「小夜、小夜。それは言っちゃ駄目なラインよ。それも込みで、なんだからね」
思わず口を噤む。
レイカルたちに聞かれた気配はないが、ヒヒイロはちゃんと唇の前で指を立てている。
「言いっこなし、と言うものですね。それも込みで、我々は夢を見せてもらっていますので」
「……で、でも、ここまでの値段なんて。わっ……でも、大人のサイズの衣装も出てるんだ……」
通販サイトを上へ下へと眺めていると、購買意欲とでも言うものが高まってくる。
これがハイエンド商品を求める人間の心理か、と小夜は唾を飲み下していた。
「けれど、小夜。こういうグッズ展開とかにも無頓着なのね。案外、現場ではもっと知っているもんだと思っていたわ」
「そ、そりゃー、子供向けの商品だとかは目を通すこともあるけれど、基本は毎週演じるのに必死だし……」
とは言え、目的の魔女っ娘もの――いわゆる女児向け商品もハイエンド展開されており、小夜は値段別に分類した途端、並んだ額の巨大さに圧倒されていた。
「えーっと、一十百……五万円? 五万……って……!」
「『魔法少女サツキちゃん』は大人の客層も狙える題材ですので、そちら側の商品展開も素早いようですね」
「ヒヒイロ、あんた本当に詳しいわね……」
「これしき一般教養ですので」
スクロールする度に値段が目まぐるしく変わるので、小夜は少し酔ってしまっていた。
「……ちょ、ちょっとタンマ……。値段酔いした……」
「まぁ、それが正しい反応よね。けれど、小夜。世の中にはこういう、ハイエンド商品にお金を惜しまない客層も居るんだからね。それは否定しちゃ駄目よ?」
「さっき言っていた、“大きいお友達”か……。確かにこれがポンポン買えちゃうのは大きい、が付くわね」
「あれ? 小夜もその中に入っちゃうって話じゃなかったの?」
ナナ子の意外そうな声音に小夜は頬を掻く。
「私はその……ここまでじゃないし。ちょっと気になっていたって言うか……」
「けれど、小夜さん。気になったのなら買ったほうがいいですよ。私、毎週おハガキコーナーに送ってるんです!」
ウリカルの純粋な笑顔が眩しい。
そう言えばエンディングの後に今週のおハガキコーナーがあったか。
「うっ……ウリカルの言う通りではあるわよね。買い支える、じゃないけれど」
「案外、最近の商品展開って馬鹿にできないわよ? 三十年以上前の作品がリバイバル上映されたりして。ここで小夜もファンとして、声を上げるべきなのよ!」
拳をぎゅっと握って声高く宣言するナナ子に、小夜は気圧される。
「そ、そうよね……。私もファンとして……ファンとして……」
「しかし、小夜殿もここは一つ、一個の誇れる趣味として持ってもよいのではないでしょうか? ここ近年、オタク趣味には世間の風当たりもよくなっていると聞きます」
「おっ、さすがはヒヒイロ。その辺のリサーチも余念がないわね」
「これも一般教養、ですので」
二人して分かった風に成っているものだから小夜は困惑する。
「な、なに……? オタク……? オタクって秋葉原とかでデカい鞄背負ったり、ネルシャツを着たりしている……」
「小夜ってば古いわねぇ。今どき、オタクでもちゃんとファッションには気を遣うものよ。それに! もっと言えば! 小夜はどっちかと言えばオタクの味方じゃないと駄目じゃないの!」
ナナ子の声高々と叫ばれるオタク賛美に小夜は対応に困る。
「わ、私がオタクの味方……?」
「コンテンツの側でしょうに。いい? “大きいお友達”のためにも、小夜もここ一番でオタク趣味を通ってもいいところじゃないの!」
「オタク趣味……で、でも女児向けアニメよ?」
「馬鹿ねぇ。だからこそ熱中のし甲斐があるって言うものじゃない。小夜のオタク道はここから始まるのよ!」
ナナ子が勝手に盛り上がるので辟易していると、ヒヒイロも言い添える。
「ゼロ年代ではオタク迫害も多かったと聞きますが、ここ近年ではそれは趣味として、そうですね。言い方が変わったと言うべきでしょう。“推し文化”と混合されることも多くなりましたし」
「さすがはヒヒイロ。分かっているわね。けれど、私は個人的には推しよりもオタク文化としてちゃんと誇るほうがいいと思っているけれど」
「で、でもよ……? オタクなんて作木君にバレたら、失望されるかも」
「何言ってるのよ。作木君なんて、もやしっ子だしフィギュア造形師だしで、一番オタクに近いもんじゃないの」
言われてみれば確かにそうで、ナナ子に作木にとオタク趣味の人間はもうとっくの昔から自分の傍に居たのだ。
「……じゃあ、私もオタクになるしかないってこと……?」
「そこの購入ボタンを押した瞬間からね。小夜! 覚悟を決めなさい! オタクになるか、ならないか!」
まるで一世一代の決断のように問われるものだから、小夜も購入ボタンを押す指が震えてくる。
「わ、私は……オタクには……」
――五月も半ばで温かくなってきたな、と作木は街頭を歩みつつスケジュールを書き留める。
「えーっと、確かイベント参加〆切が迫っていて……困ったな。寒い時よりも作業がしやすいとは言え、すぐに暑くなっちゃうんだもんな」
このシーズンに集中して部屋で作業しようと思ったが、学業もあるためになかなか時間が取れない。
自分には似合わないスケジュール帳を買ってみたものの、そもそもこの出費でさえも痛いのが苦学生の最たるものだ。
「あっ、もうペンがかすれちゃった……」
またペンも買い揃えなければ。大学の購買で買った安物ではすぐに駄目になってしまう。
部屋のドアノブを回したところ、案の定鍵が開いていたので作木は察してゆっくりと扉を開ける。
「あら? 早かったのね、作木君」
「レポートの提出でちょっと大学のほうに行っていて……。えっと……」
「お邪魔しているわ」
「……ですよね」
今さら問い質すまでもない。ナナ子はスーパーで買い揃えた食材を台所で並べており、レイカルたちはテレビに夢中だ。
「創主様っ! トリガーVはやっぱり最高ですね!」
「あ、また観てたんだ。去年の映画ですよね? レジェンドも大集合って触れ込みの」
「まぁ、それもあったんだけれど……」
ふと、作木が目を留めたのは小夜の鞄に取り付けられた矢じり状のキーホルダーだ。
「あっ、これ。確かトリガーVの後にやってる、魔法少女の」
「……わ、分かっちゃうのね。さすがは作木君……」
少し引かれただろうか、と作木は慌てて言い訳を取り繕う。
「あっ、違って……。僕もこの作品のガレージキット企画に参加していましたので、たまたま知っていたって言うか……」
「作木君、無理して隠すことはないわよ。小夜ってば、その作品のファン……いいえ、オタクなんだから」
「……小夜さんが、オタク? あっ、同じ制作現場だとか……?」
「いや、違って……。そもそも、よ? 女子が女児向けアニメにハマっちゃいけない道理はないでしょう?」
返答に窮しているとナナ子からの助け船が入る。
「ま、小夜も“大きいお友達”にはまだ練度が足りないってところかしらねー」
「もうっ! 言わないでってば……。色々ね? 通販サイトを見たりして、思ったんだけれど……身の丈に合った買い物が一番いいわよ? 作木君もね」
「はぁ……気を付けます……」
「高い買い物は天井知らずだからねー。小夜にとっては第一歩なんだから、生暖かく見守ってあげて」
どうにも自分の知らないところで葛藤があった様子だ。
「まぁ、そういうこともあるのよ。庶民の金銭感覚を失わないようにしないとね。……私もこのキーホルダー、大事にするつもりだし」
「いえ、でも……いいと思いますよ。今の世の中、何にハマるのも自由ですし。レイカルたちもトリガーVに夢中なのはいいことでしょうから」
「……ねぇ。作木君はその……女児向けのキーホルダーを使っている女の子とかには引かない? オタク趣味が過ぎるとか言って……」
「引きませんってば。そんなこと言い出したら僕なんて美少女フィギュアの造形師ですし」
誰かの趣味を笑うものか。
そう言うと小夜は少しだけ頬を紅潮させて、そっかと呟く。
「そう言えば、作木君はそういう人だったわ。うん、そうね。……私、好きを諦めたくないもの。それがたとえ女児向けの作品でも、気になる男の子でもね」
ウインクする小夜にいつもの調子が戻ったようだ、と作木も微笑みかける。
「さぁーて! 五月も深まってきた頃合いにナナ子キッチンの開幕よ! 今日はロールキャベツ! きちんと食べないとね!」
ナナ子が調理する間、レイカルはトリガーVの必殺技の真似をする。
「創主様! 今の、見てました? ちゃんとできるようになったんですよ!」
「うん。そうだね、誰もがきっと……自分の好きなものを誇れるのがきっと、一番だろうから」
それがオタクであろうとそうでなかろうと――大事なものを語る時に熱が入ってしまうのは誰もが同じはずだろう。