「……了解……」
指揮官機からの声に顕は《ホワイト=ロンド》を操り、機銃掃射を見舞うが相手は空を物にしている空戦人機である《バーゴイル》だ。ほとんどの弾丸はかわされ、さらに言えば迎撃のプレッシャーライフルが走ることで地面が陥没する。
「指揮官……! 《バーゴイル》相手に何度も善戦を重ねることは困難です。ここは一時撤退を進言します」
『馬鹿を言うな。ここを抑えれば我らレジスタンスの優位へと転がる。なに、駒が一つ二つ削がれた程度では変わらない。全速前進だ! 構わず撃て!』
指揮官が決して無能なわけではないのだろう。そもそも対人機戦闘が一般化しているわけでもない。戦闘の定石は存在せず、その度に更新されていく常識だ。顕は地面を蹴り、機体を駆け抜けさせる。直上から放射線状に炸裂弾薬が飛んでくるのにも足を休めずに潜り抜け、実弾の機銃掃射が《バーゴイル》をようやく射抜く。
しかし、キョムの量産機に過ぎない《バーゴイル》をいくら撃墜したところで相手には痛手ですらない。それどころか、今度は《ホワイト=ロンド》部隊が追い込まれる番だ。
プレッシャー兵装の一斉掃射が《ホワイト=ロンド》の機体装甲を容易く切り裂いていく。顕は咄嗟にビル壁に身を隠していたが、残弾も心許ない。
「……《バーゴイル》は……まだ五機以上。こんな状態でそうそう勝てるなんて思っちゃいない、が……。やるっきゃないか……」
息を詰めて顕は遮蔽物から身を乗り出して引き金を絞る。《バーゴイル》にはほとんど損傷はなく、銃剣形態に跳ね上げて近接戦闘を挑んできていた。
「ぐぅ……ッ!」
腰部にマウントされたブレードで受け止めるも、出力の差は歴然だ。元々《ホワイト=ロンド》には必要最低限以上の装備は施されていない。
力負けもあり得る、と顕は刃の表層で弾き返し、距離を取ろうとして不意に眩暈に襲われていた。
「……こんな時にか……!」
途端、人機の腕が自分の腕と重なって映る。まるで人機と言う強大な力が己の物となってしまったかのような錯覚。振りほどこうとしてその時には眼前に《バーゴイル》が立ち現れている。
咄嗟の判断で顕はブレードを薙ぎ払い、肘打ちで血塊炉付近へとダメージを与えるが、ほぼゼロ距離で放たれたプレッシャーの光条による眩惑は顕の反応速度を遅れさせていた。
それは致命的な差だ。
直後にはコックピットを焼き尽くされる――そう思われたが横合いからの砲弾が《バーゴイル》の頭蓋を撃ち抜く。
『何やってんだ、氷野! こいつら数だけはごちゃごちゃ居やがるんだ。とっとと始末するぞ!』
重武装型の《ホワイト=ロンド》に乗り込んだサイラスの声に顕は今一度、己の感覚を研ぎ澄ます。
――手も足も付いている。どれもこれも自分の肉体だ。
「……分かったよ。せいぜい立ち回るとしよう」
機体を沈め顕は丹田に力を籠める。
「……ファントム!」
超加速度に至った《ホワイト=ロンド》が《バーゴイル》へと飛び掛かり、その首筋のパイプユニットを引き千切る。伝導液が迸る中で、顕は《ホワイト=ロンド》に手刀を構えさせ、そのまま首筋を掻っ切る。
減速せずに《バーゴイル》を突き飛ばし、次なる標的へ。
戦場は地獄かもしれない。あるいはこの世の理に天国など存在しないのかもしれない。ここに在るのは剥き出しの野生だ。人の痛みなど知ったことかとのたまう、人間の悪性だけを込めた最果ての場所。
「……だが、それがどうした……!」
顕は《ホワイト=ロンド》で《バーゴイル》を足蹴にしてプレッシャーライフルを奪い取る。周囲へと掃射してから真正面から向かってきた敵機体と銃剣形態で激しく打ち合う。火花が散り、干渉波のスパーク光で視界を焼かれる光景は悪い夢のよう。ほとんど視野が意味を成さない中で、顕は《ホワイト=ロンド》の脚部に搭載されているローラーダッシュ機構を発動させていた。
「……加速用推進剤よりは劣るが……届け……!」
そのまま敵人機を押し込み、膂力で倒れさせる。先に待つのは湿地帯だ。完全に動きを封殺された《バーゴイル》へと、ゼロ距離でプレッシャーライフルが撃ち込まれる。ぜいぜいと息を切らしながら、顕は次の標的へと向かっていた。
――だが、この戦いはいつまで続く?
そんな疑問が鎌首をもたげてくる。
誰か一人を殺して終わりならば、まだよかった。しかし、キョムと言う巨大組織と人機と言う力を前にすれば人間はそのような簡単な割り切りさえもできない。
《ホワイト=ロンド》部隊は今のところは優勢だが、それもいつまで持つのかは分からない。ともすればキョムの匙加減次第で大型人機が降り立てば、それだけで終わりを迎えるだろう。
「……キリビトタイプが南米戦線を押し上げたって言う噂もある……。幸運を祈るほかない、か」
そもそも伝え聞いていた南米戦線はこれよりもなお色濃い地獄なのだとされていた。曰く、血続操主は誰もが消耗品として扱われ、そこに人権は存在しないのだと。
さらに言えば、南米戦線を行く操主の熟練度は桁違いだ。超加速術であるファントムを物にしたエース、そして型落ちの人機でキョムの新型機を渡り合う化け物も。
いや、地獄はここに在るのだ、と顕は考え直す。
どこのほうがマシな地獄なのかではない。
比べたところで、地獄はこの脳内で転がり続ける。人界は常に業火に包まれ、神の視座に位置する者たちからの一方的な蹂躙を受ける。こんな世界に誰がしたと嘆いたところで致し方なし。呻いても、喚いても、叫んでもどこにも安息はなく。
そこに比較対象を持ち込むこと自体がナンセンスな代物だ。
『総員、撃ち方はじめ! これ以上本隊への進軍をさせるわけにはいかない!』
前線を押し上げていた指揮官機がハンドサインを送り、機銃掃射で《バーゴイル》を叩きのめそうとしたがそれも一過性のものでしかない。
すぐさまプレッシャーライフルで撃ち返され、数機の友軍機が融解していく。穴を穿たれても前へ、前へと突き進んでいた機体の手に握られていたのは手榴弾だ。
血塊炉に作用する青い爆散に戦場の音が遠のく。
《バーゴイル》の動きが僅かに鈍った隙を突き、《ホワイト=ロンド》と《アサルト・ハシャ》が切り込む。ブレードで一気呵成に装甲を薙ぎ払い、ゼロ距離の散弾銃で《バーゴイル》の頭部を貫く。
『進め! 今がその時だ!』
大破した《バーゴイル》を足蹴にして戦場の高揚感に任せた上官の《ホワイト=ロンド》が直後には血塊炉を射抜かれて誘爆する。
『馬鹿が……戦場でハイになるから、こういうことになるんだよ……!』
サイラスが《ホワイト=ロンド》を壁際に寄せ、飛翔する《バーゴイル》をセンサーアイで照準して援護射撃する。
顕はうろたえず、そして逸らずに機体を駆け抜けさせる。泥にもつれ、血塊炉が粉砕したことでぬかるみと化した戦場を突き進む。
『ナナツーの航空射撃部隊、現着! 撃て、撃てェーッ!』
後方支援の重武装型の《ナナツーウェイ》がミサイルポッドを放出し、長距離滑空砲で空へと狙いを付ける。火薬の臭気に、血塊炉特有のオゾン臭が入り混じり、据えたような臭いを撒き散らす。
だが、不思議と精神は落ち着いている。
――これが戦場の香り。前を行くことだけが生きている証である。
直後、《バーゴイル》のリバウンド力場が変容し、前線に紛れ込んでいた哨戒機を無効化する。
『レーダー班! ……クソッ! 飛行用の《バーゴイル》でちょこざい真似を……!』
電撃は地面を伝い、顕の機体の駆動系を奪おうとする。当然、コックピットに居る自分も無事では済まない。前に出過ぎてしまっていたのか、電流が一瞬のうちに体内を駆け巡る。
鼻の奥が切れたのか、つぅと血が滴っていた。思っているよりもずっと赤いのだな、と他人事のように感じたところで顕は戦場に舞い降りた巨体を視界に入れていた。
『……あれが、キリビト……』
誰かの通信網が混じり、景色の最奥で今も歪み続ける高重力磁場を拡散させる巨大人機を映し出す。
モニターはほとんど意味を成さず、有視界戦闘に切り替えようとして直後、世界は灰色の粉塵に沈んでいた。
腹の奥に響き渡る、ずんと重い感覚。
鳴動する機体を嬲るのは、周囲を舞う細やかな噴煙だ。市街戦であったはずなのに、キリビトタイプが降り立った途端に全てが切り替わっていた。
半壊していた建築物は蒸発し、壁や遮蔽物は掻き消える。
尋常ではない高熱が機体を炙り、そして焼き払っているのだと理解した時、顕の意識は暴風に煽られるばかりになっていた。《ホワイト=ロンド》の接地性能だけではリバウンドの電磁を纏った雷霆に敵うわけがない。まるでポップコーンのように浮かび上がり、機体が地面に叩きつけられる。
圧死した操主が居ても可笑しくはなかった。否、自分がそうならなかったのは偶然にも湿地帯に着地したからに他ならない。
そうでなければマグマのように茹ったコンクリートに抱かれて全身を焼かれていたか、あるいは単純落下の衝撃に耐えられずに臓腑をぶちまけていただろう。
たまたま、《ホワイト=ロンド》はキリビトタイプの焼き払ったフィールドから逃れ、そして《バーゴイル》が爆散したことで生まれたぬかるみに落下したに過ぎない。
幸運に幸運が重なり、維持不能な状態でありながらまだ自分は生きている――四肢を投げ出した形の《ホワイト=ロンド》が熱源警告のアラートをヒステリックに吐き出す。
「……分かって、いるよ……。まだ立てって、言うんだろう……」
機体を立て直そうとして、顔を上げた顕は地表をさらって行く雪崩のような土石流を視野に入れていた。
キリビトタイプが縦横無尽に高出力リバウンド兵装を撒き散らし、友軍機のシグナルが途絶えていく。
ああ、ここは地獄だ、と顕は再認識する。
誰の頭にでもある地獄。脳髄を切り裂き、細胞の一点に凝縮した先にある、深淵の園。血と臓腑に塗れ、戦場を突き進んだ先に待つ安息なんて虚飾でしかない。
世界を塗り替えていく死地の闇と、それと相反するかのように光で天上を戴く巨大人機。さながら、まるで黙示録の光景のよう。
黒と白が激しく明滅した直後に――顕は目を覚ましていた。
身体は重く沈んでいない。鼻からは熱い血が滴っていない。ただ、両足と片腕のギプスだけが不自由なだけ。他は、目も鼻も、あの特有の据えた戦場の臭いもない。
滅菌されたような天井と、かび臭いシーツの匂いでここが戦いから隔離された場所なのだと思い知る。
「……眠れないのか」
二段ベッド二組ずつ、四人部屋は手狭だがサイラスの声は明瞭に聞こえていた。
「……ちょっと嫌な夢を見た」
「思い出すなよ。リンゴをくれてやっただろ?」
顕は枕元にある真っ赤な果実を片手で握り締める。
「……それでも忘れたことなんてないよ。おれは……あの時、一回死んだんだな」
「死んじゃいない。他の連中が何と言おうが、生き残ったほうが正義だ。他の価値観なんざ知ったことか」