JINKI 308 朝陽が昇るまでに

「……盗っ人たぁ、とんだ言い草だな。……おい、青葉」

「……知んない。両兵ってば、本当に子供で馬鹿なんだもん」

「てめっ……! それ言い出したらキリねーだろうが!」

『喧嘩しない!』

《ナナツーウェイ》に備え付けの拡声器で制されるので、びりびりと空気が震えてしまう。

「……うっせぇ! おい、黄坂! てめぇが呼んだのにこういうぞんざいな扱いはねぇだろ!」

『私が……? あっ、もしかしてルイが呼んだの?』

「あれ……? 南さんも知ってのことじゃないんですか……?」

「……ってことは。ルイー。あんた、わざわざ……いじらしいことねぇ」

 ルイはと言えばつんと澄ました様子でコックピットから流麗に飛び降りてこちらへと手を差し出す。

「……招待券。まさか小河原さんを呼ぶなんて思わなかったけれど。本当、抜け目ないんだから」

「あっ……違って。……いや、違わないか。両兵は、一応真夜中だから、付いて来てもらったの」

「あんたのそういうところが……まぁいいわ」

 招待券の端っこを切ってから、ルイはずいっとこちらへと顔を近づけさせる。

「……えっと、何……?」

「ちゃんと午前二時に逃げずに来たのだけは褒めてあげる。……けれど、何も知らずに来たのね」

「何もって……何かあったの?」

「ルイー。……あんた、分かってくれてるのねぇ。今夜はちょうど暇だなーって思っていたところだから、ちょうどよかったわよ」

「黄坂、これはどういうことなんだよ……。招待券って何だ? 青葉の奴をわざわざド深夜に呼ぶなんて正気じゃねぇだろ」

「あら? あんたは知らなかったっけ? 私、さ。一年に一回くらいかな。眠れなくなっちゃう周期があって」

「眠れねーって……そりゃあれか? 不眠症みてぇな」

「そんなご大層なもんじゃないんだけれどね。……その時にはルイに一晩中、話を聞いてもらうことにしてるのよ。寝酒でもいいかなって思ったんだけれど……そっか。今年は青葉、あんたが居てくれたわね」

「私……?」

「そっ。ルイってば、これでなかなか可愛いところもあるじゃないの。……ちゃんと考えてくれてたのね」

「……南の取り留めのない話をずーっと一晩中聞くのも疲れたから、青葉を試しただけよ。ビビって来ないかもと思ったけれど、それはクリアしたみたいね」

「とか言っちゃってー。あんたなりの……まぁいいわ。青葉っ。そんなわけで、私は今日がそれなのよ。どう頑張ったって朝まで眠れないから」

 別段、南の言葉に翳りはない。暗い過去や重々しい話をするのでもないのだろう。

 ただただ、眠れぬ夜に誰かの手助けが欲しい――そんな誰でもない、些細なこと。

「いいですけれど……私でいいんですか?」

「何言ってんの。青葉だからいいのよ。まぁー、私もね? 二十五年生きていたわけだから、そりゃー夜を徹しても話終わらないわよ? その辺、ちょっと長くなるかもしれないけれど……」

「南、相手が聞いているかどうかは関係ないものね。青葉、覚悟なさい。……今夜は寝かさないわ」

 何だかそれはもっと決めるべき時に言うものなのではないか、という野暮なツッコミはともかく、青葉は微笑んで、じゃあと言葉を継ぐ。

「何か必要ですかね? もちろん、お酒は駄目ですよ?」

「分かってるって。どうせ、お酒じゃ眠れないんだし。……両も。せっかくなんだし、聞いていきなさいよ」

「へっ。どうせヤなこったって言っても、関係ねーのがてめぇだろ。……一晩くらいは付き合うぜ。分かった風になる気もねぇが、分かるのもまた違うだろ?」

 青葉にしてみれば両兵と南の間にも、余人には分からぬ言葉にしない絆があるように思えていた。

 横目に見ているとルイがポンとシャンパンの蓋を開ける。

「わわ……っ! ルイ! それって高いお酒じゃないの……?」

「整備班からかっぱらったわ。……いいのよ、これくらいで。どうせ、お酒じゃ――」

「眠れない夜もある、ってわけね。酔えないのもたまには……いいかぁ。シラフのまま、こんな月夜を超えるのもね」

 数え切れないほどの星屑を仰ぎつつ、青葉はソフトドリンクを手に《ナナツーウェイ》のコックピットに集う。膝をついた形の《ナナツーウェイ》の上で、南と両兵、自分とルイはめいめいに杯を掲げていた。

「けれど、こういうのってなかなかないですよね? 私、徹夜するのって初めてかも……」

「おっ、じゃあ初めての徹夜ってわけだ。青葉も隅に置けないわねぇ」

「南は朝帰りなんて珍しくないでしょ。本当、品性の欠片もないんだから」

「あっ、こぉら、ルイ! あんたねー、このカナイマじゃ品性で言ったら頂点と噂される私を前にしてよく言えるわねぇ」

「……ドベ争いの間違いじゃねーの?」

「両! あんたも口が減らないわね。……まぁ、今日くらいは許してあげる。私の夜に付き添ってくれるんならね」

 いつもならご機嫌になって酔っ払う南が、確かに今宵はちょっとだけ大人しい、と言うよりもしおらしかった。

 徹夜をするテンションだと言うのに、どこかで寂しさを漂わせているような――そんな気がしたのだ。

 だからなのか、それとも、なのか。

「南さん。その……今日はご招待、ありがとうございます。南さんのお話、たっくさん聞かせてください……!」

「んー? そんなに聞きたいー? そっかぁー、聞きたいかぁー!」

「……誰も聞いてねーよ」

「南、人の話を聞かないのは一級だものね」

《ナナツーウェイ》のコックピットの縁に腰掛けるルイは、どこか遠くを眺めている。彼女の弁の通り、本当に南は眠れない夜に悩んでいるのか。それは誰にも分からない。

 来たばかりの自分には分かるはずもない、だが、それでも。

 夜通し話を聞くのは、悪い気分ではなかったのは事実だった。

 ――《ナナツーウェイ》を用意してくれ、と頼んだ時点で思い出したのもあるのかもしれない。

 さつきは理由も分からずソフトドリンクと少しの茶菓子を用意してくれた。星空は南米ほど遠くまで澄んでいるわけではないが、条件は同じようなものだろう。

「……懐かしいからなのかしらね」

「どうなんだろうな。……なぁ、黄坂。お前、一年に一回だけ、眠れないっつーのは治ったのかよ」

 招いた両兵はやはり思い出していたのだろう。かつての日々――青葉との懐かしくも輝かしい記憶を。

「……どうなんでしょうね。前みたいに……一人で眠るのが辛いから、理由を付けて眠れないって言いたいだけなのかも」

「別によ、オレは構わねぇンだ。お前が眠れねーって言うんなら、前みたいに馬鹿騒ぎしようじゃねぇか。人機のコックピットで、飲み物と菓子を揃えてよ。取り留めのない話を、いつまでも続けて」

「いいけれど、それって迷惑じゃないの?」

「……今さら迷惑も何もあるかよ。それとも、オレの知ってる黄坂南は二十八年も生きて来て、ネタが尽きるような人間だったのか?」

「……年齢のことはもう言わないでってば。けれど、そうねぇ……」

「南さーん! 起きていらっしゃったのは、ヴァネットさんだけで……あれ? お兄ちゃんも?」

 台所から大量の茶菓子とお茶を持ってきたのはさつきとメルJで、南は片手を上げる。

「さつきちゃん、上々よ。ちょっと上がって来てもらえるかしら」

「いいですけれど……人機のコックピットで飲み食いするんですか? ……立花さんとかが怒らないかな……」

「いいのよ、責任者権限でどうにかするから。……それに、たまにはね。眠れない夜に、眠れない者同士で、寄り集まったっていいじゃないの」

 眠れなくなった原因は定かではない。

 きっと心の奥底で、一年に一回だけ、誰かと夜通し喋り倒したいだけなのかもしれない。

 だとすれば、寂しいのか。

 だとすれば、恋しいのか。

「……どっちでもないわねぇ、この感じ。きっと……ちょっとだけ、誰かと時間を共有したい、そんなワガママなのよ」

「黄坂南、明日は朝も早いのだろう? ……大丈夫なのか?」

「大丈夫っ! 私もね、こうして夜が明けるまで……東の空に管を巻きましょう」

「ヴァネット、さつきも気ぃ付けろよ? こいつ、マジに寝ないからな」

 いつもなら酔っ払ってだらしないところも見せているだろう。そんな自分の、数少ないお酒に頼らない部分での弱さ。

 だけれど、誰かと一緒に居られる紛れもない強さ――。

「みんなで今日は、そうねぇ……取り留めのないことを話し合いましょう。それってきっと……」

 きっと明日の到来が小憎たらしいような、そんな時間なのだから。

 朝陽が昇るまでには、こんなメランコリックな気分も少しは晴れてくれるだろう。そうと期待して、南は杯を掲げる。

「うん……きっと、それがささやかな幸せ、なのかもね!」

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