『南? 聞いてる? 名簿の洗い出しが昨日の時点で成功していたから、こっちでも確認作業。うぅーん……眠い……。シールとツッキーにも頼んだんだけれどさ。やっぱり経歴を遡ると、三年前のカラカス崩落から先、血続操主の需要は高まっていたみたいだね』
「……そう」
『南ってば。ちゃんと聞いてよ。説明不足みたいになっちゃうでしょ。……で、やっぱりだけれど、エース級の操主がたくさん居たみたい。そういう、潜在的な強い血続は別種の扱いみたいだね。今回、軍部に流れた名簿の中にもそれはちゃんとあったんだけれど……ところがどっこい。それを横流しした形跡があるんだよね』
「横流しねぇ……」
友次と一時間ごとに交代で睡眠は取っていたが、それでもまともに寝た気にはならない。人機のコックピットで寝食を取ることには慣れていたが、問題なのはこの情勢であった。
ほとんど気を休めることもできないまま三日目となれば、さすがに集中力も切れてくる頃合いだ。
『……本当に大丈夫? まぁ、話を続けると、エース操主ってのにはある程度色んな機関が当たりを付けておきたいわけ。予め名簿を奪うと施設の信用にかかわるから、横流しと言う体裁を取るしかないみたいだね。けれど、たった二人の操主に何ドルかけたと思う?』
「……分かんない。何ドル……?」
ほとんどぼんやりとした状態で問い返したものだから、通信先のエルニィが不審そうにする。
『……もう。報告してるんだから、ちゃんと聞いてよ。これは対外的なものだけれど、二人の操主のうち、片方には十万ドル。もう片方は……驚いたな。その十倍の百万ドルだよ』
想定外の金額に南は完全に虚を突かれた形で自身の手を噛んでしまう。その段階で眠気は吹っ飛んでいた。
「じ、十万ドル……? って、もう片方は百万ドルって……! そんな大金が動いていたの……?」
『だから、そう言ったじゃん。……けれど、公にそんな金額を施設に送るわけにはいかない。もちろん、現金で輸送するのも駄目だから振り込まれた金額で推察するしかない。ここまでの額となると、さすがに事は動くよ……!』
「エルニィ! それはウリマンアンヘルだとか……軍部が動いているの……?」
『いや、片方は辿れなかった。百万ドルのほうはね。けれど、十万ドルのほうは何とか……。彼一人の身柄を押さえるのに、恐らくは視察が行われる時間帯に実行されるはずだ』
「けれどそんなの……! 勝世君の報告の中には……!」
『恐らく、だけれどあくまでも不明な敵による強襲を狙っているんだと思う。だから、勝世に伝えなくっちゃいけないのは事が起こる前の行動と……起こった時の対処法だよ。非武装の《アサルト・ハシャ》しかないんじゃ……どさくさで殺されてもおかしくはないんだ』
思ったよりも事態は切迫しているらしい。南は《ナナツーウェイ》のスターターをかける。
「友次さん! 今の話、聞いたわよね?」
「ええ。……あまり悠長に朝食を食べている時間もなさそうですね。それにしても、たった二人ですか。三十名近く居るはずの血続操主を抑えて……? それも気にかかりますね」
『他の操主たちはダミーの意味もあったんだ。彼らには予め伝えられているわけじゃない。……やられたね。つい三分前の情報だ。米国の監視区域から、改修型の《バーゴイル》が飛び立ったとの情報が舞い込んできた。十中八九、その施設に向かっている』
「ちょっと待ってよ! 施設には視察の高官が来るんでしょう? その無事は……」
『そんなことを気にしているよりも先に、操主の確保が優先されるんだと思う。急いだほうがいいよ。勝世に危害が及ぶ前に……!』
ステルスペイントは一度剥がれれば再展開は不可能だ。
この距離ならば施設に勘付かれてしまうだろう。だとしても、今は勝世を助け出さなければ何のための援護か。
「……友次さん! 《ナナツーウェイ》、出すわよ!」
「いつでも……!」
ステルスペイントの光学迷彩が解け、黒い《ナナツーウェイ》が駆動する。フライトユニットの翼を広げ、推進剤を焚いて飛翔していた。
「……待っていて、勝世君……! けれど、そんな重要な操主なら、何でこんな場所に……?」
『推察でしかないけれど、強力がゆえに、他の施設には任せられなかったんだ。この施設が少年兵だとか血続操主の集積地点なのはボクらでも分かったわけだし、取引場としては最適だったんだろうね……!』
取引――その言葉の持ついびつさに南は反吐が出る思いだった。
「……エルニィ! その操主二人の名前は……!」
『ああ……! その名前は――!』
――真正面から愚直に向かったのは、自分なりのけじめであったのかもしれない。否、ただの自己満足の一種か。いずれにせよ、彼らの値段が決まってしまう前に自分にしかできないことを遂行しなくては、という偽りの正義感に駆られたのは事実だ。
「失礼します」
「あら、あなた。もうすぐ視察が入りますよ。どうしてここに?」
「一つ、聞かせてください。……ああ、動かないで。動くと手先がどうなっちまっても責任が取れません」
勝世は拳銃をイケザキへと突きつける。相手は柔和な笑みを浮かべてから、両手を上げていた。
「……やっぱり、ただの新人じゃなかったのね」
「動かないでくださいよ。人殺しってのは気分が悪いですからね」
「何が目的なの? それとも、こう聞くべきかしら。どこの手の者なのか、とでも」
「視察が来れば、使い物にならないって判断された操主はどうなるんです?」
「それが一番に聞くことなの? あなたは」
「オレにとっちゃ一番に大事なんですよ。……で、あんたらは結局、使えないと判断した操主をどうするんです?」
殺気を絶やさすに照準を覗き込む。イケザキは執務机の上の端末に手を伸ばしていた。
「そうね、不適格と判断された操主は十ドル前後で買い取ってもらうか、そうじゃなければ現場判断に任せるわ」
「動くなって言ってんだろうが……! その不適格かどうかってのは、あんたらが決めるのか……! 彼らの意思なんて無視して……!」
「何を熱くなっているのよ。どうせ、血続操主なんて金を生むビジネスでしかないのに。まだまだ本国では兵士が必要なのよ。キョムと戦うために、優秀な兵士がね」
「……あんたらみたいなのが居るから……! 意味のない戦争が続くんだ……! 現場でどんな風に使い潰されていくのか……想像もしないくせに……ッ!」
「……まるでその現場に居たみたいな言い草ね。いいえ、これも意味のない言葉繰りかしら?」
「……てめぇ……ッ!」
引き金に今に指をかけるかに思われたその瞬間、不意打ち気味の衝撃波が勝世の身体を嬲る。上下逆さまになった世界で、数名の少年少女たちがアルファーを翳しているのが視界に入ったその時には壁に叩きつけられていた。
肋骨が折れたのか、咳き込む度に激しい痛みが走る。
「気を付けなさい。この男はスパイよ」
血続の候補者たちが歩み寄って来るのを勝世は奥歯を噛み締めて銃弾のトリガーを引き絞る。しかし、直接は狙えない――そんな手心をまるで無為だとでも言うように弾丸が偏向され明後日の方向を射抜く。
「本当に、馬鹿なのね。この商売に大人しく噛んでいれば、何も知らないままに富を得られたものを」
イケザキが勝世の横腹を足蹴にする。
「……あんたらみたいな腐った大人に……なるよりかは貧乏なほうがマシだ……!」
「腐った大人、ね。処理しなさい。この男はもう必要ないわ」
アルファーを持った血続候補者たちが歩み寄って来るのを、勝世は絶望的に翳る視界の中で何とか捉えようとする。
意識は今にも閉じようとしていた。
しかし、それでもと必死に痛みを堪えて起き上がろうとする。
「……お前らだって、生きていたいんだろう……! 今よりもいい明日のために……! そのために、泥を被って……! ……気持ちが、分かるなんて……言うつもりは……ねぇ……ッ! だが……! 従って、いたって……!」
「虫のように生き意地が汚いわね。掃除はちゃんとしておきなさいよ」
アルファーが天高く翳された瞬間、勝世は終わりを予見していた。天蓋が砕け、鋼鉄の腕が覗くまでは。
「……これは、人機……?」
「……おいで、なすったか……。南の姉さんに友次さん……じゃ、ねぇ……?」
『ショーセ! 来い!』
鋼鉄の巨神を操る主は他でもない。サイラスは瓦礫を舞い上がらせ、《アサルト・ハシャ》で他の血続候補者たちを蹴散らしていく。
『……ショーセさん!』
「……顕君も居るのか……。けれど、どうして……」
『……あんた、明日をくれるんだろ……! 他の大人たちとは違う、明日を……!』
恐らくサイラスも顕も自分の反抗を予見して職員たちに呼ばれていたのだ。だが彼らは自分の意思で、アルファーを使って《アサルト・ハシャ》を呼び出してこうして戦ってくれている。
「取り押さえなさい……!」
イケザキの声に職員が警棒を振り翳すが、人機の振るう力を前にはそのようなもの無力だ。
『ショーセ! こっちへ来い!』
《アサルト・ハシャ》が手を差し伸べる。軋む身体を押してそのマニピュレーターに縋りつこうとしたところで、不意に銃撃が見舞われる。
「商品を守りなさい! 血続は大事な資産よ!」
『野郎……ッ!』
《アサルト・ハシャ》の巨体が勝世を守るべく動くが、実際の戦闘とこれまでの模擬戦はまるで異なるはずだ。思ったよりも人機を動かせないのか、サイラスが焦る。
『《アサルト・ハシャ》……! クソッ……!』
「……サイラス……! オレのことはいい! こっから逃げろ!」
『何言って……! 何を言ってんだよ……! ショーセ!』
「馬鹿……野郎……ッ! 力を振るうところを、間違えんなって言ってんだ……! お前はこんなところで終われねぇんだろ……ッ!」
『ショーセ……だが、オレは……』
「その男を撃ち殺しなさい!」
イケザキの声が響き渡った瞬間、操主候補生たちが空を不意に仰ぎ見る。
何が、と勝世が感じ取ったその時には光が放射されていた。イケザキを含む職員と操主候補生たちを巻き込み、降り立った光がくり抜かれる。
何が起こったのか、勝世には一瞬何も分からなかった。
ただ――眼前で巻き起こったのは殺傷という事実でさえも塗り固めるほどの濃厚な死の予兆である。
イケザキだけではない。操主候補生でさえも光は焼き尽くし、その証明でさえも消し去っていた。
「……これは、シャンデリアの光……か……」
しかしこれまでシャンデリアの光が人を圧死させたケースはないはず。そう思っていた勝世は構築されていく巨大質量に目を瞠る。
漆黒のモリビトは京都支部との決戦で運用された形態のままであった。天より堕落し、地に堕ちた厄災の巨神――その名を。
「……モリビト。《モリビト礫号》、か……」
『初仕事のつもりだったのですがね。……見知った影が居るようで』
「……月代アンナ……!」
「もうそのような名前ではない。私の名前は――ダテン。ダテン=スーを名乗らせてもらっています」
月代アンナの姿を取った黒いRスーツを纏った相手は《モリビト礫号》のマニピュレーターを伸ばす。それは他でもない、《アサルト・ハシャ》にであった。
『……まさか。こいつが、キョム……』
完全に圧倒されたサイラスへと、勝世はいけないと声を張る。激痛が全身を駆け抜けたが、それでも構いはしない。
「サイラス! 顕君も逃げろ! ……こいつは、今のお前らが敵うような相手じゃねぇ……ッ!」
『敵う? 可笑しなことを仰るのですね。私は勧誘に来たのですよ。新たなる闇の担い手、八将陣の席を埋める者を招くために』
『……八将陣……だと……』
『既に金は支払い済みとのことです。とは言え、このような暴力に打って出るのは趣味ではないのですが、状況が状況とのことです。……取引先も慌てている。我々が行動するのが遅ければ、全てが決していたでしょうね』
何ということだ、と勝世は奥歯を噛み締める。
既にキョムが動き、八将陣が状況を決しようとしている。その前に、と勝世は《アサルト・ハシャ》へと声を張り上げていた。
「……サイラス! 顕君を守れェ……ッ!」
『……守る……』
その言葉で金縛りに遭ったかのように硬直していたサイラスが《アサルト・ハシャ》を駆動させ、《モリビト礫号》へと拳を見舞う。放たれた拳を《モリビト礫号》が落ち着き払って受け止めていた。
『……何のつもりですか』
『……キョムだって言うんなら、願ったり叶ったりだぜ……。オレをキョムの……八将陣にしろ……! ちょうどお前の……お前らの……席を奪ってからな!』