JINKI 301-16 金枝の力

『それでも、ですよ。ワタシたちが結託しているのを諸外国に知られたくはない』

 通信先のコンコルザの言い分にダテン=スーは毒づいていた。

「それも、わしを死なせてでも取り出したかって代物か。エクステンドの力言うんはそこまで重要なんか?」

『今しがた解析に出ています。あなたは今の宙域地図から動かないように。せっかく資産をつぎ込んで生み出した中継場所。我ら金剛グループの生み出したシャンデリアからも逃れ得る最大の要塞ですからね』

《キリビト・レキ》は一度重力圏を飛び抜けた後、南米に位置している中継基地でメンテナンスを受けている。

 南米ではキョムとアンヘルの勢力が日々塗り替わる戦いを繰り広げているために、こうして血塊炉の崩壊現象によって重力が反転した場所が存在する。

 まるで宇宙空間のように運用できることから金剛グループはこれを「宙域地図」と呼び、廃棄されたように偽装した中継基地を構築していた。

「……キリビトほどのデカブツを寝かせるのにはちょうどいい塩梅ってことか。気に入らん……なぁッ!」

 水分を補給しながらダテン=スーは全天モニターを殴りつける。

 細かい粒子となってモニターの一角が吹き飛び、無重力のコックピットに散らばっていく。

「……わしは最初から、あの黒いモリビトの操主から力を抽出するために使われとった言うんか……!」

 自分が金剛グループ最強だと驕っていたのはとんだうぬぼれであり、それ自体が作戦そのものだったのは皮肉以外の何者でもない。

 最初から金剛グループも、京都支部も自分を捨て駒程度にしか考えていなかったのだ。

 その悔恨に奥歯を噛み締めていると、不意に通信にノイズが混じる。

「……何や。旦那、通信状態が悪いが――」

『金剛グループもよくやったものだと思うよ。まさか、重力崩壊の只中に基地を持つなんてね』

 知らぬ少年の声にダテン=スーはうろたえる。

「……何者や? この通信域は暗号化されとって、普通では割り込むのなんて無理なはず……」

『これはこれは。常識の範疇で喋れるだけの操主だとは思っていなかった。とんだバーサーカーだと想定していたものでね。改めて名乗ろう。わたしの名はドクターオーバー』

 超越者――ドクターオーバー。

 その名は幾度となく耳にしたことがある。

 稀代の人形師にして、ダテンシリーズを構成した技術は彼の者による所業が大きいのだと。

「……あんたがその、ドクターオーバーや、言う証拠は……」

『この通信域に何の痕跡も残さずに割り込んだことだけでも充分だと思っていたが、ならばもう一つ。基地に駐在する人形の動作を一つ、掌握してみせよう』

 それを制止する前に赤色光のアラートが鳴り響く。

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 基地が……何者かに掌握されて……!』

 砂嵐のノイズが走った後に管制室から接続される。

『これで分かってもらえたかな?』

 通信ウィンドウの先には、気味の悪い骸骨の能面姿を晒したゾールが屹立している。

「……他の連中は?」

『始末しておいた。そのほうが喋りやすいだろう?』

 何と言うことだ、とダテン=スーは内心で震撼する。

 あれほどコンコルザが心酔してきた技術の到達点が、ほんの三分ほどで壊滅させられてしまったのだ。

 人機を使うまでもなく、ただのハッキング程度で。

「……一つ、聞く。ドクターオーバーは二人居る、言うんは……」

『ああ、その話か。わたしはひと月ほど前、グリムの眷属を追われた側の……そうだな。君たちの論法で言えば、“敗北者”の側のドクターだが、わたしと話せる機会はどっちにせよなかったのだろう? ダテンシリーズ、よく出来た代物だ。グリム協会がここまで育て上げた技術の粋と言えるだろう。血続操主のクローン、そして強化施術か。しかし、それでも疑問じゃなかったのか? その主がこうして現れるかどうか、と言うのは』

「……死んだ聞いとったからのう。敗者の側のドクターは」

『だからこそ、死者の技術を愚弄することに躊躇いはなく、か。いいね、とことん人でなしでこうして話すのには興味深い』

「……で? こうしてわざわざわしの《キリビト・レキ》に通信で割り込み、中継基地まで潰して何がしたい?」

『金剛グループ。それにアンヘル京都支部。少し胡乱な動きが過ぎる。わたしとしてみれば、望むのは静寂だよ。わたし自身が舞い戻るのには時間がいささか足りない。よって、交渉と行こう』

「交渉ぉ? わし相手にやってどうするんや。やるんなら旦那や支部長に――」

『そいつらでは駄目だ。目先の利益に頭がいっぱいだろう。ならば前線を行く兵士にこそ相応しい。操られたまま死んでいくのは人形の在り方としては正しいが、君自身、人形のまま終わる気なんてないのだろう?』

 これは悪魔の誘惑だ、とダテン=スーは分かっていても口角が吊り上がる愉悦を止められないでいた。

 ――稀代の人形師が味方に付く。それもコンコルザや加藤ではなく、使い潰されるだけの自分に微笑むとは。

「……損なことしとるって自覚は?」

『重々承知だが、それも面白い。どちらに転ぶか分からないからこそ、我らグリムは人機産業に出資したのだからね』

 その在り方も、コンコルザのような戦争中毒者とはまるで格が異なる。

 兵器を兵器として扱い、人形は人形以上の価値を見出さない。だが、事態さえ変われば柔軟に応じてみせる。

 なるほど、確かに超越者。

 確かにそれは彼の者たちが信奉したドクターオーバーそのもの。

「……なるほどのう。わしみたいな駒でしかない存在に、まさかこんなもんが舞い込んでくるとは……」

『不満かね?』

 青い髪をかき上げ、ダテン=スーは笑みを浮かべてみせる。

「まさか。むしろ、好都合や。今まさに……ずっと飼い殺しにされるのにはうんざりしてきたところやったからのう」

『それはタイミングがよかったものだ』

 これも虚飾だろう。最初からこのタイミングを計っていたに違いない。

 だが、ダテン=スーは言及しなかった。

「ここ一番で勝てる方策が欲しいところやったんや。今のままじゃ、わしは使い勝手のいい爆弾か……それ以下の意味しか持たん。教えぇ。あの人機……《モリビト天号》の中には何が居ったんや? あの瞬間……臓腑を鷲掴みにされたみたいな妙な感覚に陥った。あんな気色悪いのは……これまで実験を受けてきたが初めての感触やったが……」

『知りたいのかね? ならば協定を結ぶことに異論はないと?』

「今しがた言った通り。飼い犬根性が染み付いとったのも、ここまで。あんまり舐めとると、こっちには牙がある言うんを忘れさせんためには必要やろ」

『それは了承と受け取ろう。《モリビト天号》に乗っているのはこの二名だ』

 顔写真が写し出される。

 一人は白銀の髪を持つ勝気な瞳の少女であった。だがもう一人は――。

「……こいつ。ダテンシリーズの……!」

『ロストナンバーだ。何だ、君は知らされていなかったのか。同胞と戦っていることを』

 同胞。

 その言葉だけでは済まされない。

 自分は、完全にコンコルザと加藤の掌の上で踊っていたことに、今さら気づく。

「……このツケは払ってもらわなならんな。にしても、じゃあこのロストナンバーがやってのけたって言うんか?」

『いや、違う。注目すべきはこちらだ。三宮金枝、十五歳』

「ただのガキやんか。まさか、こいつに《キリビト・レキ》の制御が奪われかけた言うんか」

『そのまさかだ。三宮金枝の素性に関しては判明していない部分も大きいが、彼女の経歴の中にたびたび登場するのはこの単語だ』

 三宮金枝の写真の下に「EXTEND」の文字が記される。

「……エクステンド……? 何や、これは」

『この事象に最も関係のある映像を入手している。これを見るといい』

 モニターの一角に映し出されたのは青い人機と白銀の人機が相対する映像データであった。

「こいつ……! 昼間の青いモリビトか……?」

 疑問を挟んだのはその形状があまりにも異なっていたからだ。

 物理法則を無視しているとしか思えない機動性能で青いモリビトタイプが白銀のモリビトへと攻撃を撃ち込む。

『これはかつて最初のロストライフ現象が観測されたその日。ラ・グラン・サバナにて当時のグリムの観測衛星が記録したものだ。名を真機――真機《モリビト2号エクステンド》と、呼称している』

「エクステンド……」

 魅せられたようにダテン=スーはその映像から目を離せなくなっていた。

 それほどに苛烈な戦闘が巻き起こり、《モリビト2号エクステンド》は白銀のモリビトタイプを圧倒するが、直後に黒いオーラを身に纏いその機体も変容する。

『相対するのはキョムを束ねた黒の男、黒将の乗機。《モリビト一号》。いや、この現象は既に他の人機とは一線を画する神の事象。《モリビト一号エクステンド》だろうな』

「……答えぇ。これを見せる、言う意味は……」

《モリビト2号エクステンド》と《モリビト一号エクステンド》が互いを削り合うがその圧倒的な戦力差の果てに《モリビト一号エクステンド》は巨大なリバウンドエネルギーの瀑布を放出する。

 世界を割るかに思われたその一撃を、《モリビト2号エクステンド》は自律兵装を三角形に構築し、エネルギーフィールドを反転させていた。

 白の浄化の光が収縮し、《モリビト一号エクステンド》を粉砕する。

 だが、そこから放たれた黒い波動が世界中へと飛び交い、やがて拡散していた。

『どうかな? これが今日まで続くロストライフ化の顛末だ。一人の男の邪悪な思念エネルギーは世界を覆い、人々の命を啄む。それを後押しするのがキョム。そして、この現象……仮にエクステンド化、と名付けるのだとすればこの現象には続きがある』

「……続き? こんなもんに続きがある言うんか?」

 その段になってダテン=スーは三宮金枝の写真の下に刻まれた文言へと着目する。

偶然の符号にしては出来過ぎている事象、そして――。

「……姉さんが時間を稼いでくれたお陰で、わたしはこの真実に肉迫できた。三宮金枝は――命そのもの。エクステンドの力の申し子だ」

 ――誰とも顔を合わせたくないと、アンナは格納庫を逃げ出していた。

 生憎の雨が降りしきっているが、傷ついた古都には必要な癒しの霧雨であった。

「……私は……結局、金枝の何も救えずに……」

《モリビト天号》に乗ることを拒絶させられれば――と今さらの後悔。

 だがそれも遅い代物だ。

《キリビト・レキ》は京都を焼き払い、その結果として今も忙しく消防車が走り回っている。

 高台で、アンナは京都の街並みを見下ろしていた。

 冷たい風が吹き抜ける。

 いくら夏の足音が近づいてきたと言っても、雨はまだ肌寒い。

 だから、なのか。それとも必然であったのか。

 向けられた殺意に対し、アンナは落ち着いた胸中で居られた。

「……私を殺しに来たのですか」

「そんなつもりはないんですがねぇ。汚れ仕事と言うものです」

 突き付けられた銃口と、くたびれたコートを肩に担いだ中年男性へと振り返る。

「……存じています。友次さん、でしたね?」

「私にしてみればあまり知って欲しくもないのですがね。あなた方は日本と言う場所で戦争でもしようというのですか? 私が南さんに言いつけただけでは収まりがつきそうにないので、こうして先回りさせていただきました」

「……私の素性は……」

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