朴念仁でも、花見だけはいいもんだって思えるんだ」

「……ありがとうございます」

「礼を言うのは俺のほうさ。作木君、携帯電話、持つのも悪くないのかもな」

「創主様! ファイトです!」

「作木さん、桂馬が空いていますよ! 取っちゃいましょう!」

「えっと、その……」

 レイカルが食材を頬張りながら応援し、ウリカルが助言する。

「……随分と騒がしい応援団だな」

「すいません。けれどその……僕もやるからには……負ける気はないですので」

「いいさ。負けん気があるくらいのほうが随分と……そうだな。指し甲斐があるというものさ」

 そうこうしているうちに車から大荷物を抱えたヒミコが合流し、小夜たちも駆け寄ってくる。

「ごめーん! 寝過ごしちゃって……って、真次郎、何やってんのよ」

「ちょっとね。作木君と対局をば」

「作木君! 遅くなってごめんなさいっ! これでも飛ばして来たんだけれど……って桜の花びらで将棋? 何で?」

 疑問符を浮かべる小夜に対し、作木は少しだけ悪戯っぽく微笑む。

「……ちょっと。男同士の、ですから」

「うーん……まぁ、いいけれどね。さぁ! ナナ子、行くわよ!」

「ええ! 花見を始めちゃいましょうか! 出張ナナ子キッチンの開幕よ! みんな、今日はたくさん食べて行ってね!」

「よぉーし……できればお腹いっぱい食べて行くとしましょうか」

「おいおい、ヒミコ。遅れてきたのにそれはないだろう。俺たちの分は残しておいてくれよ」

「とは言ってもよ。お前、何だって作木の坊ちゃんと桜で将棋なんてしてるんだよ」

「ちょっとね。男同士の、って奴さ」

 伽の問いかけに削里も唇の前で指を立てて得意げに言いやる。

「……まぁいいけれどな。お前ら、せっかくの外だって言うのに変わんねぇもんだな」

 今年もこうして、馬鹿騒ぎの季節が始まる。

 その喧噪も悪くはないが、少しの間でも向かい合える時間があってもいいだろう。

 戯れ程度の将棋指しであるが、ほんのささやかな交錯だ。

「創主様! そこですー!」

「作木さん! 飛車なら一気ですよー!」

「何やら随分と騒がしい将棋ではありませんか、真次郎殿」

 いつも対局の相手をしてくれているヒヒイロへと、削里は視線を流す。

「……まぁ、たまには違う相手とやるのも悪くはないってことさ」

 桜の花弁に、想いを乗せて。

 むむっ、と頭を悩ませる作木へと、削里は微笑ましい気分で頬杖をつく。

「言っておくが、待ったは三回までだよ。作木君」

 桜舞う。

 風の煌めきに思い思いの感情を乗せて。

 ――さぁ、花めく季節を皆で祝おうじゃないか。

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