『青葉さん。今回のは前例がないから、もし少しでも妙なことを感じたら……』
古屋谷の懸念に青葉は快活に返答する。
「大丈夫です! ……それに、これは大きな一歩でもありますから……」
『そう言ってくれると助かりますけれど、問題なのは青葉さん自身の感覚じゃなく、操っている人機そのものですからね……。我々整備班も全霊を尽くしますが……』
グレンも心配そうな声をこちらに向ける。青葉は眼前にあるディスプレイへと目線を投じ、画面を撫でる。
「……お願いだから、言うことを聞いて。あなたも人機だと言うのなら、ね?」
声は返ってこない。それでも、青葉にはこれこそが意味のあることだと確信していた。
『……青葉。こっちは配置完了だ』
「広世。……うん、任せるからね。フィリプスさんたちは……」
『こちらも既に戦闘配置に移っている。しかし、津崎青葉……。我々にしてみても少し無茶な提案に思える。どうしても、なのか?』
フィリプスは心底自分のことを慮ってくれているのが分かる。広世も同じだ。自分がこの人機を操ることに際して、彼らは本音を言ってくれている。
無理もない、何せ、この人機は――。
『青葉さん。最終点検に入るよ。機体識別――《バーゴイル臨界試験機》のテストを実行する。準備はいいね?』
青葉は深呼吸を挟んだ後に応じていた。
「……はい。これより《バーゴイル臨界試験機》を稼働させます」
――平時のようにジャングルを行くのは少し退屈でさえある、と広世が語ったので青葉は諌める。
「駄目だよ、広世。ちゃんと哨戒しないと、何が起こるか分からないんだから」
『そりゃ、言っている意味は分かるんだけれど……。古代人機と《バーゴイル》相手じゃ、その感想も出て来るって。俺のギデオンだけでも充分だと思うけれどなぁ……』
『広世、慢心はよくないぞ。我々レジスタンスにとっては今日がよくとも明日は分からないのが常なんだ』
《マサムネ》で巡航機動を行うフィリプスにレジスタンス部隊が追従する。
『けれど、隊長。ここ数日単位で言えば、少し静かなのは事実ですよ。広世の言う通り、警戒を緩めてもバチは当たらないのでは?』
『馬鹿を言うな、キム。古代人機が警戒域を超えてしまえば、我々のこれまでの苦労は水泡に帰す。一機たりとも許してはならんのだ。それに、津崎青葉や広世にばかり世話をかけるわけにもいかんからな』
「フィリプスさん、私は大丈夫ですので。……でも、確かに静かなのは気にかかりますね。何かの前触れみたいな……」
『おいおい、青葉のそれは当たるからやめてくれよ……。そうじゃなくったって、この間日本じゃ大きな動きがあったって報告書が送られてきたところじゃないか。キリビトタイプが出たって言う……』
東京防衛戦の報告書は大抵、一週間遅れで南米に送信されてくるのだが、その中に気にかかる記述があった。
「……キリビトタイプの台頭に、京都支部の暗躍、か。何だか日本の事情も大変そうだなぁ……。エルニィとルイに任せてあるから、そこまで深刻にならなければいいけれど……」
『いずれにせよ、防衛戦が大変なのは我々だって同じ。キリビトタイプほどの大物が出てくれば、それこそどんと来い! 我々のチームワークだって一朝一夕で成り立ったものではないことを、見せつけてやる!』
『フィリプス隊長は相変わらずやる気があっていいよなぁ。俺は……何だか欠伸が出ちゃうと言うか、静かなのはいいことだろ? キョムの新型機が襲ってでも来ない限り、総当たりで戦うなんてことはないんだからさ』
「そのもしも、が来るかもしれないじゃない」
『……青葉は真面目過ぎるんだよ。キョムだって日本に戦力を集中させている様子だし、あまり肩肘張り過ぎるのもどうかって言うか……』
「広世は不真面目だよ! ……もう」
とは言え、青葉とてこの平穏が続くのならばそれも構わないと思っていた。戦いの日々が苛烈になれば、如何に《モリビト雷号》と《ギデオントウジャ》を備えているとは言え、防衛戦績に影響するだろう。
古代人機がさらなる戦力を整えて襲ってくるかもしれない。麓の街を守れるのは何も当たり前ではないのだ。
三年前のテーブルダストにおける戦いのように、古代人機の侵攻を抑え込めず、キョムの八将陣との戦闘だって考えに上がる。
そうなってしまえば、実際に戦える人間はどれほど居るだろうかと不安に駆られもする。
広世は対人機戦闘の心得があるとは言え、レジスタンスの人々は《バーゴイル》相手以外ではまだ厳しい。
その《バーゴイル》だって、防衛部隊で時間稼ぎをして自分たちで倒すのがやっとなのだ。やはり、操主を乗せない、電脳で自律的に動いている人機と言うのは読みにくい動きをする。
キョムにしてみれば駒一つでしかないのに、その一機に対して苦労するのが実情である。
《モリビト雷号》がジャングルの湿地帯を抜けると、鳥が甲高く鳴いて飛び去っていく。
後続の《ナナツーウェイ》からのハンドサインで背中の心配をする必要はなさそうだと思いながら、青葉は前を行く広世の《ギデオントウジャ》へと通信していた。
「広世。今のところ、強襲の心配はなさそうだし、予定通り今日はこれまで行けなかったポイントまで行こう」
『それはいいんだけれど、俺にしてみれば未知の領域なんだよな。何度か空を行き来したことはあるけれど、ギデオンで来るのは初めてだし』
「ちゃんとポイント特性を頭に叩き込んだ? 勉強はしたんでしょ? 山野さんたちだって操主はポイントごとの戦い方を覚えておくべきだって」
『分かっているけれど、なかなか複雑なんだよな……。ギデオンは空戦人機でもあるから、戦い方がモリビトとは違うって言うか……』
「言い訳しないの! トウジャでもモリビトでも基本は同じなんだから、戦い方のコツを掴まないと!」
『……青葉はそりゃあ、人機のことなら何でも覚えられるんだろうけれど、俺はなぁ……。っと、そろそろポイントに行き着くか。通信チャンネルは暗号通信に切り替える。フィリプス隊長』
『了解だ。なに、《マサムネ》の機動力ならば敵が奇襲を仕掛けて来ても対応することができる。キム、それにみんなも。暗号領域を放っておく。チャンネルは常にオープンにしておけよ』
フィリプスの《マサムネ》が先行し、予め暗号チャンネルを放つことにより敵からのジャミングに備える。
《モリビト雷号》のメイン武装は長距離滑空砲であるため、僅かに後衛寄りの戦い方に成らざるを得ない。
よって《マサムネ》に続いてポイント13へと赴くのは《ギデオントウジャ》の役割であり、広世は踏み込んだようであった。
『青葉、霧が深い……。どこから敵が襲って来てもおかしくはないポイントだ。これまではジャングルでの攻防戦が多かったが、ここまで踏み込めばキョムの試験兵器が張っていても不思議じゃない』
「うん……。広世、武装をアクティブにしておいて。襲ってくるとすれば、多分どのタイミングなのかは……」
濃霧へと後続部隊のナナツーが踏み込んだ瞬間、青葉は直感的に《モリビト雷号》の姿勢を沈めさせる。
直後、機銃掃射が戦域を突っ切り、後続部隊へと迫りかけて瞬時の判断を下していた。
「……ファントム……!」
超加速度に至った《モリビト雷号》がレジスタンスの《ナナツーウェイ》へと割って入り、長距離滑空砲の下部に備え付けられたリバウンドシールドで防御する。
『こ、これは……隊長!』
「うろたえないでください。……濃霧の中からの奇襲……でも、血塊炉の反応は薄い……。広世、《ギデオントウジャ》のパッシブソナーは?」
『稼働しているが、囲まれたって感じじゃなさそうだな。熱源は三……俺たちを試そうって言うのかよ……!』
忌々しげに口にした広世に、青葉はその可能性は大いにあると考えていた。
これまでカナイマアンヘルがわざと踏み込んでこなかった領域だ。加えて、キョムのやり方は徹底していると聞く。
三年前の重力崩壊で消滅したカラカス以外では試験兵器を放つのも儘あること。ならば、この三機が新型機ではないとも言い切れない。
「……広世! 後続のナナツーを守りながら、私は牽制する。《ギデオントウジャ》で切り込んで!」
バレルを折り曲げ、副兵装である散弾銃へと切り替える。
『分かっている! そのための陣形だ……!』
『津崎青葉! 広世も……! 《マサムネ》からの戦況報告を行う。……敵の追撃部隊はないようだが、この三機、手慣れているぞ……!』
その連携の密は青葉もひしひしと感じていた。
霧深い白い景色の向こう側からワイヤーガンが襲いかかる。散弾銃で牽制してから、青葉はレジスタンスの《ナナツーウェイ》と背中合わせになっていた。
「敵は……! 近接と遠距離を使い分ける……! 広世、気を付けて! 《ギデオントウジャ》でも掻い潜れるか分からない……!」
『上等……ッ!』
《ギデオントウジャ》が飛翔し、機体を反らして軋ませる。
直後、空中ファントムで《ギデオントウジャ》が敵機の陣形へと仕掛ける。
『そこだ!』
腕部に格納されたブレードを振り翳し、ワイヤー兵装を斬りさばく。
青葉はその攻撃と呼吸を合わせて踏み込んでいた。
連携する三機のうち、一機の姿が大写しになる。
「……《バーゴイル》……? 試験型の改修機……!」
《バーゴイル》の持つプレッシャーライフルの銃口が向けられた時には、青葉はショートバレルの武装を薙ぎ払う。
銃身に備え付けられた刃で斬り付け、プレッシャーライフルの軌道を逸らした直後に剛腕でその頭部を引っ掴む。
悶えた一機を補助するように背後から回り込もうとする敵の気配を感じたが、その時には《マサムネ》から放たれたナパーム弾頭が燃え盛る。
『発煙筒のオマケ付きだ!』
フィリプスの支援によって隠れ潜んでいたもう一機が露わになり、《ギデオントウジャ》がブレードで片腕を落とす。
『もう一発……ッ!』
《バーゴイル》が銃剣で広世の一撃を止める。火花が舞い散り、一瞬だけ干渉波のスパーク光が霧を照らす。
「……この二機だけじゃない……! もう一機居るはず……!」
青葉は散弾銃で相対する《バーゴイル》を退けつつ、霧の中に潜むもう一機を感覚していた。
どうやらこの二機と連携する最後の一機は撤退戦を選んだらしい。
プレッシャーライフルの光条が放たれ、《モリビト雷号》を止めようとするが、青葉自身はその程度で足を止めるほど及び腰ではない。
何よりも――ここで敵を逃がしてキョムに情報を渡すわけにはいかないのだ。
「……この……っ!」
プレッシャー兵装はモリビトの盾で止めることはできない。ならばその懐へと潜り込むまで。
青葉はメイン武装をその場に残し、砲身が備えていた盾とブレードだけを握り締める。
軽量化を果たした《モリビト雷号》が瞬時に霧を突き抜ける。
片腕を武器腕へと変えた最後の《バーゴイル》が迫り、その銃撃がコックピットを狙ったのを見計らってブレードを薙ぎ払う。
青い血潮を撒き散らしながら、吹き飛ぶ武器腕。
計器が振り切れる寸前まで引き絞られ、推進剤を焚いて瞬時に背後へと回り込む。
電脳任せの《バーゴイル》では反応し切れないだろう。
「これで……っ!」
ブレードを振り下ろし、もう片方の腕を断ち切る。
自爆覚悟で飛び込んできた敵影へと青葉はリバウンドシールドを翳していた。
斥力磁場が形成され《バーゴイル》の姿勢を崩す。
そのまま《モリビト雷号》の膂力任せに押し込み、無力化を果たす。
「広世! そっちは……!」
『こっちも制圧完了だ、青葉。……それにしても、三機連繋の《バーゴイル》の改修型か。確かに普段のジャングルじゃなかなかお目にかかれない代物だが……』
『津崎青葉! 広世……! 無事だったか……』
《マサムネ》が空域を見張りながら周回軌道に入る。
『フィリプス隊長、ナパーム弾の援護、助かったよ。やれるじゃんか』
『なに、守られてばかりでは立つ瀬もないのでね。……三機とも《バーゴイル》の改造型か……』
『みたいだな。この濃霧でも電脳のネットワークで連携し、こちらを追い詰めることに特化した性能みたいだけれど』
このポイントで張っていたところを見るに、元々局地戦特化の可能性はある。青葉は《モリビト雷号》で押し潰した《バーゴイル》の機体を眺め、それから口にしていた。
「……ねぇ、広世。それにフィリプスさんも。このまま《バーゴイル》を……置いておくんですよね?」
『うん? それは当然だろう。キョムの機体には自爆プログラムが仕掛けられている。それに、血塊炉の型式も我々とは異なるからな。人機の貧血の補充にも充てられないのはよく知っているだろう』
「いえ、だとしても……」
青葉は自身が仕留めた《バーゴイル》へと視線を落とす。
『……何か考えがあるんだな? 青葉』
「……うん。ちょっとだけ、試してみたいことがあるんだ」
「――それがまさか、《バーゴイル》の鹵獲だなんて思いも寄らなかったけれど……」
広世は《ギデオントウジャ》の足元で警戒の眼差しを注いでいた。
青葉の倒した《バーゴイル》は両腕以外の損傷は少なく、持ち帰るのならば的確だと判断されてカナイマアンヘルに持ち込まれたのが半日前。
カナイマアンヘルのメカニックを説得するのに三時間ほど。
彼らが承服した頃には既に夜の帳が落ちており、明朝に性能試験が行われることになっていた。
「広世!」
呼びかける声に広世は視線を振り向ける。
「フィリプス隊長。どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもない。……《バーゴイル》の鹵獲はこれまでも試みられてきたが、全て無為に終わっていた。理由は……」
「理由はキョムの人機に備え付けられている自爆装置。それとシャンデリアの光による回収だろ。キョムにしてみれば、ただの駒とは言え、技術を奪われるわけにはいかないだろうからな」
心得たように返事したためか、フィリプスは微笑んでいた。
「……津崎青葉が心配か?」
「そりゃあ、そうだよ。……青葉自ら、試験操主に名乗り出たのは意外って言うか……」
広世は岩場に腰掛け、嘆息をつく。
フィリプスはコーヒーメーカーを持って来ており、少しだけ話がしたいのは分かった。豆をすり潰し、抽出する間にぽつりぽつりと語り出す。
「……我々レジスタンスにしてみても、津崎青葉は特別だ。だからこそ、進言もしたのだが……」
「青葉が一度決めたことを、覆すはずもないもんなぁ……。そりゃあ、分かっていたことではあるけれどさ」
それでも自身の無力さが嫌になる。青葉の決意一つ、説得する言葉さえも持たないと言うのか。
「津崎青葉は、少しだけ感じ入っているのかもしれないな。日本で大きな戦いがあったことに」
フィリプスはコールタールのような粘性のあるコーヒーを金属製のカップに注ぐ。黒々とした液体に反射した己の顔に、広世は我ながら酷い顔だと自嘲する。
「……青葉自身、焦りもあるのかもしれないって思ったんだ。だけれど、それだけじゃないのかもな。エルニィとルイに任せているとは言え、何もできない自分がもどかしい……のかもしれない」
「何だ、今日のお前は随分とかもしれない、が多いな。いつものように津崎青葉の気持ちが分からなくなっているのか?」
「……普段だって分かった風に成ってるだけだよ。俺なんてさ。けれど青葉は……報告書に書かれていたことを自分の中で消化しかねているんだと思うんだ。アンヘル京都支部が裏切っていたことや、新しい操主がトーキョーアンヘルに合流したことも含めて、変わろうとしていることに自覚的なのかもしれない。青葉の故郷は地球の反対側なんだ。感傷的にもなるだろうし」
コーヒーを口に含む。苦み走った味わいと、身体の疲労感を拭い去る独特の香り。
フィリプス特製のコーヒーはレジスタンスの生命線でもある。彼らにとって数少ない娯楽であり、なおかつ嗜好品だ。
明日も知れないレジスタンス活動に身をやつす上で、少しでも前に進む糧が必要なはずである。
その点で言えばフィリプスのコーヒーは特上品に近い。
元々、フィリプス自身、軍人でありしがらみの上に成り立ってきた人物だ。戦場で何が必要なのかを分かっているに違いない。
「……広世。ハッキリしたことを言い合おう。我々は同志であると同時に、男同士だ」
「何だよ、気持ち悪いな……。要は隠し事なんてやめようってことだろ?」
「津崎青葉のことが好きなのだろう?」
コーヒーを飲み干そうとしていた途中であったので、広世は盛大にむせてしまう。
「……ちょっと、ちょっと待ってくれ……! 何だって?」
「違うのか? 私の眼に狂いはないと思うんだがなぁ……」
「……フィリプス隊長。冗談を言いに来たわけじゃないよな?」
「もちろん。好きだからこそ、なんだろう。時として距離が分からない時もある。この気持ちが泡のように消えるのが嫌だから、真正面からぶつかるだけじゃないっては分かるさ」
「……聞きそびれていたけれど、フィリプス隊長、恋愛経験は……」
はっはっはとフィリプスは快活に笑う。
「なくったって、分かるものだってあるさ。お前と津崎青葉のことはずっと傍で見て来たんだ。年長者からのアドバイスは受けるものだぞ?」
「……そりゃ、忠告どうも。けれどさ、俺だって分かんないんだ。青葉は何だって……《バーゴイル》の試験操主をやってのけるって言い出したのか。だって今じゃなくったっていいじゃないか。これまでだってチャンスはあっただろうに」
「何だ、分からないのか? ……津崎青葉なりの、歩み寄り、だと私は思うがね」
板チョコを取り出し、フィリプスは齧る。
前線において甘味は高級品だ。差し出されたそれを広世も受け取っていた。
板チョコの甘みと苦いコーヒーの芳香が鼻孔を突き抜ける。
「歩み寄りって……キョムに、か?」
「いや、彼女にとってキョムではなく、人機に、であろう。前にお前自身が言っていたじゃないか。津崎青葉は人機を愛しているからこそ、戦い続けるのだと」
「それは……でも、今回みたいなイレギュラーは別だろ?」
かつて愛した人機は日本で防衛戦に駆り出されているはずだ。それを引き継がれていることも、青葉は知っている。だから、《モリビト雷号》で前線を戦い抜いてきた。
もちろん、後悔も、それに後ろ髪を引かれることもあるだろう。それでも青葉は全てを受け止めた上で、この戦場を選んだのだ。
孤高かもしれない。
あるいはどうしようもなく寂しいのかもしれない。
それでも青葉は、ここを選びここで生きていくことを誇りにしている。
その覚悟と決意に広世は何も言えない。言えば唾を吐くことになるかもしれないのが怖い。だから、せめてその背中だけは支えようと思えていた。
しかし、今回のように《バーゴイル》の試験操主になると言い出すのは意外そのもので、自分には止める言葉一つ思い浮かばない。
「イレギュラー、か。広世、私はこうも思う。津崎青葉は過去も未来も……己の宿命のために、戦いを選んだ。だが、戦いだけではない未来を掴む権利はある。誰しも、その権利だけは」
「それは元軍人としての警句か?」
「まさか。友人としてだよ、広世」
ずずっとコーヒーを啜ったフィリプスに広世は夜空を仰ぎ見る。
明日の朝には、《バーゴイル》の臨界試験が実行される。その時、青葉は何を思うのだろうか。
あるいは何かを失うのかもしれない。
落ちて来そうなほどに瞬く星々は答えを返すことはなく、静謐の夜を湛えるのみであった。
「――いいか、青葉。臨界試験とは言え、一瞬でもキョムの反応があったら断線する、それでいいな?」
山野が現場指揮を執り、青葉が収まっていたのは破壊した《バーゴイル》の頭部の代わりのシミュレーター用のコックピットであった。
『……はい。始めてください』
「了解したよ。……それにしても、ちょっと意外だったかもなぁ」
計器を確かめつつ声を漏らした古屋谷に広世は尋ねる。
「それは……青葉自らテストを引き受けるって言う……」
「うん、それもそうなんだけれど、《バーゴイル》の電脳ってこれまでのデータから言えば、操主の選り好みはしないんだ。だけれど、今回の三機編成は完全に操主を拒むようになっている。システムだけで完結するチームって言うのかな」
広世にしてみても、濃霧地帯で陣取っていた《バーゴイル》部隊が全てとも思えない。キョムは常に新しい実戦兵器を投入していると思うべきだろう。
「元々、《バーゴイル》の設計思想が数による圧倒ですからね。三年前のカラカス崩落時の残存データを洗い出した時も思いましたけれど、無人の人機の強みは操主なしの作戦を立案できることなんです。操主の技能を込みにすれば不可能な策でも、《バーゴイル》ならば可能となる……と。これは軍部の開発していた《ホワイト=ロンド》もそうなんですが」
皮肉にも操主を必要としない型式の《バーゴイル》に今、青葉は搭乗している。
恐らくは己の意志を確かめるために。
戦い続けることの意義を問い質すため、そして何よりも――青葉自身の心の強さが通用するのかを。
「……始めろ」
山野の緊張をはらんだ声でデータ採取が実行される。
「血塊炉臨界まで……5、4……3、2……1……」
「血塊炉臨界。《バーゴイル臨界試験機》、血続トレースシステムの順応を開始。接続まで……残り……」
《ギデオントウジャ》に乗り込んだ広世はわざとコックピットハッチを開け放っている。
いつ、青葉に何があっても助け出すために。
『臨界……来ました。《バーゴイル臨界試験機》、血塊炉数値上昇……。血続トレースシステム、行きます……』
《バーゴイル》から引き伸ばされたケーブルは《モリビト雷号》のスペアパーツである両腕に接続されている。
マニピュレーターが動き出し、その指先が命の灯火を宿したところで――不意打ちに硬直する。
「電脳からの汚染を確認! 血続トレースシステム、逆流……!」
「青葉……!」
広世は《ギデオントウジャ》の操縦桿を握り締める。しかし、青葉は《バーゴイル》より接続された腕で制していた。
『ま、って……。待って、広世……っ! 私はまだ……この子に……!』
「無茶をするな! 神経接続を全てカット! 血続トレースシステムを保護しろ! キョムにこっちのエース操主のデータを握られるわけにはいかん!」
山野の伝令で次々と神経接続が遮断されていく中で、格納庫に固定されていた《バーゴイル》が挙動する。
両腕は分離しているとは言え、《バーゴイル》の性能面ではこちらの最新鋭機に匹敵する。広世は素早く《ギデオントウジャ》に戦闘姿勢を取らせていた。
狙うは《バーゴイル》の血塊炉――脈打つ心の臓へと二挺拳銃を突きつける。
「止まれぇ――ッ!」
弾丸が血塊炉を撃ち抜く。
途端、《バーゴイル》は項垂れて《ギデオントウジャ》へと寄りかかる。広世は接触回線でコックピットの中の青葉の声を聞いていた。
「……泣いて……いるのか? 青葉……」
すすり泣く青葉の声を聞き留めたのは自分だけで、整備班が慌ただしく状況を判断して行き交うばかりであった。
「――……無茶したのは、別に何てことはないんだ」
医務室で窓から夕陽が差し込む。
滅菌されたような天井を仰ぎ、青葉はその手を伸ばしていた。
「……あの《バーゴイル》は処理されたよ。青葉のデータをキョムに掴ませるわけにはいかないって、山野さんたちの判断で」
「……うん。それは私も了承していたし、分かり切っていたことなんだけれど」
それでも自分の中には言い訳がましい言葉が生まれてしまう。それを悟ってなのか、広世は言葉少なだった。
「……青葉はさ。いつか人機が、車や飛行機みたいに、本当に善悪の区別なく、役立てる未来が来ると、そう思ってるんだよな」
「……うん、そう。だからなのかな。《バーゴイル》だって、今は敵同士だけれど、何かのきっかけさえあれば、分かり合えることが来るんじゃないかって。力に、いいも悪いもない。人機だってそう。造られたことに、善悪なんてあるはずがないって。……けれど、それは私の思い上がりだったのかも」
「そんなことはないだろ。……青葉じゃなきゃ、あの《バーゴイル》に手を差し伸べられなかった。操作ログ。一応、操主には共有しておくべきだって、山野さんが」
広世の手から書類が差し出される。
《バーゴイル》の電脳の最奥まで潜った結果がそこに記されていた。プログラムの羅列の先、あらゆる言語がない交ぜになった文末にはたった三文字。
「……“thx”……これって……」
「分かんないけれどさ。あの《バーゴイル》は少なくとも、青葉の行動が無意味なんて思っていなかったんじゃないかな。人機に心があるかなんて誰にもハッキリ言えないけれど、でも……」
プログラムのエラーなのかもしれない。あるいは、ただの気紛れか。
感謝の意を示す三文字の略語は、青葉の心を軋ませる。
いずれにせよ、今しゃくり上げる自分にとっては、これ以上なく――。
「……広世。私ね……。夢は捨てたくない。やっぱりそうだよ。人機はいずれ、誰かを助ける技術になって欲しいもの」
「……そうか。なら、まだまだ頑張らなくっちゃな。俺たちで助けられる範囲だけでも、だって俺も青葉も」
「……ヒトだけじゃない、想いを守り抜く、“守り人”だから、ね……」
染み入る涙の色彩。
これが何の意味もない、ただの空回りに過ぎなくとも。
それでも――いずれ来る未来に向けて、信じ抜く縁にはなるはずなのだから。