JINKI 302 まごころのへそくりおむすび

「……あれ? 二人とも……何の相談なんだろう」

 盗み聞きはいい趣味とは言えないが、南もルイもどこか周囲を窺っているようで、これが確実に秘密の会話だと言うことが自ずと導き出される。

「あんたねぇ……。まぁ、でも事の次第は重要だからね。あくまでも気取られないように! それと、整備班には絶対に隠し通すこと! いいわね?」

「南、うるさい。私だって歴戦の猛者よ。これくらいの秘密任務、やり遂げてみせるわよ」

「……何だか、聞いちゃいけないことなのかも……。このままやり過ごして――」

「なぁーに、やってンだ。操主訓練の後でうろつきやがって」

 不意に背中に声をかけられ、青葉は素っ頓狂な声を発してしまう。

「ひゃわ……っ! り、両兵……!」

「……こんなところでこそこそしやがって。って、うん? 何だ、黄坂とそのガキじゃねぇの」

「両兵! 駄目だってば!」

 しかし、その制止を聞かず両兵は歩み出してしまう。

「駄目って何だよ。つーか、格納庫の裏で何やってやがる」

「わ……っ! ちょ、ちょっと……!」

「何奴! ……って、何だ、青葉に両じゃないの」

 南に見咎められて青葉は硬直する。

 それを意にも介さず、両兵は憮然と問い質す。

「おう、何やってンだよ。わざわざひそひそ話をするにしちゃ、まだ白昼堂々だぞ?」

「うーん……青葉に両も、ここはちょっと見逃してくれない? ヘブンズ存続の危機なのよ」

 南のお願いのポーズにルイはぷいっとそっぽを向く。

「南が勝手にピンチだって言っているだけじゃないの。そもそもやりくりが下手なのよ」

「何をぅ……。やりくり上手に関してで言えば、私以上の人間なんてそうそう居ないんだからね」

 話題の中心を青葉は推察する。

「……えっと、お金とか? ですか?」

 どうしてもそういう方向性だと思い込んでしまう青葉だったが、南は首を横に振る。

「いやいや……お金は、ねぇ? 確かにヘブンズは金欠ではあるけれど、案外どうにでもなるって言うか。そもそも青葉、ここじゃお金に困ったことなんてないでしょ?」

 言われてみれば、現太が教材などを用意してくれるのもあるがお金で困ったことは意外とない。

 それもこれも、日々の古代人機防衛成績から算出される報酬――と言う名のお小遣いのお陰だ。

 山野曰く、「人機操主は立派な職業だ」とのことで、両兵もどうやらお金で困っている様子はない。

 なので、ベネズエラに来てからと言うもの、プラモ代や塗料などにお金を浪費してもそれほど困窮したこともなかった。

「そう言えば……。えっ、じゃあお金じゃなく?」

「私たちも人機操主だし、もしもの時に困らないようにお金はカナイマから貰ってるのよ。それと、貴重な人機資材を売り払って換金しているのもあるし。回収部隊ヘブンズはそういう金脈もあるんだからね」

 南とルイが担当する回収部隊ヘブンズの収穫を何度か見せてもらったことがある。その中には明らかに年代物の人機の部品や、型落ちのナナツーから取り出された血塊炉など、希少品が数多い。

「カナイマも懐事情で言えば決して潤沢ってわけでもねぇからな。お前らに頼ってる部分もあるから、金に困ってるってのはねぇだろ」

「えっと……じゃあ、何? 今週の貯蓄がどうって言っていたけれど……」

「……青葉、あんたそこから聞いていたの? 盗み聞きなんて最低ね」

 ルイにそう言われてしまえば言葉もない。それを南がすぐにフォローする。

「まぁまぁ。私たちが気になる話しぶりをしていたのもあるでしょうし、なかなか声をかけづらかったんでしょ? けれど……これは青葉と両に言っていいものかなぁ……」

「何だよ、もったいぶってんじゃねぇよ。第一、こいつにバレた時点で、秘密なんざ意味ねぇってのは分かるだろ」

 こつんと後頭部を叩かれ、青葉は猛抗議する。

「もう! 何なの、その言い方! 両兵だって口が堅いとは言えないんじゃないの?」

「失礼なことを言いやがンな。オレは秘密は守れる男だぜ? てめぇみたいに口さががねぇガキとは違うんだ」

「口さががないって……。両兵ってば失礼だよね」

「事実を言っているまでだろ。で、黄坂。結局のところ、何だってンだよ。このアホバカは聞きたくってうずうずしてるんだろうが」

「そ、そんなことないもん……」

 しかし、その実は両兵の言う通りでここまで来て秘密は生殺しのようなもので少し厳しい。可能ならば話を聞いてみたいのは本当のところだ。

「じゃあ、青葉たちにも協力してもらいましょうよ。人数が居たほうがいいでしょ」

 ルイの言葉に青葉は早とちりして戸惑う。

「えっ……! だ、駄目だよ! ルイ! 私、泥棒の手助けなんて……!」

「誰も泥棒なんて言っていないわよ。……何なの。私が泥棒を平気でするような人間だって?」

 ずいっと詰められると、青葉はそれは、と困り果てる。

 ルイなら泥棒の一つや二つは平然とやってのけそうだとは思ったが、ここは口を噤むべきだろう。

「安心なさい、青葉。……とは言ったものの、まぁ半分は泥棒みたいなものだから何ともねぇ……」

 後頭部を掻く南に、本当に何なのだろうと青葉は好奇心を抑えられないでいた。

「えっと……何なんです? お金でもなければ、泥棒でもないって……」

「言う前に。青葉、あんたはここまで聞いたんだから協力はしなさい。じゃないと……」

「じゃないと……?」

 凄みを利かせてくるルイの面持ちに唾を飲み下すと、ルイは腕を組んで鼻を鳴らす。

「……どうなるかしらね」

 多くは語られないが、それでもルイのことだ。きっと酷い目に遭わせようと考えているに違いない。

「……わ、分かったよ。私は協力する。両兵も、いいよね?」

「オレもかよ。……まぁ、乗り掛かった舟っつーか、どうせ黄坂のこった。タダでオレを帰すつもりはねぇだろ」

「あら、よく分かってるじゃない。じゃあ、青葉。それに両も。これは重要なミッションなのよ」

 そこまで言われれば、自ずと緊張してくる。

 一体、南とルイは何をするつもりなのだろうか。

「そこまで言うってことは……大事なものなんですよね?」

「もちろん。お金よりも、何よりも大事なものよ」

「お、お金よりも……?」

「で、何なんだよ、そいつぁ。とっとと言いやがれ」

 南は後ろ手に隠していた袋を取り出す。

 袋詰めにされたそれは――まさかの。

「白い……粉? だ、駄目ですってば! その……よくないですよ!」

 絶句した青葉は最悪の想定で南へと訴えかける。しかし、返って来た言葉は想定外であった。

「えっ、日本でもあったでしょ? そんなに慌てるようなものじゃないはず……」

「何を慌ててるのよ。こんなの常識でしょ」

 あろうことかルイは白い粉をぺろりと指先で舐める。完全に異常事態だと感じた青葉はルイの肩を引っ掴んで揺さぶる。

「る、ルイ! まさかお酒だけじゃなく、こんなのまで……? け、けれど駄目です! その、そういうの駄目だって聞きました!」

「そうなの? おっかしいなぁー。日本でも塩くらいあるでしょ」

「……塩?」

「うん、塩」

「塩の何が駄目なのよ」

 完全に虚を突かれた青葉は袋の中身を窺う。

 一応、指で舐めてみるが間違いなく食塩だ。

「……塩……かぁ……」

「何で脱力してるの? ねぇ、両。塩ってそんなに日本じゃ珍しいの?」

「オレが知るわきゃねぇだろうが。って、何だよ。青葉。がっくり来てるが」

「いや、その……。まさか塩だなんて思わなくって……」

 完全に取り越し苦労の事実に、青葉は疲れてしまう。

「っつーことはあれか。塩を補給しろって?」

「そうよ。このミッションを達成しないと、ヘブンズは危ういわ」

「えっ、でもただの塩ですよね……? 調理場で貰ってくればいいんじゃ……?」

 青葉の考えに南はちっちっと指を振る。

「甘いわねぇ、青葉。ああ、塩はしょっぱいけれど。塩って言うのは戦場の最前線に赴くに当たっては必需品よ?」

 いまいち把握できずにいると両兵が補足する。

「黄坂たちは回収部隊ヘブンズでラ・グラン・サバナの森林地帯を補給なしで何日間も行きやがるだろ? そん時にないと困るのが飲み水と塩だかンな。……って、そうか。日本で平和ボケしてやがったこいつには難しいか」

「要はサバイバル術の基本だからね。塩と飲み水だけは確保しないと。他はどうとでもなるんだけれどねぇ」

 しかし、それならばより分からない。

「必須なら、余計に貰えばいいんじゃ……?」

「青葉、あんたって本当に馬鹿なのね。いい? カナイマアンヘルだって古代人機に攻め込まれれば、食料の供給ルートは断たれるでしょう? あるいは停電することだってあるかもしれないわ。その時に最低限必要なのが塩と水。……私たちがヘブンズだからって、そうそう貴重な塩を差し出すと思う?」

「ば、馬鹿って……。まぁ、今の話を聞いた限りだと、塩不足って言うのは私の想像以上に大変だって言うのは分かったけれど……」

 いずれにせよ、助け合いなのでは? という疑問に対し、南は困り果てたように後頭部を掻く。

「塩と水の供給量は決まってるのよ。で、今週の貯蓄量が思ったよりも足りないから、カナイマからちょっと失敬できないかって話」

「しかし、だとすりゃ、山野の爺さんにバレりゃ事だぞ? あいつら、絶対に白米は欠かさねぇし、食糧事情ってなりゃ一家言ある奴らばっかだかンな」

「分かってるから、秘密作戦なんじゃないの」

 どうやら南にしてみれば、秘密裏に塩を入手するのは確定事項らしい。しかし、それを引き受けるとして、アンヘル側の塩と水の供給量に影響はないのだろうか。

「……えっと、質問……。アンヘルが困っちゃうんじゃ?」

「青葉。あんた、本当に何も知らないのね。アンヘルには通常使う分とは違う、いわゆるへそくりの塩と水があるのよ」

「へそくり……」

「今回失敬するのはへそくり分だから、アンヘルの通常の食卓には影響しないってわけ。ただ……へそくりの場所を知っているのは整備班だから」

「私が潜り込んでへそくりの場所を特定する……ってわけね」

「頼んだわよ、ルイ。私が格納庫を不自然に行き来するとバレちゃうからね。……ってことで、青葉と両もいい?」

「は、はぁ……」

 つまるところ、カナイマアンヘルのへそくりの貯蓄が目的なわけだ。

 ここまで聞かされておいて、今さら逃げおおせることは困難だろう。

「青葉。あんた、ここまで聞いておいて裏切るなんてことはしないわよね?」

 ルイの真正面からの眼差しに、青葉は断りたいのもやまやまだったが、耐えかねたようにこくりと頷く。

「わ、分かったってば……。両兵も、いい?」

「……まぁ、塩不足ってンなら手を貸すのもやぶさかじゃねぇが……黄坂。駄賃は」

「分かってるわよ。そうねぇ、とっておきのお酒と……これは作戦が成功してからだけれど、損はさせない報酬が待っているとだけ言っておくわ」

「よし。じゃあ行くぞ、青葉に黄坂のガキ」

「ちょ……ちょっと待ってってば! ……本当にやるの?」

「何だよ。ここまで話を聞いておいて抜けるとか言い出さねぇよな?」

「……そりゃ、塩が必須なのは分かったけれど、アンヘルのへそくりを見つけるなんて、簡単とは思えないんだけれど」

「まぁ、見とけ。こういうのは大概、ヒンシが任されることが多いもんだ。おーっす、ヒンシ」

 歩み出て声をかけた両兵に作業中の川本が目線を振り向ける。

「ああ、両兵。それに青葉さんとルイちゃんも。どうしたの? 人機の整備状況なら、お昼に共有した限りだけれど」

「そうじゃねぇよ。……ヒンシ、とびきりの儲け話があるんだが、興味はねぇか?」

「えぇ……、何だよ、それ。悪い顔してるなぁ、もう。けれど、一応は聞いておこうかな」

 川本の肩へと手を回し、両兵はよしと首肯する。

「知ってンだろ? 整備班のへそくりの隠し場所。とっととゲロっちまえよ」

「り、両兵! 真正面から聞いてどうするの!」

 堪えかねて口走ると、川本は眼鏡のブリッジを上げる。

「……へそくり、って……あっ、もしかして塩のこと?」

「おう、そうだ。山野の爺さんは口を割らないだろうが、てめぇなら知ってるんだろ?」

「……参ったなぁ。親方に怒られちゃうけれど……両兵が塩を欲しがるとは思えないから、南さんかな?」

 そこまで看破されてしまえば、秘密作戦の意味がなくなると青葉は危惧したが、両兵は重ねて尋ねる。

「分かってンなら話が早ぇ。へそくりの塩が欲しいとのこった」

「まぁ、いいよ。確か今週の隠し場所は……あっ、ここだね。第三貯蔵庫」

「よし。あんがとよ、ヒンシ。後で黄坂のとっておきを貰う権利をくれてやる」

「頼んだよ」

 川本が何の葛藤もなく両兵に教えてしまったので、青葉はぼうっと突っ立ってしまう。

「……何やってンだ。アホ面してんぞ」

「いや、その……何で川本さんは隠すこともなく教えてくれたの?」

「そりゃー、お前。黄坂と塩とくりゃ、どういうとっておきが待ってるのは分かり切ってるからな。他のメカニックにゃ教えたくねぇ……っと。これも後のお楽しみだな」

「……両兵。真っ昼間からお酒は駄目だよ?」

「酒だけじゃねぇよ。黄坂のガキがこれを引き受けたのも、それが目的なんだろうさ」

「ルイも……?」

 ルイは、と言えばこちらの疑問符をエメラルドグリーンの強気な瞳で見返す。

「……何よ」

「な、何でもないってば。……けれど、変なの。何で両兵もやる気なんだろ……」

「あんたももう少しカナイマアンヘルに馴染めば分かるわよ。お酒やお金以上のものがあるってことをね」

「お酒やお金より大事な……?」

 第三貯蔵庫と呼称される辺ぴな物置の前で両兵がよしと気合を入れる。

「じゃあやるとするか。青葉、てめぇはオレと一緒に右側担当だ。黄坂のガキは左側を攻めてくれ」

「いいけれど……何だか変じゃない? 塩が重要なのは分かったけれど……」

「いいんだよ、全部分かれたぁ言わねぇ。とにかく手ぇ動かせ」

 貯蔵庫の中にはいくつかの食料品や嗜好品が重ねられており、奥まった場所には酒瓶や米を仕舞われている。

「お米……日本米だけじゃなくってブラジル米とか、色々あるんだ……」

「玄米とかもあンだろ? もしもの時に備えてな」

 懐中電灯を手に青葉は物色しながら、これでは本当に泥棒ではないか、という疑念が湧いてくる。

「……ねぇ、両兵。これって盗み……」

「盗みなもんかよ。ヒンシに許可は取ったろ?」

「うん、そうだけれど……」

「あったわ。こっちよ」

 ルイの声を頼りに懐中電灯を振り向けると、そこにはうず高く積まれた塩の袋があった。

「……けれど、こんなには持って帰れないよね……?」

「一人二キロってところか」

 思ったよりも塩は重量感がある。

 青葉が必死に持ち上げようとしていると、両兵がひょいとそれを引っ手繰る。

「何やってんだ、てめぇは。ったく、体力も腕力もねぇんじゃ話にもなんねー」

「……こんなに重いなんて思わなかったんだもん」

「じゃあ青葉はそっちの小さい袋持ってこい。……うん? どうした、黄坂のガキ」

 両兵の目の前でルイが二キロの袋を抱えてじっとしている。

「……これ、結構重いのね」

「ああ、だな。……何だよ。持ててんじゃねぇか」

「……そうね。青葉とは違うわ」

 妙な緊張感の末にルイは肩に二キロの塩袋を持ち上げる。

 青葉はと言うと、小さな袋を抱え込んでいた。

「よぉーし。このまま黄坂ンところに帰んぞー」

 両兵を先頭にして、ルイがこちらへと目線を振り向けてぽつりとこぼす。

「……とんだもやしっ子ね」

 うっ、とダメージを受ける。何故なのだか分からないが、ルイは自分に対して恨めし気な論調で責め立てる。

「ケンカすんなって。……おっ、準備はもうできてるみたいだな」

 南は《ナナツーウェイカスタム》から調理道具を下ろしている途中であった。

「両、それに青葉も。何とか塩の確保はできたみたいね」

「ったく、とんだ小間使いって感じだぜ。……報酬」

「分かってるわよ。青葉も塩をそこに置いてくれる?」

「いいですけれど……何で調理道具……?」

「まぁ、いいから。ナナツーの血塊炉を利用して発電するから、ちょっとだけ時間はかかっちゃうけれど三人が時間を稼いでくれたお陰で何とかなったわ」

「三人じゃねぇよ。四人だ。ヒンシに口利きしてもらったからな」

「何よ、結局誰かに聞いたのね。……まぁ、聞かないと塩のへそくりの場所なんて分かんないか」

 南が《ナナツーウェイカスタム》の発電能力を使って整えたのは炊飯器であった。

「南さん、これってお米……?」

「うん、そう。なかなかないからねー」

 南は炊飯器からちょうど掌に収まる量の白米をよそい、調達した塩を手の中に練り込む。

「さぁーて! 始めちゃいますか!」

「南、とっととやってよ」

「まぁ、焦らない! ここからが楽しいんだからね!」

 水を染み込ませ、南は手慣れた様子でアツアツのご飯を固めていく。

「……南さん、それって……」

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