JINKI 316-6 エクステンドの子ら

 吹き抜け構造になっており、女神像と螺旋階段が来訪者を出迎える構造は豪奢で、この施設が内包する闇をまるで感じさせない。本当の姿を格子状の柵と防火扉で何重にも封じ込めた先で、勝世は珍しい面持ちを発見していた。

「……何だ、ショーセかよ」

「サイラス……に、顕か」

「外から来た大人はいいよな、簡単にその扉を行き来できてよ」

 サイラスは顕の車椅子を押しながら月明かり一つ浴びることでさえも制限された回廊で歩みを進める。顕の手には同じように赤いリンゴが握られていた。

「……どこかで家庭菜園でもやっているのか?」

「一番に聞くことがそれかよ。いいのか? もうとっくに消灯時間だが」

「……言われることが分かっていてなんだろ。わざわざ問い返すのも、そうだな。お前らの術中みたいで気に食わない、と言ったところかな」

 少しひねた言葉を選ぶとサイラスは訳知り顔で、へぇと笑みを刻む。

「そういうことを言える奴だったのか、あんたは。ニッポン人でもジョークって言えるんだな」

「どうして回廊に? 顕君を連れ回しているんなら、感心しないな」

「氷野が出たいって言い出したんだよ。オレは止めたぜ? 一応はな」

 顕は月明かりを浴びながら、すぅと深く呼吸していた。まるで夜を纏うかのように、凛として静かに。

「……ショーセさん。午後の匂いがしますね」

 短い言葉だったが、それはまるで今しがたまでの定期連絡を言い当てられたようで、勝世にしてみれば返す言葉に迷ってしまう。

「……まぁ、まだ零時には二時間ほどあるから、午後ではあるが」

「そういうことを言ってるんじゃないんだろ。分かれよ、あんたも」

 サイラスは相変わらず舌鋒鋭いが、それでも彼なりに顕を慮っているのか車椅子を押す歩みはゆったりとしている。

「……そういえば聞いていなかったな。足が不自由なのか?」

「氷野はここに来るまでに人機の操主をやっていたんだ。その時にな、“取り込まれた”」

 一拍、放たれた言葉が信じられず勝世は茫然とする。

 今、サイラスは何と言ったのか。

「……悪い。今、何て言った? 取り込まれた、って言ったのか?」

「何度も言わなくっちゃ分かんねーのかよ。こいつの足は、人機に喰われちまったんだ」

 顕の足は両足ともある。だが、言われた意味を勝世は愚鈍にも問い返していた。

「……まさか。血続操主に“取り込まれる”現象なんて……」

「ないわけじゃない、だろ? あんただって知ってるはずだ。少しでも人機操縦を齧っているんならな。“取り込まれる”リスクを大人たちが話さないわけがない。いや、それとも逆か。“取り込まれる”なんて知っていれば、大概の大人は裸足で逃げ出すからな」

 勝世は慎重に、それでいてこの場で最適な言葉を選ぼうとしていた。

 もちろん、人機に“取り込まれる”現象に関して自分は痛いほどに知っている。それが人機操主として現役である以上、逃れられない事象であることも。

「……だが、結構乗るか、それか操主としての練度が低くない限り、なかなか起きない現象のはずだ」

「だから、前者だよ。氷野は“乗り過ぎ”ちまったんだ」

 その一言だけで、血続操主が消耗品として使い潰される現状を物語っていた。だが、まさかそれほどまでとは思いも寄らない。

 しかし考えてみれば当然の帰結だ。カラカス陥落から先、人機操主は貴重な人材であった。もちろん、キョムと戦うことだけではない。人機を操れる素養そのものが、得難いギフトであったのだ。

 それを訓練もまともにしていない十代ができるとなれば、大人たちは恐れるか、彼らを使い潰す道具としてしか見ないだろう。

 そして、道具は摩耗し切って終わるまで酷使されるのが世の常だ。

 自分もそうであった――あそこで青葉たちに出会い、《トウジャCX》から距離を取らなければ“取り込まれて”いてもおかしくはない。

 自分は特段に運がいいのだと思い込んでいた。そこには実力も伴っているのだと。実際にあったのは、ただの回数の問題だ。試行回数さえ違えば、勝世も顕と同じようになっていても不思議ではなかったのだ。

「……言っておくがよ。あんた、氷野に同情してるんじゃねぇぞ」

「……それは……、だが!」

 サイラスは歩みを止め、こちらを真っ直ぐに睨みつける。敵意と怨念の籠った眼差しに勝世は一歩も動けなくなってしまう。

「いいか! 同情だけはすんな! ……オレたちはこうしてでしか生きていられねぇんだよ……! それを他人の言葉で……知った風に外から来た奴が憐れんでんじゃねぇ! こいつは戦い抜いたんだ! 最後まで! 足を喰われちまうまでだぞ……! そんな奴を……!」

「サイラス、もういいよ。ショーセさん、困らせてしまってすいません。サイラスは仲間思いなんです。だから、ここまでおれなんかのために言ってくれる」

 微笑みを返してはいるが、顕の瞳の奥は何も映していないのだと今になって勝世は気づいていた。薄紫色の虹彩の奥には何もない虚無が浮かんでいるだけだ。

「……お前……ッ! ……いや、いい。アツくなったオレも悪い……。だが、あんたはここに居る他の連中とは違うと……勝手に期待しちまっただけだ」

 失望し、サイラスは身を翻す。

 勝世はしばらく動けないでいたが、やがて意を決したように拳を握り締める。

 彼らの値段は明日の視察で決まる――だとすれば、自分にできることは。

「……お前らを侮辱したんだな、オレは……。だとすれば、オレのやることは、決まってるよな。そうだろ、広世……」

 仰ぎ見た月明かりは雲間に翳り、本当の夜が訪れようとしていた。

「――熱くなり過ぎだよ、サイラス。ショーセさんはいい人だ」

 車椅子を押されながら顕はサイラスを諫める。しかし彼の怒りは収まっていないようであった。

「……だがよ! オレたちの戦いを侮辱されたみたいで……!」

「そんなつもりなんてないよ。ショーセさんは分かっている」

 顕にしてみれば施設の大人たちが本当の意味で戦場を理解していようがそうでなかろうが関係がなかったが、サイラスの怒りの矛先は違ったようである。

「分かっていたとして……ああ、だろうな。お前は怒らないから、オレが怒っておいたんだよ。どうせ、お前はまたこう言うんだろ。“立場が違った”、“境遇が違った”ってよ」

「その通りだと、おれは思っている。ショーセさんは多分、普通じゃない。目的が違うんだ。おれたちとぶつかる理由もないさ」

「……外の世界から来た奴が、オレやお前の戦場を語る口なんて、持っちゃいないんだよ……!」

「だとしても、だ。さっきのは言い過ぎだよ」

 リンゴを軽く手の中で転がす。血のように真っ赤な果実は、澄み渡った月明かりをぼんやりと浴びていた。

「……オレだって、分かりたいさ。ショーセがただのニッポン人じゃねぇってことくらいは……! だがな、そんなものでオレたちは何度裏切られてきた? 何度しなくっていい期待に打ちのめされてきた……! オレたちにはあるんだよ、世界を憎む権利が……!」

 サイラスはだが、全くの分からず屋と言うわけでもない。世界を憎悪する権利があるとしても、彼はその使い道を分かっている。血続操主である以上、どこかで他者と自分とは違う、特別なのだと思いたいものだ。現に卓越した操縦技術があったから、自分たちは今日まで生き残って来られた。

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