「月代アンナ。いえ、ダテンシリーズのロストナンバー、でしたか」
全て知られているのならば話は早い。アンナは無抵抗を貫くつもりだった。
「……私が天号を持ち込まなければ、奪われることはなかった。エクステンドの力も……金枝も」
「三宮さんは昏倒されていますが、あなたは何故、彼女を東京まで逃がしたのです? 確かに実験動物同然の扱いには同情したでしょう。ですが、それだけでは足りない気がするのですよ。あなたは彼女に、自分を見ていたのですね?」
確証めいた声音に、今さら偽りの言葉を重ねるのも無駄か、とアンナは観念する。
「……金枝は、私たち……ダテンシリーズのようになって欲しくなかったんです。私たちは金剛グループの生み出した生態兵器。人機を動かすことだけに特化した、血続のコピー。……オリジナルの自分がどんな存在だったのかも知らないのですよ。恐らくはキョムの試験機にでも乗っていたのでしょうが」
自嘲気味に語ると、友次は眼差しを鋭くする。
「南米での、キョムとの交戦。それに介入したのが軍事企業である金剛グループであると聞いています。ですが、キリビトタイプを使ってまでの介入行動は明らかに越権行為だ。キョムどころか大国が黙ってはいませんよ」
「それも織り込み済みなのでしょうね。……加藤支部長は、いつからか金枝の力に魅せられたようなのです。エクステンドの力、命の力そのものと言えるもの。純然たる力にヒトの身で近づき過ぎれば、狂いもするでしょう」
狂気の果てに、金枝の身体を解体してまでその力を手中に置こうとしていた。その先にどのような末路が待っているのかなど考えもせずに。
「……三宮金枝さんに、エクステンドの力、ですか。個人的に調べたのですよ。何故、彼女にそのような力が発現したのか。それはそもそも、この京都と言う街にも影響があった。霊脈、と言うものをご存知でしょうかね。地球を流れる無数の毛細血管のようなもの、その一部が京都には集中している。その霊脈に、三宮さんは順応してみせた」
そこまで調べているのならば結論は一つなのだろう。
「……金枝の力を、京都支部と金剛グループが手中に入れる前に、壊す、ですか」
「あまり物騒な物言いは好きではないのですが、それもあり得ます。ですが、私はあくまでも、諜報員ですからね。真実は知りたいですが、決断をするのは彼女らだ」
彼女ら――トーキョーアンヘルの人々がこの宿命にピリオドを打つことができるとは思えない。金枝にとって地獄とも言えるこの現世を、掻き消すことなんて。
「……無理ですよ。金枝を救えるのは……誰も居ません。私だって、そう……」
「そう悲観するものでもないと思いますがね」
友次はそう言って身を翻す。撃つこともできたはずだと、アンナはその背へと声をかける。
「待って……! 何故、何故撃たないのですか……! 私たちが東京に行かなければ、誰も傷つくことはなく……!」
「私も、少しはほだされたのでしょうねぇ。以前までならば撃っていましたが、今はもっといい結末が待っていると……希望的観測を描けるのですよ。それこそ、彼女らが強いからでしょうね。それに、小河原君も。……現太さんの血はちゃんと受け継がれている。なら、傍観者は黙っておくに限ります」
立ち去っていく友次はすぐに霧雨の闇の中へと消えていった。
取り残されたアンナは高台の柵にもたれかかる。
「……私に、できることなんて……」
「――何一つないって言うのは、それはそれで悲劇のヒロインのつもり?」
音もなく、アンナの背後に現れたのは真紅の装束に身を包んだ女性である。
その挑発的な眼差しに気圧されていると、女は何でもないような仕草の延長のように、とんとアンナの額を突く。
その一動作だけでアンナは膝を折ってしまう。
――勝てない、ならばいい。
眼中にさえも入っていない。
ただただ戯れでこうして喜悦の材料になっているだけだ。
「あ……」
声を発しかねていると、女は息が近づくほどの距離で名乗る。
「言っていなかったわね。私の名前は八将陣の八城ジュリ。ジュリでいいわ」
八将陣――その名称に反射的に懐の拳銃を取り出そうとして、ジュリの放ったのはしなる鞭だ。
手元から転がり落ちた拳銃をジュリが拾い上げ、即座に眉間に照準する。
「この距離なら馬鹿でも外さない、よね?」
圧倒的であった。
何故、自分が彼女の前に立っているのかさえも分からなくなるほどの。
引き金が絞られる前に、せめて自分が生きてきたことを回顧するくらいの時間は――と瞼を閉じたアンナの脳裏に過ぎったのは金枝との思い出ばかり。
「……あなた死ぬことが怖くないのね」
まるでその考えを見透かしたようなジュリの言葉にアンナは瞳を閉じたまま応じる。
「……私の生には、意味がありませんでしたから。金枝だけが……私に価値をくれた」
「……三宮金枝さん、ねぇ。あなたはでも他の道もあったじゃない?」
「……いいえ。私には金枝と共にある以外の人生の選択肢なんてありません。ないと……信じたいんです」
「怖いのね。死ぬよりも思い出から零れ落ちてしまうことのほうが」
その言葉にハッとしてアンナは瞳を開くと、息がかかる距離まで近づいたジュリの整った相貌が露になる。
「……じゃあ、思い出にしてあげる。あなただけじゃない、三宮金枝さんにとって、とっても意義のある思い出を」
「……でも、私はただの人形で……ダテンシリーズの……」
「そんなの関係ないじゃない。私は今、ここに居るあなたと会話しているのよ」
ジュリの言葉には力がある。
もう生きることに疲れていた自分を引っ張り上げる力が。
「……私、と……?」
「そうね。まずはお互いに自己紹介をしましょうか。私はジュリ。あなたの名前は?」
「……私はダテン……いえ、月代アンナ……」
「それは誰に貰った名前なの? 私は自分自身でこの名を勝ち取ったわ。あなたもそうしてみない?」
唇を撫でるしなやかな白の指先。
凍えたようにアンナは硬直したまま動けなくなる。
だと言うのに、情動だけが脈打つ。
鼓動は早鐘を打ち、これまでにないほどに昂っている。
「……私、は……」
「あなたも綺麗なのよ? 誰かの特別になりたいんでしょう? なら、もっといい声で啼いてみて。きっと掛け替えのない、闇の雛になれる素質を持っているわ」
闇の雛――その言葉の意味を解する前にジュリの愛撫する指先にアンナは抗えない。
「私……はぁ……っ」
「アンナ。私が一番、一番可愛くしてあげる。あなたを彩ってあげるわ。最上級の黒の同胞に」
ジュリの指先からルージュの香り。
それはアンナが初めて引いた、闇色の紅であった。