「こほっ……! こ、向上心……」
『おい、整備班! 足下居ると踏み抜いちまうぞ! ……って、何だよ。どっかで見た顔だと思ったら柊じゃねぇの。……こんなとこで何やってンだ?』
指導官の《ナナツーウェイ》のキャノピーが開くと両兵がこちらを覗き込んでくる。
「べ、別に……小河原さんには関係ないじゃないですか……」
「関係なくはねぇよ。……普段居るもう一人はどうしたんだよ。メカニックと言えば三人娘だろうが」
まさか、両兵のようにガサツな人間が秋のことをちゃんと認識しているのは意外で、赤緒は仰ぎ見る。
「……あの、いつもこんな感じで? こんなに疲れることを毎日……?」
「うん? ……まぁ、それがメカニックの仕事なんじゃねぇの? カナイマでもメカニックって言えば、それぞれのプライド持っていたもんだ。操主が簡単に立ち入れるもんじゃねぇだろ。……それだってのに、何だ。わざわざ首を突っ込みやがって」
何だかそれは、秋が懸念していたことそのもののようで赤緒は唇を尖らせて文句を垂れる。
「……うぅー……私じゃやっぱり……鈍くさいって言うか……」
「……まぁ、でも、たまにゃいいんじゃねぇの? どっちがどっちの苦労を知っているから偉いってわけでもねぇわな。柊、お前は冷やかしとかじゃなく、ちゃんと今日の分の仕事は担当してンだろ?」
「そ、それは……もちろん……!」
「じゃあ、大したもんだ。なかなか、お互いに領分ってもんがあらぁ。他人のしんどさを肩代わりできるなんざそうそう言えることじゃねぇよ」
「……日向さんの、しんどさを……?」
「うん? 違ったか? ……まぁ、戯れとかじゃねぇんだろ? ちゃんと仕事をリスペクトするってのはよ、案外できねぇってこった。お前にはそれがあるんだろ?」
赤緒は秋のメモ帳を今一度読み上げる。
ページの端っこは湿気でしおれており、中には滲んだ文字もあるが、それでも大事なことは何度も何度も赤文字で書かれている。
「先輩方には笑顔で!(できるだけでOK)」、「言われたことは言われたこと以上に!」、「皆さんの仕事にリスペクトを!」――。
何だか秋の不器用なりの、それでいて頑張り屋な一面がメモ帳の中に溢れ出している。
それがきっと、整備班の仕事にとって必要なものなのだろう。
「……小河原さん。ありがとうございます」
「おう。何か気の利いたことを言ったつもりはねぇんだがな。ただまぁ、気張るのも悪くはねぇよ」
両兵の《ナナツーウェイ》が再び自衛隊の機体を追い立てる。赤緒は《テッチャン》の駆動系を握り締め、深呼吸していた。
「できるだけ……できるだけで、頑張ろう……っ! よしっ!」
「――よかったぁ。熱は下がったみたいですね」
翌日、秋の布団の傍らで赤緒が口にする。秋はと言うと、一日休んだお陰か顔色はよくなっていた。
「……本当にすいません、柊赤緒さん……。私が不甲斐ないせいで……」
「いえ。……って言うのはちょっと嘘かな。メカニックの仕事は……普段はしないことばっかりで。すごく……そうですね。しんどかったのもあります」
自分が正直に胸の内を吐露するとは思っていなかったのだろう。秋は目を見開いていたが、それでもと言葉を継ぐ。
「それでも……これが大事な仕事なんだって。日向さんのやっていらっしゃる、立派な仕事の一つなんだって。そう思えただけでもよかったかもしれません。……私、大変なことに真正面から向かう日向さんは素敵だと思いますよ?」
「か、かぁ……からかわないでくださいよぉ……」
「からかっていませんってば。日向さんの……あ、いえちょっと。個人的なんですけれど、名前で呼んでいいですかね? 何だか一日代理しただけでも、ちょっと心が近くなったのかなって。私のことも下の名前だけでいいですから」
「そ、そんな……! めっそうもない……! 操主の方に名前で呼んでいただけるなんて……!」
秋は帽子を目深に被って赤面している。赤緒は昨日の苦悩と苦労を思い返しながら、そっと呼びかける。
「けれど、嫌って言わないんですよね? だって“向上心”! ですからっ!」
「……メモ読んだんですか……。うぅ~……。じ、じゃあその……赤緒さん、で……」
「はいっ! 秋さんっ!」
「……恥ずかしいですよぉ……」
秋は帽子で顔を隠しているが、それでも心の距離が近くなったのは事実のはずだ。その証拠に、頑張り屋のメモ帳を握り締めている。
秋がこれまで、何度も何度も壁に突き当たった度に書き記してきた、努力の塊だ。
「じゃあ、私と一緒に行きましょうか。復帰初日ということで!」
秋は頬を紅潮させながらぺこりと頷くので、赤緒はその手を引く。
「わわっ……! ひいら……赤緒さん! 早いですってば……!」
「いいじゃないですかっ! 皆さん、待っていますよ?」
格納庫の扉を開けると、メカニックのシールと月子が早速声を振り向ける。
「おう、秋。……悪かったな、一日休ませちまって」
「大丈夫? 熱は下がった?」
「あ、いえ……その……一日穴を開けちゃって……すいませんでした……」
「まったくだぜ。赤緒がてんで使えねーってんだからよ。……やっぱお前じゃねぇと駄目だわ。メカニックはオレと月子、それにお前の三人じゃねぇとな」
「秋ちゃん、お帰り!」
月子が両手を広げて歓迎すると、秋は涙ぐんでこちらへと一瞥を振り向ける。
赤緒が微笑んで首肯し、秋は整備班に戻っていた。
「……ただいま……帰りました……!」
「あー、秋復帰できたんだ? じゃあ、とりあえずアイスでも持って来てもらおっかなぁ――って、痛ぁっ!」
寝そべって注文しようとしたエルニィへと赤緒は昨日の国際郵便の金額が入った財布をぶん投げる。
「立花さん! 秋さんは使いパシリじゃありませんよ! そこのところ、分かってくださいね!」
「いったた……。ちぇっ……昨日はあんだけ従順だったのにぃー」
「昨日は昨日! 今日は今日です! ……それよりも、秋さんから細かいことを聞きましたよ? ……本当はあんなんじゃないって……」
じろり、とシールと月子にも目を振り向けると、二人とも口笛を吹いて視線を逸らす。
「な、何のことだかなー、月子」
「そ、そうだねぇー……そんなこともあったかも」
どうやら普段はなかなか顎で使わないものだから三人とも調子に乗ってしまったらしい。赤緒が重く嘆息をつくと、秋がくすっと笑う。
「あっ……秋さん、笑って……」
「あ、すいません……赤緒さん! 調子に乗っちゃって……!」
「……いえ。いいと思いますよ。だって、“先輩方には笑顔で!” ですもんね!」
「も、もう……! メモ帳の内容を知ってるのは赤緒さんだけなんですから……その、いじらないでくださいよぉ……」
「……なぁーんか、仲良くなってね?」
「ちょっと羨ましいんだよね? シールちゃん」
「ば……! バッカ言え! ほら、秋! いつもの仕事に入るぞ! ……いつまでも休み気分が抜けねぇとしょーがねぇんだからな!」
シールの照れ隠しの声を受けてから、秋は袖を捲り上げて、ふんすとやる気を出す。
「……はい! 今日もお仕事、よろしくお願いします……!」