JINKI 304 はなまるの努力を

「私は仕事の遠征で……そろそろ日本地図くらい覚えなければ示しがつかなくってな」

「……オレは……何でこんなことしてんだろうな」

「自分でも分かんねーのかよ。……ったく、しゃーねーな。日本地図ねぇ」

「……何だよ。どうせメカニック三人娘にゃ、日本地図なんざ分かる奴は居ねぇよな」

「何だと……。馬鹿にすんな! これでも日本地図はぜーんぶ頭に入ってんだぜ?」

 疑わしい眼差しを振り向けると、シールはすらすらと都道府県名と県庁所在地を当てていく。

「な……何でルエパのメカニックが知ってやがンだよ」

「花嫁修業の一環ってんで、師匠から叩き込まれてんだよ。“いずれ日本に嫁ぐ時に恥ずかしくないように”ってな」

「……けっ。なぁーにが嫁ぐ時だよ。捕らぬ狸の何とやらとはこのことだぜ」

「よし! どうやら死にてーらしいな!」

 シールが両兵の胸ぐらを掴み上げたところでさつきが居間に戻ってくる。

「お茶が入りましたよー……って、あれ? 何をなさってるんです?」

「ギブギブ……ったく、冗談きついんだよ!」

「冗談になってねぇから怒ってんだろうが! ったく。……そもそも、何だって日本地図なんて見てるんだよ。さつきの入れ知恵か?」

「いえ、その……お兄ちゃんも一緒に勉強してくれたほうがルイさんも身が入るかなって。けれど、シールさんと月子さんも?」

「ああ、さつきちゃん、気にしないで。私たちはちょっと休憩しているだけだから。でも、日本地図って大変だよね。私、覚えるのに時間かかっちゃったもの」

「月子さんのほうが?」

「うん。私たちって南米時代が長かったものだから、日本の地理って頭に入れるのが大変なの。あっちだとポイント単位で覚えないといけなかったりしたから」

「それもあるんだよな……。古代人機の専守防衛がメインのカナイマと情報を共有しないといけねぇもんだから、カナイマ付近の防衛ポイントをまず頭に入れろってな」

 両兵はシールに絞められた首元を緩めつつ、嘆息をつく。

「……ってわけで、オレらは日本地図なんて覚える暇なんざなかったってわけなんだよ。黄坂のガキもそうだろ? ヘブンズだってポイントメインで覚えてただろうしな」

 こくこくとルイが首肯する。

「そうなんだ……。でも、そうなると大変かも。せっかく頑張っていらっしゃるんで、台所で鉢合わせした南さんに何かご褒美でもあればって提案したんだけれど……」

「……さつき。それってもしかして、南が隠していた高級チョコレートケーキの……」

「あ、はい。そうなんだけれど、日持ちもしないし、それなら食後に全員で分けちゃったほうが……」

「いや、待てさつき。……報酬があるって言うんなら、話は別だ」

「そうね。……ここに来て独占できる機会があるのなら、それに越したことはないわ」

「ま、待て、二人とも……。もしかして私も強制参加なのか?」

 うろたえるメルJに両兵は地図帳を改めて見返す。

「さつき、三十分後にテストをしてくれ。この中で一番いい点数を取った奴がチョコレートケーキを貰う。それでいいな?」

「もちろんよ。負ける気はしないんだから」

「……私は別にいいのだがな。しかし、まぁやるのなら高得点を狙うか」

「あ、いや、三人とも……」

 さつきが制するよりも先に両兵はルイとメルJに目配せする。

「絶対に負けらんねー。なぁに、四十七都道府県くらい、覚えてみせらぁ!」

「――……と言う次第でして」

 さつきの説明の後に赤緒ははぁと生返事を寄越す。

「……それにしても、小河原さんもルイさんも、都道府県覚えてないのにこれまで色々やっていたんですか? ヴァネットさんも……?」

「言いたいことがありそうね、赤緒。何なら、あんたもやってみる?」

「い、いえ、それは……」

 思えば自分も地理が得意なほうとは言い難い。ここで恥を晒してもどうせチョコレートケーキが遠ざかるだけだ。

「ふん、言っていろ、黄坂ルイ。言っておくが私とてここまで三十分間、地図帳を見て来たんだ。記憶力には自信があるからな」

「それこそ、あんたが言える義理かしら。一点でも間違えれば私のパーフェクト勝ちよ」

「お前ら、いいのかよ。そんなことを言っていて、ミスするのは案外、余裕のある奴からなんだぜ?」

「えっと……そこまでっ」

 さつきがストップウォッチを止める。

 ちょうど五分間の勝負で、恐らく都道府県全てを埋めることは厳しいはずだ。

 単純な記憶勝負と、そして数を打てるかどうかにかかっている。

「まずはルイさん……。四十七個全部書いていらっしゃいますね……」

「……夕飯の支度をしないといけないのに……」

 赤緒も採点に駆り出されてしまい、居間でふんぞり返る三名を視野に入れる。

「どうだ! オレが一番だろ?」

「どうかしら。さつき、小河原さんとメルJに甘くしないでよね」

「言っていろ。私はちゃんと記憶したぞ」

 めいめいに譲る気がまるでない勝負に、メルJの採点担当だったシールがぼそっと声にする。

「……ヴァネット。全部ひらがななんだが、これはいいのか?」

「漢字まで覚えていられるか。それくらいは採点に入らんだろう」

「あっ、ズルいわよ、メルJ。あんた、漢字なんて私だって……!」

「ルイさんも……。一応、四十七個埋まっていますけれど、漢字をそこいらで間違えてますよ」

 くっ、とルイは悔しそうに唇を引き結ぶ。

「……まさかひらがなでもいいなんて……。テストだって言うから要らないところに力を入れてしまったわ……」

「甘いんだよ、黄坂のガキ。オレもヴァネットもそこを込みにして、もちろん対策済みだ」

「小河原さん、自信満々に言ってますけれど、本当は漢字で書けたほうがいいですからね……?」

「はぁ? それはなしだろ、柊! オレもヴァネットも母国語は英語なんだからよ!」

「そうだぞ、赤緒。私たちにとっては二重三重の手間なんだ」

 二人分のブーイングがあるとなれば、赤緒は不承ながらもひらがなで書かれた県名に丸をするしかない。

「……でも、大体同じくらいじゃないですか? ほら、ルイさん。ちゃんと覚えてるところは覚えていますし」

「あっ、本当だ。小河原さんもひらがなですけれど、書けてないところも多いですし……」

「えっと……そもそもヴァネットさんは、ひらがなもちょっと間違っているから……うん、最終得点はこんな感じかな」

 三人でテストを見渡すと、思いも寄らない得点となっていた。

「三人とも……二十点ですね、ちょうどぴったり……」

「何……ッ! そんな馬鹿な……!」

 テスト用紙を引っ手繰ったメルJに月子が言いやる。

「ヴァネットさんはまず、日本語を学びましょうか……。ひらがなもところどころ怪しいですし」

「で、小河原さん。全部ひらがなっていうズルをしたにしては……あまり合っていませんよ」

「嘘だろ? ……これ、合ってねぇのか?」

「で、ルイさんですけれど……。漢字の間違いがなければトップだったんですけれどね……」

 ルイも自身の回答と地図帳を何度も読み込んでから、不満げに声を漏らす。

「……ひらがなでいいなら勝ててたのに……」

「まぁ、そういうこともあるってことよ」

 台所からチョコレートケーキを持ってきたのは南で、どうやら最初からこの結果を予想していたようにちゃんとトーキョーアンヘルの人数分に切り分けている。

「……久しぶりに頭使ったってのに、納得いかねーなぁ」

 両兵が腰を下ろし、ルイとメルJはため息を漏らす。

「……何だか最初から南に見透かされていたみたいで不服ね」

「私も……一度にたくさんの地名を頭に入れたせいで少し頭痛が……」

「で、でもですよ……? 半分くらいは当たっていたんですから、まだいいほうですよ」

 さつきのフォローに三人とも納得がいってないようである。

「……ま、ケーキにはありつけるんだからまだマシだよな」

「そうね。この三人の中で誰が優れてるとかじゃないだけね」

「……日本語の地名と言うのはややこしいものだな」

 それぞれにケーキを口に運びつつ文句をこぼす三人にさつきが微笑みかける。

「けれど、意外だったですね。三人とも、勉強は苦手そうに見えましたから」

「勉強はそりゃー確かに嫌だが、まぁ競うのなら同じ条件だしな」

「ちょうどいい相手よ。これが赤緒とかさつきなら負けるかもだったけれど」

「……むぅ。私はお前らにそんな風に思われていたのか?」

 頬をむくれさせるメルJにルイはつんと澄ます。

 赤緒は南の用意した紅茶を入れるのを手伝いながら、それとなく尋ねていた。

「その……南さんはこの勝負の行方が最初から分かっていたんですか?」

「まさか。けれど、ルイが勉強するのは久しぶりに見たからね。いい傾向なのは間違いないわよ」

 そう言ってウインクする南に、赤緒はどのような結果になったとしてもチョコレートケーキの報酬は用意していたのだと察する。

「……ですね。ルイさんも小河原さんも……ヴァネットさんだって。これをきっかけに日本を知ってくれれば、それで……」

「――ただいま、さつき」

「あっ、ルイさん。帰って来たんですね」

 洗濯物を取り込んでいる途中で柊神社に帰って来たルイの声にさつきは立ち止まる。

「……今日。補修だったでしょう」

「あ、そうだったんですね。確か、この間のテストの」

「これ」

 無造作に卓上に置かれたのは地理のテストであり、日本地図の空欄にきちんと県名が埋められている。

「……百点満点……! すごいじゃないですか、ルイさん!」

「こんなのどうってことはないわ。けれどまぁ……あの時の勉強法が活きたのかもね」

 紅潮した頬を掻きつつそっぽを向くルイに、さつきは自分のことのように嬉しくなってくる。

「……そういえば、ルイさん。自分からちゃんとただいまって言う時は何かいいことがあった時って、この間南さんが言っていましたよ?」

「……南ってば、お喋り」

「……ちょうど小河原さんとヴァネットさん、今日は柊神社にいらっしゃいますので、これ。見せておきましょうか?」

「……そうね。あの二人とは格が違うってことを見せつけないと」

 微笑んでから、さつきは屋根の上に居る二人へと声をかける。両兵とメルJはちょうど将棋を打っていたようでひょっこり顔を出す。

「ん、どうしたんだよ、さつき」

「いえ、ルイさんがちゃんと……努力の証を見せてくれましたので、お二人にもおすそ分けをと思いまして」

「……恥ずかしい奴」

 ぼそっと呟いた軒先のルイへとさつきは言葉にする。

「ルイさん、改めて。――よくできましたね!」

 努力家には満点の「よくできました!」がなければ。

 ルイはふんと鼻を鳴らし、それから声にする。

「……まぁ、また機会があれば、こういうのも悪くないのかもね」

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