JINKI 308 朝陽が昇るまでに

「えっと……これ、どこの?」

「どこって妙なことを聞くのね。招待券よ」

「いや、だからどこのって……。遊園地でもあるの?」

「まぁ、みたいなものね。本日午前二時過ぎに、ヘブンズの駐屯地にいらっしゃい。もてなしてあげる」

 もてなす、というルイの普段の態度を知っていれば嘘のような言葉振りに青葉は警戒する。

「な……何か企んでるの?」

「企むなんて言いがかりよ。いい? 午前二時にだからね? 寝てたら絶対に承知しないんだから……」

 凄味を利かせるルイに青葉は押し負けたようにして何度も頷く。

「……まぁ、明日は訓練もお休みだからいいけれど……何をやるの?」

「来てのお楽しみよ」

 そう言ったきり、ルイは廊下を抜けていく。その背中にそれ以上の言葉をかけても恐らくは聞き出せないのは明白で青葉は途方に暮れていた。

「何なんだろ……。イタズラとか? でもルイが直接手渡しでイタズラして来るなんて……」

 いや、ルイならばあり得る。青葉は廊下でああでもないこうでもないと思案していると、不意に背中から声をかけられていた。

「おい! そこに居ると邪魔なんだが! なぁーにやってンだ、馬鹿」

「ひゃぁ……っ! って、両兵……? 何やってるの?」

「何って、見りゃあ分かンだろ? 掃除してるンだよ」

 モップとバケツを携えた両兵に青葉は信じられないようなものを見るような目つきで問い返していた。

「……掃除? 両兵が?」

「……何気に失礼で居やがンな、てめぇ……。ヒンシとかと賭けに負けたんだ。お陰様で宿舎の掃除! ったく、やってらんねーよなぁ!」

 不機嫌そうにしながら水を大量に吸ったモップで廊下を拭くものだから青葉は思わず指摘する。

「だ、駄目だよ、両兵! 水をちゃんと切らないと意味ないじゃない」

「うっせぇなぁ……。こんなもん、テキトーでいいんだよ、テキトーで。第一、賭けのレートが悪いったらねぇ。あいつら共謀してオレを陥れやがったんじゃねぇだろうな……」

 ぶつくさと文句を垂れながらびしょびしょのモップを扱う両兵に青葉はそれとなく尋ねていた。

「ねぇ、両兵……。ルイと南さんってヘブンズ、だったっけ? 回収部隊の」

「あン? 何だよ、分かり切ったことを今さら聞くんじゃねぇ」

「……その二人にさ、もてなし、って受けたこと、ある?」

 自分の口から出た言葉があまりに信じられなかったためか、両兵は掃除の手を止めて胡乱そうな目を向ける。

「もてなしだぁ? ……あの二人がかよ」

「……うん。招待券もらっちゃったの」

 少しだけ見せるのは憚られたが、行った先が地獄とも限らない。両兵はルイから受け取った招待券を何度も透かしたりぺらぺらと揺らしたり、あるいは嗅いだりする。

「……毒、はねぇみたいだな」

「毒って……もう! さすがにそれは二人に失礼だよ!」

「……とか言っちまっているが、何となく信じられんからオレに見せたんだろうが」

 うっ、と手痛いところを突かれて青葉は困窮する。

「それはそうだけれど……。ねぇ、午前二時の……夜中に何かもてなしって……どういう意味なんだろ? 暗号なのかな?」

「丑三つ時に他人を呼びつけてもてなしたぁ、随分と怪しいこったな。とは言え、この招待券とやら自体には何でもねぇ。普通にそこいらのプリンターで印刷したもんみてぇだし、まぁあの二人がお前をもてなすとか危なさしか感じねぇけれど」

「……だよね。行かないほうが……」

「行かねぇのかよ。じゃあこれ、オレが貰ってもいいか?」

「な、何でそうなるの……?」

「いや、そりゃあ操主としてお上品やってる奴には毒かもしれんが、この二人のこった。もしかしたら特上の酒を手に入れたもんだから、一人でも頭数が欲しいってことなのかもしれん」

「お、お酒……? 駄目だよ! お酒は二十歳からって……!」

「カナイマじゃ法律なんてあるようでないもんだっつーの。……で、どうすンだ? 行くのか? 行かねぇのか」

 そこまで問い詰められてしまえば、青葉も後には引けなくなってくる。

「……行く、けれど、一個条件」

「何だよ」

「……両兵も一緒に来てよ。そうしたら行く……」

 唇を尖らせて青葉は口にすると、両兵はモップを廊下にかけながら嘆息をつく。

「……要は一人で行くほどの勇気はねぇってことかよ。まぁ、いいぜ。ともすれば美味い酒や肴にありつけるかもだかンな」

「もう! 両兵ってばいつもそうだよね。お酒だとか食べ物だとか、節操がない……」

「カナイマじゃ節操なんて最初に捨てるようなもんさ。ま、何かしらあるんだろ。もてなし、とやらが言葉通りとは限らんが、それでもたまにゃいいもんだ」

 両兵は完全にそういう場なのだと思い込んでいるようだが、青葉にしてみれば懸念事項もある。

「何でこんな夜中なんだろ……。お酒やおつまみなら、お昼からでも食べていた気がするのに……」

 とは言え行かなければ始まらない。青葉はよし、と決心する。

「何が待っていても……とりあえず、行動!」

 ――柊神社の境内はしんと静まり返っている。そんな中で自分だけが異物のようで、南は懐中電灯片手に進む。みしり、と床が軋み、思わずびくついてしまう。

「はぁ……まさか目が冴えてしまうなんて。私としたことが不覚……。とは言え明日も早いからとっとと寝に入らないと。けれど、寝られないものは仕方ないものねぇ……」

 ぼやきつつ南の足は自然と格納庫へと向かっていた。この時間でも煌々と電気を点けているのはメカニックの面々であり、南は何かと世話になることも多い。少しくらいは話の種に、と思ったところで中を窺っていた。

「だからさ! こっちの配線はもっとちゃんとしないと! 空戦人機ってデリケートなんだからさ!」

「とは言ってもよ。今のアンヘルの資金繰りじゃ、これが限界だっての。そもそも、《空神モリビト2号》の定期メンテナンスを柊神社でやるのには色々と足りてねぇんだよ。やっぱり、自衛隊の駐屯地を借りるべきだったんじゃねぇの?」

 エルニィとシールが言い合いをしており、格納庫では今も忙しく月子と秋が整備作業に追われている。

「でも、シールちゃん。これって結構、切羽詰っているって言うか……。私たちだけで《空神モリビト2号》を仕上げないと、師匠の面子も立たないよ」

「それがあるってのがややこしいよな! ……そもそもあの人たち、最近どうやら陸に上がっているとか噂聞くし。あーあ! ずぅーっとビッグナナツーで干上がってくれりゃちぃとは気持ちが楽なんだがよ!」

「せ、先輩方……そういうことを言っていると、あとが怖いですよ……」

「秋は真面目だよなぁ。いーんだよ! 映画だとか色々楽しんでるんだろ? そりゃー、マジに日本政府にバレたらまずいのはそうなんだろうが、たった二人だぜ? わざわざ日本政府もそんなの見張っているほど暇でもねぇだろ」

「けれどさ、ばーちゃんたちは片方だけでもパワーバランスを崩すって言われてるんだから。そりゃー、諸外国にしてみれば渡したくないよね。ただでさえ日本に人機関連の事業は集中している。心穏やかじゃないってのは気持ちも分からないでもないよ」

「……何だか難しい話をしているのね……。あの子たちのことだから酒盛りでもしてるんじゃないかって思ったんだけれど」

 当てが外れたか、と踵を返そうとして南は懐中電灯の先で待つ小さなおかっぱ頭の影に仰天する。

 思わず悲鳴が漏れ、腰が抜けてしまっていた。

「ひゃわ……っ! って……南さん……?」

「……えっ、さつきちゃん……?」

 ようやく落ち着いて懐中電灯を振り向けると、さつきが心配そうにこちらを覗き込む。南はと言えば、不意打ちで完全に腰が砕けており、立ち上がるのにも時間がかかる。

「えーっと……南さん? 何で格納庫の前に? 泥棒かと思っちゃいましたよ」

「そ、それはこっちも……お化けかと思ったわよ……ちょっと待って。腰が抜けちゃって……痛ったた……」

 打ち所が悪かったのか、なかなか立ち上がれないでいるとさつきが手を差し出す。その手に掴まってようやく南は立ち上がっていた。

「でも、どうしたんです? 懐中電灯なんて持って。格納庫に用があったんですか?」

「うーん、ちょっとね。目が冴えちゃって。で、メカニックの面子ならお酒も持っているだろうし、寝酒を貰おうかと思ったんだけれど……」

 濁しているとさつきが格納庫を覗き込む。

「やっぱりさ! 空戦人機って言うものの有用性って言うのかな……ボクらだけで運用できるってのが重要なわけじゃん!」

「とは言うがなぁ、エルニィ。自衛隊駐屯地からこっちまで片道でも三十分はかかるんだ。いくらブロッケンで助けてもらったってどうしようもねぇんだから」

「それに……まぁ《ブロッケントウジャ》の運用だって目立つとよくないから。一応、トーキョーアンヘルってオープンのはずだけれど、国内だってよく思っていない人たちだって居るでしょ? 人機開発だって私たちが思っているほど大手を振るえないって言うか……」

「先輩方……やっぱりもっと静かにやるべきなんじゃないですか? 柊神社にだって迷惑をかけられませんよ」

 全員が全員、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。それを悟って、さつきは頷いていた。

「……思ったよりも深刻なお話だったので、入れない、と言うことですか?」

「そーいうこと。……私もね、一応は責任者って身分だし、別に苦労は分からないでもないんだけれど、寝酒を貰いに来たのに小難しい話をされるのは、何だかね……。そういうさつきちゃんは? 格納庫に何か用でもあったの?」

「あ、はい……。皆さん、夜を徹して頑張っていらっしゃるので、夜食をと思いまして」

 さつきは皿の上に人数分のおにぎりを用意しており、彼女らのことを考えての行動なのだと分かった。

「へぇー……偉いわね、さつきちゃん。けれど、あの子たち、こういうの連日?」

「一週間に一回あるかないかって言うくらいですかね……。侃侃諤諤の議論なので、お腹も空くだろうと思いまして……」

 南はその言葉を受け取って、なるほどと得心する。メカニックは普段は平然として、自分たちの領分を楽しんでいるように映ったものだが、案外差し迫った問題も数多いのかもしれない。

 そう考えると、どうせ酒盛りをしているのだろう当たりを付けて窺ったのも少しだけ気まずい。

「そっか……。じゃああんましお酒を期待して来るのもよくないわね……」

「皆さん、南さんが来たら喜ばれると思いますけれど……どうします?」

 夜食を抱えたさつきに南は、いや、とさすがに断る。

「議論の真っ只中に行くのはちょっとね……。そうね……さつきちゃん、夜食を届けたらちょっとだけ付き合ってくれる?」

「……いいですけれど、大丈夫なんですか? 明日は早朝から南さん、外交先に飛ぶ予定って聞きましたけれど」

「だからこそ、すぐに寝たいのはやまやまなんだけれど……色んなことが頭の中で渦巻いちゃってそれどころじゃないって言うか……。まぁ、疲れれば寝られるでしょうし、少しの夜更かしもまぁいいかなって」

「じゃあ、とりあえずメカニックの皆さんに夜食を届けますね。その後で南さんにお付き合いしますから」

 さつきを迎え入れたメカニックの面々はどうやらこういった夜更かしにも慣れている様子で、ぱくぱくとおにぎりを頬張っていく。

「……ふーむ。私の出番はないのかもしれないわねぇ」

 だからと言って、簡単に寝入れれば苦労もしない。さつきが出て来るのを待って南は懐中電灯片手に声をかけていた。

「……さつきちゃんは、確かエルニィとルイと同じクラスなのよね?」

「あ、はい。立花さんは先生ですけれどね。……ルイさんも来たり来なかったりなので」

「出席日数とか大丈夫なのかしら、あの子。……いえ、ルイが自分から馴染みに行ったんだもの。杞憂よね」

「南さんは、ルイさんのお母さん……でしたよね?」

 疑問形になってしまった理由が一瞬分からなかったが、そう言えばおおっぴらに言っていなかったことに今さら気づく。

「あ、そっか。そう言えばトーキョーアンヘルになってからは赤緒さんくらいにしか言っていなかったかしらね。うん、そう。ルイは私の自慢の娘よ」

「あの、聞いていいのか分からなかったんですけれど……本当のお子さんじゃ、ないんですよね?」

 自分たちにとってみれば重要な事柄かも知れないが、逆にこんな夜更けに口にするのが適切とも言える話題だ。

 エルニィやメルJはそれとなく分かっているようだが、さつきには伝えていなかった。誤解を生むのもここではまずいと感じて南は後頭部を掻きながら応じる。

「うーん……まぁ、本当の親子みたいなものだけれどね。あの子がこんなに小っちゃい頃から一緒だし。まぁ、お腹痛めた子じゃないけれど、私にとってみればお腹痛めたよりももっと強い……そうね。繋がりみたいなのはあるかもしれないわ」

「あっ、すいません……。何だか踏み入るようなことを聞いてしまって……」

「いいのよ、別に。それに、トーキョーアンヘルの居心地の良さに慣れちゃって、言い出さなかった私も悪いし。けれどまぁ、ルイが決めたことなら私は尊重するわよ。何であってもね」

 それがルイを見守ると決めた、母親としての意地でもある。さつきはと言うと、境内に近づくにつれてぼそっと呟く。

「……ちょっとだけ羨ましいかも」

「羨ましい? でもさつきちゃんもご両親は居るでしょう?」

「あっ、違って……。羨ましいって言うのはその、何て言うんでしょう、そういう風に誇りに思ってくれてるって言うのが……ルイさん、愛されてるんだなぁって」

「……きっとさつきちゃんのご両親もそう思ってくれているわよ。南米の川本君だってね。《ナナツーライト》で戦っているのは伝わっているはずだし」

「……お兄ちゃんとは、遠く離れちゃっているけれど、でも私、前みたいに怖くないんです。前までは……朝が来るのが怖かったって言うか」

 少し話しづらそうにするので南は聞き役に徹していると、ぽつりぽつりとさつきは口にする。

「……朝が来ると、嫌でも分かっちゃうじゃないですか。自分がこの国で……孤独なんだって。……両親は居ましたけれど、一番近い親族が兄だったので。ああ、まだお兄ちゃんは遠くに居るんだって。より寂しくなっちゃうって言うか」

「……さつきちゃんもさつきちゃんなりに考えていたってことよね。まぁ、それもそうか。キョムやロストライフ現象さえなければ、私たちはここに来なかった。こうして……夜更けに喋ることもなかったんでしょうから」

 ある意味では奇縁。だがある意味では人機の紡いでくれた貴重な縁でもある。それを噛み締めながら、南は台所へと向かうさつきの背中を見据える。

 ――ともすれば、自分たちの存在はイレギュラーだったのかもしれない。

 彼女らとは出会うはずのない運命で、こうして生活することも奇妙なことそのもので。だから、柊神社で身を寄せ合い、人機に乗って戦うことも一つの結論ではあり、一つの結果論でしかないのだろう。

「……ねぇ、さつきちゃん。ちょっとまだ時間はある?」

 台所で夜食の皿を片付け終えたさつきに南は呼びかける。

「……はい、まぁ。明日はお休みですし」

「じゃあ、そうね……。暑くなってきたし、飲み物とアイス、それにちょっとしたお菓子でも用意しましょうか」

「いいですけれど……何をするんですか?」

 さつきの疑問に南はウインクする。

「まぁ、ちょっとね。こちとらタフな南米育ち、ただただ闇雲に夜を明かすわけじゃないってこと、見せてあげるんだから」

 ――夜半に起きると、やはりと言うべきか静まり返った宿舎に青葉はおっかなびっくりに懐中電灯を片手に招待券を眺める。

「……えっと、担がれているわけじゃない……よね?」

 示し合せた青葉は男子宿舎の前で待ち構えていた両兵へと片手を上げる。

「おう、来たか」

「……ルイは?」

「分からん。時間はまだ十分ほど前だが」

 二人して歩きながら道すがら、青葉は共通の質問事項を尋ねる。

「あのね、両兵……こういうの、たくさんあったの?」

「こういうのって何だよ」

「招待券……なんてかしこまって……ルイがその……」

「そーいうのはほとんどねーなぁ。そもそも、あのマセガキが喋りかけてくるなんざ、滅多にねぇだろ」

「……私にはよく喋ってくれるんだけれど……」

「そりゃー、お前。《モリビト2号》の下操主席をかけてオヤジんところで勉強してるんだろ? よくやるぜ」

「両兵も勉強しないと。私たちのほうが詳しくなっちゃうよ?」

「言っとけ。そんなことは永劫あり得んのだからな。第一、まだまだ半端操主のクセに、生意気言ってんじゃねーよ」

「は、半端じゃないもん! ……両兵はまだファントムできないクセに……」

「そーいうとこだぞ! アホバカがよ……。ケッ! ファントムくれぇ、そのうち習得してみせるさ」

「そのうちそのうちって……両兵は向上心がないのは悪い癖だよ!」

「うっせ……っ! てめぇに言われたかねーっての!」

『そこ! 大声で何やってるの!』

 不意打ち気味に前方から《ナナツーウェイ》の投光器で照り返され、青葉は反射的に硬直する。両兵も同じようで、咄嗟に何も言えなくなっているところにキャノピーに足をかけた南がぱちくちと目をしばたたく。

「……って、何だと思ったら青葉と両じゃないの。何やってんの? 盗っ人みたいだったわよ?」

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