そこまで口にしてから、削里の店を眺め直す。程よい広さに、木造建築の防音機能。それに何よりも、ここならば身バレの可能性は少ない。
「……うん? 何だか嫌な予感がするんだが……気のせいか? ヒヒイロ」
「いえ、気のせいではないかと」
小夜はナナ子へと、早急に告げる。
「そうと決まったら配信準備よ! ナナ子、機材は持ってるんでしょう?」
「……そりゃ、今の時代PCとそれなりのマイクがあればどこでも……? けれど、小夜。本当にいいの?」
ここまで来てしまって退けるものか。何よりも――どう考えても自分には向いていないと察しているナナ子とヒヒイロに分からせてやらなくては。
「私だけでも絶対に……成功してみせるんだから!」
――と、息巻いたものの、ほとんどの設定はナナ子任せでアバター絵はナナ子が即興で描き上げたものだ。
相変わらず仕事だけは早い。小夜は自分の動きにある程度追従してくるアバターに困惑する。
『えっと……これはこうで……』
〈挨拶ぎこちなさ過ぎ〉
〈トリガーVの裏話はよ〉
〈普段は何をしているの?〉
『えっとぉ……挨拶……じゃなくって、トリガーVの話はあんましできなくって……普段は……』
「小夜、小夜ってば! 普段のこと話してどうするのよ!」
対面のPCを操るナナ子が口の前でバツの字を作る。「身バレ、ダメ絶対」を掲げているのにこれではほとんど意味がない。
『えっとその……話せることは少なくってぇ……。今日はご挨拶だけということで。とりあえず……配信者、始めましたぁー……』
〈8888888〉
〈よくできました〉
〈赤ちゃんかな?〉
イラつくコメントもあったがぐっと堪えつつ、小夜は台本を読もうとしてぺたりとパソコン画面に張り付いたレイカルとカリクムを目にしてぎょっとする。
「なぁ、割佐美雷ー。これ、どうなってるんだ? 絵が動いてるぞ?」
「こうすると……へぇー、不思議ねぇ。こんな風に動くんだ?」
〈誰?〉
〈いきなり身バレキター!〉
小夜は声を押し殺してレイカルとカリクムを引っぺがすも、今しがたの模様は全世界に配信されている。
〈今の可愛い声、誰?〉
〈割佐美雷よりそっちのチャンネルにすればいいのでは?〉
『こんの……! いえ、コホン。と言うわけで、また配信しますので……その、チャンネル登録と、高評価よろしくお願いします……』
〈さっきの二人を出してくれるならば〉
〈三人体制でやればいいのでは?〉
コメントが高速で流れて来るので小夜はあわあわと戸惑ってしまう。
『ちょ……っ! みんな、落ち着いて……! さっきのは違って……!』
〈慌てるなんて怪しい〉
〈親フラ? 彼氏とか?〉
まずいとそこで悟ったのか、ナナ子が即座に配信を終了するも、小夜は生きた心地がしなかった。
完全に魂が抜け切った自分へとナナ子が肩を揺さぶる。
「小夜、小夜ってば。……もう配信は終わったわよ」
「血の気が引くってこのことなのね……。色んなスタントしてきたけれど……社会的な死を予感すると、過酷な撮影もマシだと思えてくるわ……」
「小夜。今の、アーカイヴを消したけれどミラーサイトだとかの対策はしてないから切り抜きとかはされるかもだけれど……」
「ミラー? 切り抜き……?」
一つも理解できずに小夜はくらくらした頭のままで首を傾げる。ここまで無知だといっそ清々しいのだろう。ナナ子はヒヒイロと再び視線を交わしてため息を漏らす。
「やっぱり、小夜には配信者はまだ早いみたいね……」
『――えっとぉ……挨拶……じゃなくって、トリガーVの話はあんましできなくって……普段は……』
そこまで観ていたところで唐突に扉が開かれて作木はびくつく。
「わっ……びっくりしたぁ……」
「ちょっ……作木君、それ消してってば! ……はぁー、ナナ子の言っていた通り、切り抜きだとか言うので残っちゃったのかぁ……」
まさか小夜が配信者を始めるとは聞いておらず、作木はパソコンを指差す。
「その、配信者をやるんですか? 小夜さん」
「そのつもりだったんだけれどね……。現実に打ちのめされた気分。まぁ、ナナ子の言う通りなんでしょう。私にはまだ早いって言うか……。別に、色んなことを偽ってまで世界に配信しなくっても、見て欲しい人には見て欲しいものが伝わってくれるって言うか……」
紅潮した頬を掻く小夜に遅れてやってきたナナ子がバンと扉を開く。
「小夜! これ! これって……!」
「何よ。ナナ子、ここは一応、作木君のお家……」
「これ! ……やられたわね……!」
ナナ子のスマホを覗き込むと、アバターの絵を使ってにこやかに手を振る少女の姿が大写しになっている。
『今日は……姉から久しぶりに外出していいとご連絡を受けたので、私も流行りの“はいしんしゃ”……? をやってみましたー。えーっと、新人の“おとぎん”です』
「……ん? この声って……」
「機材を削里さんのお店に置いて行ったから……。多分だけれど、これっておとぎちゃんよね……」
作木もその模様を見やると、生配信で大量のスーパーチャットが送られてくる。
「これ……! 今、赤の一万円が……!」
「あー、うん……。まぁ、どうせ高杉先生の悪だくみよね。水刃様が許すはずがないから、これも一過性なんだろうけれど……」
とは言え、数万円規模が飛んでは消えていくのはあまりにも壮観であった。称賛のコメントが流れていく中で、小夜は疲弊し切ったように嘆息をつく。
「もう配信者はこりごり! 私は実際の世界を生きていくことにするわ」
「えっ、もうしないんですか? ……チャンネル登録したのになぁ……」
「こぉーら。画面の中の割佐美雷じゃなくってその……作木君くらいは私を見てよ。……ばか」
「はいはい、ツンツンデレデレ! まぁ、私もおとぎちゃんはフォローしちゃおっと。これがどうなるかしらねぇ」
ナナ子は完全に一リスナーとしてその模様を眺めることを楽しんでいるようであった。小夜はと言うと、せっかく買い込んできた夕飯の食材を無駄にしたくないのか、早速台所に立つ。
「さぁてと。今日は私が腕を揮うわね、作木君! ナナ子にも負けない料理スキルがあるってこと、見せてあげるわ!」
腕まくりをしてウインクする小夜に微笑みかけながら、作木はと言うと、小夜の最初で最後の動画にひっそりと「いいね!」を付けるのだった。
「……そうだなぁ。配信者の世界はよく分からないけれどでも……何かをチャレンジする小夜さんは間違いなく、輝いてると思うんだけれど……」