JINKI 310 運命の分岐点

 J・Jが口を差し挟む。怪訝そうな眼差しを注いでいると、通話口の青年が取り成す。

『安心して欲しい。J・Jも操主訓練は充分に受けている。問題があるとすれば、実戦経験くらいだ、それもこれから積んでいけばいい。何よりも、君たちだって兵士は重要だろう? 言っておくがデータ試算上でも《アルゴノート》は強い。簡単に勝てるとは思わないことだ』

 それは先刻の打ち合いからも明らかであった。《O・ジャオーガ》のメイン兵装であるオートタービンが通じなかっただけではない。砂を自在に操り、攻撃と防御に変化を生じさせる。その性能だけでも特筆に値するだろう。

「……私は私たちの戦いだけを信じる。当然、何者を頼るかも」

『レジスタンスとしての処世術かい? いいね。それくらいのほうが、助力のし甲斐もある。J・J、命令だ。バルクス・ウォーゲイルを死なせるな』

「御意に」

 黒電話の受話器を置く。バルクスは歩み出すと同時に告げていた。

「……明朝に仕掛ける。言っておくが、仲間たちには指一本触れさせない。それは同時に、援護もしないと思って欲しい」

「構いません。私は与えられた職務をこなすまで」

 どこまでも機械的な声音にバルクスは立ち止まって問いかける。

「……何を思ってその組織に居るのかは知らんが、死んだように生きているように感じられる。そのまま……何を望む? 一体、何を見てその組織に属している?」

「私はただ、自らの生きる意味をいただいたまで。私が生きていく理由に、“ハイド”が必要ならば……」

「鬼にでも修羅にでもなるか。それとも……私を下し、レジスタンスを破壊してみせるか」

 戯れのつもりでもない。冗談でも言えない台詞だ。ただ、目の前の黒い仮面姿の女性は、どこにも行けないように見えてしまった。

 それは副長であるアイリスや、自らを憎むと言ってのけたハザマとも重なる。彼女らもどこにも行けない――行き場所の選択肢がないから、彼女らを追い込んでしまっている自覚はあった。

 この際、手を差し伸べるのに一人も二人も違いはないと。

 だが、J・Jにとってはそれこそが侮辱のように言い捨てる。

「……勘違いをしないでいただきたい。私は自らの意思で、“ハイド”に属しているのです」

 J・Jは脇を抜けていく。どうやら自分もこうして戦っているうちに軽んじてしまったらしい。それは戦士として恥じ入るべきだ。

「……分かった。ただし、一つだけ」

「何です? まだ言うことがあるとでも?」

 バルクスは拳をぎゅっと握り締め、そして言い放つ。

「――トドメは私が差す。それだけは譲るつもりはない」

 ――朝陽が差し込んだところで、作戦開始と号令がかかる。

 ハザマの《アサルト・ハシャ》がまず先陣を切っていた。陸戦人機は《アルゴノート》を誘い出す格好の餌となる――そこまでは聞かされた通りであった。

 しかしながら昨日と違うのは《アサルト・ハシャ》の両肩口には追加装備が施されている。

「陸戦部隊、危うくなれば緊急信号を打て。すぐに第二波を送る」

『了解。……バルクス・ウォーゲイル』

「何だ? 作戦に不審点があるか?」

『……いや。お前が決めたのならば、私が口出しをする余地はない。ただ、新型人機《アルゴノート》、だったか。……勝てるのだろうな?』

 その問いかけは昨日に全く攻撃が通用しなかったことでの不安もあったのだろうか。あるいは前を行くに足る戦士かどうかの素質を問い質す意味か。

「……勝てるか勝てないかではない。勝利する、それ以外の選択肢はない」

『……聞きたい言葉が聞けた。先行する……!』

 ハザマの《アサルト・ハシャ》が逆巻く砂塵を操る熱源地帯へと踏み込む。その瞬間、追加増設された肩の武装を開いていた。

 陸戦部隊が左右に分かれる。その際、展開した兵装が作動し、完璧と思われた《アルゴノート》の砂の障壁を削っていく。

「……血塊炉に直接作用する、超電導の磁場。磁力ミストを放射して鉄壁の砂を引き剥がすとはな」

 陸戦部隊が《アルゴノート》の両脇を抜ける。その脚部にも推進装置が備え付けられており、砂漠の干渉を最小限に留めて加速する。

 陸戦部隊へと《アルゴノート》が吼えて砂の牙を生み出す。黒い砂漠地帯を掻っ切るのは津波を思わせる攻撃性能を宿した砂塵だ。

 砂そのものを自在に操り、四方八方に放つことで逃れられない絶対の領域を生み出す。砂漠地帯ではまさに無敵――しかしながら、その圧倒的な性能そのものにこそ付け入る隙は生ずる。

「……来たな。第二陣!」

『了解……! プレッシャーライフル、照射!』

 上空よりアイリスの率いる青い翼の《バーゴイル》部隊がプレッシャーライフルを放ち、《アルゴノート》に防御のための砂を張らせる。だが、それこそが作戦の一つだ。

「リバウンドの光条は防がれれば拡散する。元々、リバウンド兵装の持つ特性の一つだ。拡散磁場は、陸戦機の持つ磁場発生器と干渉し合い、砂地に溶け込む」

 陸戦部隊が身を翻し、再び《アルゴノート》へと向かっていく。攻撃のための砂と、防御のための砂。それを両方とも駆使している今こそが、最大の好機。

「……第三部隊……推参する!」

《O・ジャオーガ》と並び立ったのは水色の特殊装甲を誇る細身の人機であった。円盤型の躯体が特徴のある甲高い軋みを上げ、肩の上の四つのリバウンドフィールド発生器から磁場を生じさせる。

『【ミストレス】、J・J、出ます』

【ミストレス】と呼称された人機は重力を無視してまるで浮遊するようにして砂漠地帯を滑走する。《アルゴノート》が咆哮し、攻撃性能を誇る砂のカマイタチが走るのに対し【ミストレス】は拡散リバウンド磁場を照射する。

 途端、砂の防御結界が剥がれ、攻撃性能を持つ砂の牙は霧散していた。

《アルゴノート》の躯体が露わとなる。蹄を想起させる巨大人機は一見すると鈍重にも見えるが、実のところは全身にRフィールドを常時纏う特別機だ。

「砂漠において、リバウンドミストによる砂の自在化。それによる砂漠への潜行すら可能とする機動力。本来ならば水中戦に特化した性能でありながら、ロストライフによって質量をほとんど擦り減らした砂を水のように纏う……。なるほど、まさにロストライフ現象専用決戦兵装、とでも呼ぶべきか」

 だが種が割れてしまえばそこまでだ。

 バルクスは【ミストレス】に続き、《O・ジャオーガ》を駆け抜けさせる。昨夜の改修によって加速性能を補助されていた《O・ジャオーガ》は砂漠地帯を滑走し、昨日のような醜態は晒さない。

 特殊な機動性能を誇る【ミストレス】に追従してオートタービンを稼働させる。

 砂の防御結界は陸戦部隊と友軍の《バーゴイル》が常に剥がし続けている。【ミストレス】が再びリバウンド磁場を充填し、無数の光弾を放つ。

《アルゴノート》の周囲に展開されていた砂の力場が霧散し、機体が持つ濃紺色の装甲が太陽光を反射する。バルクスは大振りの一撃を薙ぎ払おうとして、《アルゴノート》の攻撃の矛先が【ミストレス】に向いたのを感覚する。

 自らの足場とする砂はまだ操るに足ったのだろう、《アルゴノート》の足場が揺らぐ。

「……いかん! 接近は……!」

【ミストレス】が片腕に有した盾から刃を引き抜いたその時であった。

《アルゴノート》が波打たせた砂を逆立たせ、射程に入った【ミストレス】を足元から射抜く。

 硬質化した砂の針が【ミストレス】の特殊装甲を砕き、亀裂が走っていた。

 どれほど追い込まれていようとも、《アルゴノート》はこの砂漠地帯においては無類の強さを誇る。頂点捕食者――砂を纏う機械のシャチ。

 その腕が【ミストレス】の武器を握り潰し、次いで血塊炉に向けて貫手が放たれようとする。

 バルクスは吼え立ててオートタービンを引き、《アルゴノート》の胴体を叩く。巨体だが確かに今――捉えた。

 その感覚を逃さずにもう一撃。

《アルゴノート》が激震され、装甲板が弾き飛ばされて舞い上がる。

 振り返りざまに大上段に振るい上げたオートタービンのワイヤーを引く。腕に伝導する武装の暴力性の発露。

 太陽を背にして《O・ジャオーガ》が《アルゴノート》の頭蓋を叩き割る。そのまま回転力に任せて振り抜き、上半身の装甲をくり抜いていた。

『隊長! 《アルゴノート》、沈黙……!』

 アイリスの声が耳朶を打つ中で、バルクスは武装を投げ捨て砂に貫かれた【ミストレス】へと片腕を接触させる。

「こちらバルクス・ウォーゲイル! 【ミストレス】の操主! 応答せよ……!」

 昨夜の月明かりの下で話した女性には、まだ死んで欲しくはない。如何に分かり合えぬとは言えこのような別れを望んではいないはずだ。

 幾度目かの交錯の後に、声が漏れ聞こえる。

『……こちら、J・J。【ミストレス】。……無事です』

「そうか……。そうならば、よかった」

『よかった……? 私は今回だけの共闘関係ですよ』

「それでも。……目の前で女に死なれるのは……寝覚めが悪いからな」

『……変わった人、ですね』

『隊長! ……《アルゴノート》の撃破が確認できたとは言え、迂闊ですよ!』

 アイリスの《バーゴイル》が舞い降りる。その時には【ミストレス】は亀裂の入った装甲のまま、《O・ジャオーガ》へと寄り掛かっていた。

「……一つ、聞かせて欲しい。共に来る気はないか? 別段、今回だけの共闘と言うわけでもないはずだ。“ハイド”が協力を申し出るのならば――」

『勘違いしないことですね、バルクス・ウォーゲイル。私が信を置くのはこの世でただ一人……。ですが、あなたのような甘い人間も、居るのですね』

 コックピットブロックが開く。黒い仮面をJ・Jは外し、一瞬だけ素顔を見せる。

 自分のモニターからだけ見える角度だったが、その面持ちは間違いなく――。

「その顔は、確か……」

『……今回はここまで。【ミストレス】、離脱機動に入ります』

【ミストレス】が浮遊し、重力とダメージを感じさせない挙動で即座に離れていく。

『あっ、ちょっと待って……! まるでUFOみたいな人機ですね……。隊長……? 隊長ってば!』

 完全に虚を突かれたバルクスは遅れて通信を繋ぐ。

「あ、ああ……。何だったか……」

『もう! 何を考えているんですか! 一時的な協定でしょう? だって言うのに、声かけるなんて。……軽薄ですよ』

 他の意味が詰まっているかのような声であったが、バルクスはその意味を考えるよりも先に頭を振る。

「……いや、すまない。確かに浅慮だった」

『……何だったんです? 共に来ないかなんて。浮気者ですね』

「甘んじて受けよう。……ただ、な。選択肢があってもいいと、思えただけなんだ」

『選択肢?』

「……ああ。こんな世界、どうとでも生きられる。そういう、シンプルなことを……言いたかっただけなのかもしれないな」

『……甘いんだか、厳しいんだか。まぁ、いいです。新型人機も撃てましたし、とりあえずは』

「ああ、そうだな。とりあえずは……」

 明日を迎えるに足る素質がある――それは自分たちだけではない。

「銀翼」の渾名を取る操主によく似た相貌を持つ、あの女操主とまた会えるのだろうか。その時はきっと、似合いの月夜に。

別の選択肢を描くことも、できるはずなのだから。

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