JINKI 317 秘密のコトバ

 次、次と促されるのも妙な気持ちでメルJは不服そうに抗弁を垂れる。

「……いいのだが、これが金になると言うのか?」

「任せてってば。まぁ、それに? 何よりもこういうのって案外需要があるから成り立つんだし」

「需要……ねぇ」

 南が列整理をしながらこちらへと目配せする。今の自分はシスター服に身を包んでおり、敬虔な信徒のように十字架を握っている。

「さぁさ! こっちへこっちへ! 今の最後尾は三十分待ちよ!」

 ノリノリの南が自分の肩を叩くが、どうにもこれが正しいとは思えずメルJは苦言を呈す。

「……その、だな。こういうのはよくないんじゃないか? 赤緒には許可を取っていないのだろう?」

「大丈夫だってば。赤緒さんだって参拝者が増えていいこと尽くめ! それに、新しいビジネスを始める時には苦難はつきものでしょ?」

「ビジネス、と言い切っていいのだろうか。何だか人の善性に付け込むようで……気が引けてしまうのだが」

「あんたが細かいこと気にしてたんじゃ仕方ないわよ。さぁ、次の告白者が来たわよ」

 メルJは咳払いしてボックスに入る。ボックスは仕切りがあり、メルJの側から告白者は見えるものの向こうからは決して見えない構造になっている。

「あの……シスター……本当にその、隠していた秘密が分かるって言うのは……」

「あ、ああ……じゃなかった。はい、どうぞ。あなたは確か……」

 メルJは今も奥の機械から算出されるデータを読み取る。自身の愛機である《バーゴイルミラージュ》から導き出される予想の紙束をメルJは読み取っていた。

「最近……水虫気味なのが悩みの種だと言う……」

「……分かっておられるのですね……! 誰にも打ち明けられなくって……!」

 こうして他人の秘密を詳らかにするのは正直、あまりいい趣味とは言えない。だが、それもこれも訓練中にこんな商売を思いついた南が諸悪の根源なのだ。

「……まったく。こんな風な金儲けなど……よくないとは思うのだがな……」

 ――《バーゴイルミラージュ》に新装備を充てる予定があると訓練前にエルニィから聞かされてメルJはRスーツの空気を袖口から抜く。

「……新装備?」

「そっ。まぁ、大したもんじゃないよ。《バーゴイルミラージュ》は今日まで大変活躍してくれたもんだから、別の役割を当ててもいいかなって言う、そういう相談」

「……言っておくがいきなり陸戦機をやれと言われても無理だぞ。私も《バーゴイルミラージュ》も空戦専門なんだ。空戦人機としての性能は十全に発揮できても、他は素人もいいところなんだからな」

「そんなこと言っちゃって、メルJだってそれなりの熟練者なんだから、その辺に居る自衛隊員よりかは陸戦人機だって操れるでしょ。ま、今回はその相談じゃないんだけれど。もうシールとツッキーが取り付けてくれているから、後は二人から聞いてみてよ」

「……何だ、お前の口から説明は聞けんのか」

「ボクはこれでも忙しいの。相変わらず赤緒の空戦人機適性は低いままなんだから。《空神モリビト2号》の下操主席の仕事! ……赤緒もとっとと慣れて欲しいよねぇ」

 エルニィ自身もRスーツを身に纏い、小脇にシステム筐体を抱えて《空神モリビト2号》のほうへと歩いていく。

「あっ、立花さん。遅いですよ」

「ごめんってば。って言うか、本来は一人でも動かして欲しいんだけれど? ボクとしちゃ手間が増えて仕方がないよ」

 コックピットから顔を出した赤緒が少しだけ不服そうにしてから、こちらに気づいて手を振る。

「今回も訓練相手はヴァネットさんなんですよね。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げられ、メルJは軽く会釈する。

「あ、ああ……。まぁよろしく頼む」

「赤緒! 乗り込んだらすぐにシステムの同期を行うから、それに備えてよね。上操主の血続トレースシステムに優先権があるんだし、その辺の順応も素早くすること!」

「わ、分かってますよぉ……。そんなに慌てなくっても訓練なんだから……」

「訓練でできないことが実戦でできるようになるわけじゃないでしょ。その辺、分かってよね」

 たじたじになる赤緒を少しだけ微笑ましく眺めてから、メルJは愛機である《バーゴイルミラージュ》の整備状況を確かめさせる。

「あっ、ヴァネットさん。おはようございます」

《テッチャン》を器用に扱って整備作業を進める月子にメルJは片手を上げて応じる。

「準備は?」

「首尾は上々って奴だ。まぁ、見てもらったほうが早ぇ」

 同じく《テッチャン》に乗り込んだシールに促され、メルJは寝そべった形の《バーゴイルミラージュ》の背中に取り付けられた扁平な円形の装備へと目を向ける。

 ゆっくりと回転しており、その役割をすぐさま看破していた。

「……これは、特殊なレーダー兵装か?」

「分類上はレドームって呼ばれている兵器だな。こいつを装備する意図としては、《バーゴイルミラージュ》に哨戒機としての機能を持たせたいって言う上の思惑があるんだよ」

 哨戒機としての性能を持たせるのならば、これまでのように強襲用の装備が邪魔になる可能性も高い。メルJのその不安をすぐに悟ったように月子が《テッチャン》のマニピュレーターで《バーゴイルミラージュ》の装甲を撫でる。

「これまでの使い方だけじゃない、《バーゴイルミラージュ》には《ブロッケントウジャ》と同等の万能機としての在り方が欲しいって言うのがエルニィ含めての考え方なの」

「こいつに万能性? それは空戦人機としての特殊性とは相反しないか?」

「言っている意味は分かるぜ。だが、今のところトーキョーアンヘルの純粋な空戦人機はこいつだけなんだ。ブロッケンの換装システムと《モリビト2号》の空戦形態を準備してはいるが、一番早く飛べて、早く帰還できるのはこいつだけなんだ。鹵獲機とは言え、ヴァネットの経験則が詰まってるからな」

「実際、ヴァネットさんの戦闘経験値って特別なの。それは《シュナイガートウジャ》の外交的な取扱いからも分かるかもだけれど、現状、空戦人機で敵陣に素早く攻め込み、その上で素早く離脱できるだけでも優位性は揺るぎない。唯一無二、って言うのかな……」

 この三年間、《シュナイガートウジャ》の唯一の乗り手であったのは相当なアドバンテージのようで、米国が返還したがらないのもさもありなん。恐らくは再び自分が使えるようになれば、それだけでパワーバランスが瓦解するのだろう。

 エルニィも苦心しているようであったが、《シュナイガートウジャ》を操れる機会はなかなか巡って来そうにない。

 だからこその、《バーゴイルミラージュ》を改修、発展させる方向性になったのだろう。もし条約違反でも鹵獲された《バーゴイル》の改造機ならば少しは言い訳にもなる。

「……お前らが苦労しているのはよく分かった。しかし、それにしたってレドームだと? ……空戦性能に差し支えないか?」

「空力に関してで言えば、エルニィの試算上、そこまで問題はないようだぜ? スピードもパワーも申し分なし。ただ、哨戒機と言う性質上、あんましこいつでドンパチって言うのはおススメはできないが」

「元々、哨戒機って言うのは如何に素早く敵の情報を抜けるかだから……。悟られるわけにはいかないし、真正面からの対人機戦闘なんてもっと駄目だもんね……」

「重火器は? どれくらいの火力が出る? 見たところ、肩のガトリングをオミットされているようだが……」

「アルベリッヒレインの総合火力は三割減だな。それに、こいつでアンシーリーコートをやるなんて無茶を考えるなよ。せっかく取り付けたレドームが壊れちまう……」

「元々、アンシーリーコートはアルベリッヒレインで放出された巨大熱量を纏め上げて、それをスプリガンハンズの切っ先に特化させる、ヴァネットさん特有の必殺技だから……その、精密機械であるレドームが多分、衝撃波で持って行かれちゃう……」

 アルベリッヒレインも撃てなければ、アンシーリーコートはもっと、と言うわけか。これでは自分の強みを殺されたようなものだな、とメルJは胡乱そうに《バーゴイルミラージュ》を眺め回す。

「……そう疑うなよ。機体追従性は衰えてないんだぜ?」

「そうそう! これでも普段と同じくらいのスピードは出るし、遠距離戦闘ならこれ以上に特化したものはないし……!」

「だがアルベリッヒレインとアンシーリーコートが撃てないのでは……」

「まぁ、そこんところは工夫してくれよ。幸いにして、下操主が居るんだ、今回は」

 下操主、と言う言葉にメルJはぴくりと反応する。

「……下操主……まさか、小河原か?」

「さぁな。自分で確かめてみろよ」

 シールのニヤニヤ笑いが気にかかったものの、相手が両兵ならば文句もない、とコックピットを開いたところで片手を上げたのは南であった。

「あっ、メルJ。遅かったじゃないの。……何よ、がっかりしたみたいな顔して」

 明らかにこちらの落胆の表情が出ていたのだろう。メルJは頭を振り直す。

「……いや、別に。そんなつもりはない」

「本当に? ……まぁ、いいわ。飛翔高度を取りつつ、レドームの連動率を引き上げて、ここいら一帯の通信域をどれだけ取れるかを計測するから」

 上操主席で血続トレースシステムを握り締め、フットペダルを踏み締めることで《バーゴイルミラージュ》がゆっくりと稼働する。

 リバウンドミストによる飛翔機動自体は安定しており、レドームの重さをものともしないところを見るにメカニックの仕事は確かなようだ。

「よし、第一次飛翔高度はクリア。……黄坂南、次いで巡航機動に移るが……」

 そこで不意に通信域を叩いたのは声であった。

『やっぱりさー、こういうのってもっと有意義な訓練にしたいよね。赤緒もそう思うでしょ?』

『うーん……でもですよ? 訓練ばっかりだと学校の勉強も疎かになっちゃう……』

『赤緒は元々、そんなに勤勉ってわけでもないんだしさ。いっそのこと、学生はやめてこっち専任になる? ボクはおススメ』

「……これ、多分通信域じゃないわね」

『あっ、ズルいですよ、近藤さん。ナナツーの慣性モーメントに勝手に仕様変更入れちゃ。立花博士に怒られちゃいますよ』

『そうは言うがな、沖田……。我々とていつまでも訓練生じみたものを続けるのも性には合わん。ここはいっちょ、成長を見せないと……』

『月子ー、それに秋も。昼飯はざるそばでいいか?』

『あっ、シールちゃん。私は天ぷら付きね』

『せ、先輩方……。訓練中ですよ。お昼の話はせめて訓練が終わってから……』

『んだよ、堅いこと言うなよなー』

 メルJと南は視線を交わし、それから通信領域を観測する。

「……なるほど。メカニックの子たちが思っているよりも、このレドームの感度が高かったって言うことね。まさかエルニィの使う秘匿回線にまで潜り込めるなんて思っていなかったわ」

「……黄坂南。これはいわゆるその……盗み聞きと言う奴で、趣味がいいとは決して言えないんじゃないか? 自衛隊の通信チャンネルにも割り込んでいると言うことは、レドームの性能は想定以上ということだ。なら、これをメカニックに報告して――」

「待って! ……メルJ、私、ちょっといい儲け話を思いついちゃった」

 その横顔はさすがルイの母親と言ったところか、一度でも思いついた格好の商売を手離すようなアンテナの持ち主ではない。

「……待て、黄坂南。私はこのレドームの仕様変更に関して、報告する義務がある」

「馬鹿ねぇ。報告なんて私たち以外は分かってないんだから、しなければなかったのと同じなのよ。そうねぇ、メルJ。あんた、シスターできる?」

 日本では滅多に耳馴染みのない言葉にメルJは思わず聞き返す。

「……シスター……? 教会とかの、あれか?」

「そっ。告白者の秘密は絶対に守り、主の教えには背かずって言うね。ともすれば……できちゃうかもしれないわ。この日本で、ぼろい商売が」

「……大丈夫か? 悪い顔になっているが」

「こっからが本番なんだから、まだ笑うのには早いわよ。メルJ、《バーゴイルミラージュ》のレコード機能を起動させなさい。今、聞き及んでいる全ての通信領域の話を、私たちだけの秘密にするのよ」

 その本懐が分からずにメルJはレコード機能を起動させる。雑多に入り混じった通信ログを拾いながら南が乾いた唇を舐める。

「……これも、これも。役に立ちそうな話がごろごろと……! これなら一発、島でも買えちゃいそうね……。よし! あとは場所が必要よね! メルJ、とりあえず軽く《空神モリビト2号》と一戦交わしてから、柊神社に急いで集合よ! 車は回してあげるから!」

 自信満々な南にメルJは自ずと声を潜めてしまう。

「……その、危ないこと……」

「何言ってるの! リスクと釣り合いが取れなければ、ギャンブルの価値なんてすぐに廃る! ……久しぶりに儲かりそうじゃないの……!」

 その確信に拳をぎゅっと握り締めた南に、メルJは陰鬱なため息をつく。

「……大丈夫、なんだろうな……?」

「――シスター……その、実は柊神社の冷蔵庫を漁ってしまいまして……」

「……そうですか……」

 うわの空でその告白を聞いていたメルJは、後ろでハンドサインを送る南を恨めしそうに眺める。

「メルJ! もっとちゃんと! 厳かに! 貞淑なシスターを演じなさいよ!」

「……と、とは言ってもだな……。私は本職じゃないんだぞ……!」

「……シスター?」

 告白する側も告白する側だ。どうして柊神社の境内に即席で作られた懺悔室なんて当てにするのだろう。表には「金髪美人シスターがあなたの言えない秘密を言い当てます!」といい加減な売り文句の看板がある。

 どれもこれも南の手のひらの上で、メルJはワンサイズ小さいシスター服に身を包みながら、百均で買った十字架を握り締める。

 せめて形だけは沿うようにしようとこうして告白を聞いているわけだが、《バーゴイルミラージュ》が先刻、駐屯地で拾い上げた秘密だけではなく、自衛隊員たちは他人に言えない秘密を抱えているようでそれらを代わる代わる聞いていた。

「その、シスター……。こんなのはよくないんですが……! さつきちゃんやルイちゃんを最近目で追ってしまっていて……! どうすればいいでしょうか!」

「そ、それはその……」

 南のサインを確認する。さすがにドン引きであったためか、何度も頭を振っていた。

「こ、こほん……。ではあなたにはこれを……。秘蔵の隠し撮り写真です。これで我慢するといいでしょう」

 南の手持ちのルイのオフショット写真が与えられ、告白者は大きく呼吸して感謝する。

「シスター……! 大事にします!」

「は、はぁ……」

 そんなものを後生大事にされても困るのだが、とは言い出せずにメルJは一旦休憩に入る。もちろん、自分がシスター役をやっていると悟られてはまずいので早着替えでシスター服からいつもの服に着替え、懺悔室を出る。

「いやー、盛況ねぇ! 儲かると踏んだのは間違いじゃなかったわ!」

「……それはいいんだが、こういうのって金は取らないものじゃないのか?」

「何言ってるのよ。全ては善意よ、善意」

「善意……ねぇ」

 善意という名の巻き上げた金品は箱にみっちりと入っており、ジャラジャラと音を立てている。最早、これは悪意そのものではないかという疑いの目を向けていると、南は心外だとでも言うように腰に手を当てて言い返す。

「……じゃあ聞くけれど、これを他の誰かがレドームに不備があって色々な通信を傍受できたって知れば、私じゃなくってもやったわよ。ルイやエルニィが放っておくと思う?」

「それは……その通りだが……」

 否定できないところがまた痛い。南はふんすと鼻息を立てて、でしょう? と自信ありげに言い放つ。

「私たちだから、まだ“マシ”なのよ。それに、慈善事業なんだから、これも一つの経済の形でしょう? 秘密は守るって約束だし」

「……だがな。表面上だけでこういうのをやると言うのは……本職の人間に申し訳も立たないと言うか……」

「あら? けれど神社ってそういうのもあるんじゃないの? ほら、初詣とかで他人の秘密とまではいかないにせよ、お願いを聞くじゃないの。そのご利益? だとかも効能の内でしょう?」

「……日本の文化には明るくないんだ。私に言われてもよく分からん」

 そもそも、日本人の宗教観にさえ時折頷きかねるところがあると言うのに、全くの門外漢を押しつけられても困るのだ。

「あっ、待ってってば、メルJ。ほら、これでガッポガッポよ? 儲けは半々でいいからさ」

「そういう問題では……いや、そういう問題なのか? 私もお前も、ここまで他人の秘密に踏み入ってしまうこともそうそうないだろう」

「そう? 私は別に……」

 そこまで口にして失言であったと感じたのか、南は口を噤む。

「……黄坂南は私には分からないところまで分かっているはずだが?」

「分かっていて言っているのよね、もう。意地が悪いんだから。……まぁね。仕事柄、知らなくってもいい秘密にまで頭を突っ込んじゃうのが私の職務の嫌なところよ。けれどね、メルJ。たまには息抜きと言うかさ、こうして秘密を何でもないように共有するのも、悪くない感じじゃない? だって、何でもかんでも重く受け止めちゃうと疲れてしまうものよ。はい、これ」

 せんべいの入った袋を差し出され、メルJは不服そうにそれを受け止める。

「……秘密の駄賃にしては、これは随分と安っぽいな」

 齧ると醤油の味がしみ込んでくる。南はそれとなくウインクしていた。

「そうよ? 安っぽい秘密くらいが……何なら世の中ちょうどいいのよ。重要機密だとか、誰かの人生の片棒なんて担がされてみなさい。責任者だから、なんて言葉でどんな秘密にでも首を突っ込むとあっという間にこれなんだからね」

 首筋を指で掻っ切る真似をする南に、メルJはこれも一種の逃避行動なのかもしれないと思い至る。

 普段ならば他人の秘密を面白がることなんてできない立場の南が、自分との共犯関係だからこそこういうことを思いつく。そして儲け話に昇華したのもある種、事態を重く見過ぎないための対処方法か。

 黄坂南は――トーキョーアンヘルの責任者は他人には決して言えない、それこそ墓まで持って行かなければいけない秘密の一個や二個は抱えているはずだ。それなのに、誰にも告げられず、秘密は秘密のままその価値すらも不明で彼女の中に沈殿し続ける。

 まるで呪いだな、とメルJはせんべいを頬張っていた。

 自分がかつてグリム協会を追うためだけに引き絞られた復讐の矢であったように、南もまた呪縛に囚われているに違いない。その呪いを解く方法はきっと誰にもないのだろう。南と同じ視座に立たない限りは、否、立ったとしても駄目だ。

 きっと、その呪いを一生背負うと誓えない限りは同じこと。

 そんな無責任なことを言い出すのは、秘密を共有するよりもなお深い繋がりが必要なはずだ。

「……なぁ、黄坂南。私はお前の傍に立つ存在に成り得ているのだろうか」

「ん? 何よ、藪から棒に。まぁねぇー。あんたはトーキョーアンヘルの面子の中じゃ、年齢が高いほうではあるし。頼りにはしてるのよ? 操主としての歴も長いし」

「……だが……私は所詮、知った風に成ることしかできん。そんななのに……秘密を共有する資格なんて……」

 そこまで口にしたところで南は呆れ返ったように嘆息をつく。

「……馬鹿ねぇ。別に理解者なんて求めていないってば。一言って十返って来る仲なんて我儘よ。そういうのはない代わりにメルJ、あんたには他にはないものを感じているんだからね」

「……他にはない……? それは赤緒や立花にもか?」

 南は腰に手を当てて自分へと向き直る。170cmに満たない身長の南を、180cmのメルJは自然と見下ろす形だ。それでも、彼女の凛とした瞳は衰えない。何よりも雄弁に、己の素質とそして役割を語るのだ。

「私はトーキョーアンヘルの責任者、黄坂南! あんたは栄えあるエース操主! それじゃ駄目かしら?」

「だ、駄目ではないが……」

 ずい、っと歩み寄られてメルJのほうが委縮してしまう。不思議なものだ。操主としては自分のほうが強いのに、こう言ったところで少しだけ気圧されてしまうのも。まして、こんな怪しい儲け話に乗せられてしまうのも。

 どれもこれも――黄坂南と言う女性の芯の強さを見せつけられているかのようで。

 ふふん、と南は自信たっぷりに笑う。

「分かったでしょ? メルJ、さぁ後半戦よ! 今日だけでとことん稼いでやるんだから!」

 腕まくりして気合を入れ直したところで、メルJはやれやれとため息を漏らす。

「これだから、黄坂南、お前は……――」

「あーっ! やっぱり! 怪しい列があるかと思ったら、南さんっ!」

 石段を勢いよく上がって来たのは赤緒で、エルニィたちも一緒だ。

「あ、やっべ……バレちゃった?」

「自衛隊の皆さんが何でだか柊神社に熱心に通われているから、何でかなって言っていたところなのに! またやりましたね!」

「南さー。儲け話があるんならメルJじゃなくってボクらを通してくれればいいのにー。そしたらもっと稼げたかもよ?」

「もうっ! 反省してくださいねっ!」

「三十六計……逃げるわよ! メルJッ!」

 逃走経路を辿ろうとした南を阻んだのはシールと月子だ。

「おっと! 南、今回はお縄につきな! ……っつーか、何で懺悔室なんだ? ここは神社だぜ?」

「南さん。……さすがに日本の神社でおおっぴらにこういうことをやるのは……ちょっとどうかな……」

 逃げ場がない、と周囲に首を巡らせた南へとメルJは歩み寄って、その手を後ろ手に拘束する。

「め、メルJ……?」

「……観念しろ。私も片棒を担いだんだ。少しはお灸を据えられる覚悟はできている」

「い、嫌だぁ~……まだ理想の額まで全然行ってないのにぃ~……」

「南さんっ! それにヴァネットさんも! お説教ですっ!」

 ――きゅう、と情けない腹の虫が鳴いたのでメルJは寝つけずに下階へと降りる。それもこれも、南の悪だくみの共犯をやってのけたせいでもあった。判決は夕飯抜き程度で済んだのは、赤緒の温情もあったのだろう。

 そもそも――神社で人の秘密をネタに金儲けをするとは何事か! とは、言われてしまえば反論もできなかったのもあるが。

「……小腹が空いたな」

 台所に足を踏み入れると、ちょうど戸棚の上を漁っている南と鉢合わせする。

「わわ……っ! 赤緒さん、これには理由が……! って、何だ、メルJじゃないの」

「何だとは言い草だな。……腹が減って眠れん」

「それはお互い様ね。……こっちの戸棚にチョコレートが眠っているのは、まだ赤緒さんには知らせていないから……」

「それこそ、お互い様だろう。……秘密の共有は」

「慣れたものよね」

 高級食材ではなく、そこいらで買い揃えたチョコレート菓子であったが深夜の食事にはちょうどいいはずだ。

 板チョコを二つに割って、軒先で足をぶらぶらさせつつ肩を並べる。

「……あのね、メルJ……もしかして怒ってる?」

「怒ってない。……まぁ、ワンサイズ小さいシスター服を着せられたのは、ほとんどコスプレみたいなものだったが……」

「やっぱり怒っているじゃない……。まぁ、目標額には達しなかったしねー」

 チョコレートを頬張りながら、メルJは傍らの南へと問いかけていた。

「……こういうことは東京に来てから滅多にしなかった……はずだな? 何でこんなことを仕出かす気になった? それも私なんかと一緒に……」

「私なんか、って言い方はよくないわよ? あんただって立派なトーキョーアンヘルの一員じゃないの。って言うか、その言葉振りじゃ、カナイマの悪行……げふん。行いを知っているみたいだけれど」

「今、自分で悪行と言ったか? ……まぁ、そういうこともあったのだと、黄坂ルイから話の種に聞いたこともある。黄坂南は私が知っているような勤勉さなんて欠片もないのだと」

「失礼しちゃうわねぇ……あの子も。ま、けれどほとんど間違っちゃいないか。カナイマじゃあね、別に責任者でもなかったし、他人の諸々を背負う必要もなかったのもあるし。まぁ、気楽な身分だったのよ」

「今は違うとでも言いたげだな」

「……かもね。けれど、別に嫌でもないって言うか、あんたやエルニィ、それにメカニックや赤緒さんたちに囲まれて、案外退屈はしてないのよ? けれどねぇ……時折って言うか。それは“黄坂南”なのかって言う……」

「……何だ、それは。まるで魂が望んでいないとでも言いたげだな」

 暫時の沈黙を挟み、南はチョコレートをぱきりと齧る。

「……そうなのかもね。カナイマで身勝手極まりないことをずーっとルイとやっていた、回収部隊ヘブンズの黄坂南は……とっくの昔に死んじゃったのかもね」

「……それは悲しいのか?」

「どうなんだろ。悲しいと思うこともあるし、それが人間としての成長だと割り切れることもあるし……。何だかね、ルイがさつきちゃんや赤緒さん、それにエルニィたちと馬鹿やってるのも、ちょっと……そうね。羨ましいって言うのが適切かも」

「羨ましい、か……」

 だが今日の南はいつになく輝いているようにメルJの眼には映っていた。それは生粋の悪戯心が発露した結果なのかもしれないし、これまでなかなか見ることのなかった南の内面に触れたからかもしれない。

 心に触れるのは、何も特別なことだけではない。何でもない日常の延長線にこそ、そういった邂逅の瞬間がある。

「悪かったわね、メルJ。付き合わせちゃって」

「いや、いい。こういうのも……そうだな。“黄坂南らしい”のだろう?」

 分かった風に成るつもりはない。当然、呪いを引き継ぐような覚悟も。ただ、今日ばっかりはちょっとした理解者として、一歩縮められればそれでいいではないか。

 南は一拍だけ目を見開いて茫然としていたが、やがて笑みを刻んで肘で小突いて来る。

「何よぅ。何だかあんたも結構、人たらしの才能があるわねぇ、このこのぉ。……ま、またその気になったら付き合ってよ。だって私、ずーっと真面目で居るのは無理な性分なんだからね」

「それは分かっているつもりだ」

 ちょっとした瞬間に、ちょっとした歩み寄りを。

 それは他でもない、「恥を言わねば理が聞こえぬ」と言う、この国の言葉が相応しいはずなのだから。

 秘密のコトバたちはきっと、自分と南の出会いと友情に微笑んでくれるはずだ。

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