その気持ちは同じだ。赤緒はどこか決めあぐねている秋の手を握り締める。
「やりましょう……っ。私だってシールさんと月子さんが喧嘩してるの、嫌ですから」
「柊赤緒さん……その、よろしくお願いします……っ」
「私こそ……。行きましょう……っ!」
意気込んで二人してメカニックのテントのほうに向かうと、シールがこちらに感付く。
「……うん? 何だよ、赤緒に秋も。何だかこの世の終わりみてぇな顔をして」
「いえ、それはその……!」
「シールちゃん。そっちの分析をお願い。私はモリビトのほうのモーメントを制御しないとだし」
「おう。……って、何だ? 今度は呆けたような顔をしやがって。用があるならとっとと言いやがれ」
何でもないように応えるシールに、月子も首を傾げる。
「赤緒さんに秋ちゃんも、私たちに用でもあるの?」
「い、いやその……えっと……」
「変だよなぁ? 月子、下操主のデータくれ」
「はいはい。……どうしたの? 何だか二人とも変だよ?」
「いえ、そのぉ……さっきまでお二人、喧嘩なさっていたって言うか……」
「喧嘩だぁ? そんなもん、してたか?」
「うーん、ちょっと機嫌が悪かっただけだしねぇ。私たちにとっては、あれくらい日常って言うか。あっ、シールちゃん。そっちの解析データもらうから、他はちゃんと任せて」
「助かるぜ。……何だ、赤緒も秋も、そんなもん気にしてたのかよ」
「いや、気にしていたも何も……険悪だったじゃないですか……!」
その言葉にシールと月子は顔を見合わせる。
「……変な話だが、月子とはああいう言い合いなんざ何百回もしたか分からねぇし。……ま、ヤなことは忘れるに限るってこった」
「そうそう。シールちゃんとこうして言い合うなんて、よくあることだし。あれ……あれれっ? 秋ちゃん? どうしたの?」
赤緒の隣で秋は静かに肩を震わせている。
「せ、先輩方ぁ……っ! そういうのはやめてくださいよぉ……っ! 本気で心配したんですよぉ……っ!」
泣きじゃくる秋にシールと月子はたじたじになった様子で囲んで宥める。
「わわっ……! 泣くなよぉ……! ったく、秋が泣くとオレらもそうそう喧嘩なんてできねぇよ……」
「そうだよ、秋ちゃん。……ごめんね? 困らせちゃったね?」
「ほ、本当にそうですよぉ……っ! 先輩方が喧嘩別れなんて、一番嫌なんですからぁ……!」
「悪かったって。……いいから、泣き止め。ほら、いつもみたいにぎゅっとしてやるからよ」
「そうそう。こうすれば安心できるでしょ?」
シールと月子が秋の肩を抱いて三人で身を寄せ合う。
思えば赤緒にしてみれば、こうしてメカニック三人娘の絆を見せられるのは初めてかもしれない。
彼女らなりの繋がりがあるのだ、と実感しているとシールが頬を紅潮させて顔を上げる。
「……何見てんだよ、赤緒」
「あっ……お邪魔でしたかね……」
「何なら、赤緒さんも来ていいよ? 四人でぎゅーってしよっか?」
月子に尋ねられるのも何だか妙な感じで赤緒は断ろうとしたが、シールが肩を抱き寄せる。
「ほらよ。……ったく、秋も赤緒もしょーがねぇよなぁ。こうしねぇと落ち着かねぇんだから」
「せ、先輩方は……もう喧嘩はしませんかぁ……」
「しない、しないよ。だから秋ちゃんも泣き止んでね。赤緒さんも、心配かけてごめんね?」
四人で抱き合うのも少し気恥ずかしかったが、傍で感じるぬくもりに赤緒はぼそりと呟く。
「……でも、いいんですね。先輩と後輩の関係って……」
「おう、いいもんだぜ。赤緒もいずれ後輩もできるだろ。そん時にゃこうしてやれ」
そういえば先輩後輩の関係は自分にとって希薄な概念だ。操主としても、人としても。なかなか味わうことのなかった出来事に、頬を掻く。
「……私にできますかね……。お二人みたいに立派な先輩に……」
「成れる成れるって! 安心しろ。先輩とか後輩ってのはよ、案外、お互いを見てもらう関係ってもんだ。先輩にしてみりゃ当たり前が、後輩にとっちゃ大事だったりな」
「赤緒さんもいずれは先輩操主になるんだよ? その時に……そうだなぁ。秋ちゃんみたいに思いやりのある後輩を大事にしてあげてね」
「あの、先輩方……ちょっと恥ずかしいです……」
「何言い出してんだ! 秋は本当に……いつもこうしてやんねぇと駄目だよなぁ!」
「ぐ、ぐりぐりしないでくださいよぉ……っ。本当に心配したんですからねぇ……ぅ」
帽子をぐりぐりとするシールへと涙を拭いながら、秋は微笑む。
「分かったから! 泣き虫なんだもんなぁ、秋は!」
「あの……もう大丈夫ですから……」
赤緒もさすがにお邪魔虫か、と離れようとしてシールと月子に抱き寄せられる。
「いーんだよ! 赤緒だって、オレらにしてみりゃまだまだひよっこ操主! 世話のかかる後輩みてぇなもんだからな!」
「シールちゃん、面倒看はいいもんね」
シールに力強く引き寄せられながら、赤緒は四人分の体温に感じ入る。
「……何だか……先輩後輩も、いいものなんですね……」
「――シールちゃん! 私のとっておいたアイス食べたでしょ!」
「何だとぅ、月子! そっちこそ、オレが置いておいたせんべい食べやがったな!」
格納庫から聞こえてくる怒声に赤緒は洗濯物を取り込んでからひょっこりと顔を出す。
「……また言い合いですか? えっと、日向さんは……」
秋はと言うと、あわあわとしてヒートアップする二人を鎮めようとする。
「せ、先輩方……っ! 柊赤緒さんの前でまた喧嘩なんて……この前のは何だったんですかぁ!」
「だってシールちゃんが勝手ばっかりするんだもん!」
「月子だってそうだろうが! あれ、結構高かったんだぞ!」
「もう知らないっ! シールちゃんとは口を利かないんだから!」
「ケッ! よく言うぜ! じゃあ作業は月子だけでやれよな!」
「け、喧嘩はやめましょうよぉ……先輩方ぁ……」
「「こんなの喧嘩じゃない!」」
二人して叫んでから格納庫の中で自分たちだけのスペースを作るので、秋が戸惑いを浮かべる。
「柊赤緒さん……どうしましょぉ……」
「あの、日向さんはその……心配し過ぎじゃないですかね。だってお二人とも……その、放っておくといいって言うか」
「そうですかねぇ……。私、でも先輩方には仲良くして欲しいって言うか……」
「うん、だから……充分に仲は良いと思うんです。私は」
まさしく喧嘩するほど仲がいいとはこのことなのだろう。
きょとんとする秋へと赤緒は言い置く。
「夕飯までには解決しておいてくださいね。シールさんと月子さんも。……あまり後輩を心配させるものじゃないですよ」
その一言でシールと月子はお互いにピリッとした空気を緩和させる。本当は分かっているはずなのだが、どうにも相棒のように近い距離の二人にとっては喧嘩でさえも日常茶飯事なのだろう。
だから、こういう時にあたふたする秋を見るのが、実は本当のところで言えば少しだけ楽しいのは赤緒でも分かる。
「……えと、その……柊赤緒さんっ……! 行っちゃうんですかぁ……?」
不安げな面持ちを目深に被った帽子の下で浮かべる秋に、赤緒は一言だけアドバイスする。
きっとこれも、不必要なはずだ。だって、こんなものは――。
「大丈夫ですっ。だって、お二人とも分かってらっしゃいますから。だって、“こんなの喧嘩じゃない”んですよね?」
申し合わせたようにウインクすると、シールと月子はぼそぼそと呟く。
「それはまぁ……。その通りだけれど……」
「何だかなぁ……。分かった風に成られるのも困ったもんだぜ」
「夕飯はハンバーグにしますねっ。シールさんに月子さん、それに日向さんも。待っていますからっ!」
きっと夕食の席では仲睦まじい先輩後輩の三人が見られることは、もう分かっているのだから――。