「……サイラスは上操主志望だっただろ? 上からの視点って言うのはどんな感じだったのか……おれはもうあんまり覚えちゃいないんだ。人機を操っているって言う、感じがあるんだろうな」
車椅子が止まる。顕は振り返ろうとして、サイラスの瞳が沈んでいるのを察知していた。怒りでも悲しみでもない。これは後悔だ。言ってはいけないことを言ってしまった、と言う彼なりの懺悔だろう。
「……悪い。上だからって、オレは知らない間に……お前を」
「別にいいんだって。おれも言い方が悪かったよ。下操主ばっかりなもんだから、ちょっとつらく当たってしまった。他意はないんだ。上操主ってのもたまには気分転換になるんだろうなって言う、楽観視だよ」
「……だが、お前は……! 正直言えば、この施設じゃお前が頭一つ飛び抜けてる……! 他の奴らが何と言おうと、お前こそがオレが見てきて中じゃ一番の操主だ! そればっかりは覆すつもりはねぇ……!」
「……ありがとう。優しいんだな、サイラスは」
視線を振り向けると彼はそっぽを向く。
「よせよ。事実を言ったまでだ。それに……ショーセは気づいているんだかいないんだか」
「おれもショーセさんと訓練をしてみたいよ。あの人、上操主もやれるって言ってただろ? 楽しみなんだ」
屈託なく笑うとサイラスはようやく車椅子を押し始めていた。
「……こんな鳥籠で、非武装の《アサルト・ハシャ》に乗って……たまに訓練場で外の空気を吸う。なぁ、オレたち、何でこうなっちまったのかな。前線を行くのは地獄なんだって思っていたもんだ。人機のコックピットなんざ、空気は汚いし、一個がお陀仏になれば他の機械も連鎖的に全部逝っちまう精密機械さ。一秒未満のミスで、オレたちはミンチになっちまう。それでも……嫌な空気を取り払って、何もかもを殺菌して……。それがいいことなのかな、ここは」
「……おれは……サイラス。死ぬ時には病院のベッドなんかじゃない。人機の中で死ねるのなら幸福だと……そう思った時もあったんだ。けれど……もう思い出せなくなってしまった。歩き方も、その時に胸に抱いた衝動も……」
「……きっとそのほうが幸福だろ。人機の中で死ぬなんて縁起でもない」
そこから先は会話もほとんどなかった。四人部屋に戻った頃には、夜は深く眠りにつくためだけの時間が茫漠と広がっている。
しかし、顕は瞼を閉じる気にはなれなかった。
眠ってしまえば、脳内に宿る地獄に魅入られる。
せめて、朝までこうして抵抗していようかとも考えていたが存外、夜は長い。
「……こんな風に夜が長いから、考え過ぎてしまうんだな。考えないでいいことでさえも」
ギプスの取られた片手で中空を掴んでは開きを繰り返す。この手が機械仕掛けの手に見えたことも、一度や二度じゃない。“取り込まれる”と言うのは、他人に理解されるようなものではないと悟り切っていても、それでも顕は時折考えてしまう。
もし、この痛みを誰かに肩代わりできれば。この苦しみを誰かが分かってくれれば、自分は救われるのだろうか、と。
答えの出ない禅問答に過ぎないが、眠気が訪れるまでの思考実験だ。
自分の痛みを誰かに分かった風に成って欲しくないと、サイラスは代わりに怒ってくれた――だが、そんな尊いことに、顕自身は無頓着でしかない。
凪いだ感情の波を持て余し、顕はそっと呟く。
「……感じないな、何も」