JINKI 316-2 二人の少年

 声の主はいやに目つきの鋭い青年であった。紫色に染めた髪色で生傷の絶えず喧嘩っ早い彼の名前は確か――。

「……サイラス・クライヴ君、だったか。ちょっとここの施設を一周して来たもんだから、遅くなったのはそりゃー、謝るが……」

「オレが喋っているのはあんたじゃない。氷野に言っているんだ。聞いているのか、氷野顕」

「……聞いているよ。あまり詰めないでくれ。おれは正直……そんなに帰りが遅くなったとは思っていない。この人……」

 顔を上げた黒髪の少年――氷野顕は戸惑いの眼差しを向ける。

「勝世、って呼んでくれ。今日からこの部屋の担当になった。氷野君とクライヴ君、それにまだ名簿を貰っていないのが、二人だったか」

 ベッドに腰掛けているのは少女だったが、虚空を眺めてぱらぱらと文庫本を捲っている。その対面にもう一人、がっしりとした体躯の青年が勝世に気づいて一瞬だけベッドから目線を振り向けるがすぐに興味をなくしたように眠りにつく。

「ファミリーネームなんかで呼ぶんじゃねぇ。オレはその名前が大嫌いなんだよ……虫唾が走る……! オレのことはサイラスでいい。君も付けるな、気持ちが悪い」

 サイラスは几帳面そうに爪を噛んで視線を逸らす。勝世は前途多難だなと思いつつも、まずは彼らと心の距離を縮めることから始めなければと話しかける。

「……そうか。ならサイラス、と……氷野君。君は怪我人なんだ。やれることは何でも言ってくれていい」

「……いえ、おれは……大丈夫です。勝世さんは日系なんですね」

「……別段、珍しいわけでもないだろう。この施設の責任者も日系だったし」

「それが違うんだよ。あの人は……また別種だ。オレたちみたいな血続操主は日本人の血筋を引いている人間が多いが、職員はほとんどアメリカの連中さ。大方、この施設を物珍しげに見に来るそういうのを……そうだな、あんたみたいな見るからにニッポン人とのコミュニケーションを円滑にするために置いているだけの分かりやすい広告塔だ」

 どうやらサイラスは相当擦れているらしい。それも当然か、と勝世は嘆息をついてから、共同部屋を見渡す。

「まぁいずれにせよ、今日からよろしくな。短くても一週間は一緒のはずなんだ」

「……氷野。その腕……まだ治らないのかよ」

「……うん。お医者さんによると、もう少しかかるって」

 その返答にサイラスはケッと毒づく。

「名誉の負傷ってわけかよ。……そういうのが気に食わないって言うんだ。おい、ショーセ! あんたはオレたちに、何かしようだとかそういうことは考えなくったっていい。最初に言っておくぜ。オレたちなんて所詮、ここに集められた時点で替えの利く駒にするため以外の何者でもないんだからな。どうせ……もう、逃げ場所なんてないのさ」

 それを捨て台詞にしてサイラスはベッドに潜り込む。消灯時間が迫っているのを勝世は壁に掛けられた時計で認識して顕を介助しようとする。

 それをやんわりと、顕は制していた。

「自分でできますので……」

「むっ、そうか? でも、必要なら何でも言ってくれよ。まぁ、短いとは言え一週間だ。ちょっとした兄貴分だと思ってくれて構わないからな」

 顕は微笑むが、掛布団を被ったサイラスが思わずと言った様子で口走る。

「……馬鹿馬鹿しい。そう言って笑った大人ほど……信用できないんだ」

 ――情報網は完全に遮断されていると言う前置きは本当のようで、携帯電話は当然のこと、無線機の数々をここに潜入する際に精査されていた。

 勝世は唯一外部との情報網がある図書室のネットワークへと潜り込む。カビの匂いが鼻をつく中で、図書室の情報だけは外部情報と同期されていた。

 ズボンの腰紐に仕込んでおいた無線を取り付け、片耳にイヤホンを嵌める。

「……すいません、報告が遅れてしまいました」

『プラスマイナス十分以内ですよ。上々だと思いましょう』

『勝世君、大丈夫だった……?』

 友次の声が接続されると同時に南の声がこちらを慮る。勝世は声を潜めつつ、何てことないように努める。

「……どうってことないっすよ。ただ……妙なのは間違いありません。血続操主は事前に教えられていた人数を遥かに上回っていて……大体三十人前後でしょうか」

『勝世君、分かっていると思いますが、全員を救おうなんて考えないように。我々だって苦肉の策なんです』

 友次の言葉に頷いてから、勝世は定時連絡を返す。

「今のところは怪しまれた様子はありませんが、オレもそこまで器用に立ち回れるとは思っちゃいません。一週間の試用期間はありますが、その期間内だけでも上手く誤魔化しながらいくしかなさそうですね」

『こっちでも情報はエルニィから受け取っているわ。……どうにも、その施設に視察が入るらしいのよ。前情報だけだと政府高官とあるけれど、十中八九、軍部関係者ね』

「……売られる仔牛を黙って見てられないっつーわけですか」

 勝世自身、この施設の少年少女たちに過度に感情移入している部分はあるのだろう。少年兵出身であり、使い潰される前提条件で操主として見出された過去はそう簡単に拭い去れない。

『逸らないでくださいよ、勝世君。できれば君には、その軍関係者の顔を写真に撮っていただければ、それだけでもいいくらいなんです』

『施設に資金を回している連中の顔が割れれば、上手く外交カードに使えるかもしれないからね。それに……個人的な考えだけれど、全く知らない連中とも思えないのよね』

 南はベネズエラ政府との渡りも付けている。今回の視察に知っている顔があれば、今後トーキョーアンヘルが米国政府相手に上手く立ち回れるはずだ。

「了解っす。……施設関係者の名簿の洗い出しだけでもやっておきます。こちとら何もできないわけじゃないってこと、見せてやりますよ」

 背一杯虚勢を張ったところで、勝世はごとんと何かが書棚から転がり落ちたのを関知する。

『……勝世君? 大丈夫?』

「……ちょっと待ってください。今日の報告はここまでで。通信終わり」

 まさか何者かに勘付かれたか、と勝世は無線を切り離してポケットに入れてから息を殺して書棚へと歩み寄る。

 友次から叩き込まれた諜報員としての所作で一気に歩み寄り、書棚の向こう側に回ったところで――車椅子姿に虚を突かれる。

「……君は……氷野……顕君?」

「……あ、すいません。ショーセさん。本を返し忘れたことに気づいて、図書室に来たんですけれど」

 床には文庫本が落ちており、そしてその手には目が覚めるかのような赤いリンゴが握られている。

「……リンゴ?」

「サイラスがくれたんです。“どうせ、ニッポン人には見つかりやしない”とか言って。失礼な奴なんですよ」

 それでも顕の顔を見るに嫌な心証は受けていないようであった。先ほどの会話を聞かれたかもしれない――そんな考えが脳裏を過ったが、だからと言って始末なんて穏やかじゃないことをするのは早計だ。

「……でも、妙だな。片手、怪我してるんだろ? 本とリンゴを持って来るなんて……」

「手は動くんです。お医者さんが、念には念をと言うことで」

 ギプスが巻かれているが、指先は問題なく動くようであった。そうだとしても、サイラスには困ったものだと勝世は息をつく。

「……イジメらているのか? なら、オレからガツンと言っておくが……」

「いえ、サイラスは……おれみたいな愚図にもよくしてくれて……実はいい奴なんです。どうせ眠れないんだから、少しは役に立てって。図書室は静かだから嫌いじゃないですし」

「……だが、もう消灯時間だ。あまり出歩くとオレじゃない、守衛とかに見つかると困るだろ?」

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