アンナの境遇が分かる以上に、アンナは自分のことを誰よりも一番に考えてくれている。
金枝はビートチューニングの思惟を絞りつつ、両兵へと声をかける。
「……小河原両兵。刀をください」
「……三宮? 何を言って……」
「お願いします。マネージャーの覚悟に、金枝も応じないといけないんです」
譲らぬ覚悟で口にした自分を止められないと判断したのか、両兵は刀を差し出す。
「……言っておくが、人機のコックピットで流血沙汰は勘弁だ。死ぬな、三宮」
刀を渡してくれた時点で、その決定権は投げられたようなもの。
金枝は刀の鯉口を切り、それから自分の首筋に沿えていた。
『……金枝。あなたは私なのね』
「マネージャー。あなたも金枝だったんですね」
だからこそ、こうして天と地、背き合う。
二つの魂はこの世に生まれ出でたその瞬間から、きっとこの時のためにあったのだろう。
赤緒たちも皆が皆、動けなくなっていた。
ビートチューニングのさじ加減は自分次第。
繋がった魂の糸を絶やさぬように、金枝は刀身に映る自分の瞳を覗き込む。
ほんの一週間で、強い眼になったのだと誰よりも誇れる。
一方で、アンナも覚悟の双眸を湛えていた。
思えば自分を東京まで逃がしてくれた時点で、金剛グループの一派であったアンナには選択肢がなかったはずだ。
だと言うのに、ここまで来てくれた。
ここまで戦い抜いてくれた。
ならば、その在り方には最大限の賛美を。
そして、美しく麗しいまま終わるのならば、共に血を捧げよう。
心臓が脈打つ。
鼓動がうるさい。
くらくらとして、眩暈でどうにかなってしまいそうだ。
それでも金枝はアンナを見据えていた。
アンナもまた、金枝を見つめ続けてくれていた。
数秒間の交錯。
それが永劫なのだと確信した。
ならば、終わりを描くのに何の躊躇もない。
「……さよなら、マネージャー」
『ええ。さよなら。金枝』
刀を取り落とす。
それとほぼ同時にアンナはナイフを離していた。
ここで決定的になったのは、アンナは自分自身の道を行き、自分は別の道を選ぶと言うことだ。
シャンデリアの光が京都に降り注ぎ、《モリビト礫号》を回収する。
影も形もなくなった脅威に対し、エルニィがようやく声を発していた。
『……決着、なのかな、これは。三宮。本当にこれで……』
「いいんです。これで……。マネージャーは、自分の人生を生きるって、そう言ってくれたんですから。金枝も……ようやく自分の人生を、見つけ出せそうです」
それでも、嗚咽は止まらなかった。
涙は、止まってくれなかった。
半身のように思えてきた存在との永久の訣別――それは自分で思った以上に、心を軋ませる。
「……なぁ、三宮」
「何ですかぁ……っ。泣くなとか、言い出すんじゃ――」
「いんや。むしろ今なら、存分に泣き喚いとけ。もうどうしようもねぇ時になったら、泣けねぇってのは一番きつい。涙するからって弱いわけじゃねぇだろ」
「……本当……小河原両兵は……嫌いですぅ……ッ」
両兵は何も言わない。余計な言葉も、無用な情けも。それが今はどんな温情よりも辛く、心がきつく痛む。
「……そうかよ。オレも嫌われることにゃ慣れてる。お前なりの決着を描いたんだ。なら、こっからはお前の選択なんだろうさ」
本当に、心の奥底まで分かってくれるその言葉が、憎々しいほどに。
「……さよなら。マネージャー。さよなら……」
何度も何度も。
光が掻き消えていく揺籃の空を仰ぎ続けていた。
「――敗退か」
結果をただただ待ち望んでいたセシルの声に、ジュリは応じる。
「いいえ。これは大きな進歩となるわ。八将陣がちょうど抜けていたのだもの。あの子は強い。それを埋めるのに相応しいはずよ」
「ジュリ。君の一意見で八将陣の席が埋まるとでも?」
「あら、それは意見の相違ね、坊ちゃん。私が見初めた、可愛い可愛い悪魔なのだもの。その素質はあるでしょう?」
セシルはそれ以上の言葉を重ねようとしない。
今はただ、もたらされるデータとだけ向かい合っている。
ジュリは回収された《モリビト礫号》のコックピットから出てきたアンナを出迎える。
「おかえりなさい。どうだった?」
「……ようやく、私は金枝とさよならができた。……こんなにも簡単なことだったなんて」
「これから先はあなたの人生を生きてもいいのよ。三宮金枝には縛られず、そして他の誰であろうとも、あなたを止めることなんて敵わない」
アンナは眼鏡を外す。
青い髪を一つに結い、それからセシルへと言葉を振っていた。
「……私が正式にキョムの八将陣となることに、影響は?」
「さぁね。八将陣のリーダーはあくまでもシバだ。彼女の意見次第となる」
しかし、ジュリにはそれほどシバが意見を述べるとは思えなかった。
何よりも、こうして自分自身で運命の強さを打ち立てた人間を、彼女は好むはずだ。
「シバはきっと評価してくれる。……それで、なんだけれど。あなたの名前は月代アンナでいいの? これは金剛グループが付けた名前なんでしょう?」
アンナはその言葉を予期していたように眼鏡を取り落とし、足で踏みしだく。
「……いいえ。私の名前はこれより――ダテン。八将陣、ダテン=スーを、名乗らせてもらう」
ここに悪魔は顕現する。
天より堕ちた厄災の名前を誇る、新たなる刃。
「そう。歓迎するわ、ダテン=スー。私たちキョムと、八将陣はね」