「はっ! ほっ! わわ……っ!」
しかし、何度やっても音楽に合わせることができずに、つんのめって無様に転がっていた。それを横目に、完璧なリズムを刻んでルイが舞踊を踏む。
「……無様ね」
「そ、それはぁ……! 言わないでくださいよぉ……」
「はい! もう一回立つ!」
エルニィのコーチは休む間さえも惜しいとでも言うように間断なくこちらに強要するが、完全に参ってしまった赤緒はぜいぜいと息を切らしてストップをかけていた。
「ちょ、ちょっと待って……いったん休憩……」
「もう! 赤緒ってば、そんなんじゃ物になんないよ!」
「だ、だってぇ……ダンスがこんなにきついなんて思わなかったんですもん……」
「弱音吐かない! そもそも、さ。これ言い出したの赤緒じゃん」
「そ、それはそうなんですけれどぉ……」
強く言い返すことができずに赤緒はジャージ姿のまま、その場に腰を下ろす。
「ルイを見てよ! ちゃんと教えたとおりにこなしてるんだからね!」
「こんなのができないほうが悪いのよ。運動能力が三流の連中は困ったものね」
「そ、そこまで言わなくたって……」
赤緒が困窮していると、視界の隅でさつきが音楽に合わせてダンスしながら、次の動きを決めていく。
その流麗さと、そしてしなやかさは普段のさつきからは想像もできない。
「よっ! はっ!」
「おぉー、意外だね。さつきはできちゃうんだ」
指導するエルニィも意外だったようで何度か拍手していた。
「えっと……一応、基礎体力はあると言いますか音楽は好きなので……。声優をやらせてもらっている時も、タイミングとかちゃんとしないと駄目ですし」
そう言えばさつきは操主と学生の傍ら、時折南に引き連れられて芸能界を行き来しているのだ。
確か、声の仕事もいくつかやっていたはずである。
「……で、こっちはこっちなわけだ」
音楽に合わせてダンスを決めるのはメルJであったが、どうにもぎこちない。
「むっ……ふっ……!」
「メルJさー、意外とできないんだよね、こういうの」
「……戦闘とは身体の使い方が違う。そもそも、だ。こんな遊戯に興じている場合ではないのではないか、立花」
汗を拭いつつ、メルJは言い分を崩さない。
「何を言ってるのさ。そもそも、赤緒がダンスレッスンがしたいって言うから、わざわざボクらも一緒になってやってあげてるって言うのに」
そう言われてしまうと、赤緒もなかなか立場がない。
「そ、その……皆さんでやろうとまでは言ってないって言うか、ご迷惑なら……」
「迷惑程度で済むんなら、まだマシでしょー。赤緒が言い出しっぺなんだからね。そこはちゃんとしてよ」
「むぅ……。それはそうなんですけれどぉ……。ちょっと水分補給いいですか?」
「まぁ、水分は大事だけれどさ。はいはーい! とりあえず休憩入るよー! トーキョーアンヘル全体でやるってなったんだから、そこは足並み揃えていこー」
エルニィの号令で休憩となり、赤緒は少しだけ居づらさを感じながらもシールと月子から水を差し出される。
「はい、赤緒さん、水。ちゃんと飲んでね」
「あっ、ありがとうございます」
「他の連中も脱水症状には気を付けろよなー! 足りねぇんなら、すぐに補充するからよー」
シールから受け取ったスポーツドリンクを飲み干すルイは素直に絵になっている。
さつきは音楽を確認しつつ、何度かリズムを取っていた。
「……さつきちゃん、結構得意なんだね、こういうの……」
「あっ、はい。リズムとか、身体が軽くなる感じって言うんですかね。普段は鈍くさいですけれど、ダンスは結構好きかもしれません」
「私は好かんな。……そもそも、手足を伸ばして隙だらけなんだ。もっと無駄のない洗練された動きならばいいと言うのに」
文句を垂れつつも、メルJはペットボトルを片手に流麗に立ち振る舞う。そこはさすがにモデルと言うものだろう。
「はっ……ほっ……!」
全員が休憩に入った中でも、まだまだ努力に余念がない人影に、エルニィが手を叩いて制止させる。
「……三宮さ、無理してもよくないよ? 何だってそこまで必死なのさ」
「で、ですけれど……っ。金枝は頑張りたいんです……。だって、せっかくその……修学旅行から帰って初めての学校行事なんですから……」
「はい、そこまで。息切れてる。説得力ないよ。休むことも練習のうち! 分かった?」
エルニィにそこまで言われてしまえば、金枝も無理を通せないのだろう。
ようやく休む気になったようで、メカニックから水のペットボトルを受け取る。
「……金枝ちゃん、頑張り屋さんだなぁ」
「赤緒さんこそ。金枝は……その、ちょっと無理をするくらいがちょうどいいので……」
そうは言いつつも水を一気に呷ったところを見るに、相当に疲弊は目に見えている。
「……そもそもは、だ。三宮を迎え入れるための学校行事とやらが……何故、ダンスレッスンなんだ?」
メルJの問いかけに赤緒はこう至った事の次第を思い返していた。
「――ねぇ、赤緒ってさ。金枝と一緒に住んでるんだよね?」
お昼休みに弁当を広げていると不意にマキに尋ねられたもので、赤緒は少しだけうろたえる。
「あ、うん……。金枝ちゃんは……」
「金枝さんなら、購買にパンを買いに行ったようですわ」
泉の返答に赤緒はうーんと困惑する。
「……金枝ちゃん、お弁当を作って欲しいのなら言えばいいのになぁ」
修学旅行から帰ってきて、金枝とようやく仲良くなれる――と思っていたのだが案外と学校では顔を合わせる機会も少なく、かと言って帰ればというわけでもない。
一個の大きな転換期を超えたとは言え、まだ気を許して貰えていないのかもしれない。
「けれど、金枝さん。赤緒さんを何度か窺っていたようですよ? 本心では仲良くしたいのでは?」
「そう……なのかな。そうだといいと思っているけれど……」
「あー、じれったいなぁ、赤緒も金枝も。お互いにきっかけを欲しがっているみたいなのにさ。そんなならさ、ちょっとしたイベント事があるんだけれど、これ。興味ない?」
マキが差し出したのは小型の音楽再生機器だ。学校には持ち込み厳禁ではあったが、これも形骸化しているものでもある。
イヤホンを手に取ると、小気味いい音楽が再生される。
「あっ、これ好きかも……でも、イベントって?」
「金枝ってさ、最初に結構大きな壁を作ったじゃん。自分には構わないでくれって」
そう言えば金枝は当初、自分たちにさえも心を開いていなかったのだ。
お昼休みに教室に居ないのは居心地の悪さを感じているからかもしれない。
「そうだけれど……私たちとは一緒に帰ってくれてるし……」
「赤緒さん。マキちゃんはクラス合同で、金枝さんの歓迎会をしたいとお考えなのですわ」
「歓迎会……? 金枝ちゃんの?」
ピンと来ていないでいると、マキは焼きそばパンを頬張って天井を仰ぐ。
「気持ちは分かんないでもないけれどね。だって金枝って美少女だし。このまま腫れ物扱いするよりかは、どっかで仲良くなりたいのが本音でしょ。で、女子の間でね。今、流している音楽をダンスミュージックにして、一緒に踊ろうって企画が持ち上がっているみたいで」
「……私は初耳なんだけれど」
「赤緒さんは何だかんだでアンヘルのお仕事もありますから、相談はマキちゃんからということになったのですよ」
つまり、ほとんど本決定となってから聞かされたわけか。
そんなに近づきがたいだろうか、と赤緒は首を傾げる。
「金枝ちゃんはでも、そんなことをしなくっても仲良くはなれるんじゃ……?」
「いやさ、赤緒はそうだし、私たちもそうなんだけれど……他の子たちはそうじゃないわけ。まずは歩み寄り! ……って言うのは私も苦手な言葉なんだけれどねー。別に足並み揃えるとか好みでもないし。けれど、さ。今の状態、金枝自身もきついとは思うよ?」
「それでこの音楽に合わせてダンス……? けれど、何でダンス?」
「赤緒さんは知りませんか? この音楽は今とても流行っていて、創作ダンスの題材に使われているんですよ?」
「創作ダンス……」
まるで無縁なその言葉に茫然とお茶を飲んでいると、マキがうんうんと頷く。
「分かるよー。私だって創作ダンスとか言われても何かピンと来ないからね。赤緒がピンと来るわけないし。けれど、まぁ仲良くなるためのきっかけって言うのかな。創作ダンスを通じて、金枝が少しでもクラスに馴染めるようにしたい、って言うのが考えってわけ」
「えっと、誰の……?」
「クラスの考えってことは、そりゃー当然、女王バチが噛んでいないわけないでしょ」
つまるところ、今の金枝の状態をジュリも見かねているということだろうか。
「でも、きっかけって言ったって、ダンスをみんなでやったからって仲良くなれるのかな」
「さぁーね。その辺は大人の事情も絡んでいるんじゃないの。どっちにしたって、私たちだってきっかけ一つだったわけじゃん」
そう言えば、中学の時にマキと泉が自分と仲良くしてくれたきっかけは――。
「きっかけって何ですか、皆さん」
「金枝がクラスに馴染めるようにしようって言う、努力のことでしょー……って、うわっ!」
いつの間にか購買のパンを抱えて後ろに立っていた金枝に、マキは仰天して椅子から転げ落ちる。
「あっ、えっとその……! マキちゃんの言っていたことは物のたとえで……!」
ここでバレればまずい、と咄嗟に赤緒は庇おうとして、金枝は椅子に腰掛ける。
「……別に、何も知らないわけじゃないですよ。ついさっきクラスメイトに言われたところですし」
「あ、そうなの……」
赤緒とマキは顔を見合わせて安堵の息をつく。
「ですけれど、金枝さん、今回の一件には納得なのですか?」
「納得って……確かに金枝が悪かったところもあります。歩み寄りって言えばその通りでしょうし……。ですけれど、ダンスなんて。金枝は浮ついたことは嫌いです」
ほとんど想像通りの返答に、赤緒は戸惑いながらも尋ね返す。
「けれどその……金枝ちゃんはこのままは嫌じゃないの?」
「別に。そこまで嫌でもないですけれど。お三方だけが友達でも」
本当に割り切ったような金枝の言い草は特段、孤独を感じているわけでもなさそうだ。
しかし、ここまでクラスで盛り上がっている手前、金枝が要らないと言ってもこの催しは行われるだろう。
「……じゃあ、その……金枝ちゃん。トーキョーアンヘルのみんなと練習してみない? それなら……」
「トーキョーアンヘルの皆さんと? クラスの問題ですよ? それを柊神社に持ち帰るのは、純粋によくないでしょう」
「うん、かもだけれど……今のままじゃ金枝ちゃん、何て言うのかな。もうちょっとだけでも……学校に居場所があったほうがいいだろうし」
「そんなの金枝には必要ありません」
断じた様子で金枝はクリームパンを頬張る。
いくら京都でクラスメイトを救い、心証はマシになったとは言え今のままでは金枝は孤独を深めていくに違いない。
自分とてクラスメイト全員と仲がいいとは言えないが、それでもだ。
今のままの金枝を、放ってはおけない。
「金枝ちゃん……! 帰ったらすぐに立花さんに言うから……! 練習しよっ!」
「……赤緒さん、それ、本気なんですか?」
どこか試すような物言いに赤緒は一瞬だけ言葉に詰まるが、ここまで来てしまえば取り消しもできない。
「あ、当たり前だよっ! 絶対に、ダンスを覚えるんだから!」
――練習を続けること自体は承服されたものの、赤緒は嘆息をつく。
「はい、ワンツー!」
「……帰るなり言ったら立花さんの飲み込みは案の定早かったけれど、問題の私の鈍くささがなぁ……」
エルニィはと言うと、ダンスレッスン自体は面白そうだとすぐに全員に通達し、アンヘルメンバー総出で格納庫に増設された空調の効いた部屋で練習を続けていた。
「うーん、やっぱり三宮、ちょっと遅れ気味だね。もうワンテンポ早くできない?」
「……そうは言いますけれど、立花さんはできるんですか」
「えーっと、音楽がこんな感じだから。ワンツー、ワンツーかな」
教師役のエルニィの音感はぴったりのようで、金枝だけではなくアンヘルのメンバーへとお手本を見せる。
思えばエルニィはちょっとかじっただけでも何でもやってのける天才だ。
だからこそ、こうして中立な立場で教鞭を振るうことに決めたのだろう。
「けれど、赤緒。コネ宮相手によくやってのけるなんて吼えたわね」
そういう点ではルイも同じくらいにリズム感があり、手拍子でメルJの踊りを見ながらこちらへと目線を振り向ける。
「……そ、そうですかね……。でも、ルイさんも困ったりとかはしなかったですか? だって途中編入で、クラスのみんなと仲良くするのって大変なんじゃ……」
「私は別に。仲良くってのも変な話と言えば変な話よ」
「……変、ですかね」
「クラスメイトと特別、仲良くしようって言うのは考えたこともないわ。ただ、同じように教室で空気を吸うんなら、それが滞留した悪い空気じゃないほうがいいでしょ。授業だとか、共同体ってそういうものよ」
何だか分かった風なことを言うのも意外で、そう言えばルイのこれまでの経歴を自分はほとんど知らないのだなと思い返す。
「……ルイさんも、クラスメイトと仲良くするのに苦労した経験が?」
「……みたいなものね。たった二人に教師が一人の特別なクラスだったけれど。でも、あれは得難い経験だったと思うわ。今は苦労してないのはそれもあったのかもね」
「……ですかね」
「こ、黄坂ルイ……テンポが掴めん……」
「合わせなさいよ。あんた、人機のコックピットなら呼吸くらい造作もないでしょうに」
手拍子にリズムを崩したメルJがむぅと頬をむくれさせる。
「……舐めるな。ダンスも人機操縦も……完璧にやってのけるのが私だ」
元々、メルJは手足が長いすらっとしたモデル体型なのもあって、動きのコツさえ掴めば後は反復練習次第だろう。
さつきはと言えば、とっくにリズムのメイン音階を物にしているらしく、メルJの動きに合わせて舞踊する。
「……結局、できてないのは私と金枝ちゃんだけかぁ……」
「赤緒。あんた、コネ宮相手に歩み寄りだとか、そういうことを考えているんでしょうけれど、その原動力は何なのよ」
ルイは手拍子を切らさずに問いを重ねる。いざ聞かれると赤緒の中には明瞭な答えは少ない。あれでもないこれでもないと、心の奥底を探りかねる。
「……えっと、何となくとかじゃ……」
「駄目よ。私たちを巻き込んでおいて何となくなんて……そんなの許されないわ」
「……ですよねぇ」
金枝はエルニィとのマンツーマンで何度も踊りを習得しようとして、少しずつではあるが動きが身に馴染みつつあるようであった。
元々、気性は素直なはずなのだ。
だからこそ、その心持ち一つだろう。
「……私も頑張らないと……!」
立ち上がり、赤緒はリズムに合わせて手足を伸ばす。
しかし、何度やっても難しく、自ずと音階がずれていく。
「赤緒さん! もうちょっと全身でリズムを聞きましょう!」
「赤緒。ピッチがずれてるわ。耳で聞くだけじゃなく、身体で感じなさい」
「と、仰ってもぉ……っ! いったた……」
直後、何度目かの転倒。
「大丈夫? 赤緒さん」
月子が駆け寄り、水を差し出す。
「それにしたって赤緒も身体が堅ぇよな。本当に《モリビト2号》の操主かよ。血続トレースシステムに頼ってるって言ったって、もうちょっと柔軟がなってねぇとどうしようもねぇぞ。ほら、立ってみろ」
シールに手を差し出され、赤緒は腰をさすりながら何とか立ち上がる。
「柔軟とかはやってるつもりなんですけれど……身体が上手く動かなくって」
「……胸に要らない脂肪が付いているからじゃないの」
ぼそっと呟かれたルイの指摘に赤緒は静かにダメージを受ける。
「そ、それは言わないでくださいよぉ……」
「とは言え、だぜ? 三宮と赤緒だけなんだもんなぁ、まだ全然踊れてないの。このままじゃ日が暮れちまうぞ?」
シールの懸念に赤緒は気合を入れ直して、今一度音楽を聞く。
「も、もう一度! お願いしますっ!」
「――つ、疲れたぁー……」
普段は使わない筋肉を使ったせいか、びりびりとした筋肉痛は夕飯の仕込みに差し支える。
「赤緒さん、もしきつかったら私と五郎さんが準備しますから」
「うん……けれど、ここで諦めちゃったら、何にもならないだろうし……」
さつきの優しさも今は辛い。そもそも、自分がやると言い出した手前、習得できないのは立つ瀬がないのだろう。
カレーの仕込みをしつつ、赤緒は考える。
そもそも、金枝に対して自分は肩入れし過ぎだろうか。トーキョーアンヘルの面々は表立って口にはしないが、意地になっているのはよくない傾向かも知れない。
「あれ? 三宮さん……」
不意に台所に訪れた金枝に、さつきが小首を傾げる。
「あっ、金枝ちゃん。まだカレーは……」
「いえ、その……。ちょっといいですか。赤緒さんだけで、今は話がしたいんですけれど」
「えっと、その、夕飯の支度中だから……」
と、言い訳したいのは山々だったが、金枝の真っ直ぐな眼差しに今は逃げられないな、と観念する。