JINKI 301-20 天と地、背き合う魂

『こちら黄坂ルイ。同じく準備はできているわ。コネ宮の身勝手なんだもの。前に出るのはあんたが最初にしなさいよね』

 厳しい言葉に金枝は一拍だけ身構えるも、下操主席でインジケーターを調整する両兵に声をかけられる。

「……ビビんな。向かって来るのは知ってる奴なんだ。なら、てめぇが一番槍なのは当然だろ」

 それもその通り。

 金枝は呼吸を整え、心拍を感じ取る。

 今にも爆発しかねない脈拍を抑え込み、恐怖を胸の内に留める。

「……はい……ッ! 行けます。……小河原両兵」

「何だ? 言っておくが、奴さんが来たら余計なことは言えねぇぞ」

「……分かっていますが、一つだけ。金枝の道は、間違っては……いないですよね?」

「そんなもん、全部終わってからしかハッキリしたことは言えん。だがな、てめぇがやりてぇことを通してンだ。立派だろうさ。間違っていたって、どんだけ無茶無謀だろうと通し切る意地を見せろ。その先にしか勝利は待ってねぇ」

「……小河原両兵は分かった風なことを言うんですね」

「悪いかよ。人間、分かった風にしかなれん。誰だってそうだ」

 赤緒の想い。南の決意。それらを自分は見せてもらったはずだ。

 彼女らは自分に期待してくれている。

 エクステンドの力ではなく、「三宮金枝」という幼く拙い操主に。

『……来るよ』

 エルニィの詰めた声に自ずと身構える。

 シャンデリアの光が拡散し、京都と言う街に降り立ったのは規格外のシルエットであった。

 有する剛腕は機体そのものの倍近く。

 そしてバックパックは本体である《モリビト礫号》を補助するために大型化し、翼のような形状を取っていた。

 まさに異色の造形。

 強化外骨格のパワーアームだけでも大型リバウンド兵装に等しい。

「……立花の予想通り、変えて来やがったか。パワー偏重の規格外の人機に……! 三宮、構えろ! 総員、攻撃開始!」

『はい……っ! 《空神モリビト2号》、前衛をサポートしますっ!』

 赤緒とエルニィが乗り込んだ《空神モリビト2号》が長距離滑空砲を砲撃するも、その腕のレンジだけで長距離射程を埋めてみせる《モリビト礫号》は大型武器腕を翳すだけで防御していた。

『厄介な姿になったものだ……! 黄坂ルイ、挟撃を仕掛けるぞ!』

『命令しないでよ。あんたは下操主なんだからね』

 メルJとルイの操る《シスクードトウジャ》はリバウンドの盾から斥力磁場を放出し、無重力に近い機動力で回転しながら浴びせ蹴りを見舞う。

 直撃したが、《モリビト礫号》にダメージは見られない。

『《ナナツーウェイ》航空射撃部隊、一斉砲撃!』

 南の号令で自衛隊の《ナナツーウェイ》が火力を叩き込む。

 面火力が《モリビト礫号》を襲うも、漆黒のパワーアームを回転させ、それが巻き起こす猛烈な旋風だけで砲火を払い除ける。

 まさか、ここまでの戦力差だとは思いも寄らない――否。キョムが手を貸したのならば、これくらいは想定されてしかるべき。

 事実、エルニィは諦めずに声を張り続ける。

『敵人機は高出力ではなく、パワー一点突破に注力している! そう簡単に全方位の攻撃を凌げるはずがない! 火力を弱めないで!』

《空神モリビト2号》が《モリビト礫号》の懐に潜り込もうとして、単純な打撃で振り回される。

 さらに鉄拳に纏いつかせていたのは《キリビト・レキ》が有していた高出力の雷撃であった。

『――遅い』

 アンナの絶対零度の声に金枝は怯えを宿す。

 こんな風な言葉を発する人間ではなかったはずなのに。

 電撃を纏った剛腕を振るい、拡散する稲光だけでも接近が困難になっていく。

『私に勝てる人機は居ない。この、《モリビト礫号ギガンティックアームズ》には――誰一人として。ここは血の海です。墜ちなさい』

《キリビト・レキ》とはまた違う、圧倒的な性能。

 パワーアームを掻い潜ったとしても、《モリビト礫号》の性能は一個小隊に匹敵する。

『連装型ガトリングのロックを解除! 赤緒、一気に決めるよ……! 炸裂式ミサイルポッド、発射――ッ!』

『はい……っ! これで……っ!』

《空神モリビト2号》が一斉掃射を放ち、《モリビト礫号》の防御を崩そうとする。

 防御一辺倒になれば背後から《シスクードトウジャ》も攻めやすいはず。

 そう判断しての挟み撃ちであったが、《シスクードトウジャ》のプレスナイフは命中する前に弾き返される。

『……なに……? プレスナイフが……!』

『対策をしていないと、思っていらっしゃるのですか』

 ナイフが溶断しかけた装甲面が反射性能を帯びる。

 咄嗟にルイが足蹴にして距離を稼いだが、反応が一拍でも遅れていればナイフはコックピットに突き刺さっていただろう。

『……局地的なRフィールド装甲の再現。面倒ね。プレッシャー兵装をほんの一瞬とは言え、無効化してみせるなんて』

《シスクードトウジャ》が市街地を駆け抜け、その度に加速して《モリビト礫号》の隙を見出そうとする。

 だが、このままでは泥仕合なのは確定だ。

 何よりも、時間が味方とは思えない。

 きっと、アンナと《モリビト礫号》は切り札を隠し持っている。

 ならば、手をこまねいている場合ではない。

「……三宮! 覚悟決めろ。……お前の超能力モドキ、やるっきゃねぇ……ッ!」

「……はいッ!」

 集中する。

 額に浮かび上がるエクステンドの力、その脈動。

《モリビト礫号》の血塊炉を関知し、その固有振動数と自分の心臓を同期させる。

 当然、この手をアンナは知っているはずだ。

《モリビト燦号》が動きを止めた時点で、アンナはビートチューニングを阻止するためにパワーアームに格納されていた重粒子の拡散リバウンド砲を晒していた。

『残念。金枝、私相手にその策は通用しない』

 全ての砲門から照準され、警告が劈く。

 赤く沈んでいく世界で、金枝はしかし、それでも集中を切らさない。

 この時、狙うべきなのは圧倒的性能を誇る《モリビト礫号》ではなかった。

『……ッ……! 何を……?』

 アンナの声にうろたえが浮かぶ。

 金枝が同期したのは、《モリビト礫号》の向こう側。装甲と機械部品に阻まれた先の先――操主であるアンナ自身の鼓動であった。

「……マネージャー。金枝はマネージャーの鼓動を見間違えるはずがないじゃないですか。だから、こんな距離でも分かる。いつだって、一緒だったから……!」

「人機をどれだけ強くしたって、操主同士が繋がっちまえばそこまでだ。……なぁ、あんた。もう終わりにしねぇか? オレらだって、あんたの気持ちが分かるなんて思い違いも甚だしいんだろうがよ。それでも、三宮は待ってンだ。なら……帰って来たって誰も文句は言わねぇ」

 両兵の説得と、自分の力を行使してアンナの心に届かせる――たとえ無理やりだろうと、その無茶無謀を貫き通す。

 そのために赤緒たちが、トーキョーアンヘルの皆が時間を稼いでくれた。

 もう、自分にはこの力と術でしか、アンナと繋がれない。

 心が離れてしまったからだけではない。

 きっと自分は、アンナのよく知っている「三宮金枝」はもう居ない。

「……マネージャー……ッ! 金枝のワガママ……聞いてください……ッ!」

 今にも心臓が破裂してしまいそうだ。

 血と酸素が脳細胞まで回って来なくなってくる。

 これ以上、ビートチューニングに頼れば自分は再起不能になってもおかしくはない。

 胸が苦しいのならば、きっとアンナも同じだ。

 どれだけでも心情を吐露してくれてもいい。

 どれだけ見苦しくとも、どれだけ醜くとも。

 その気持ちこそが、自分とアンナを繋ぎ止める縁であるはずなのだから。

『……金枝。ごめんなさいね』

 一瞬、その言葉の意味が分からなかった。

 だが、直後通信が繋がれた途端、金枝は目を瞠る。

 そこには――心臓へとナイフを突き立てようとしているアンナの姿があったからだ。

「……野郎……ッ! 死なば諸共かよ……!」

 両兵が下操主席で吐き捨てる。

 アンナの面持ちはこれまで見た中でも最も凪いでいた。

 この決断に迷いなどないかのように。

 あるいは、これ以上の結末は用意できないとでも言うように。

「……いや……」

 思わず頭を振る。こんな終わりを、誰が容認できると言うのか。

『させない……! 赤緒、《モリビト礫号》は今ならば棒立ちだ! 全員! 一斉攻撃で無効化して! ……三宮と心中させるわけにはいかないよ……!』

 ナイフを落ち着き払った眼差しで突き立てようとするアンナに、金枝は尋ねていた。

 尋ねずには、いられなかった。

「……マネージャーは……金枝のことを、もうどうでもいいんですか……?」

『どうでもいいわけ……ないじゃない』

「じゃあ、何で……!」

『どうでもよくないから……あなたのことをずっと想い続けてきたから……簡単に結末に辿り着けないのよ。私は……金枝。あなたを……本当の妹のように、思えていたのに……』

 瞳が激情に揺れる。

 頬を伝った熱に、本物だったのだ、と金枝は実感する。

 アンナはただただやけくそになって裏切ったわけではない。

 自分のことを想って、金枝にできることを最後の最後まで考え抜いた上で、その結論がこの極点なのだ。

 お互いに想い合っているからこそ――安易な結末を許せない。

 だから、殺し合うほかない。

 アンナのことを想うのならば。

 金枝のことを想うのならば。

 どちらかの命をもって決着させるのではなく、鼓動を繋いで、その上で愛に殉じる。

 憎いほどに愛おしく。

 愛おしいほどに恨めしい。

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