JINKI 301-17 想いは煌めく星々のように

「目ぇ覚めたか」

 その声のほうへと目線を振り向ける。

「……小河原両兵……に、黄坂南さん……」

「オレは呼び捨てかよ」

 両兵は頭に包帯を巻いており、南はその隣で厳めしい眼差しを湛えている。

「……三宮さん。状況が悪くなったわ。ごめんだけれど、修学旅行を楽しませてあげるだけの余裕はなくなったみたい」

「……いえ。金枝は……元々、そんな資格なんてないんです。南さん、状況を教えてください」

「……《キリビト・レキ》。あれは恐らく京都支部の切り札。それに京都が焼かれただけじゃない。《空神モリビト2号》を操った赤緒さんは重傷。両も、こんな調子だけれど本当は出歩くべきじゃない怪我よ」

「こんなのなんてこたぁねぇよ。……それよりも、だ。聞かせてもらうぜ。三宮は何者なんだ? さすがに本人の意思を尊重して、って言っていられる場合じゃねぇよな? 京都支部のキリビトが襲ってきた上に、そいつをどうにかしようとまでした。あれもアルファーを介さない、こいつの特別な力なのか?」

「それに関してはボクが説明させてもらうよ」

 運び込んだ筐体と向かい合い、病室であるのにキータイピングを休めないエルニィが椅子に座ったまま向き直る。

「……金枝のあの力……加藤支部長や他の大人たちはこう呼んでいました。エクステンドの力、と」

「……エクステンド……」

「両兵も全く聞き馴染みのない言葉ってわけでもないでしょ? 実際、かつて赤緒が不明な武装を呼び出したこともあった。あれに関してもデータが少な過ぎるけれど、《モリビト2号》の残存データから、三年前。テーブルマウンテンにて観測された事象と重なる部分があった」

「……テーブルダスト、ポイントゼロ、か」

 何故なのだか忌々しく語る両兵に南は首肯する。

「……三宮さん。あなたの力が覚醒したのは、多分この日からなんじゃない?」

 南の語った日付、そして時間は確かに、金枝のエクステンドの力が目覚め始めた時期と符合していた。

「……はい。でも、どうして……」

「答えは……存外ハッキリしてる。南が今しがた言ってみせたのはカラカス陥落――ロストライフ現象が世界で初めて観測された日。後の歴史でXデイと呼ばれることになるその瞬間のことだ。同時にこの世界に黒い波動と呼ばれる負のオーラが見られるようになった日のことでもある」

「……あの時……か。黒将が……」

 両兵の眼差しはこれまでにないほどに険しくなっている。

 まるでおぞましい過去を睨み据えるかのように。

「……あの、何で金枝にエクステンドの力が目覚めたのかは、分からないんです。京都支部でもそれは結局、分からないままで……」

「Xデイとその時期が同じだって言うのなら、それは案外、分かりやすいんだ。地球には霊脈と呼ばれるものが存在する。それは南米、つまり日本の裏側で起こったことも関係しているんだと思う。京都ってのは霊脈の中心地とも言われていてね。色んな伝承があるんだ。日本でもとびきりの、そう言った命の現象に影響されやすい。三宮、君は特別な力は元々備えていたんだろう?」

 ここで隠し立てしても仕方ない。両兵の同席は気にかかったが、金枝は重々しく口にしていた。

「……はい。幽霊の小道、って言って……京都の中なら異空間みたいな場所を経由できる……力ってほどのものじゃないんですけれど……」

「それだね。霊脈って言うのは土地の特性だ。京都の霊脈に適合している三宮は三年前のXデイを境に、霊脈そのものから力を得るようになった。それこそがエクステンドの力の覚醒だ」

 南はここに気づけなかったとは、と額に手をやる。

「……オカルトとかは信じるほうじゃないけれど、三宮さんの話を聞いてもっと早くにピンと来るべきだったのでしょうね。エクステンドの力に不明瞭な部分が多過ぎて、断言できなかったのもあるけれど」

「南がその判断を下したのも無理ないよ。普通は三宮の幽霊の小道とエクステンドの力を結びつけることなんてできない。けれど、そうとしか言いようがないんだ。三宮の力は、南米から地球の裏側を超えて、命の力として覚醒した。それこそが、アルファーを介さずして人機を稼働……いや、それも違うか。天号の戦闘時における血塊炉固有振動数をモニターして驚いたよ。……あの瞬間、《キリビト・レキ》の巨大な三基の血塊炉と同調した、とある」

「……同調だと?」

 両兵の信じられないとでも言うような声に、エルニィはデータを算出して応じる。

「そう。普通、血塊炉ってのはワンオフって言うか、有り体に言えば同じ血塊炉ならば同型の人機は動かせるけれど、別種の人機は調整しないと難しい。けれど、三宮のエクステンドの力は遠隔でそれを可能にする。モリビトの血塊炉にキリビトの血塊炉の振動数を合わせれば、何が起こると思う?」

「……そいつぁ……ネズミの心臓で人間の心臓を動かすみてぇな無茶苦茶な話だろ」

「……でも、そうなんだ。三宮の力の真骨頂は遠隔操縦じゃない。自身や乗機の鼓動と、別種の存在を同期させ、そして掌握する。そう言った力なのだと推察される。赤緒の超能力モドキをビートブレイクと呼ぶのならば、これはさしずめチューニング――ビートチューニングと呼ぶべき力だろうね」

「……ビートチューニング……」

 金枝は掛け布団を握り締める。

「……そんな過ぎたる力……金枝には要らなかったのに……」

「だが、君には備わってしまった。そして、それを狙って京都支部と《キリビト・レキ》は襲ってくるだろう。《キリビト・レキ》の信号がロストしたけれど、恐らくはどこかに中継地点を用意して血塊炉を調整してくる。装甲を射出して《空神モリビト2号》を圧倒したんだ、無傷じゃないとは言え、京都支部の思惑にしてみれば早期決着をしたいだろう」

 自分のせいで誰かを傷つけた――その悔恨は重く、金枝は身を折り曲げ嗚咽する。

「……こんなの……こんなの、金枝には……。金枝には、決められませんよぉ……っ! こんな結末なら……要らない……のにぃ……っ!」

 その瞬間、両兵が立ち上がる。

 一発くらいは殴られるかと身構えた金枝であったが、彼は身を翻す。

「……両! どこに行くってのよ」

「こいつの力はよく分かった。だが、大局的には変わりゃしねぇ。残ったアンヘルメンバーで勝てるようにしなくっちゃいけねぇ。さつきたちは?」

「……そりゃあ……舞鶴から運び込んだ新型機に合わせるようにしてあるけれど……」

「じゃあ、それを待つ。オレは戦う意志のねぇ奴に無理強いはしねぇ。トーキョーアンヘルの奴らにはそれができるが、こいつは別だ」

「両兵! ……本当にそれで、いいと思ってるの……?」

「戦うってのはよ、怖ぇもんさ。その怖さを、飼い慣らせねぇ奴に無理に戦わせたっていいことなんて一個もねぇ。それならさつきたちときっちり示し合わせたほうがマシだ」

「それは……そうだけれどさ……! 京都支部は三宮の力を狙ってくるんだ。三宮が居る限り……安息は……」

「《キリビト・レキ》を退けりゃいい。オレは勝てる連中とだけ話してくる」

 その背中があまりにも冷たかったからか。あるいは、自分に戦えと諭してくるのだと期待していたからなのか、金枝は茫然とする。

「……金枝の、せいなんですよね。金枝さえ居なければ……」

「違う!」

 堪え切れないと言う風に南が立ち上がる。

 そして何をするかと思えば、両兵の襟首を引っ掴み、そのまま力任せに引っぱたいていた。

 乾いた音が病室に残響する。

「……痛ぇな。何すンだ」

「両! あんた……らしくないわよ……。確かに三宮さんは被害者よ、でもね……! あんたなら、こういう時に……もっと言えることがあるでしょうに!」

「南……! でも、それは……!」

 エルニィが抑えようとしたが、南は両兵へと突っかかる。

「私じゃ……多分無理なのよ……! どんだけ言ったってねぇ、前を行く人間を鼓舞するのは同じように前を行く人間だけ! ……だから、あんたなら……」

 南が何を期待しているのかは分かる。

 自分に戦えと。

 今一度立ち上がり、《モリビト天号》で《キリビト・レキ》と再戦しろと言うのだろう。

 それを言うのは両兵の役割なのだと。

 だが、両兵はその役目を拒絶していた。

「……何度も言わせンな。オレは戦う意志のある奴をサポートはしてやれるが、何でもねぇ奴に戦えってのは言えねぇよ。だから……」

「――でも、小河原さんは私に、言ってくれましたよね。戦えって」

 その言葉に三人とも病室の外に目線を振り向ける。

 赤緒がRスーツに身を包み、気丈な声を振り絞る。

「……赤緒! 駄目だって、寝ていないと……!」

「……眠ってなんていられないですよ。それに、意外とへっちゃらなんです。ほら! ちゃんと動きますし!」

 明らかに無茶をしているのは金枝の眼でも明らかだった。

「……けれど……!」

「立花さん。《空神モリビト2号》を準備してください。……小河原さん。私のことがあったから、言えないんですよね。……じゃあ何の心配も要りませんよ。私、この通り! すごく元気ですのでっ!」

 ガッツポーズを取ってみせる赤緒だが、額に脂汗が浮いている。

 恐らく立っているのもやっとなはずだ。

 ――それなのに、この人は戦うと言うのだ。

 自分は不貞腐れて、己の境遇に心底嫌になっていると言うのに、赤緒は比して戦いに向かうことへの恐怖を押し殺している。

 何が、彼女をそこまで強くしたのだろう。

 何が、彼女の原動力なのだろうか。

「……分かった。立花、柊の人機の整備、メカニック三人娘に優先させろ」

「……言い出したら聞かないんだからなぁー、もう! ただし! 《空神モリビト2号》に乗るのはボクと赤緒! 両兵は今回は駄目だよ! どこまでも無理させちゃうんだからね!」

 エルニィが赤緒の手を取り、病室から離れさせようとして赤緒は一瞬だけその手を振りほどく。

「……ごめんなさい、立花さん。一個だけ、いいですかね。……三宮さん。マキちゃんも泉ちゃんも、無事だったって。三宮さんの力のお陰! ……本当にありがとう。私の友達を、守ってくれて……」

 そんな言葉を投げかけてもらえるとは思っておらず、金枝は呆けたようにオウム返しにする。

「……金枝が、守った……?」

「うん。だって、そうじゃない。あの時、マキちゃんと泉ちゃんと真っ先に守ってくれたのは、三宮さんの意志でしょう? なら、ありがとうを言うのは当たり前……っ!」

 そう言って微笑んでくれる。

 ――ああ、この人は強いのだ。

 身体の話ではない、心の根っこが。

 だから、どれだけ叩き伏せられようが立ち上がれる。

 何度だって、希望を持って。

「……柊さん……!」

 金枝は声を振り絞る。

 本当は、真正面から気持ちに向かい合うなんて怖い。

 けれど――今は、怖いよりも。

「……金枝の友達で居てくれて……ありがとうございます。だから……!」

 赤緒は笑顔を向けて手を振る。

「……うんっ! 修学旅行、きっといいものにしよっ! だって、まだ回ってないところばっかりだから!」

 そうだ、自分たちの修学旅行は終わっていない。

 エルニィと南に挟まれて病室を離れていく赤緒を見送って、金枝は掛け布団を握り締める。

「……小河原両兵」

「……何だ。言っておくがオレのスタンスは変わらんぞ。戦う気のねぇ奴が前に出たってしょうがねぇ」

「……だったなら……! 戦う気のある人間なら、前に出てもいいってことですよね……!」

 両兵が振り返る。

「……震えてンぞ」

「これは……! 武者震いって奴です! ……小河原両兵。金枝に……戦える力をください! どんな人機でもいいです! ……金枝は……戦わないといけないんです……!」

「それは何のためだ? 自分の力が狙われるのが怖ぇからか?」

「……金枝に宿ったよく分からない力を狙われるのは、確かに怖いです」

 それは本心だ。嘘はつけない。

 ならば――この胸に宿った想いの篝火も、嘘ではないはずだ。

「……けれど! けれど、生まれて初めてできた、本当の友達を守れないのは……もっと怖い……!」

 両兵はこちらに視線を合わせる。

 険しい眼差しから逃げないように、金枝は目線を逸らさなかった。

「……いい顔になりやがったな。よし、付いて来い」

 両兵の背に続き、金枝は病院のリノリウムの床を踏み締める。

「……《モリビト天号》なら、いつでも出撃できるはずです」

「いや、天号はまずい。立花の解析で京都支部の奴ら、あの機体に最初から張ってやがったのが分かったようだからな。どうやらお前のエクステンドの力を抽出する役割があったみてぇだ」

 寝耳に水の事実に驚嘆するが、それくらいはやられてもおかしくはない。

「……じゃあ、金枝は……何に乗れば……」

「人機なら何でも寄越せって言ったろ? とっておきがある」

 病院から一歩出れば、そこには自衛隊が野営をしており、並び立つテントの向こう側では白い靄が立ち上っている。

「……両兵? 何だって三宮と一緒に……!」

「今はいいだろ。立花、例の機体をこいつに寄越してやれ」

 エルニィは自分と両兵を互い違いに見据えて、それから尋ねる。

「……本気? だってあれは……」

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