JINKI 310 運命の分岐点

 それは元々陸戦機として設計されたがゆえの功罪であり、また機械部品の多くをワンオフで済ませているために起きる。替えの利かない精密機械の塊である人機にとって、砂漠と深海、そして高重力発生地帯は弱点となり得るのだ。

 それが分かっていても、今のバルクスにとって選択肢は極めて少なく、さらに言えば馴染んだ愛機での戦闘に際して砂漠地帯での陸戦になるとは想定外であった。

『隊長! 敵人機は、また砂地へと……!』

 アイリスの声が通信網に焼き付く。バルクスもここは慎重に事を進めるべきだ、と敵人機が潜む砂漠地帯を睨んでいた。

「分かっている。しかし、キョムも面妖な新型機に着手したものだ。砂漠専用機など……」

 しかし、現在。ロストライフ化が全世界規模で行われている以上、砂漠化は免れない。殊に、黒く染まった大地には水一滴さえもなく、生き物の生存を脅かす地獄である。

 その地獄でこそ輝く人機が居るなど、にわかには信じ難いであろう。だが、現実は無情だ。バルクスはレジスタンス部隊が鹵獲した青い《バーゴイル》と《アサルト・ハシャ》で固めているのは今だけはある意味では幸運か、と噛み締める。

「熱源……感知。しかしながら、このサイズは……」

 有視界戦闘から熱源感知センサーへと切り替える。友軍の《バーゴイル》がプレッシャーライフルを撃ち放つが、砂塵を巻き上がらせるばかりで本体には到達もしない。

『……隊長。やはり敵は、対リバウンド装甲を装備していると見受けられます。どうしますか』

「どうもこうもあるまい。……《バーゴイル》では近づけず、単体戦力として有用であるのならば、私が赴かぬ道理もないだろう」

 バルクスは《O・ジャオーガ》の誇るオートタービンの出力を引き上げ、回転軸のいななき声を上げる。

 しかし、《O・ジャオーガ》はあくまでも陸戦機。砂漠専用に整えられた敵人機を捉えるのには至らないかもしれない。それでも、と武装を振るい黒々としたロストライフの砂漠を引き裂く。

 敵人機は想定通りに攻撃からは逃れ、そしてまたしても砂漠深くへと潜っていく。

『各機! 火力を切らすな! 敵不明人機に近づけさせる隙を作ってはいけない!』

 ハザマの声が響き渡り、《アサルト・ハシャ》部隊が実体弾のトリガーを引き絞る。弾丸はしかしながら、その装甲面を叩くことすらない。纏った砂のベールそのものがまるでリバウンド装甲持ちのように弾丸を逸らしていくのだ。

「まるで砂のシャチだな……」

 砂漠地帯という名の特殊状況下を味方に付けた、深き源の祖。哺乳類の中でも巨躯を誇るシャチを想起させるその機動力と攻撃性能。頂点捕食者の名をほしいままにする在り方に、陸を這うことしかできない《アサルト・ハシャ》ではまるで敵わない。バズーカの砲撃で迫りかけた機影を遠ざけることに成功するも、それは食う者と食われる者を分けるのには相応しない。

 むしろ、逆だ。

 この状態が長く続けば、人型でしかない《アサルト・ハシャ》では厳しい戦局となるのは必定。バルクスはアイリスの率いる《バーゴイル》部隊へと伝達する。

「《バーゴイル》部隊へ。プレッシャーライフルでこちらに誘導せよ。……私が討つ」

『隊長……? しかし、敵人機は今に至るまで……一秒たりともその装甲すら晒していないのですよ』

「だとしてもやるしかあるまい。オートタービンの攻撃力と突破性能で装甲を叩き壊す」

《O・ジャオーガ》の一点突破力を信じ、砂の装甲と本体の装甲を同時に撃ち抜くしかない。そうだと断じたバルクスの行動は素早い。推進剤を焚いて加速し、砂地を自在に潜行する敵人機を狙い澄ます。

 背面に備えた直刀を投擲し、砂の壁で相手が防御したのを感覚した瞬間に、丹田に力を込めて機体を沈めさせる。

「……ファントム……!」

 超加速度に至った《O・ジャオーガ》が弾かれた直刀を逆手に握り締め、砂の自在装甲へと斬り込む。

 だが、砂によって太刀は即座に削られ、斬撃性能を失った直刀をバルクスは片腕ごと手離すこととなっていた。

 噴き上がった砂がまるで牙のように構築されて《O・ジャオーガ》の片腕を噛み千切る。肘から先を失った形で《O・ジャオーガ》がたたらを踏んだその時には砂が雪崩のように流れ込む。

 バルクスは舌打ちを滲ませて咄嗟にオートタービンを突き刺す。

 砂地が舞い上がり、防御に回った敵人機からバルクスは一旦撤退を選ぼうとして、警告音がコックピットで劈く。

「……右脚部に不調? ……砂が入り込んでか……!」

 砂漠地帯そのものが敵人機の味方であり、この場所に誘い込まれた時点でバルクスに勝利の女神は微笑まない。砂が刃の性能を帯び、もう片方の腕でさえも落とそうとしたのを察知して《O・ジャオーガ》の前面に追加増設したバーニアを点火して急速後退する。

 だが、無理やり引き剥がした分、《O・ジャオーガ》のダメージは深い。

『隊長……! 一時撤退を! 片腕がなければさしもの《O・ジャオーガ》でも……!』

「厳しい、というわけか。……致し方あるまい。全軍、後退。昨日訪れた寒村にて合流する。通信コードは0750」

『了解……! 《バーゴイル》部隊は火力を切らさずに敵人機を留め、《アサルト・ハシャ》はランデブーポイントにて合流! 通信帯は0750!』

 バルクスは撤退と言う形を選んだことに後悔はないが、それでも砂漠地帯そのものを味方に付けるキョムの不明人機を前に悔恨が先に立つ。

「……我々の力だけでは……キョムの新型機に届かないと言うのか。だがそれは……」

 それを認めてしまえば、自分たちのこれまでの抵抗の日々が霧散する。今はただ、戦略的撤退を選んだ、と胸に結ぶほかなかった。

 ――砂漠地帯は好かない、とハザマはランデブーポイントまで後退してから経口保水液を喉に流し込んで呟く。

「そもそも、人機で砂漠戦なんて……。ナンセンスと言わざるを得ないなはずだ。《アサルト・ハシャ》は市街戦を想定した人機なんだろう?」

 加えて資材も無限ではない。予め想定しておいたランデブーポイントで合流を果たした《バーゴイル》部隊と示し合せ、寒村に残った食料や水、それに人機修繕用の資源を垣間見る。

「……これだけ、か」

「これだけでも上等なほうよ、ハザマちゃん。私たちレジスタンスに資材を流してくれる組織なんて、この世界にも酔狂な人間も居たものね」

「……それを我々が言ってどうする。結局のところ、何一つ選べてやしないんだ」

「そうかしらね。……はい、コーヒー。飲んでらっしゃいよ」

 アイリスがコーヒー豆の抽出器を用いてコックピット伝いに《アサルト・ハシャ》の肩口に腰を下ろす。ハザマは今も運び込まれてくる最新の武装を視野に入れていた。

 トレーラーを牽引するのは黒い仮面を被った構成員たちで、その相貌にぞっとするものを感じる。

「……奴らは何なんだ……?」

「隊長の伝手なんだって。言うのには、邪悪な存在ではない、とのことだったけれど」

「邪悪ではないなんて気休めにもなるもんか。この世には邪悪ではなくとも、混沌を支配する存在だって居る」

 それに関しては同意であったのか、アイリスはスプーン一杯の砂糖をコールタールのような黒々としたコーヒーに混ぜる。

「そうね。けれど、だとしても今の私たちにとっては悪魔の手であっても取らないわけにはいかないのよ。どれだけ裏の思惑があろうともね」

「思惑ありきで戦うなんて、レジスタンスらしくもないんじゃないか? ……バルクス・ウォーゲイルと言う男の掲げる理想にしては、随分と薄汚れている」

「……隊長もね。キョムと戦うって言うのを貫くためには清濁併せ呑むってことなんでしょう。なんてったって相手は衛星軌道上からいつでも新型機を地上に降臨させることができるんですもの。戦力の圧倒的不利は承知の上でしょう」

 それが自分たちを率いる、バルクス・ウォーゲイルと言う男の矜持とはどうしても思えなかった。別段、バルクスを特別だと感じているわけでもない。しかし、自分のような故郷を追われた人間や、キョムに徹底抗戦すると決めた人間たちの希望であることも事実。

 希望は、一度そうであると規定されたのならば輝き続けなければいけないはずだ。それこそが誰かの人生を抱える義務でもある。

「……だが、それにしたって……連中は嫌な感じがする」

「それは第六感めいたものなのかしらね。はい、ハザマちゃんの」

 黒々としたコーヒーを差し出され、ハザマは反射する己の面持ちに自嘲する。月明かりを浴びて後悔するのにはまだ早い。諦め切っていない反骨精神の塊とも言える瞳は、自分でも嫌になるほどの気概だ。

「……こういう時でもコーヒーの香りに救われるものもあるのだな」

「まぁ、コーヒーが美味しく思えなくなった時が、私たちの終点なんでしょうね」

 ずずっ、とアイリスがコーヒーを啜る。ハザマも口に含みながら、愛機である《アサルト・ハシャ》の状態を見ていた。コックピットの下部に備え付けられたキーボードを手繰り寄せ、精密機械である人機のステータスをつまびらかにする。

「……メカニックの心得がある構成員も少ない。自分でどうにかしなければいけないのだろうが、砂漠の戦闘はイレギュラーの連続だ」

 その証左のように《アサルト・ハシャ》の機動力の減少と、そして砂漠の戦闘の難しさが浮き彫りになる。人機は元々陸戦兵器――よって、極地戦闘には向いていない。世の中には換装システムを有して陸海空、全てに対応してみせる人機もあると聞くが、それも新型機の話だろう。

 既存人機と鹵獲品で戦うしかないレジスタンスには縁遠い代物である。

 さらに言えば武装も貧弱、有効打をいつでも出せるとは限らない。

「……今回の不明人機に虎の子のバズーカも使ってしまった。それでも有効な一打を与えられたとは思えない」

「空からも見ていたけれど……砂漠戦に特化した人機は初めてね。ねぇ、このモーメント、変じゃない?」

「……変、とは?」

 先ほどの戦闘のログ映像をモニターに映しているとアイリスが覗き込んでくる。自分とは違って、アイリスのボブカットの黒髪からは清涼感とも言える香りが漂っていた。戦えば戦うほど、擦り減らしていく女の部分だ。

「……だって、ほら。隊長の《O・ジャオーガ》の攻撃を受けたのに、下がりもしないなんて。まるで最初から、この砂漠そのものが味方みたいに」

 ハザマもそれは一考の余地があると感じていた。《O・ジャオーガ》の一点突破攻撃力は八将陣の使っていた人機の中でも指折りのはず。だと言うのに、不明人機は下がるどころか、《O・ジャオーガ》の隙を突くかのように即座の反撃に転じている。

「……砂で受けているようにも映る。話にあったRフィールド装甲持ち……かもしれない」

「でも、だとすればプレッシャーライフルは届くはず。Rフィールド装甲は実弾こそ無効化するけれど、そのデメリットとしてとてつもなく重い。けれど、この不明人機は機動力に関してで言えばこれまで遭遇してきたキョムの機体の中では最も素早いと言ってもいい」

「でも、素早い人機は装甲を犠牲にしているもの。その点で言えば《バーゴイル》が分かりやすい」

「《バーゴイル》みたい機動力特化にしてはあまりにも頑丈なのよね。まるで相反するコンセプトを一機の中に落とし込んだみたいな……。上手く言えないけれどアンバランスね」

 その上で一度としてレジスタンスに捕捉させない。ここまで慎重な不明人機も珍しいほどだ。

「……私の印象でよければ。この人機はまるで、海に居ると言われている捕食者の頂点……シャチ、のようだと思った」

「シャチ? シャチって……あの白黒の?」

「故郷で子供の頃、図鑑で見たことがある。見た目は温厚のように映るが、その実は凶暴でなおかつ、決して隙を見せない海の覇者……。砂漠と言う最適な場所で、シャチのように獰猛に振る舞う……」

「なるほどね。その点で言えば、私たちはおびき寄せられた餌に過ぎないってわけ。でも、解せないとすれば、そんな人機を砂漠で運用する意図よね? 砂漠地帯なんて決して多いとは言えないのに」

「それは違う。……確かに今こそ砂漠は少ないが、数十年後には世界の何割かは砂漠化すると言われている」

 珍しく意見したからか、それとも自分の着眼点のせいか、アイリスは瞠目していた。

「……驚き。ハザマちゃん、環境大臣みたいなことを言うのね」

「……そういうつもりでもない。時計の針を、キョムは進めるつもりなのだろう。ロストライフ現象は完全にこの地球にとっても想定外に違いないんだ。ロストライフ化した地平で最も機動力に優れた機体として擁立するつもりかもしれない」

「……確かに。黒い砂漠だらけになってしまえば、今の陸戦人機は意味をなくすわね。特に都市戦を想定された《アサルト・ハシャ》なんて無用の長物になるでしょう」

 いずれにせよ、自分たちはこの人機の情報を少しでも得るべきなのだろうが、それは完全にバルクスの胸先三寸で決められると言う形だろう。

 トレーラーで資材を運び込む黒い仮面の者たちと直接渡りをつけているのは彼なのだ。レジスタンスの一員である以上、下手に口出しするわけにもいかない。

「……アイリス。古株はそちらだろう。……どう思っているんだ。連中は、だって」

「ああ、隊長のこと? どうもこうもないわよね。けれど、まぁ隊長が言いたくなってからでいいと思っているわよ。それまではせいぜい口出しはしないようにってね」

「……意外だな。お前はもう少し入れ込んでいる性質かと思ったが」

「入れ込んでちゃ、レジスタンスなんて長くはやっていけないわよ。隊長が言い出したい時に、私はどのような結果になっても受け入れるつもりよ」

「……何だそれは。まるで古女房だな」

「放っておいてってば。……まぁ、それにね。古女房って言う点じゃ、私の出る幕はないわよ」

 じゃれるようにデコピンされてから、ハザマは問い返す。

「……あの男に女の影があるとは思えないがな」

「分かんない? あれで隊長、モテるんだからね。だから、困りものなんだけれど」

 ずずっ、とアイリスはコーヒーを飲み干す。ハザマは入れられたコーヒーを金属製のスプーンで混ぜながらふと考える。

 自分は一体、八将陣、バルクス・ウォーゲイルのことをどれだけ知っていると言うのだろうか。いつの間にか共に戦ううちに、仲間意識が芽生えてしまったのかも知れない。その実は、彼が何を抱えているのかなんて、一つだって分かっていないと言うのに。

「……飲み込むのには苦いな、現実は」

 ――新型人機の名称は《アルゴノート》、ということがまず告げられていた。

「……《アルゴノート》? 確かそれは、米国主導で進められている人機の量産計画のフラッグシップ機の名称のはずだ」

『確かに、元々は米国で建造予定であった機体だよ。ただ、その大元はキョムのデータベース。水中戦闘特化型の機体のいくつかのエッセンスを組み合わせ、その結実として生み出された』

 黒電話からもたらされる青年の声は弾んでいる。まるでこの状況そのものを楽しんでいるかの如く。

「……水中戦特化型が何故、陸に居る? しかも今回は砂漠だ」

『恐らくは元の形状をほとんど残していない改良機。とは言え、元型は《アルゴノート》なのは間違いないはずさ。加えて機体の大型化によるジェネレーター部分の改修。なるほど、これは《O・ジャオーガ》であったとしても太刀打ちはできない、その推定出力値はまさしくモンスターだ』

「絶望の言葉を聞くつもりはない。……この村にそちらの……“ハイド”とやらの構成員を呼び込んだんだ。《O・ジャオーガ》の片腕は直してもらう」

『無論。それは織り込み済みだよ。メカニックも回しておいたからね。大丈夫なはずさ』

「はい、我々の技術力をもってすれば、《O・ジャオーガ》の修繕は容易いことかと」

 黒電話の前で佇む女性も黒い仮面を被っており、その表情は窺えない。しかし、前回と同じ人物であることはバルクスには分かっていた。

 ――恐らく、交渉窓口なのだろうと推察する。

「……我々、レジスタンスに求めるものは何だ? ここまでやっておいて、無報酬なわけがない」

『随分と嫌われているなぁ、僕らは。この世には無償の愛があってもいいんじゃないか?』

「無償などと嘯く人間は最も警戒すべきだと知っているのでな」

 黒電話の通話口で相手が笑ったのが伝わる。

『さすが。追われた身とは言え八将陣の中でも指折りの実力者、バルクス・ウォーゲイル。賢明だよ』

「どうかな。……愚かしいと嗤われているようでさえもある」

『いいや、その慎重さに敬意を表しよう。我々を信じるわけでもなく、かと言ってレジスタンスだけでは勝てないのは分かっていての交渉だろう。僕にしてみればその在り方は、殊にロストライフの地平においてはとてもいい。いい生き様だ、と評させてもらう』

「世事はいい。……本命があるのだろう。私たちだけでは勝てないと、分かっていてのことであるのならば」

『話が早くって助かる。今回は彼女……J・Jの補助で《アルゴノート》を倒してもらいたい』

「……J・J……」

 黒電話を持ったまま、眼前のJ・Jと呼ばれた女は微動だにしない。

『人機はトレーラーで運び込んである。僕らの特注だ。そう簡単にやられはしないだろう』

 拠点としている廃屋の窓辺に風が吹き込む。トレーラー数台が《O・ジャオーガ》を囲んで失った片腕を修繕し、その奥で新たな人機の胎動を感じさせた。

「……この女は血続か」

『答える義務はないね。まだ』

 まだ、と来たか。いずれは教えてもらえると言う約束でもなかろう。恐らくは今だけの協定関係でもあるはずだ。ここで下手に探り過ぎれば墓穴を掘るのはこちらのほうかもしれない。

「……分かった。しかしながら、我が隊の規律は重んじてもらう。《バーゴイル》部隊が空中より牽制し、《アサルト・ハシャ》を含む陸戦部隊が実体弾を撃ち込む。その隙を突いて私が攻め込めれば――」

『甘いね。それじゃ《アルゴノート》は墜とせない。キョムの実験兵器なんだ。レジスタンスの行動パターンは読まれていると考えていい』

「……では、どうしろと」

「私が、新型機で肉薄します。隙を生み出しますので、その後に」

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