JINKI 314 天より落ちて、地に生まれる

「……どうせ死ぬ言うんなら……もっと身勝手に生きればよかったかもしれんな……」

 そこまで口にしてからダテン=スーは顔を上げていた。途端、こちらを覗き込んでいた少女と視線がかち合う。

「あの……大丈夫ですか? 酔っ払い……とかじゃないですよね?」

「……何や、自分……」

「私? 私はここの神社の巫女で……」

 ダテン=スーは今しがた背中を預けているのが石段なのだと感覚する。となると、ここは目の前の奇抜な巫女服を身に纏った少女の職場と言うわけか。

「……酔っ払いちゃう。ちょっとな、足を怪我してもうて……」

「えっ! 大変……っ! 大丈夫……ですか? んしょ……っと」

 少女は自身の巫女服の端を引き千切り、それを足に巻こうとしてどこを怪我しているのか分かりかねているようであった。

「……ここや、ここ。関節のとこ、いてもうてる」

「いてもうてる……? えっと、どこかの方言なんですかね。私は東京育ちですけれど、怪我をしている、と言う意味で……」

「……まぁ、みたいなもんや。何や、姉ちゃん。無償でこんなことしとると、悪い大人にいてこまされるで」

「……いてこま……。まぁでも、柊神社の前で辛そうな人を放ってはおけませんからっ!」

 少女は膝の辺りに布を巻き、それから怪我を探ろうとしていた。

「……なぁ。もっと自分、大事にしたほうがええぞ? こんなワケ分からん女の面倒を見とるのはいい人通り越して……そうやな。阿呆やと思う」

「アホって……。小河原さんみたいなこと言うんですね。でも、私、傷ついている人を放ってはおけないんですっ」

 少女は布を巻いた関節部へと何度も手で撫でて声を返す。

「痛いの痛いの、飛んでいけーって」

「……馬鹿にしとるんか? そんな子供だまし……」

「かもしれませんけれど……少しでもマシになればと思いまして」

 頬を掻いて困ったように笑う少女の在り方にダテン=スーは不満そうにぼやく。

「……何やそれ。ボッケームカつく」

「ボッケー……? それはどういう……」

「どんな意味でもええやろ。なぁ、あんた。わしは別にどこで野垂れ死んでも文句は言えん、そういうタイプなんやと自分では思うとった。けれど……一人ぼっちで知らんところで死ぬんは……存外寂しいもんやなぁ……」

 都会の夜空を仰ぐ。落ちてきそうなほどの星屑と相反するかのような街の灯り。どうしてなのだろう――これまで一人で戦い抜いて来たと言うのに、こんな時に孤独感を覚えてしまうのは。

 それは兵器として欠陥品ではないのか、と。

 そこで不意に少女は自分の額とこちらの額へと手を触れさせていた。

泣きそうになったのを気取られたのか、とダテン=スーは慌てて視線を逸らす。

「な、何や……。姉ちゃん、軽率やぞ」

「あっ、すいません……。お熱があるのかなと思ったので。あの、大丈夫ですか? もしよければ、柊神社で少しだけ休んでいきませんか?」

「……姉ちゃん、人がいいのも大概にせいや。こんなワケ分からん人間、匿ったってええことないぞ?」

「いえ、ですけれど心配ですので……」

 こんな風に大切に扱われたのはどれだけ振りだろう。いや、そもそも兵器として開発された以上、そんな在り方は一ミリもないはずだったのだ。

 内部で赤く明滅する視界の隅が熱くこみ上げてきたのは、ともすればドクターオーバーの造った性質の悪い機構の一つか。人形に、心なんて必要ないはずなのに。

「……姉ちゃん、名前は? こんなお人好しなんや。ご大層な名前が付いとるんに違いないやろ」

「名前……あっ、柊赤緒です。あなたは?」

「わしは……」

 ダテン=スーと言う名前を使いそうになって、喉の奥で押し留める。

「……誰でもええやろ。あんたが気紛れに救ったように、わしも気紛れなんや」

「……そうですか。あっ、痛めた関節冷やさないとですね。氷持ってきますっ!」

 石段を上がっていくその背中をダテン=スーは最後まで眺めつつ、口中に呟く。

「……柊赤緒、か。人として会っていれば、こうも違うんやな」

 眼前の景色がねじ曲がり、降り立った人機よりなずながこちらへと銃口を突きつける。

「……気が済みましたか?」

「……ドクターの命でわしを回収しに来たか。それか壊せとでも言われてきたんか?」

「……あなたはまだ、この東京を……いえ、日常と言うものを分かっていないんです。帰りますよ」

 それはその通りかもしれない。まさか人機同士で遭遇すれば問答無用で殺し合いになる関係性の少女と、こんな偶発的に出会うとは思ってもみなかったからだ。

「……まだ、わしには分からん世界があるんやな。ある程度は知っとるつもりやったけれど」

《ナナツーシャドウ》が辻風を舞い上げて東京の街並みを跳躍する。

 夜に沈んだ眠らない街――これから先、生きていく世界は変わっていく、そんな予感に機械の心臓が少しだけ高鳴ったのをダテン=スーは感じていた。

 ――回覧板を返さなくては、となずなが大家の下へと出勤前に立ち寄った際、彼は上機嫌に話に花を咲かせる。

「大変だねぇ、瑠璃垣さん。あっ、そう言えば聞いた? 三丁目で泥棒だって! 嫌だねー。東京も物騒になっちゃって!」

どうやら少しだけ出勤時間が繰り上がりそうだ、と思いながらもなずなは笑顔を絶やさずに応じていた。

「えーっ! 怖いですぅ!」

「暴走族も多くなったって聞くし……そう言えば妹さんは? お名前をまだ聞いていなかったね」

「ああ、えっと、妹の名前は――」

「おい! セリ! こっちの瓶、もう空いとるやんけ! 買ってこい!」

「やれやれ。まさか旧世代のアルコールなんかにうつつを抜かすとは。わたしの創造物にしては随分と俗っぽい……おや、姉さん。まだ行っていなかったのか」

 小銭を片手に酒屋へと向かう道中のセリになずなはとことん呆れ返る。

「……もうっ。朝っぱらから飲ませたら駄目でしょぉ?」

「……聞かないんだ、仕方ないだろう。これはこれは、大家さん。おはようございます」

「おはよう、セリ君。妹さんのお名前は何だったかな? ほら、一応名簿って言うの? 瑠璃垣さんのところに限ってそんなの要らないとは思うんだけれど、うるさいからねぇ……」

「ああ、妹の名前は」

 セリと視線を合わせてなずなは口にする。

「……あの子は、瑠璃垣――瑠璃垣シオンと言うのが妹の名前です」

「まったく、賑やかで困ったものですよ。シオンには」

 セリが少年の微笑みで大家へと語りかける。それも一つの平穏の形だと感じたのか、受け取った回覧板に大家は書きつける。

「瑠璃垣シオンちゃん、ね。……それにしても、賑やかだねぇ。元気なのはいいことなんだよ? けれどお酒はねぇ……」

「おい! セリ! 酒ぇ持って来い!」

 大声を張るダテン=スー――シオンの声音になずなは肩を竦める。

「大目に見てくださいね? あの子も……きっと根はいい子なので」

 分かっているとでも言うように大家は首肯して扉を閉める。

「行ってらっしゃい、瑠璃垣さん。それにセリ君も」

 手を振り返しから、なずなは盛大にため息を漏らしてぼやく。

「もうちょっとどうにかならないんですか? ドクターの作品でしょう?」

「難しいな。なにせ、中身はあのダテン=スーだ。なに、この東京で過ごすんだから、少しくらいは束の間の家族ごっこも、悪くはないだろう? 姉さん」

 含みを持たせたセリの声音になずなはこれから先、まだまだ大変なことが待っていそうだ、と胸中に結ぶ。

「まぁ、家族が増えると言うのは、何と言うか奇妙な感じですけれど――悪くは、ない気持ちですね」

 早朝の空気。少しだけ汗ばむ季節の到来を予感させる、湿度を帯びた風。

 こんな朝も、別に歓迎していないわけではないとなずなは歩道橋へと足を向けるのだった。

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