JINKI 316-5 青い果実

「別にいいだろ。オレも聞いてみたかったところだし」

 訓練用の《アサルト・ハシャ》に乗り込んだサイラスは、血続トレースシステムを採用している上操主席で不遜そうにする。

「……あんた、ただの新人職員じゃないだろ。二日目でもう人機の下操主を任せられるなんて普通じゃない」

「そうか? 乗っているだけなら案外できそうなものだけれどな」

 もちろん、経歴を偽って操主の経験があると報告していたためであるが。ただし、サイラスの前で下手に嘘をつくよりかは自然体で居るほうがいいような気がしていた。

「……今は通信チャンネル、変えてあるから肩の力を抜けよ。この基地には《アサルト・ハシャ》は一機だけなんだ。訓練用の非武装。とんだでくの坊だよな」

「基地ってのは穏やかじゃないな。療養施設だろ?」

「……あんた、本当にそんなものを信じてるのか? だとしたらめでたい頭だな。ここを出たら、オレたちは十ドル前後で軍部に売られていくんだ。そんなことくらいは周知の事実さ」

 どこかやけっぱちなサイラスの声音に勝世は通信チャンネルが非アクティブなのを確認してから、視線を振り向ける。

「けれどさ、ここで訓練しているのはみんな血続操主なんだろ? なら、さすがに職員の面々はそれなりの扱いを進言しているんじゃないのか? 血続操主ってだけで、少しは待遇がマシになるとは聞いているが」

 サイラスは紫色に染めた髪の毛を苛立たしげに掻いて、それから懇々と言い聞かせるように告げる。

「……関係ないだろ。オレたちは戦闘単位なんだ。それを今さら塗り替えられるほどに価値があるなんて驕ったつもりもないし、それに血続だからって特別視されるなんて幻想さ。……だが、一個だけ。あんたはニッポン人だがニッポン人なりに少しは信用できそうだ」

 サイラスが声を潜める。その間も操縦訓練は止めない。《アサルト・ハシャ》に歩行訓練を積ませながら、勝世も下操主席で頷く。

「何があるって言うんだ?」

「……オレは自分を、もっと高く買ってくれるところに売り込むつもりさ。キョムってのは血続操主が欲しいんだろ?」

 その言葉で歩行訓練に澱みが生ずる。

「……今、なんて……」

『38番! 歩行乱れているぞ!』

 通信が繋がれてサイラスは言葉の上だけで応じる。

「すいません、まだこの人との連携に慣れていなくって! ……何、ビビってんだよ。外から来たんだろ、あんたは」

「あ、いや……。そりゃあまぁ、確かに。だが、キョムに売り込む? 自分を、か……?」

「あり得ないみたいな言い方すんなよ、わざとらしい。……オレらだって売られる仔牛じゃないんだ。売りどころを選ぶ権利くらいはある。今のままじゃ、いいとこ軍部の消耗品。だがキョムなら、この世界を回す側になれる。そうすりゃ、オレはここをまずは吹っ飛ばして……その後でゆっくりと世界を制してやる……!」

「……ここにいい感情を抱いていないのは分かるが、よりにも寄ってキョムに……? オレの所感だが、キョムに人道的な扱いなんざ……」

「……何も知らないんだな、外から来たくせに。言葉を濁したって、オレたちは元から分かっているつもりだぜ。どうせ、何にも変わらねぇんだ。なら、世界を崩すほうが楽しいに決まってる……!」

 邪悪な笑みを浮かべ、サイラスが再び呼吸を合わせて《アサルト・ハシャ》を足踏みさせる。勝世は訓練の最後のほうは生きた心地がしなかったほどだ。

 しかし、彼らにとって生きるとは――否、ここから出て生きていくとはどのような意味を持つのだろう。自分はたまたま自由を勝ち取った、そこに偶発的な要因があったことも、幸運が重なったことも否定はしない。

 ならば、サイラスを諭すような素質があると言うのだろうか。

 それも馬鹿な話だ。

 彼は彼の人生を生きようとしている。それを阻むような権利は誰にもない。

 だとして、自分は何ができるのだろう。

 たった一週間前後の潜入任務だ、何かを変えられるなんて驕ったつもりもない。それでも――彼らの行く先に光あれと願うことはいけないことなのだろうか。

「――やっぱり……一人で行かせるものじゃなかったのかしら……」

 南の懸念に通信先でエルニィが応じる。

『大丈夫でしょ。勝世だって一端の諜報員なんだし。それに、今さら心配したってもう二日目だよ? ボクらの思惑なんて分かった上で引き受けたんだろうからね』

 エルニィの言葉振りは完全に勝世を信じ切っているようであったが、自分にしてみれば過去の傷を掘り起こすかのようで気が引けるのもあるのだ。

「南さん、あと十分で定期連絡の予定です。話があるとすれば、それまでに」

「友次さん……。分かっているわ。私たちはもしもの時の勝世君のバックアップだものね」

『ステルスペイントを施されたナナツーの上なんでしょ? だったら、下手に火器とかを使わない限りは探知できないってば。向こうもまさか施設から五キロも離れていない場所だとは思いもしないでしょ』

 エルニィと整備班によって解析されたステルスペイントは血塊炉の固有振動数に呼応してレーダーの類から完全に逃れる代物だ。元々はキョムの技術だが、ようやくアンヘル側でも安定運用可能となっていた。ただし、鉱物資源はキョムのものであるのは依然変わりなく、有限の資産ではあるが。

「……だからって何の心配もなくってのは……難しいのよ。そっちは襲撃なんかはないわよね?」

『日本はのほほんと、欠伸が出ちゃうくらいには平和だねぇ。ま、今のところキョムの奇襲だとかはないから、大丈夫。お土産、期待してるよ』

「そんな余裕は今回ないってば。……けれど、勝世君も上手く立ち回っていると思っていいのかしら。セキュリティレベルはかなり高いはずなのに、今のところ誰にも見咎められていないみたいだし」

『南さぁ、どういう風に今回は肩入れしてるのか知らないけれど、勝世ってあれでも立派なアンヘルの一員でしょ? 信じてあげれば? ちゃんと情報は持ち帰って来るってば』

「それならいいんだけれど……待って。通信来たわ。あんたのほうは切るわね」

『定時連絡ご苦労さま。まぁ、一個だけ忠告するとすれば、その施設、あんまし長居できると思わないほうがいいかもね。別のハッキングを走らせた限りだと……資金繰りだとかに怪しい動きがあるみたいなんだ。どうにも……血続操主をあまり高値で売りさばくのは難しいみたいなんだよね。どうやっても足がつくから、と思って追っているんだけれど、案外難しいや』

「……あんたも相変わらず危ないことをするわねぇ。でも、血続操主の養殖場ってわけじゃないってこと? だとすれば……」

『そっから先は潜入している勝世に聞きなよ。通信終わり』

『友次さん? 南の姉さんも聞いてますか?』

 入れ替わりで勝世の通信が繋がれ、南は佇まいを正す。

「……ええ、大丈夫。勝世君も、変わりなく?」

『ええ、まぁ……。こっちはさほど代わり映えはないですけれど、これは言うべきか迷っているんですが……血続操主を高値で売りさばいているかに思われたんですが、どうにもそうとは言い切れないみたいで』

「……続けてちょうだい」

 先ほどのエルニィの言葉と重なる証言に南は息を詰める。

『では。……血続操主って言うラベルだけじゃ、兵士はほとんど売りさばけません。それ以外の部分で、彼らは価値と言うか……あまりいい言葉じゃありませんが、ランク付けをしているようなんですよ』

「……ランク付け、ね」

 想定された言葉ではあったが、南にしてみれば少しばかりショックでもある。

『訓練プログラムの中に、明らかに戦闘を想定したものが多数あります。その上で、非武装の《アサルト・ハシャ》しか置いていないのは不自然ではあります。……これは血続操主による、武装蜂起を警戒してのことかと』

「確かに、人機操主ならば武器を施された機体が一機でもあれば戦局を覆せる可能性があるものね……。勝世君、その機体の内部データはある?」

『昼間の訓練時に奪っておきました。こちらです』

「情報、来ました。……なるほど、本当に非武装の《アサルト・ハシャ》ですね」

 友次が《ナナツーウェイ》のモニターに表示したのは事前情報通りの非武装の《アサルト・ハシャ》であった。積載武装や格納された武器も一切見られない、純粋な人機である。

「……確かに妙ね。いくら操主の反抗を危惧してのこととは言え、この一機だけなんて。訓練プログラムの中には、戦闘が明らかに想定されているのよね?」

『いきなり戦地に突っ込んで、いくら血続とは言え使い物になるとは思えません。……これは経験則なんですが、大体がブルっちまいます。加えて、血続トレースシステムに慣れた操主であればあるほど、実戦との違いに戸惑うのは間違いないですし……。どこかに本格戦闘用の人機が隠されていると見るべきでしょうかね?』

 経験則、という言葉に何も言えなくなっていると代わりに友次が質問を重ねる。

「勝世君、人機を探す前にそもそもの話としてアルファーとの接触実験は行われていますか? それ次第で、施設内に人機を隠すメリットが変わってきます」

 言われてみれば血続ならばアルファーを介しての人機の遠隔操縦が可能なはずだ。それを前提条件に置けばわざわざ証拠を並べる意味はない。

『探ってはみますが……アルファーとの接触実験は明日の予定なんです。どうしたって明日まで待つ必要があるんですが……』

「では勝世君、明日の定時連絡を待っていますよ。今日はお疲れ様です。君もなかなか休めていないでしょう? 今日はここまででいいですから」

『……ですが、やれと言われれば施設内くらい夜を徹すれば……』

「無理はしないでください、勝世君。一週間の予定なんです。フルに使って情報を精査してください」

『……分かりました。じゃあ、今日の定時連絡は、ここまでで。あの、南さん』

 唐突に名前を呼ばれて南は硬直する。

「……な、何かあったかしら?」

『あ、いえ……そっちも無茶しないでください。オレは大丈夫っすから』

 それで通信が切られる。言い返す間もなくだったな、と上操主席に深く腰掛ける。

「……彼なりに頑張っているんです。見守ってあげましょう」

 友次が勝世の上司な分、そのあたりの機微を読むのに長けているようだ。南はまだまだだな、と自らの頬を張って気合を入れ直す。

「……すいません。まだ、私はアンヘルの責任者として……」

「いえ。南さんなりの気持ちで、勝世君を見守ってあげてください。私は直属の上司なので気づけないこともあるでしょうが、南さんなら違いますよ」

 ここ一番でまだ自分は踏み込み切れていないのだな、と南は深く呼吸する。《ナナツーウェイ》のキャノピーから宵闇に浮かぶ三日月を視界に入れていた。

「……分かっている、つもりなんですけれどね。上手く行かないもの、だなぁ……」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です