JINKI 316-1 虚飾の舞台

「それは存じていますが……この施設の理念にはもとるんじゃありませんか? だって、ここは……」

「療養施設、それは曲がらぬ教えですわ」

 目線を振り向けた責任者の妙齢の女性は柔和に微笑む。先導するのは彼女と施設職員が二人。

 もしもの時には制圧できるか、と勝世は緊迫感を走らせる。職員二人は警棒を携えており、本当に療養施設なのかを再び問いかけそうになる。

「オレみたいな不勉強な人間にとっては、この施設の理念って言うのは高尚過ぎるって言うか……。ロストライフ現象が観測されてから三年……。人機は世界中で使われるようになりました。もちろん、各国諜報機関が躍起になって血続を探しているのも知ってのことです。……けれど、そんな彼らの……ケア施設ってのは……」

 責任者の女性はそれこそ何でもないとでも言うように頭を振る。

「少し、誤解なさっているようですね。人機研究は先進国家として、当然の義務と伝え聞いています。ですがその一方で三年前のカラカス決戦時においてウリマンアンヘルと軍部の癒着関係による無理強いに近い形での血続研究と実戦投入の歴史。そして、少年兵の徴用がありました」

 その歴史の一端には関わっているだけに、勝世はすぐには返答できなかった。滅菌されたかのような白の天井が続くのは悪い夢のようでさえある。リノリウムの床は一滴の黒でさえも許さない潔癖さに満たされていると言うのに、つんと鼻をつく強い消毒液の匂いは否が応でも軍部での試験期間を思い出させていた。

「少年兵……ですか」

 自らもその一員だとは言い出せないまま、勝世は車椅子を押していく。

「ええ。少年兵の徴用は我が米国にとって暗黒期とも言えるものです。これから先の時代、もっとクリーンでなければならないのですよ。……そういえば、あなたは英語が堪能ですね。資料ではアジア圏の方とお聞きしていましたが」

「語学留学の経験がありまして。ホームステイ先で学んだんです」

「……ああ、確かに。経歴の中にありましたね」

 嘘八百の経歴が通用するのも表層だけだ。どのような拍子でメッキが剥がれるか分かったものではない。勝世は余計なことを口にしないように努めながら、部屋の数々を視界に留めていく。

 年かさで言えば赤緒たちとさほど変わらない少年少女たちが人機のシミュレーターに接続され、操縦訓練を受けている。だが、その動きと所作は洗練されたものがあり、平時には赤緒たちの訓練を目にすることがある勝世にしてみても異常なほどだ。

 工業製品のように均一化された技量でシミュレーターが駆動し、三次元フレームで構成された人機同士が仮想空間で戦闘する。

 勝ち負けが決しても彼ら彼女らの顔に喜びも、ましてや悲観もない。

 全てが計算の上でしかないとでも言うように、感情が削ぎ落されている。

「誤解されると困るのは、これらはあくまでもリハビリ……彼らを戦地から引き払ってきた我々の職務だということです」

「……確か、彼らも血続操主だって……」

「血続の因子はとても貴重で……だからこそ、国益になるのだと我が国は判断し、むやみにレジスタンス活動で失われるのは惜しいのだと判断したのです。三年前のロストライフ現象時には多くの前途ある血続操主の年若い命が失われたと言います。我々にしてみれば、それはとても惜しい」

 血続――人機を操るのに長けた、特殊な者たち。

 もちろん、勝世も伝え聞いている限りでしかないが、その強みは理解しているつもりだ。現に青葉や赤緒たちの戦い振りを目にしてみれば、普通の人間と血続の差は明瞭である。

「……これはリハビリプログラム……なんですよね?」

「もちろん。血続操主は前線に赴くことを強制され、多くの操主は地獄を見てきました。中には戦地との落差で精神を病むケースも多いです。この施設では、彼らの受け皿としていずれは普通の社会に馴染めるように戦線での傷痕を癒せれば、と。先ほどお渡ししたパンフレットに掲載されていますので、お時間ある時にご覧になってください」

 勝世は脇に挟んだままのパンフレットへと一瞥を投げてから、再び血続の少年少女らへと視線を向ける。筐体と向かい合って今も忙しく模擬戦を続けている彼らを、救える道はあるのだろうかなどとらしからぬ益体のない考えに身を浸してしまう。

 それもこれも、自分の普段の職務とは違う作戦を続行しているせいもあるのだろう。

「……失礼、ミス……」

「イケザキ、と。日本人名ですが、それもこれも珍しくないでしょう? 血続操主に、彼らを擁する軍部と“アンヘル”と呼ばれる組織には日本人が多かったという記録がありますからね」

「……アンヘル、ですか」

「非人道的な操主実験を繰り返してきたと本国より聞いております。それもこれも、キョムに勝利するためだけに。……私が言わせてもらうとすれば、それは異常ですよ」

「けれど、キョムはロストライフで世界を染め上げようとしている組織です。そりゃあ、対抗する組織が居てもおかしくはないのでは……?」

 イケザキは嘆息をついてから訓練筐体と向かい合う血続の子供たちに目線を振る。

「彼らを見てください。誰も彼も、望まずしてアンヘルとキョムの闘争に巻き込まれた被害者です。我が祖国はそれを救う……つまるところで言えば、アンヘルもキョムも同じ穴のムジナなのですよ。要らぬ戦いと禍根に……子供たちを巻き込んで欲しくはない……いえ、これも施設責任者としてみれば、過ぎたる言葉なのでしょうね」

 イケザキの言葉がこの施設における法なのだとすれば、それをまかり間違った理念だと言い捨てることもできない。

 事実、血続操主が消耗品として使われてきた歴史はあるのだ。

 青葉は今も前線で戦い続けているだろうし、自分や広世のような例もある。少年兵と血続操主が全くのナンセンスな結び付けだと言い切ることは不可能だろう。

「……けれど、こんなに多いんですね。思ったよりも……」

「アンヘルとキョムに狙われる前に我が国が囲い込んだのは大きいでしょう。……それでも手遅れだった子たちも居ます。前線で摩耗し切り、大人たちの都合で使い潰された血続の子供たちを見るたびに……心が痛みます」

 イケザキはこの施設の責任者として、時には涙でさえも切り売りしてみせるのだろう。同情を買うのならばその在り方もある意味では正しいと言える。

「……心が痛む、ですか……」

 そう返答してから勝世は、この施設に来るに当たって南より言いつけられた任務を思い出していた。

「――米国の療養施設?」

「そっ。この間、あっちのほうに潜入しているアンヘルの工作員からもたらされた情報よ」

 珍しく柊神社に呼ばれたと思えば、早速資料を差し出されて勝世は戸惑っていた。頬杖をついた南の前へと赤緒が湯飲みを置く。

「勝世さんは……緑茶でいいですか?」

「あ、はい。……心配しなくっても、オレは何でも喜んで飲みますよ」

 にこやかに応答すると赤緒は微笑んで湯飲みを置く。そろそろ夏が近づく頃合いのせいか、冷たいお茶であった。

「勝世君、これは私の予想なんだけれど……その施設、多分クロよ。真っ黒」

 ずずっ、と緑茶を啜った南の言葉に勝世は資料を読み進める。

「この施設への潜入任務……でいいんですよね? けれど何でオレなんです? 別に両兵の奴でも……」

「最後まで読んでもらうと分かるかもだけれど、その施設は戦中の少年兵が社会復帰するための療養施設、と言うのが表向きなの。そんなところに両みたいなのを送り込めると思う? 顔で弾かれちゃうわよ」

 確かに両兵のような人間では採用試験の顔パスすら受けられないだろう。勝世が読み進めていると、赤緒が戸惑いがちに目線をきょろきょろと彷徨わせている。

「……姉さん、赤緒さんは今回はちょっと……」

「あ、そうよね。ついついいつものクセで居てもらっちゃった。赤緒さん、今回はこれだから」

 今さらに遅いバツ印を唇の前で作った南に、赤緒はあわあわと慌て始める。

「……あ、えっとぉ……これ、ですよね? はい、秘密にします」

「……オレからじゃ言い出しづらいんですが、赤緒さん。いつものように秘密にしてもらうだけじゃなくって、一旦退席したほうがいいっすよ。聞くだけでよくない話ってのはありますから」

 唇の前でバツ印を作って戸惑っていた赤緒へと勝世は助け船を出す。どうにもいつものように極秘作戦だから、で押し通せる空気ではなさそうなのだ。

「……わ、分かりました……。あっ、おせんべいもありますのでごゆっくり……」

 赤緒がしゅんとして台所へと取って返す。その背中を見送ってから南は謝辞を送っていた。

「……すまないわね。いつもの調子で赤緒さんも当事者だからって居てもらっちゃって……。勝世君が言ってくれて助かったわ」

「……資料読み込んでいれば、赤緒さんみたいなタイプには聞かせられない話だってのは分かりますよ。戦災孤児……っすか」

 その言葉は無関係ではない。自分の出自に関わることだが、この日本で平和に過ごしているほとんどの人間には縁遠い話だ。

「そうね。そういう、戦災孤児だとか、あるいは傷ついて身寄りのない少年兵だとかを……集めて、そこで療養期間を経ている……と表向きにはあるわ」

「表向きには……ですか。血続操主の経歴を持つ少年兵だとかを……一時的に預かってセラピーを受けさせ、前線の心の傷を癒す……」

「きな臭いのはそういう慈善事業もだけれど、血続を集めている点よ。聞いているとは思うけれど、米国主導の人機部隊であるグレンデル隊の情報もある。恐らくは、その施設はグレンデル隊の予備候補生を募るための……一種のスケープゴートの可能性が高いわ」

「まさか……とは言い切れないっすね。人機産業はもう転がり出した石ですし、それに歯止めをかけるような真似をあっちの国がするはずがない。恐らくは南の姉さんの見積もった通り……いえ、それ以上かもしれません」

 しかし許せないのは理想と綺麗ごとに糊塗された創設理念だけではない。血続を集めていると言うことは、アンヘルに競合する戦力を整えようとしているくらいは容易に察しが付く。

「……大方の見立て通り、その療養施設……いいえ、表立った言い草を選ばないのならば兵士訓練施設は血続操主を擁立し、いずれ来たるアンヘルとの決戦に用意していると目されているわ。エルニィの分析でもその見立てが高いとのことよ」

「……一個、いいっすか。ここに潜入任務をするとして、最終目的は何なんです? まさか爆弾仕掛けて来いとは言いませんよね?」

「……アンヘルへの対抗処置としての兵士擁立を見過ごせるはずがない……けれど、同時に破壊工作なんてのはもっと許せないわ。勝世君に頼みたいのはその施設の情報を抜き取って欲しいの。できれば、そこに居る血続操主は救い出して欲しいけれど……」

「強硬策は難しい……ですか」

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