「でも……でも、マネージャーは……! 金枝をここまで……助けてくれて……!」
「今は敵だ。割り切れ。……立花、それに総員。ここは撤退だ」
『両兵? でも、相手は今なら損耗していて――!』
「損耗していてくれればいいんだがな。……《モリビト天号》とドッキングしたことで血塊炉の調子を取り戻した可能性が高い。それに相手が撤退を提言するってことは、どっちにしても泥仕合になる可能性がある。オレらも万全じゃねぇ。……勝負は預けるほかねぇよ」
直後、天高くから光が照射され《モリビト礫号》の巨体を吸い込んでいく。
『……シャンデリアの光……! まさか、敵は完全にキョムに寝返ったって言うの……?』
その事実を反芻しようとした時には、《モリビト礫号》の姿は既にない。
燃え盛る業火をてらてらと浴びながら、《モリビト燦号》は佇む。
「……何で……何でこんなことに……」
「オレにも分からん。だが、一つ言えることは……まだ戦いは終わっちゃいねぇってことだ。《キリビト・レキ》を倒しゃ済む話でもなくなった。三宮、もうひと踏ん張りしねぇと、どうやらオレもお前も、平穏を取り戻せはしないだろうな」
両兵の言葉が今ほど重く、そして胸の中に沈殿していくのを金枝は振り払えそうになかった。
――真正面から愚直に戦うだけで、最終的な勝利者には成れない――その意思のみで“分岐盤”で自分自身を分裂させたと言うのに、この結果は何だ。
「……私が……負けた? ダテン=スーは死に、《キリビト・レキ》は大破だと……?」
負けるはずのない局面での敗退に、加藤はモジュールを外そうとして自分を取り囲む隊列を感じ取っていた。
バイザー状の“分岐盤”で他の人形に思惟を飛ばしていても、剥き出しの殺意相手には何もできない。
何よりも、こうして意識を細分化している自分自身は生身なのだ。
「……投降は可能なのだろうか」
「京都支部の長、加藤。トーキョーアンヘルの命により、あなたの身柄を拘束させていただきます」
ヘッドセットが取り外され、銃口を向けた自衛隊員の姿が露になる。
「……なるほど。時間を稼いでおいて、京都支部に潜入。最深部に私が居るのだと確信しての包囲陣。……見事だと言わせてもらおう。さすがは国防の矢面に立つだけはある」
「加藤支部長。あなたには黙秘権がある。とは言え、アンヘルを裏切り、金剛グループとの癒着、そして《モリビト天号》の開発に《キリビト・レキ》の建造。どれもこれも特一級の背信行為だ」
「黙っていると余計に不利に転がりそうだ。……そうだな。私が何故、ここに居るのかを君たちに説明するのに、金剛グループの技術と言う名の手札がある。どうせ、コンコルザはもう居ないのだろう? 彼のことだ、既に発っているのだろうな」
沈黙が返って来たと言うことは当たらずとも遠からずか。
加藤は後ろ手に拘束され、抵抗した時のための措置を施される。
「話はじっくりと聞かせてもらおう。国内でのトーキョーアンヘルに対しての反逆行為。罪に問われるだけマシだと思っていただこう」
「問答無用で殺すかね? それも無理からぬことだろう。だが、君たちは知らなければいけないはずだ。人形技術に、キリビト、そしてモリビトの建造を可能にした金剛グループと言う存在。私をただただ、憎いから殺すと言うのは短絡的だよ」
「――そうでしょうかね。金枝はそうは思いませんが」
フロアに歩み出してきた人影に加藤は口角を吊り上げる。
「これはこれは。テスト操主が大きな口を利くようになったものだ」
「……三宮。こいつ、何か隠しているかもしれねぇ」
その隣に佇む両兵に金枝は頭を振る。
「……恐らくは勝利以外が見えていなかったはずです。それに、何か手立てがあればもう発動しているでしょう」
「買われているのだか貶められているのだか分からんね」
金枝は一歩踏み出し、それから拳をぎゅっと握り締める。
鉄拳の一発くらいは甘んじて受けようとしていた加藤は、直後の金枝の台詞に瞠目していた。
「……加藤支部長。教えてください。マネージャーは……月代アンナとは何者なのですか」
まさかそのような質問が飛んでくるとは思っていなかったせいか、反応が一拍遅れる。
「……月代アンナ……? あんなもの、今さら気に掛けるほどのものでもないだろうに」
「嘘ですね。金枝にも分かるようになってきました。あなた方はマネージャーを、金枝の制御を行うために用意した。けれど、何もないところから操主は生み出せない。……南さんたちに聞きました。ダテンシリーズとは何なのですか」
「お喋りも居たものだ。だが、そこまで分かっているのならば何となくの答えには至っているのじゃないか? 《キリビト・レキ》の操主であるダテン=スー。彼女は強化人間であり、血続でもある。そのような貴重な存在が、たった一人では不完全である。よって、予備を用意する必要性があった。それも、完璧な予備が」
「……その予備とやらが、あの姉ちゃんだってのかよ……!」
明らかに怒気を宿らせた両兵に加藤はせせら笑う。
「どうして君のような人間が怒る? 稀代の人形師の生み出したただの生態兵器だ。人機を動かす以上の価値を持たず、勝っても負けても替えが利く。これは戦争のために最適化されたシステムだよ」
両兵が加藤の襟首を掴み上げる。
思わず自衛隊員が制そうとしていた。
「小河原さん! ここでこいつを殴っても……!」
「……ああ、分かってる。分かってンだが……我慢ができるわけがねぇだろ……!」
「何なら殺すかね? 簡単だ。銃弾一発で私は死ぬ。ただの人間でしかない私はね」
「……分かりやすい挑発には乗らねぇよ。てめぇは死んだはずなのにこうしてオレらの前に居る時点で保険を打っている可能性があるからな」
どうやら両兵も直情的な馬鹿ではならしい。
「だったら……! マネージャーはどうやれば……救えるんですか……!」
「見たところ、《キリビト・レキ》の装甲を身に纏い、キョムに寝返った時点で、我々にできることは一つもない。あれほどの高出力人機だ。恐らくキョムの技術で完璧なものとなって、再び我々の頭上に降り立つ。その時こそ、京都と言う街は終わるだろう」
「……教えろ。あの姉ちゃんは何だって……三宮のマネージャーをやってのけた。何を思って……今日までその役割に準じてきたって言うんだよ」
両兵の詰問に加藤は嘲笑を交えながら応じていた。
「そんなことが分かるものか。ダテンシリーズは金剛グループとの共同で造り上げた血続操主の完成品だ。兵器に心などない。ただただ、敵を討ち、そして血に塗れる。殺すことでしか存在証明など出来やしない」
両兵の鉄拳が加藤の頬を打ち据える。
じんと熱を持った痛みで加藤は床に転がっていた。
「……てめぇらみたいのが……同じように人機を扱っていると思うと反吐が出るぜ。いいから答えろ。てめぇを生かしてるのは伊達でも酔狂でもねぇ。……大局を見据えた奴らの状況判断だ」
「……立花博士に黄坂南、か。我々も殺し損ねたのが惜しい。もしあの二人を潰せていたのならば勝利者は違っていただろうにな」
両兵が今一度、拳を振り下ろそうとしたのを金枝が遮って制する。
「……三宮……! こいつなんざ……!」
「小河原両兵……! 今は、我慢してください。エルニィさんと南さんの……意志があります」
それでようやく怒りを収めたのか、両兵は身を翻す。
「……そいつの顔は二度と見たくねぇ。自衛隊連中、後は頼んだ」
「承知しました。ほら! 立て!」
自衛隊員に引き連れられようとして、加藤は金枝へと言葉を投げる。
「……テスト操主が立派に成ったものじゃないか。私を何度殺したって憎しみは消えないだろうに」
「……金枝はテスト操主じゃありません。金枝は……金枝です」
「……そうか。自分自身を自己なのだと肯定するのは単純なようで、それ自体に疑いが宿れば難しさが宿る。私も……分散化し過ぎたせいか、今ここで小河原両兵に殴られても、恐怖も何も感じなくなってしまった。こんな風に成り下がる。これが末路と言うものか」
「言っておきますが、金枝は同情なんてしませんよ。あなたは金枝だけじゃない、みんなを愚弄したんです。なら、その行く末くらいは分かるでしょう」
「行く末か。……三宮金枝、君はどうしたい? 私は何一つできなかった。君の願いを叶えることも、ましてやエクステンドの力を有効活用することも。……コンコルザが君の力を持ち帰ったはずだ。京都支部にデータが残されているとも思えない」
「……金枝は歩むべき人たちを決めました。なら……その人々と共に……」
「本当にそう思っているのか? ……まったく、ほだされたものだな。一つだけ、言っておこう。月代アンナは金剛グループが見出したダテンシリーズのロストナンバー。本来は廃棄されるはずだった操主候補らしい。それ以上のことは知らない」
最後の最後に、自分の知り得ることを金枝に言っておくことに、一抹の罪悪感くらいはあったのかもしれない。
金枝は視線を逸らし、それから言い置く。
「……感謝はしませんよ。金枝は……マネージャーを取り戻したいだけなんですから」
「そうか。ならそれは茨道だな」