レイカル 68 小夜とオタクへの道

『銃光戦隊トリガーV、見参!』

 だからなのか、それとも正反対の代物だからなのか、カリクムが何度も削里の店で見返していたトリガーVの特典映像で思い返すものもあったのかもしれない。

「やっぱりトリガーイエローの役どころは結構、アクション多目だよなぁ」

「カリクムよ、トリガーピンクとの対比もあるのじゃ。特撮と言うのはキャラが被ってはいけないからのう。特に、トリガーイエローはピンクに比べて姉御肌。そして、他のメンバーとのやり取りでも勝気な描写が多い。それは脚本家の癖もあるのじゃが、劇場版での過去作との客演においても重視されており、監督のこだわりも垣間見えるバランスじゃ」

「……随分と詳しいのね、ヒヒイロ」

「これしき一般教養の範囲ですので」

 削里と将棋盤を挟みつつ、ヒヒイロは何でもないように設定をそらんじてみせるが、役者である小夜自身でさえも忘れていた描写もある。

「そう言えば……昔って特撮とかにはあまり興味がなかったわよねぇ。今でこそ、小夜が関わっているから毎週日曜日の朝には起きて観ているけれど」

 先刻の思考を読まれたようで、小夜は硬直する。

「……ねぇ、ナナ子。やっぱり、女の子って女の子向けに興味があるもので……こうして特撮なんかに出ている私が、ほら。何て言うの……? たとえ話なんだけれど魔女っ娘とかに少し憧れがあるのって変なのかしら?」

「魔女っ娘? それって日曜朝にやっているような? 女児向けの?」

「……まぁ、たとえ話を続けるのならば、そうね」

「うーん……そりゃあ、私も昔は観ていた気もするけれど、そういえばいつから興味がなくなったと言うか、卒業したんだったかしら?」

 ナナ子が自分の様子から心の中を読み取ったわけではないことにひとまず安堵するも、テレビに映ったトリガーVに夢中なレイカルたちをちらりと盗み見る。

「おーっ! やれーっ! そこだ!」

「レイカルってば、馬鹿だよなー。何回見ても応援したって結果は変わらないんだぞ?」

「何をぅ! カリクムこそ、何でもっと腰を入れて応援しないんだ! トリガーVのピンチじゃないか!」

「いや、これ映画……で、何回観たんだって言う……。そもそもだな、レイカルは作り物と本物の区別がついていなさ過ぎだよなー」

「何を言っている! トリガーVは本物だ!」

「言いたいことは分かるけれど……ほら。小夜はこっちに居るじゃんか」

「割佐美雷は日夜平和を守るトリガーイエロー! そうじゃないのか……?」

 唐突に不安げな眼差しを投げてくるレイカルに小夜は慣れた言葉を投げる。

「ま、まぁねぇ? トリガーVを応援してくれるのは嬉しいし、さすがにここまで純粋な子に、作り物だとかは言えないわよ。……そうよ、レイカル! トリガーVは本物よ!」

「だ、そうだ! 間違いないじゃないか!」

「……今の一連の小夜の言葉、聞いていたのか? 小夜も大変だよなー。フィクションだとかあるし」

「べ、別にこれくらい、ねぇ? ……本当に大変なのは製作陣だろうし」

「あくまでも役者、ってことなのね。けれどまぁ、小夜はその辺のバランスを分かっているとは思うわよ。夢を壊さないのも立派に特撮女優の仕事じゃない?」

 夢を壊さないか、と小夜は先ほど脳裏を掠めた考えを仕舞い込む。

「……ねぇ。やっぱりさ、女の子は女の子の趣味のほうがいいのかしらね? レイカルたちだって一応は女子だし」

「何を気にしてるのよ。レイカルもカリクムも小夜の背中を見て育っているじゃない。特撮女優だって立派な仕事よ」

「まぁ……その、別に自分の仕事を否定したいわけでもないって言うか……」

 ごにょごにょとハッキリしない自分にナナ子は首を傾げる。

「そこだー! 行けーっ! トリガーイエロー!」

「レイカルってばやっぱりお子ちゃまだよなぁ。そう思うだろー、小夜も」

「……そ、そうねー。レイカルはそういうところもあるしー……」

「……何で目を合わせないんだ?」

 不思議そうに仰ぎ見てくるカリクムの視線から逃れていると不意に声が響く。

「できました!」

 ウリカルがテスト用紙を裏返し、ペンを置く。

「じゃあ採点するわよぉ……。あら? このラクガキは?」

「えへへっ……! 最近ちょっと夢中になってるんです! トリガーVの後で三十分やっている番組なんですけれど。えーっと、確か番組名は……」

「『魔法少女サツキちゃん』よね……?」

 ついつい出てしまったタイトルに全員がぽかんとする。

「あっ、そうそう。『魔法少女サツキちゃん』で……あれ? 何で知っていらっしゃるんです?」

 迂闊だった、と悔いた頃にはナナ子の追及が飛ぶ。

「……変よね? さっきまでトリガーVの話題だったのに」

 ここまで来れば仕方あるまいと小夜は開き直る。

「……女児向けアニメに……ちょっとハマっちゃって……」

「それは業界人として?」

「いえ、その……個人的に……」

 今さら自分が女児向けアニメにハマるなどどうかしていると思われる――そう感じていたがナナ子は寛容であった。

「……まぁ、そういうところがあったって変じゃないか。トリガーVの後でやっているアニメよね? ウリカル」

「あっ、はい! 私、これに最近、すごく夢中になっちゃって……! えっと、でも小夜さんにしてみれば、変……なんですかね?」

「そんなことはないわよぉ……。ウリカルはまだ世の中を知っている途中なんだし。それにしても、魔法少女、ねぇ……」

 ラクレスは何かしら一家言ありそうだ。

「わ、分かってるってば! そりゃー、女児向けアニメにハマるにしては、もうその……年が! 行き過ぎてるってことくらい!」

「別にそこまでは。何も言っておりませんわぁ……」

 完全にラクレスの術中に嵌ってしまったことを認識したその時には、ヒヒイロが補足説明をする。

「『魔法少女サツキちゃん』、今期日曜朝枠で始まった魔法少女系のアニメですね。いわゆる女児向けにカウントされるものですが、意外と展開は予想をいい意味で裏切るものであり、テンプレートからは少し外れた話運びはSNSなどで静かな人気を博そうとしている……」

「く、詳しいのね、ヒヒイロ……」

「これしき一般教養ですので」

 何てことはないようにヒヒイロは返答する。

「……けれど、それを知られたくない、と。何で? 今どき、女児向けだとか男子向けだとかってあんまし意味ないわよ」

「そ、そりゃーそうなんだけれど……。私のキャラ的に? 女児向けの魔女っ娘ものって、ちょっとその……」

 言わんとしていることをようやくナナ子は察知したらしい。

「あー、なるほどね。いわゆるキャラじゃない、って奴ね」

「……まぁ、端的に言うと」

「けれど、小夜ってばいいところの一人娘でしょ? 子供の頃によく買ってもらったりしたんじゃないの?」

「……私、その……ほら。この性格じゃない? あんまし周りに言えなかったのよね、魔女っ娘に憧れがあるって」

 もじもじして告白するとナナ子はふぅむと受け止める。

「確かに。小夜って昔から男勝りって言うか、運動もできたもんだから意外と男の子趣味?」

「……って言うか、舐められると思ってそういうの観て来なかったのよ。もちろん、一通りは知っているつもり。だけれど、芸能界の仕事やるまで、その……」

「通って来なかった、ってわけね。それはでも、結構重症かも」

 ナナ子は顎に手を添えて思案する。想定外のナナ子の言葉に小夜は虚を突かれていた。

「……それってどういう……」

「ほら、オタク趣味を嗜む者としてはね? “通って来た”って案外大事なのよ。子供の頃にある程度のサブカル趣味にうつつを抜かしたことで、大人になって自制が効くって言うのかしらね。大人になると、財布を握るのはもちろん自分だし、グッズとかにお金を落とすのも自分になるじゃない? そうなってくると、大人になってからこういう特撮だとか魔女っ娘ものにハマっちゃうと際限ないって言うか」

「加えてここ近年は、ハイグレードのおもちゃも発売されております」

「えっと……ハイグレードって、大体どんな感じ……?」

 ナナ子は携帯を操作して通販サイトを見せる。

「ほら、これとか。小夜が子供の頃に見てきたような奴じゃない?」

 確かに自分が昔、懐かしんだタイトルが並んでいるが、その下にあるおもちゃの値段が尋常ではない。

「ちょ……っ! これ! 数万円? ゼロが一個多いとかじゃなく?」

「あれ? 小夜ってば最近の市場には疎いのね。小夜の出てるトリガーVだって、大人向けのハイエンド商品がたくさん出てるじゃないの」

 スクロールされるとトリガーV関連のおもちゃが並んでいるが、どれもこれも子供向けにしてはあまりに高額だ。

「これ……っ! 高い、高いってば! こんなの子供は買えないわよ!」

「だから、いわゆる“大友”が買うのよ」

「おおとも……さん?」

「“大きいお友達”の略称ですね。そこを関知されていないとは意外でした。トリガーVも細かいアイテムをハイエンドな値段で多数売っておりますので」

 ヒヒイロがぱちんと駒を打つと削里が首をひねる。

「……待った」

「よいですが、待ったは三回までですよ。さて、ハイエンド商品に関してでしたか」

 こちらの会話に入って来たヒヒイロへとナナ子が画面を見せる。

「ほら。これなんて絶対に子供じゃ手が届かないわよねー。トリガーイエローの武器セット」

「ですね。これらは最初から購買層を大人に設定されておるのです」

「……うん? ちょっと待って。子供が買ったり夢中になる番組なのに、大人に向けての商品展開?」

 どうにも疑問符が消えないでいると、ナナ子が分かりやすく商品を見せる。

「ほら、これとか。変身ブレスとかって普通、子供向け商品だと尖っていなかったり、ベルトとかも小さめに設定されているじゃない? でもハイエンド商品になるとちゃんと大人の手首に通るようになっていたり、そもそも原作再現で尖っていたりしてもいいのよ」

「あっ、これトリガーレッドの変身アイテムのバージョン違いじゃないの。って……これ! 六万円? 何だってこんなにするのよ!」

「……それを売るための番組に出ている人間が言うとは思えないわね。とにかく、近年ではこういう商品展開が当たり前なのよ。多少お高くとも、コスプレに使えたり、そもそも子供向け展開の商品とはグレードが違っていたりとかして、これはこれでありがたいものなのよ?」

 自分のあずかり知らない世界であったが、トリガーVの商品も数多く、レジェンドシリーズで言えば四十年ほど前の商品でさえも現役だ。

「……何だか見れば見るほどめまいがするって言うか……こんなのみんな買ってるの?」

「まさか。でも熱狂的なファンが居るのも納得のシリーズだからね。自分が好きなものを買えるのは大人の特権だし、こういうのも見逃せないんじゃないの」

 ナナ子は小夜へとちょうど『魔法少女サツキちゃん』の画面を見せる。

「えーっと……変身用のブレスレットに、アイテム各種……って、こんなに? 値段もバリエーションも……!」

「だから言ったじゃない。そこから先は“通って来てる”ってのが大事だって。子供の頃にこういうのにちゃんと触れているかいないかって結構重要なのよ? 大人になってから財力任せに手当たり次第買っちゃって破産ってこともあり得るんだから」

「……ナナ子は買ってるの?」

「そうねー、私はフィギュア用の衣装だとか立体物メインかしらね。なかなか出ないのもあるんだけれど、ちゃんと応援してると何十周年とかで出ることもあるし」

 まるで及びもつかない話に小夜は純粋に驚嘆する。

「……何か、その熱量に押し負けるわね……。って言うか、ここまで展開してるんだ。現場じゃ、音なんて出ないのよ?」

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