――これほどまでに外が暑いと作業にはほとんどならないので作木は近場の大型スーパーで涼んでからアイス売り場に立ち寄る。
「……うわっ。こんなの買ったらさすがに今月持たないかも……」
あくまでも買うのではなく見るだけだ。もちろん、見ただけで腹が満たせるほど仙人であるつもりもないし、見ただけで体感温度が涼しくなるわけでもない。
ただ、この季節のアイス売り場はぶらつくのにはちょうどいい。冬場だと凍えてしまうが、ほどよい色調のアイスを見ながら作木は財布の中身を確かめる。
「……レイカルのためにアイスを買ってもいいんだけれど……今月はピンチだしなぁ……」
聞いた話では削里の店での授業の後に小夜が買ってあげているとのことだったが、それもちょっとばつが悪い。
「何で僕の家には冷房もなければアイスもないんだって……言い出すとは思えないけれど……」
アイス売り場を物色し、作木は何とか買えそうな簡素な棒アイスを発見する。廉価な代わりに本数が入っているタイプだ。
「これなら……あれ? 小夜さん?」
〈作木君、涼しくしているから楽しみにしておいて。待っているわね〉
「涼しくして……?」
携帯へのメッセージに作木は首を傾げる。アイスを買い付け、猛暑の街並みを歩むだけで体力を奪われる心地だ。
「……暑いなぁ。こんなに毎年暑かったっけ……」
部屋の扉の鍵は案の定開いており、片手を上げたのは小夜である。
「作木君、お邪魔しているわ」
「……まぁ、いいんですけれど……? あれ、何だか……」
「分かる?」
作木は部屋の中にある温度計を見やる。明らかに室内温度が5℃以上下がっており、きょろきょろと視線を巡らせてしまう。
「……えっと、電化製品とか……」
「違う違う。ちょっとした仕掛けがあってね。言った通りでしょ? “涼しくしているから楽しみにしておいて”って」
先ほどのメッセージの意味が分からなかったが、確かに外気よりも随分と涼しい。理屈は分からないが作木は早速冷蔵庫へと向かう。
「創主様! それってアイスですか……!」
レイカルがひょこっと顔を出し、作木は首肯する。
「うん。けれど来る途中でちょっとだけ溶けちゃったかもだから、後でね。みんなで食べようか」
「楽しみですっ!」
レイカルを騙しているわけではないが、安物のアイスなのだなぁとちょっとだけ心苦しい。
「作木君、ちゃんと食べてる? 今日はスタミナ満タン! ナナ子キッチンは腕によりをかけて、ポークカレーよ!」
「それはありがたいんですけれど……どうやってこの猛暑の中涼しくしたんです? 理屈が……」
「……まぁ、そこんところは私にもよく分かんないんだけれど、小夜の功績なのは間違いないから。ほら、作木君も書いて書いて」
そう言ってナナ子から差し出されたのは短冊で、言われてみればと思い返す。
「あ、明日は七夕でしたっけ?」
「そういうこと。レイカルたちはもう書いてくれたから」
部屋の隅に笹の葉が飾られており、レイカルのたどたどしい文字で今年も星に願いを込める祈りが紡がれている。
「そうだなぁ、お願いかぁ……」
差し迫った話ならば冷房が欲しいだとかもう少し涼しくなってくれないかだとかなのだが、そういう話でもないのだろう。
「作木君、もしかして結構、迷ってる?」
「あ、はい……。不思議ですよね。昔は身の丈に合わないことだとか……たとえば今年発売のゲームが欲しいだとか、色々とあったような気がするんですけれど……大人になってからのほうが難しくなるって言うのは」
少しだけ物寂しいと思っていると、小夜は短冊を顎でしゃくる。
「……でも、いいんじゃないの? 一年に一回だけなんだし、織姫と彦星が会うようにさ。奇跡って何度だって信じたっていいんじゃないかしら。……まぁ、その奇跡と言うか、とんでもないことは実際に起こっているわけだしね」
小夜は何もない空間を仰ぎ見ている。
そこに誰かが居るのは何となく分かって、作木は見えないなりに手を振っていた。
どうしてなのだろうか――その誰かはちゃんと自分たちを見て、そして手を振り返して祝福してくれていることだけは自分なりに分かる。
「……ですね。奇跡のようなことが起きるのが、七夕のいいところなんでしょうし」
ならば、ちょっとは夢見てもいいのだろう。
叶わない願いなんてない。
誰かの祈りが届くのならば、その分、もっともっと高く、星々の彼方まで。
「……なぁ、小夜。やっぱりさ。見てくれているのかな」
何となしに呟いたカリクムへと小夜は応じる。
「そりゃあ、そうよ。……あんたのこと、絶対に忘れないわ。あの子はね」
「……そうか。それなら、きっといいよな」
カリクムと小夜の間でしか分からないものもあるのだろう。あまり自分が関与するのも違うはずなのだ。
「創主様! アイスはまだでしょうか!」
うずうずするレイカルにナナ子が言いやる。
「晩御飯を食べてからにしましょう! せっかく今日ばっかりは涼しいんだから、みんなでね! ……ね、小夜!」
ウインクするナナ子に小夜は微笑む。
「そうね。……いつも都合よく出て来てくれるわけじゃないのが、玉に瑕かもだけれど」
短冊には無数の願いと、数多の祈りを込めて。
さぁ、今年も星に願いを。
距離を超えて、自分たちの希望と絆だけは永遠のもののはずなのだから――。