JINKI 311 尽きない物語を聞かせて

「それは……それは小河原両兵と、そっちの……」

 濁した語尾に通信網からわざとらしい嫌味が返ってくる。

『小河原。現時刻より、私と《バーゴイルミラージュ》は作戦行動に入る。行動に支障が出た場合、私はお前らを切り捨てざるを得ない。それもこれも……もっとマシな操主を寄越してくれれば考えなくともいい議題なんだがな』

「むぅ……言いましたね、メルJ・ヴァネットさん。言っておきますが、金枝はあなたと違って大人なんです。大人のレディなので、いちいち突っかかったりはしないんですよ」

「……大人のレディたぁ、よく言ったもんだぜ、両方とも」

「何か言いましたか、小河原両兵……。ともかく! ですよ。金枝の足を引っ張らないことですね」

『……小河原。何でこいつはこんなに偉そうなんだ。お前も下操主だろう、何とかしてやれ』

「うっせぇなぁ……。そもそもの話! ……喧嘩すんなよ。秘密作戦だろうが」

 両兵が参り切ったかのように口にするので、金枝はふんと毒づく。

「こんなことを毎回仕出かしてるんですか? 相当、トーキョーアンヘルと言うのは勘繰られるとまずいことの一つや二つはありそうですね」

『それは、京都のアンヘルってそうだっただろうに。何も我々だけが汚れ仕事をしているわけではない』

「それは……! 言いっこなしじゃないですか……!」

 通信しながらずっと文句を漏らしている自分たちへと下操主を務める両兵は堪りかねたように言い捨てる。

「頼むから、戦闘に入ったらそんないざこざは捨ててくれよな……。オレだってまだ慣れてねぇンだよ。《モリビト燦号》には」

 金枝は自身の愛機である《モリビト燦号》を血続トレースシステムで操縦しながら、逆巻く風と凍土の中を突き進む。

 今しがた、自分たちがどこに居るのか。何をしているのかは完全な秘匿義務が発生している。メルJの《バーゴイルミラージュ》は最近、整備班が解析完了したと言う光学迷彩を施されており、上空にて地上を這い進む《モリビト燦号》のバックアップに移っていた。

「……それは分かっていますよ。金枝だって、《モリビト燦号》にはまだ慣れていないんです。文句を言うのはやめてください」

「文句言ってンのはてめぇらだろうが……。オレは静かに作戦遂行したいんだよ。こういうのは証拠も残さないに限る。だってのに、通信ログが後々残っていたら笑えねぇ。しかも痴話喧嘩だってンだから始末にも負えねぇだろ」

「痴話喧嘩じゃないですよ。……これは、操主としてちゃんとした意見です」

 ふんす、と鼻息を荒くすると両兵はげんなりとして応じていた。

「……そうかい。じゃあ、後で意見書だとか何だとか書類で立花に提出するんだな。あいつに直談判すりゃ、まだどうにかなンだろ。……ったく、どうしたってこの二人にしたんだか、理解に苦しむぜ」

「それは作戦指示の時点で聞いていたじゃないですか。……不服ですけれど、今回は金枝と小河原両兵、それにメ……ヴァネットさんじゃないと駄目だとか」

「……今、フルネームで呼ぶの面倒くさいから略したろ。そういうところだろ、てめぇはよ」

「そういうところとは何ですか! ……小河原両兵はとことん、デリカシーと言うものがありませんね!」

「……ついでにオレのこともフルネームで呼ぶのやめてくンねぇかな。いちいち突っかかられているみたいで気分が悪ぃ……」

《モリビト燦号》が雪原を歩み進む。Rスーツの加護で多少の寒さは軽減されているとは言え、それでも身体の芯から凍えるものを感じる。

 吹き荒ぶ氷結の嵐。踏み締めた白の大地は固く凍て付いており、ほとんどコンクリートと大差ない。

 金枝は空を仰ぎ見る。

 しんと静まり返った曇天に浮かぶ月だけが、ぼんやりと照らし出している。

「……日本はもうすぐ夏だって言うのに……何でこんな……」

「ぼやいてる暇がありゃ、警戒しておくんだな。この作戦、上手く転がるかどうかでお前の評価も変わるんだ。立花に言わせてみりゃ、試金石ってところだろうさ。ま、いつまでも後生大事に遊ばせておく余裕もねぇってことなんだろう。トーキョーアンヘルの操主だってンなら、余計にな。動ける奴には動いてもらわねぇと。働かざる者何とやらって奴だ」

「……食うべからず、でしょう? 本当、小河原両兵は学がありませんね」

「ほっとけ。……どっちにせよ、操主もそうだが人機だっていつまでも使えねぇのを整備しておく余裕もねぇってことなんだろうさ。特殊機である《モリビト燦号》を駆り出すってのは、何の考えもねぇ話じゃねぇんだろうし」

 元々、《モリビト燦号》は前線を行くタイプの人機ではない。それなのに、この豪雪で一寸先も見えない闇の中を進むのは、ここから先のトーキョーアンヘルの戦力を占う、まさしく分水嶺と言うのが正しいのだろう。

 三宮金枝と言う操主と《モリビト燦号》は使えるのか、否か。

 問われているのはシンプルでありながら、実行しなければならないのは困難なミッションに思われた。

 金枝は深呼吸し直し、今も轟々と吹く風の音が絶えない世界を眺める。

 足場は不安定で、視界も劣悪。加えて《モリビト燦号》は戦闘では基本的には上昇しかできない陸戦人機。

 脚部には雪道を進むための特殊装備と、そして人機の血流が凍え切らないようにヒーターが備え付けられているが、事ここに至ってはそれも付け焼刃だろう。

 コックピットに備え付けられている温度計を見やる。

 外気はマイナス20℃付近。日本の基準ならば極寒と呼ぶのが正しい。

 両兵はと言えば平時のコートだけではなく、手足に特殊素材の手袋とブーツを装着しており、下操主席の下部には暖房が設けられている。

「……小河原両兵。ヒーターの風、こっちにも寄越してくださいよ」

「お前らはRスーツとか言うのを着てんじゃねぇか。それで充分だって、立花は言ってたぜ」

「……そんなに言うんなら、小河原両兵も着ればいいのに……」

「そんなダサいもん着れるか。……それにしても、目標地点まではまだなのか? ヴァネット」

 通信に砂を食んだようなノイズが走った後に、メルJの言葉が返ってくる。

『そうは言うがな……。《バーゴイルミラージュ》は特殊状況下での戦闘を加味されていないんだ。これだけ雪が降りしきれば、観測だって思うようにはいかん。地上での熱源感知はどうなっている?』

「こっちも似たようなもんだ。熱源に反応はなし。そもそも、この作戦自体が秘匿されている以上、目の前に人機の反応があった日にゃ、それは戦闘が避けられんっつーことになっちまうからな」

「……その、もっとこう、びゃーっとは行かないんですか? 人機は今の時代の人類にとっては叡智の塊なんでしょう?」

「びゃーっとは何だよ。相変わらず語彙が貧困な奴だな」

 その言葉尻にむっとした金枝は上操主席から両兵の後頭部を蹴飛ばす。

「痛って! ……てめぇ、蹴りやがったな!」

「ふーんだ。小河原両兵が失礼なことを言うからですよ。上操主と言うのは下操主の人間を足蹴にする権利があるんです」

「……ンな失礼な権利はねぇよ、ったく……。足癖が悪い操主なんざ、お呼びでもねぇ……」

「……で。何でできないんです? もっとこう……びゃーっと言うか、ひょーんと言うか……」

「……本当に京都支部で操主訓練受けてきたのかよ、てめぇは……。まぁ、有り体に言えば、技術の限界ってこった。人機ってのは都市戦、市街戦にいつの間にか特化しちまったんだよ。それは立花みてぇな技術者の目線で言えば、そうなるしかない、って言うことなんだろうぜ。昔と違って、人機対人機の構図になっちまった以上、有視界戦闘と即時の戦力ばっかり求めちまって、あまりこういうことには注力するリソースがなくなったんだろうな。古代人機とか相手にしてた頃が懐かしいとは思うが、その分、切り捨てざるを得ないものもあるんだろう」

「……古代人機……確か古代の血塊で勝手に動くって言う、ベネズエラで観測された仮想敵ですよね? 元々、人機はその古代人機から人々を守る、専守防衛の理念で建造されたって言うのは聞きましたが……」

「キョムが世界を終わらせなくっちゃ、まだそのお役目だったんだろうが、それも変わってきちまった。……ってか、仮想敵だと教えられてンのか。随分と遠いところに来ちまった感じもあるな」

 どこか承服し切れていない両兵の背中を視界に入れつつ、金枝は今も深くなる凍土の宵闇を這い進む。

 数時間前までは、そう言えば暑い暑いと文句を言っていたのだな、とこの作戦決行前の過去に思いを馳せていた。

 ――極地戦闘用の装備が届いたのはちょうど正午のことで、金枝は表に自衛隊のトレーラーが駐車したのを窺っていた。

「……赤緒さん。何なんです、あれ」

「あっ、金枝ちゃん。うーん、何だかね。立花さんが今度の作戦に必要だからって、昨日付けで《ビッグナナツー》に居る水無瀬さんに注文しておいたんだってさ。あっ、お疲れ様です。では、これで」

 受領書を差し出してにこやかな笑顔を向けた赤緒に、自衛隊員は帽子を傾けて会釈する。

「……慣れてるんですね。自衛隊の人とやり取りするの」

「うーん、最初のほうに色々あってね。今じゃ柊神社の護衛とかも率先してやってくれているし、頼りにしているの」

 金枝にしてみれば、自衛隊員は信用していいのだかどうなのか分からないでいた。そもそも人機と言う国家機密を抱えているのに、どこまでの人間を頼りにしていいのかは甚だ疑問だ。

「……まぁ、赤緒さんが信用してるのなら……金枝は別にいいんですけれど……」

「これ、結構大きいからトレーラーから降ろすのにナナツー使わないと駄目かも。立花さーん! 頼んでいたって言う装備、来てましたよー!」

 格納庫にぱたぱたと走っていく赤緒の背中に金枝も自然と追従する。

「あれ? 三宮も一緒?」

 格納庫の扉を開けたところで自分が一緒に居るのだと気づいた赤緒が少しだけぎょっとする。

「……どうしたの?」

「いや、その……。金枝だって一応、トーキョーアンヘル所属の操主です。何かの作戦があるんなら聞く義務くらいはあるかな、って」

「とか言っちゃってー。赤緒に懐いたから付いてきちゃったのかな?」

「……馬鹿にしないでください。金枝は犬猫じゃありませんよ」

「そうですよ。金枝ちゃんに失礼じゃないですか」

 本当は赤緒の傍に何となく居たいだけなのだが、それは図星なので言わないでおく。

「そうかなー? ま、いいや。極地戦闘用装備だね? よし! ばーちゃんたちに頼んでおいた仕様通りってところかな」

「トレーラーから降ろすのに《ナナツーウェイ》を使わないと難しそうですよ?」

「まぁ、これは後々決めるとして……。そうだ」

 エルニィがぽんと手を叩いたので、赤緒が渋い表情を返す。

「……また悪いこと考えて……」

「悪いことなもんか。むしろ、これからのトーキョーアンヘルの在り方を占う作戦なんだからね。三宮、ちょっと借りられる?」

「……金枝ちゃんを?」

「そうそう。そうだなー、本当はさつきと赤緒で頼もうかなとも思っていたんだけれど、ここは場数を踏ませたほうが得策だし」

 言われていることの意味がよく分からず、赤緒と金枝は顔を見合わせて首を傾げる。

「その……作戦と言うのは、人機で、ですか?」

「当たり前じゃん。さぁさ! 機密作戦なんだから、赤緒は出てった出てった!」

 エルニィが押し出して赤緒を退席させようとしたので、金枝は咄嗟に言い返す。

「立花さん! その……赤緒さんには居てもらうことはできないですか?」

「うーん……でもなぁ。あんまし甘えさせるのも……」

「……私は別にいいですけれど、機密作戦って言うのは……?」

「……ま、知っているだけなら問題ないか。この極地装備は次の作戦で使う関係で、ばーちゃんたちに造ってもらったとっておきなんだ。もちろん、実のところこれが日本のこの場所にあるだけでもまずい、そういう代物」

 エルニィは端末のキーボードを叩いて極地戦闘用装備の概要図を呼び出す。人機の脚部とスラスターに備え付けられるようにできており、さらには着膨れしたような増設装甲は氷点下での戦闘を可能にできると追記されている。

「……氷点下……? 立花さん、日本は夏が近づいているんですよ?」

「そんなことは端から分かってるってば。これは……そうだな。某国に潜入して、そこで開発されているって言う、機密情報を持ち出すか、無理なら破壊して欲しいって話」

 エルニィの文言に赤緒がまずは挙手する。

「はい。……あの、それって危ないこと……?」

「まぁ、平たく言えばね。赤緒も三宮も知ってるとは思うけれど、人機産業って今や、日本だけのものじゃないし、アンヘルだけの独占事業でもないんだ。米国主導の人機部隊だって確認済みだし、京都支部みたいなよからぬ企てをしている輩だって大勢居るって言うのは分かり切っているしね」

 京都支部の名前が出たので、金枝は少しだけかしこまってしまう。次いで金枝は挙手していた。

「はい。……あの、機密情報ってことはいわゆる破壊工作……ですか?」

「三宮のほうが察しがいいじゃん。まぁね。新型機なんかをそうそう簡単に量産されたら堪ったもんじゃない。これから先、キョムだけじゃなく、他の勢力にも気を付けないといけないとなると、ボクらだけのバックアップにも限度がある。となれば、強襲作戦をかけるのも必要策だってことさ」

「……強襲作戦……。それも極地装備を付けての少数精鋭の奇襲って言うことですか……?」

「そっ。赤緒も少しは難しい言葉遣いができるようになってきたね。まぁ、この時期に季節柄が冬でこの装備が必要って時点で絞られては来るんだけれど、今回は作戦を担当する操主にも場所は伝えずに、隠密作戦に打って出て欲しい」

「隠密作戦……」

 赤緒はぼんやりとその言葉を聞いていたが、戦う操主にも伝えない意図は恐らく情報漏えいを防ぐためだろうと言うのは金枝にだって分かる。

 つまるところ、今回の作戦はトーキョーアンヘルが表立って動いていると察知されてはいけないのだろう。

「その……金枝をその担当操主に……と言うことですか?」

「まぁね。《空神モリビト2号》はまだ各国諜報機関には割れてないからと思っていたけれど、それなら《モリビト燦号》を使うのには打ってつけだし」

「《モリビト燦号》……」

 前回の京都決戦から《モリビト燦号》は常時整備を施されて眠りについている。元々、特殊な機構を持つ人機であるのと、その扱い方をエルニィたちが吟味しているのは窺えた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんな危ないことを、金枝ちゃんに……!」

「いや、赤緒さ。三宮をいつまでも後生大事にしておくってのも難しいんだよ。操主訓練は定期的に受けてくれているけれど、モリビトタイプ以外の適性は結構低いから、乗せるんなら《空神モリビト2号》の下操主としてか、なんだけれど。そうなると赤緒だって困るでしょ? 今の対人機における空戦知識、赤緒はどれくらい網羅してるの?」

「そ、それは勉強中ですけれど……」

 もごもごと困り果てた赤緒にエルニィが肩を叩く。

「ま、それだけじゃないけれどね。……三宮。トーキョーアンヘルに来たからにはいつまでもお客さんじゃ困るってのはマジの話。操主として、どれくらい作戦を遂行できるのかはボクらに見せて欲しい」

「……金枝の、操主としての価値、と言うことですよね」

「言葉を選ばない、物騒な言い方をするとそうなるかな」

 それは京都支部で何度も叩き込まれた“兵装”としての在り方だ。その思いが表情に出ていたのか、拳をぎゅっと握り締めたところで赤緒の手が添えられる。

「金枝ちゃん……大丈夫?」

「赤緒さん……。あの、立花さん。それって誰かが参加しないといけないんですよね?」

「それはそうだよ。某国の新型機建造を危険視する声もあるし、言っちゃえば踏み絵って言うか、こういう時に動けないのなら極東国家に支部を置くこと自体を疑問視する声もあるんだ。もちろん、キョムとの戦闘の前線基地だって言う大義名分はあるけれど、それを快く思わない勢力が居るのもね」

 分かって欲しい、とエルニィが結んだところで、金枝は一歩踏み出していた。

「……分かりました。金枝が行きます」

「金枝ちゃん? でも、《モリビト燦号》はこういう、戦闘には向かないって……」

「そこんところはボクらでちゃんと調整するつもり。……まぁ、それでも赤緒が心配だって言うんなら、ちゃんと編成は考えるけれど……」

「赤緒さん。金枝は行けます。それに、こういう時に役に立たないと、せっかく東京に……合流できたんですから」

 赤緒の不安げな眼差しへと精一杯、気丈さを取り繕って言いやる。赤緒も今回の作戦には一家言ある様子であったが、どうしても進まなければいけないことを悟ったようだった。

「……分かった。金枝ちゃんがそう言うのなら。……でも、立花さん。それなら私からも注文を付けて、いいですか?」

「同行者はもちろん付けるつもりだけれど、赤緒からの提案? ……まぁ、害にならないのならいいけれど……」

「……それなら――」

 ――その同行者も、両兵だけならば頷けたのに、今も空からこちらへと観察の視線を注ぐメルJに対し、金枝は不機嫌になってしまう。

「……何で赤緒さんは、ヴァネットさんなんて……」

「おい、通信はアクティブなんだから陰口は他所でしろよな……ったくよ。そもそも、お前だって一端に操主やってンのなら、こういうことはあるもんだって受け止めろよ」

「でもですよ? ……他の人ならまだしも、何で……」

「さぁな。柊にもあいつなりの考えがあってのことなんだろうさ」

 それを問い返す前に詰めた声音が流し込まれる。

『……来るぞ』

 何が、と言う主語を欠いたものの、その戦闘経験値に裏打ちされた論調に金枝も身を強張らせる。

 凍土を疾走するのは人機の編隊であった。頭部形状と増設装甲が僅かに異なるが、かつて南米にて運用されていた《ホワイト=ロンド》の改修機であるのは機体識別から察知できる。

「……よりにもよって集団戦闘に秀でた《ホワイト=ロンド》の改造型か。気ぃ付けろよ、三宮。あれは結構厄介だぞ……!」

「それくらい、何度もデータでそらんじて来ましたよ。どう来たって、金枝なら――!」

 そこから先を言い切る前に銃火器がこちらを狙う。問答無用の照準警告に金枝は咄嗟に《モリビト燦号》の両腕に格納されたリバウンドシールドを展開する。

 直撃は避けられたが、棒立ち状態になった《モリビト燦号》を《ホワイト=ロンド》部隊が包囲する。じわじわと真綿で首を締めるように包囲陣の円を絞っているのが窺えた。

「クソ……ッ! 先制を相手にくれちまった……! おい、三宮! こっちもアサルトライフルはあるだろ! とっとと反撃を……三宮?」

 金枝は完全に硬直し切っていた。

 両兵の言葉も今は薄靄の向こう側のよう。

 完全に相手は殺すつもりの直撃弾頭を向けてきた。それは人機と言う鋼鉄の鎧に乗っているからだけではない。ここまで来たのは自分たちのほうだ。撃たれる覚悟が今さらなかったとなんて言い訳は通用しない。

 会敵すれば、女子供が乗っていようが関係がないのだ。

 麻痺したかのように全身の感覚が剥離する。視神経は円弧を描きながら接近する《ホワイト=ロンド》部隊を捉えることを拒否している。

 ――怖い。

 それだけではない。

 何もできないまま終わるのではないか、という危惧。凍て付くのは何も世界が氷結に沈んでいるからだけではない。

 現実を拒絶する五感。

 音も景色も、何もかもを消し去ってしまいたい。

 京都決戦ではあれだけ奮闘できたのに、顔の見えない人機との戦いにおいて殺気を向けられてしまえば自分はこうも脆い。

 操主としての歴が浅いからだけではなく、これは経験では決して埋められない差だ。

 他者を傷つけることへの深い拒否反応。

 肉体が強張り、胃液が上がって来そうになる。

 両兵が何度も上操主席の自分の名を呼びつつ、マニュアル操作で《ホワイト=ロンド》の弾丸を回避するが、《モリビト燦号》の主導権は自分にある。

 怖がって縮こまっていれば、恐れを宿した操主の人機など容易いのは火を見るより明らかだ。

《ホワイト=ロンド》部隊が全方位より照準する。

 それがコックピットを狙い澄ましたのを感覚した、その時であった。

『――三宮を、やらせん……!』

 舞い降りたのは銀翼の使者。

 流麗な所作で銃火器を振るい、眼前の《ホワイト=ロンド》の脚部装甲を撃ち抜く。炎を上げた《ホワイト=ロンド》の装甲を縫い止めるかのように上空から無数の弾丸が殺到する。

『穿て……! アルベリッヒレイン!』

 重火力の弾幕が容赦なく叩き込まれ、《ホワイト=ロンド》がその足を止める。それだけではなく、他の人機からの対空砲火を全て回避し、《バーゴイルミラージュ》が格納していた刃を振り下ろす。

 スプリガンハンズの剣閃が《ホワイト=ロンド》部隊の腕を両断し、攻撃の矛先を掻き消す。

「……ヴァネット、さん……?」

『三宮。私はお前も口が減らない、綺麗ごとを言うような奴だと思っていた』

「な、何を……」

『だがな。トーキョーアンヘルの一員として戦うのならば、割り切りができているのだと思っていたのだがな。買いかぶり過ぎていたか。いずれにせよ、さっきから通信がうるさいぞ。……ちゃんと下操主の声には耳を傾けろ』

 その段になってようやく両兵の言葉が明瞭に像を結ぶ。

「三宮! おい、三宮! ……いきなり固まっちまったから、こちとら生きた気がしなかったぜ」

「あ……小河原両兵……。金枝、は……」

「ビビっちまったんだろ? ……こういう時に恐怖すんなとは言わん。それもまた違うからな。だが、ヴァネットの奴が言うように、一個だけ。下操主の声はちゃんと聞け」

 振り返った両兵の双眸にはたったそれだけ。まずは「それさえできれば上々だ」と言うような言い分がある。

 金枝は深呼吸し、今一度、己の身体を知覚する。

 ――大丈夫、まだ生きている。そして、繋がっている。

 この身体は《モリビト燦号》と、戦うための力へと。

 通信網を滑り落ちる外国語の暗号通信を聞き留めつつ、金枝は尋ね返す。

「……小河原両兵。金枝は、駄目ですか……?」

「最初から一端に使い物になる操主なんざ居ねぇよ。そこんところ勘違いすんな。……ただな、てめぇは一人じゃねぇだろ?」

 そうだ、と思い直す。

 ここには両兵と自分と――そして白銀の人機を駆る、エース操主が居る。

『三宮、操主訓練を何度も重ねているのは知っている。パターンA13の配置、できるな?』

「……は、はい……ッ!」

『いい返事だ。頼むぞ』

《バーゴイルミラージュ》が再び飛翔する。対空砲火に敵が重点を置いたのを認識して、金枝は《モリビト燦号》の機体を沈め込ませる。

 恐れはないとは言い切れない。

 今でも少しでも気を抜けば意識が遠のきそうだ。

 それでも――自分にできること。トーキョーアンヘルの操主として、戦える証を刻むために。

「……ファントム!」

 脚部推進剤と追加増設装甲から噴射し、凍土を吹き飛ばして超加速度に至る。

 真っ直ぐに向かったのは標的である前線基地だ。その中でも中枢部分を金枝は狙い澄ます。

 ――パターンA13の配置は空戦人機との連携。陸戦人機が前を行き、囮となった空戦人機がその際、敵の足を止める。

 あえてアサルトライフルは掃射しない。まだ、人の命を奪う覚悟はできていないからだ。その代わりに、両腕を交差させてリバウンドシールドから斥力磁場を放出する。

 リバウンドの力場を血塊炉の出力値の最大に設定し、前線基地を見舞ったのはジャミングの嵐だ。

 これで電子機器はしばらく使い物にならないだろう。

 それによって《ホワイト=ロンド》部隊の統率が崩れ、作戦目標である重要機密事項は抹消されたに違いない。

 おっとり刀で対応しようとした《ホワイト=ロンド》へと《バーゴイルミラージュ》が赤い眼窩を煌めかせて追撃する。

『逃れられると、思っているのか。スプリガンハンズ!』

 銀の剣が振るわれ、すれ違いざまに《ホワイト=ロンド》の肩口を貫き、武装を破損させていく。すぐさま高空に飛翔し、メルJの機体が黄昏色のエネルギーフィールドを帯びる。

『逃がしはしない、銀翼の――アンシーリー、コート……ッ!』

 アンシーリーコートの余剰衝撃波が凍土を割り、《ホワイト=ロンド》の足場を崩す。如何に雪原地帯に順応していても咄嗟に足場が波打てば対応はし切れまい。

 その隙に乗じて、金枝は離脱領域まで加速していた。今さらになって《ホワイト=ロンド》が基地に帰投しようとするが、その時には充分な距離を取っている。

「よし、上々だ。奇襲作戦遂行完了、だな」

 下操主席でそう口にされて、ようやく金枝は実感が湧いてくる。

 ほとんど初陣、それも極地戦闘において無事に帰還できたことはまるで夢の中の出来事のようであった。

「おい、三宮。……呆けてんじゃねぇよ。アホ面してンぞ」

「ハッ……! な、何を……! ……アホ面なんてしてませんっ!」

「してたっつーの。……意味が分かったんじゃねぇのか? 何で柊が、ヴァネットと組ませたかって理由くらいは」

 まさか、最初から両兵はそれも込みで分かっていたと言うのか。何だかそれは――見透かされているようで悔しい。

 むくれていると両兵は肩越しに視線を振り向ける。

「……何だ、頬っぺたがしもやけにでもなったのか? 膨れてンぞ?」

「……知りませんっ! やっぱり……小河原両兵は最低ですね!」

「……何なんだよ、てめぇは。まぁ、生きて帰れたんだ。あったかいもんでも食わせてもらおうじゃねぇの」

 下操主席で軽く肩を回した両兵の背中に、金枝は問いかける。

「……その、小河原両兵。今、通信チャンネルはオフにしてるんですけれど」

「何だよ。変な前置きしやがって」

「いえ、その……。最初から、赤緒さんはヴァネットさんと仲が良かったのですか? そうでないと、こんな信用なんて……」

「それは本人たちに聞けよ。ほれ、いくらでも話題は尽きないじゃねぇの。質問して、そんで近づいて行け。おっかなびっくりだっていい。そうやって仲が深まるもんなんじゃねぇの?」

「話題は……尽きない、ですか」

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