「おっ、青葉も興味ある? いやー、やっぱり――握り飯にはちゃんとした塩が限るわよねー」
そう、南が仕上げていくのは三角形の握り飯で、それを笹の葉の上に置いていく。
茫然とする青葉の一方で、楽しみそうに座り込んだ両兵とルイが囃し立てる。
「よっ! 握り飯の味だけなら日本一!」
「本当にそう。おにぎりだけなら美味しいんだもの」
「おにぎり……? あれ? 塩の貯蔵がないからって……」
「うん? そうよ? せっかくおにぎりパーティーをしようと思ったのに、塩が足りないって言うんじゃねぇ。もちろん、貯蔵分の塩も足りなかったんだけれど、こればっかりはやめられないって言うか」
シンプルな塩むすびを並べていると、整備格納庫から川本がひょっこりと顔を出す。
「やってるね」
「おう、ヒンシ。来たな」
「あっ、川本さん。……ええっと……これってどういう……」
「ああ、そっか。青葉さんは知らないんだっけ。南さん、定期的に塩むすびを作ってくれるんだ。で、これが美味しいから、普段の整備班の中でも争奪戦になっちゃって」
「お陰でこうして隠れてやるしかないってわけ。……まぁ、本当なら私とルイだけで独占しようと思ったんだけれど、川本さんに青葉と両にバレちゃったしねぇ」
そう言いながらも南は慣れた所作でおにぎりをいくつも作っていく。
芳しい炊き立ての白米の香りに、食欲をそそる塩の匂い。
「……それにしても、シンプルだけれど……すごく美味しい……」
「南、サバイバル術とおにぎりだけは一級品だからね。カナイマじゃこれの虜になった人間も多いって聞くわ」
おにぎりを頬張り、指に付いた米をルイは舐め取る。
「まぁ、それもあってね。だからこそ、親方なんかには知られちゃ駄目って言うか。塩と米を無駄遣いするなって」
「無駄じゃないわよぅ。こうして私の絶品おむすびにありつけてるんだから感謝してよねー」
「よく言うぜ。まぁ、かくいうオレも黄坂の握り飯だけは真っ当に評価してやってもいいがな」
何なのだろう――手の温度か、あるいは絶妙な塩の握り加減か。あるいは――こうして馴染みのない光景だからか。
「……おにぎりを食べているだけなのに、何だかとってもあったかいよね」
「そりゃー、青葉。握りたてだもの」
「あ、いや、そうじゃなくって……。南さんのおむすびだから、多分あったかいんですよ」
「うーん? 何かよく分かんないけれど褒められてる?」
「そんなことはないわよ。おにぎり程度しか作れないって小ばかにされてるのよ」
「あっ、ルイー! あんた、もう三個目に手を出して!」
「南、いずれはおむすび屋でも経営すれば? おむすびだけしか売り物にはならないでしょうけれど」
「失礼ねー、あんたも。けれど、おむすび屋かぁ……それで生計立てられるんなら、まぁそれも面白いかな」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。握り飯だけで生きていけるなんて、そんな世の中甘くなって堪るかよ」
とは言いつつも両兵も四個目だ。
南は怪訝そうにしつつ、笹の葉に置いたおにぎりを頬張っていく。
「……そんなこと言いつつ、夢中じゃ……」
「南さん。よければおにぎりの握り方……教えてくれませんか?」
「いいけれど……特別なことなんて一個もないわよ? せいぜい、こうしてへそくりの塩をちょろまかしている背徳感が美味しさを増しているのかしらね」
ならばその背徳感ごと――教えてもらいたいではないか。
「じゃあ、今度は私が。へそくりのお塩で……おにぎりを作りますから。コツとか」
「コツねぇ……。じゃあ、青葉。今度はあんたがおにぎり屋台を経営してみなさいよ。ま、私がどうしようもなくなったらね。青葉に譲ってあげるのも悪くないかなぁって」
「よく言うもんだぜ。青葉、こいつのレシピなんざ適当なんだ。聞き流しておくのが吉だぜ」
「そうね。南の言うことなんて八割切るくらいでちょうどいいのよ」
「ルイに両も……! 言ってくれちゃってるわねぇ……。けれど、いいの? 本当に特別なことは何もしてないわよ?」
青葉はその問いかけに頷く。
「はい! きっと……その特別じゃないのが、一番……」
――前線が疲弊していると言うのは伝え聞いてはいたが、広世は《ギデオントウジャ》から降りるなり腹の虫が鳴ったのを認識していた。
「……参ったな。今日は朝からまともに食べてないんだよな……」
とは言え、カナイマアンヘルも食料面では安定しているとは言い難い。
「適当に冷蔵庫のものでもつまむか……って、青葉?」
静まり返った台所で青葉が握っていたのはころんとしたおむすびだ。
「あっ、広世。帰って来たんだ」
「索敵だけの任務だから、そこまで大変じゃなかったけれど……。青葉、何をやってるんだよ」
「何って、分からない? おむすびを握ってるの」
「いや、それくらいは……。何だっておむすび?」
「知らないの? 広世。疲れた身体には塩の強いおむすびが一番効くんだよ?」
「……初耳だなー、それは」
青葉は炊飯器から米をよそい、そのままアツアツのご飯を手際よく固めて笹の葉の上にいくつかおむすびを置いていく。
「……手慣れてるんだな」
「うん、まぁね。ちょっと教えてもらったことがあるの」
「おむすびの作り方を? わざわざ?」
「広世、たかがおむすび、されどおむすびだよ? 奥が深いんだから」
確かに青葉の握ったおむすびからは芳しい米本来の香りと、そしてほぐされた柔らかさが宿っている。
「山野さんたちに届けるんだけれど、広世も食べていく?」
「ああ、もらおうかな。よっ、と……」
頬張ると、口の中で米がふわふわと解けていく。
絶妙な塩加減が染み渡って疲れを癒す。
「美味しいでしょ? これは自慢なんだ」
「うん、本当に美味しい……。けれど、山野さんたちにどやされないか? 貴重な資源をとか……」
「大丈夫! だって、おむすびはいつだって、誰かのために握るものなんだから! それに、これは秘密なんだけれど、へそくりのお塩を使ってるんだ。だから、ね? 広世も内緒で!」
どうしてなのだか、それがおむすびを一級品に高めている要因のように告げられる。広世は青葉と秘密を共有するのも悪くないと頬を掻いていた。
「そ、そうか……。まぁ、こういうのもいいよな」
「でしょ? じゃあ、みんなに配らないとね! まごころ込めた、へそくりおむすび!」
まごころとへそくり――まるで相反するような言葉が今はおむすびとなって同居している。
青葉がおむすびを丁寧に包み、格納庫へと持っていこうとするのを、広世は手伝っていた。
「……そっか。そうかもな。おむすびって、誰かのためを思って作る、そんなささやかな料理かもしれないよな」