JINKI 318 三宮金枝はアイドルになりたいっ!

 思えば、少し前までは外の世界を知らず、そして籠の鳥であった自分にとっては挑戦――否、そのような生易しい言葉では決してなく。

「えー、では33番。三宮金枝さん。お願いできますか?」

「は……ひゃい……っ!」

 早速噛んでしまったが第一印象が大事だとさつきから聞かされていた金枝は何でもないようにすくっと立ち上がり、面接官の前に歩み出る。

 背中に突き刺さる矢のような他の人々の視線。

 誰もが皆、まるで戦争でもしているかのように眼差しだけが異様に鋭い。

 いや、この形容もあながち間違っていないのかもしれない。

 オーディションは戦場、そうなのだとメルJからも教わって来た。他の候補者と競い合う、などという弱い心持ちでは負けてしまう。まさしく戦場なのだ、ここは。

 競っていいのは、書類審査まで。そこから先は無常なる蹴落とし合いである。幸いにして書類選考は通過した金枝は深呼吸してから面接官へと笑顔を向けようとして、なかなか上手くいかない。

 顔の表情筋一つ一つが凍り付いたように、笑顔が作れなくなってしまっている。そういう時には、自分の中でのリセットだ。深呼吸三つと、頭の中に描くここに来るまでの道筋。

 思えば、遠くに来たものだと感慨を噛み締めてから金枝は思いっ切り宣告する。

「33番、三宮金枝……京都出身……です! よろしくお願いしまひゅ……っ!」

 またしても噛んでしまったが、問題はここからだ。面接官は淡々と書類を確認する。

「はい、どうも。……それで、今回、三宮さんの志望動機は……」

「はい……っ! 金枝はその……アイドルになりたくってきました……!」

 事は三日前の学校の話題にまで遡る――。

「――あっ、赤緒ー! これ、今週号読んだ?」

 学校に週刊誌を持ち込むのは禁止であったが、マキにとってはほとんど関係がないようで漫画雑誌をうず高く机の上に積み上げている。

「もう、マキちゃん……またジュリ先生に没収されちゃうよ?」

 少し呆れながら応じていると、机の端で漫画に齧り付くようにして集中している金枝を発見していた。漫画誌を真剣そのものと言う面持ちで一枚一枚ページを捲っては、その度に百面相の勢いの金枝に赤緒はそっと声をかける。

「その……金枝ちゃん……?」

「ハッ……! な、何ですか。赤緒さんですか……。急に声をかけないでくださいよ。びっくりしちゃうじゃないですか」

「さっきから居たんだけれどな……。金枝ちゃん、漫画とか読んだことないの?」

「舐めないでくださいよ。金枝はこういう……さぶかるちゃー? には詳しいんです。漫画くらい百冊は読んだことがありますよ」

「たったの百冊? 私は生まれてここまでなら千冊以上は読んでいるかも」

 マキの経歴を考えればそれもあり得る話だったのだが、金枝は自慢したかったのかこほんと咳払いして言い直す。

「……失礼。千冊は行っていましたね……それくらいは全然……」

「本当? じゃあさ、金枝はこの漫画みたいなのよく読んでるんだ? どういうジャンルが好き? 私は王道少年漫画だけれど」

「マキちゃんは自分でも描かれますものね。金枝さんも造詣が深いのでしたら、良い話ができるかもしれませんし」

 泉のパスは金枝にしてみれば想定外そのものであったようで明らかに視線を泳がせている。

「えーっと……そうですね……。ジャンルと言い出すとなかなか絞れませんが……」

「金枝ちゃん、金枝ちゃん。……見栄なんて張らずに正直に言ったほうがいいと思うなぁ」

「見栄なんて! ……金枝はそれなりに色々詳しいんですよ!」

 ふふーんと胸元を反らして言ってのける金枝にマキは少年誌のページを捲る。すると、メルJのグラビアに突き当たっていた。

「あっ、赤緒んところのカッコいいイギリス人、今週も載ってるんだ。やっぱ綺麗だよねー」

「ヴァネットさん、今週も載ってるんだ……売れっ子だなぁ……」

 すると金枝はページを覗き込んで、ふんと不貞腐れる。

「……何ですか、それ。ちょっと何て言うか……不埒過ぎますよ」

「あれ……? 金枝ってばグラビアとかの文化知らない? こういうのって私たちからしてみても案外憧れだよね。まぁ、購買層は男子なんだろうけれど」

 金枝は怪訝そうにメルJのグラビアを眺める。そう言えば金枝はほとんど外の情報や文化をこれまで知らなかったはずなのだ。ならば、グラビア写真も見たことがないのではないか。

「……人前で肌を晒すなんて……えっち過ぎますよ」

「えー、これがいいんじゃん。メルJさんだっけ? この人、女性向けのコスメとかでも紹介されているし、かなり売れ筋みたいだよねー。何でも画になる美人って得だなぁ」

 マキがメルJのグラビアを指で四角を作って当たりを付けるので、金枝はそれとなく自分を肘で小突く。

「……ちょっと赤緒さん。こういうのは金枝だけの特権じゃないんですか……? 浮気者……」

「で、でもさ……! ヴァネットさんも綺麗だから……!」

「納得いきません! ……金枝のほうがびゅーてぃふぉーじゃないですか!」

「あれ? 金枝、もしかして嫉妬してる? まぁ、こればっかりは仕方ないよねぇ。世の中、上には上が居るって言うか、それこそきりがないって言うか」

「けれど、ヴァネットさんは相変わらずお綺麗ですわね。何か気を遣っていることはあるのでしょうか?」

 泉の問いかけに赤緒は柊神社でのメルJの行動を思い返す。

「うーん……食べ過ぎないようにしているとか、水は自分で用意しているとか……私が知っているのはその程度だけれど」

「おっ。こっちも赤緒の神社に居る子じゃん。へぇー、声優ねぇ……」

 別の特集ではさつきが写っている。写真に慣れていない様子ではあったが、自然体の笑顔を向けており、今度は少年誌で連載中の漫画のキャラクターの配役が当てられると書かれていた。

「へぇー……さつきちゃん、頑張ってるんだ……。最初のほうは南さんにやらされて仕方なくって言っていたのに」

「……その、川本さんもヴァネットさんも、何だってこんなに有名なんですか。元々、トーキョーアンヘルの面々と言うだけでも充分のはずなのに」

 不服そうな金枝の言葉に赤緒は返答を迷ってしまう。

「うーん……二人ともそれぞれの道で頑張っているって感じなのかも。アンヘルの操主としてだけじゃなくって、その後のことを考えているって言うか……」

「……赤緒さんは、そっちのほうが偉いと考えているんですか」

「……まぁ、前しか見えていないよりかは……」

「……じゃあ、金枝も考えます」

 事ここに至って意固地になったのか、金枝は少年誌の奥付に書かれている宣伝写真を指差していた。

 そこには「求む若い力! あなたもアイドルになりませんか?」と浮ついたような謳い文句が踊っていた。

「これ……! これになります!」

「……これって……金枝ちゃん、女優さんになりたいの?」

「……女優……? なんですか? まぁ、金枝にしてみればお茶の子さいさいですよ!」

「えっ、金枝女優になるの? やだー! 女優になっちゃったら専属モデルにするのにお金かかっちゃうじゃん!」

「……マキちゃん、指摘するところそこなの……?」

「ふっふっふー! 見てるといいですよ! 金枝がなんばーわん! なんですからね!」

 金枝が天高く指を掲げる。その模様に泉がまぁ、とこちらに視線を振り向ける。

「大丈夫なんですか? 赤緒さん。金枝さんは一度言い出すと……」

 その懸念通り、その気になった金枝はマキへと鼻息を荒くして言い出す。

「次の希望の星は金枝なんですからね! 今のうちに、サインとか欲しければどれだけでも!」

「あ、あのー……金枝ちゃん、あまり調子には乗らないほうが……」

「むっ! 赤緒さんには金枝がぷりちーに映っていないんですか!」

「……プリティーね……。確かに金枝ちゃんは可愛いけれど、それはヴァネットさんやさつきちゃんの可愛さとは違うと言うか……」

 そもそもモデルと声優と言うのは専門職のようなもので、人気商売とは言ってもそれなりに難しいところがあるはずだ。ただただ闇雲に目指しても成れるとは思えない。金枝をまずは宥めなければ、と考えているとマキが広告を指差す。

「けれどさ、まずは何になるの? モデル? 声優?」

「ふぅーむ……金枝としてみればどっちにもなれるポテンシャルを秘めていると思うのですが……やっぱり、“げーのーじん”でしょうかね」

 その部分だけ浮いたように口にするものだから赤緒は心配になってしまう。

「か、金枝ちゃん……芸能人の意味くらいは分かって……」

「分かってますよ! きゃーだとか、わーだとか言われる職業なんでしょう? 誰もの憧れの的です」

 赤緒は金枝のイメージ力の乏しさに困り果ててしまう。ともすればメルJのモデル業も、さつきの声優業もちゃんと理解していないのではないか。

「……あのね、金枝ちゃん。ヴァネットさんもさつきちゃんも、ちゃんとやっているわけだから……」

「金枝じゃ、ちゃんとできないって言うんですか!」

 詰め寄られ、赤緒は言葉を濁す。

「そ、そうは言っていないけれど……遊びじゃないんだから……」

「金枝だって遊びのつもりはありません! ……見ててください! 絶対になんばーわんアイドルになってみせるんですから!」

「はいはーい、席に着けー。ホームルーム始めるわよー」

 そこでちょうどジュリが教室に入って来たことで話は打ち切られてしまうが、それでも赤緒はどことなく不安に駆られていた。

 元々、金枝はどこか浮世離れしていて、世間知らずな部分もあるのだ。それなのに、芸能界やアイドルになどなれるのだろうか。

 マキは机の上に出していた漫画本を仕舞い、何でもないように装っているが金枝はお構いなしに先ほど指差した広告が載っている週刊誌を齧り付くように教科書の裏に付けて読み込んでいる。

「金枝ちゃん、金枝ちゃん……。バレたら没収されちゃうよ……」

「バレなければいいんですよ、そんなの。……アイドルに……なるんですから……っ!」

 何だか金枝は一度思い込むとなかなか説得するのも難しそうで赤緒も頬を掻く。

「……大丈夫なのかな……」

「――たのもーぅ!」

 柊神社に帰るなり金枝が居間で茶菓子を嗜んでいるメルJを呼びかける。まさかこんなにも早く思い立つとは想定外であったので赤緒はあわあわとその背中に続く。

「か、金枝ちゃんっ! 駄目だよ、せっかくヴァネットさん休んでいるのに……」

「むっ。何だ、赤緒に……三宮だったか。頼もうとはどういう了見だ?」

「メルJ・ヴァネット……! さん……。あなたは芸能人なのだと聞きました!」

 どこか喧嘩腰にさえ映る金枝の物言いに赤緒はいつ爆弾が爆発するのかと冷や冷やしていたが、メルJは小首を傾げる。

「……芸能人、と言えば聞こえはいいが……所詮はただのモデル稼業だ。大したものでもないさ」

 どうやら予想したよりもメルJは大人の対応を心掛けているようだ。しかし、それが金枝の感情を逆なでしたようで、すぐに地団駄を踏む。

「な……っ! 何でそんなに大人なんですか! ……むぅ~! 金枝の立場がないじゃないですか~!」

「……赤緒。何なんだこいつは。癇癪でも起こしているのか?」

「……まぁ、みたいなもので。……えーっと、かくかくしかじかで……」

 学校での出来事をメルJに伝えると、彼女は憔悴し切ったように嘆息をつく。

「……芸能人と言うのはそんなにいいものではないのだがな。苦労も多い。それに、モデル業はようやく手に入れた……安息の場所のようなものだ。簡単に誰かに成り変われるとは思えん」

「で、ですよね……。ヴァネットさん、すごく頑張っているのは知っていますし……」

「じゃあ金枝はもっと頑張ります! それじゃ駄目なんですか!」

 譲らない調子の金枝に赤緒とメルJは顔を見合わせて頭を悩ませる。

「……確かに金枝ちゃんは頑張り屋さんだけれど……」

「そういう問題でもないのだがな……どう説明すべきか……」

「ただいま帰りましたー」

 そこで玄関が開いた気配と声がしたので、金枝は弾かれたように駆け出す。

「川本さん! たのもーぅ! です!」

「か、金枝ちゃんっ! さつきちゃんも帰って来たばっかりなんだからっ!」

 大慌てで金枝の肩を引っ掴むが、さつきはと言うと一緒に帰って来たルイと困惑顔を見合わせるばかりである。

「えっと……三宮さん、何か欲しいものでもあったんですかね。一応、アイスは人数分買ってきましたけれど」

「あっ、アイス……」

 スーパーの袋に詰め込まれたアイスへと金枝が手を出そうとしてぺしっとルイに制される。

「こら。コネ宮、あんたいきなり宣戦布告とはいい度胸じゃないの」

「る、ルイ先輩……。ルイ先輩には宣戦布告してないですよ……」

「同じようなものよ。で? 何だってコネ宮がさつきに勝負を吹っかけてるのよ」

 玄関先でアイスを頬張っているルイへと赤緒はどう説明するべきか悩んでいる間にも状況は動いていくようだ。

「そ、それは……! 川本さんが“げーのーじん”だからです!」

「芸能人……? ああ、声優業のことですかね。あれは……まぁ、元々は南さんから押し付けられたものですけれど、さすがに色々出させてもらっている以上、今さらどうこうは言えないと言うか」

 頬を掻くさつきへと金枝はずびしと指差して声高く宣言する。

「ズルいですよ! 人気者なんて……! 金枝がなんばーわんなんですからね!」

「三宮さんも……声優がやりたいんですか……?」

 そう問い返されれば金枝は返答に詰まった様子で、困り果てたように声が小さくなる。

「いえ……それは……違うとも言い難いって言うか……。モデルもいいかなって……」

「声が小さいわよ、コネ宮。……赤緒、それにメルJも。どういうことなのか説明くらいはしてくれるんでしょうね?」

 アイスを舐めながらルイは詰問してくるので、たじたじになった金枝がこちらへと縋りつく。

「た……助けてください! 赤緒さん! ルイ先輩には強く出られません!」

「え……えぇ……。そんなこと今さら言われても……」

「何だ、さつきに黄坂ルイも帰って来ていたのか。三宮には困ったものなんだ」

 居間からやってきたメルJが嘆息をつくとルイがエメラルドグリーンの瞳を細めてアイスで金枝を指す。

「何だかワケありみたいじゃないの。話してみなさい」

「……け、けれど、ルイ先輩に言ったって……」

「話しなさい。それとも、赤緒やメルJに言えて私に言えないような理由だって言うの?」

 ずいっと有無を言わさぬ面持ちで迫られてしまえば金枝が耐えられるはずもない。自分だって耐えられないだろう。

 すっかり涙目になった金枝が赤緒の背中に隠れる。

「赤緒さん……説明を、お願いします……」

 こうなってしまえば金枝本人からの説明は難しそうであったので、赤緒は代わりにさつきとルイへと学校であったことを話していた。

 最初のほうこそ、どこか意味ありげに聞いていたルイであったが、やがて呆れ顔になる。

「……呆れた。あんた人気者になりたいの?」

「……それは……まぁ、はい」

「芸能人になって? 何だかそれも迂遠な方法のように映るけれど。トーキョーアンヘルで宣伝担当にでもなればいいじゃないの」

「それは……! ……何だか違うって言うか……」

「ワガママ放題ね。まぁ、まずは南を通したほうがいいわ。メルJのモデル業もさつきの声優業も南が許しているから成り立っているのもあるんだからね。まぁ、でも、いくら南でもそれを通すかどうかは――」

「うん、何? 帰ってたんだ。どうしたのよ、みんなで雁首揃えて」

 不意に声が聞こえてきたので赤緒が首を巡らせていると南の声が響き渡る。

「こっちよ、こっち。屋根の上」

「屋根の……あっ! 小河原さんも? もう! また真っ昼間からお酒飲んで!」

 軒先に出て屋根の上で上機嫌な南を発見すると、両兵も片手を上げていた。

「カタいこと言わないでってば。それよりも、何だって? 何か面白い話でもしているみたいじゃないの」

「おい、柊。気ィ付けろよ。今の黄坂、結構飲んでるぞ。酒瓶三本分だ」

 両兵が落ち着き払って口にしたところで南が赤緒の肩に手を回してくる。

「酔ってないってばぁ~! もう、両ったら言い過ぎよ」

 明らかに悪酔いしている南に話すべきか、と赤緒が迷っていると金枝が南へと真正面から向かい合っていた。

「その……! 黄坂南さん!」

「どったの? 三宮さん、いつになく真剣な感じで……」

「お願いします! 金枝をアイドルに……してください!」

 まさか頭を下げるとは想像しておらず赤緒も戸惑ってしまう。その瞬間に南の酔いも醒めた様子で、片手に持っていた杯をぽろりと手落とす。

「な……何? どういうこと……? うっ、頭痛い……! 酔っ払った状態で難しいこと言わないでよね……! 誰か代わりに説明できる?」

 縁側に座り込んで頭を押さえる南へとルイがそれとなく説明する。

「南。コネ宮はアイドルになりたいのよ」

「アイドル……? ごめん、酔っ払っているの分かって言ってる? うっぷ……悪酔いしそう……」

 どうやら酔いが回った今の南に真っ当な判断はできそうにない。赤緒はコップ一杯の水を大急ぎで台所から持って来て南に飲ませる。それを呷ってから、南は深呼吸してようやく事の次第を飲み込める頭を取り戻したらしい。

「……ありがとう、赤緒さん……。それで……えっとぉー……三宮さん? アイドルになりたいって言った?」

「はい! 金枝をアイドルにしてください!」

「……まだ酔ってるかも……」

 現実逃避をしようとする南へとルイが肩を叩く。

「南、諦めなさい。コネ宮は本気よ」

「……ちょっと待ってね……。アイドルになったとして、三宮さんは何をしたいの?」

 まずは現状の目標から聞き出さなければ話にならないと感じたのだろう。南の問いかけに金枝はきょとんとする。

「何って……“げーのーじん”になって有名になるんですよ。ヴァネットさんも川本さんもそうじゃないんですか?」

「うーん……別にさつきちゃんもメルJも有名になりたくってその職業を選んだわけじゃないって言うか……。三宮さん、他に動機は?」

「動機……と言われましても……」

 南は慎重に言葉を選んで、それで金枝を説得しようとしている様子であった。

「人気者になりたい、芸能人になりたい……大いに結構だけれど、案外それだと続かないものなのよ。メルJはちゃんと自分の居場所を確立したいって言う目的があるし、さつきちゃんだって最初こそ私の気紛れだったけれど、今はちゃんと自分から積極的に仕事に取り掛かってくれているし……」

 軽薄な理由だけでは続けられる職業ではないと伝えたいのだろう。しかし、金枝はむくれてぼそぼそと文句を漏らす。

「……じゃあ金枝はアイドルになれないって言うんですか……」

「成れないとかじゃなくって、成った後にどうなりたいか、よね。……うーん、この辺の話は本当に難しくって……私がプロデュースしたっていいんだけれど、その後なのよね。自分の意思で、どう続けたいのかってのを描けるのかって言う」

 今の話は金枝には少し難しかったのだろう。不承気にして、納得がいっていないようである。

「……金枝は……確かに理由はないですけれど……理由がなくっちゃ、何か目的がなくっちゃ駄目なんですか」

「あっ、金枝ちゃん……」

 呼び止める前に金枝は駆け出してしまう。二階に上がったところを見るに自室に閉じこもったようであったが、今のところ金枝の部屋は存在しないので大方、赤緒の部屋だろう。

「……その、南さん。言い過ぎじゃ……」

「言い過ぎくらいでちょうどいいのよ、赤緒さん。誰にだって成れるのなら、みんなアイドルを目指しているでしょう? そうじゃないって言うのは、理由も理念もなく続けられるような生易しい業界じゃないって言うことなの。……確かに、さつきちゃんは私が無理やり見出したみたいなところはあったけれど、それは素質があったからだし」

「金枝ちゃんには素質がないって言うんですか?」

「そんなことないわよ。三宮さんは充分可愛いし。……けれどねぇ。可愛いだけじゃアイドルってやっていけないはずなのよねー……」

 南の言い分も分かる。要は持て囃される以外の要因がなければ続けていられない世界なのだろう。赤緒は閉じこもった金枝へと声をかけようとして、その肩をさつきとメルJに叩かれる。

「……あっ、さつきちゃんにヴァネットさんも……」

「まぁ、何だ……。いい加減な理由であろうとも、上昇志向だけは否定はできんからな」

「私も流されるままに声優になっちゃったわけですし……三宮さんのこと、笑えませんよ」

 赤緒は南へと視線を振る。自分たちの応援を南は阻むわけでもないが、頼りにしないで欲しいとでも言うように手を振る。

「……いいんだけれど、私のコネは使えないと思ってよね。あまり根回しが過ぎるのもよくないって言うか……」

 赤緒は首肯し、自室の扉の前へと歩み寄る。

「金枝ちゃん。本当にアイドルに……なりたいんだよね?」

 扉一枚を隔てて金枝が声にする。

「……何ですか。赤緒さんも金枝なんてアイドルに……なれないと思ってるんでしょう」

「……そんなことないよ。どんなものにだってなろうとするのってすごく大事だし、金枝ちゃんの努力、私は応援したい」

「……でも、南さんは考え直したほうがいいって……」

「うん、それも分かるんだ。私たち、だって一個大きな決断をしているじゃない? 人機操主に成るって言う決断。金枝ちゃんも私たちと一緒に戦ってくれるって言う決断をしてくれたもの。なのに、これ以上強いることなんて、南さんの立場じゃできないのも分かる」

「……じゃあ、何ですか。金枝は操主だけやっていればいいってことなんですか」

「……三宮、いいか? ……私がモデル業をやりたかったのはな、逃避の面もあったんだ」

 扉をノックしてからメルJが話題に入ってくる。その発言は初耳だったので赤緒も自ずと強張っていた。

「……逃避……? あれだけ輝いてグラビアのモデルをやっているのに……ですか?」

「……全ては結果論さ。私の時にも後押ししてくれた奴が居た。そいつの助言がなければ、今も私は燻ぶっていたのかもしれない。決断は、時には誰かに背中を押してもらって、なお自分の力が必要なこともある」

「あの、三宮さん。私からもいいでしょうか……?」

 さつきが続いてノックしてから自分の話を始める。

「私の場合は……最初のほうこそ南さんに無理やりっぽくやらされていましたけれど、途中で気づけたって言うか……。自分がこのお仕事が好きなんだってことを。そうしたら、何て言うんですかね。努力が全部、輝いて見えたんです。そこに至るまでの道筋が、これまでの目線とは違っていたって言うか……上手くは言えないんですけれどね」

 頬を掻いて困惑気味に口にしたさつきに赤緒は微笑みかける。

「金枝ちゃん。みんな、一緒だよ。最初は何だって怖いし、上手く行く保証なんてない。けれど、みんなそれぞれ自分の思うようにやって来たの。私たちは金枝ちゃんのアイドルの道、応援したい。だから、出て来てくれる?」

 コン、と内側から、今度は金枝がノックする。

「……一つだけ、聞かせてください。ヴァネットさんに川本さんも……。嫌になっちゃったり……しんどくなった時……それでも自分を奮い立たせるものは何なんですか? 才能だけでどうにでもなるわけじゃないでしょう?」

「……そうだな。そういう時には……ここまで頑張って来た自分を信じることだ」

 メルJが腕を組んで目配せするとさつきも目線で頷く。

「三宮さん。頑張ったって事実は絶対に……絶対に裏切ったりはしないんです。積み上げてきたものを……自分自身が一番知っているから」

 キィ、と扉が開かれる。赤く腫れた目の金枝を三人で迎えながら、赤緒は笑顔を向ける。

「……金枝ちゃん。南さんの言う通り、上手くいく保証はないかもだけれど……やってみる価値はあると思う」

「三宮。私もできることは応援してやれると思う」

「三宮さん! 私も、何か助けになれれば……!」

 三人分の応援に金枝はすねたようにして文句を垂れる。

「……何ですか、打って変わって……。けれど、そうですね。なんばーわんアイドルになるのなら……皆さんの助言を聞いてもいいのかもしれません」

 ふふんと鼻息を漏らし、胸元を反らした自尊心もいつもの金枝そのものだ。赤緒はじゃあ、と言葉を添える。

「まずは挑戦……だよね!」

 ――と、三日前の自分に言い聞かせたとして面接会場では一人きり。勝負は自分だけのものだ。

 アピールポイントとして歌唱力、演技力、そしてダンスなどがあったが、どれも平均点より下を叩いてしまったのは言うまでもない。

 金枝は薄い合否通知を握り締めて河川敷で陰鬱なため息をついていた。

「……せっかく赤緒さんたちがアドバイスしてくれたのに……こんな薄っぺらい封筒に入っているのが合格なわけないし……」

 このまま柊神社に帰るのも悪い気がして、金枝の足は誰の目もない川面へと向いていた。砂利を掴み、そのまま乱暴に水面へと投げ捨てる。何度も、何度も。悔しくって、辛くって――それに何より至らなかった自分が、憎々しい。

 何度か投げていると不意に手がすっぽ抜けて石が明後日の方向に飛び散る。

「痛って!」

 突然の声に金枝は完全に委縮して謝っていた。

「す、すいません……! ……って、何だ。小河原両兵じゃないですか」

「何だとは、何だ。この野郎……。あのな、水切りをしたいんなら周りに人が居ねぇかどうかをまずは確かめろよな。オレ以外だったらどうすンだよ」

「その時は逃げるまでです!」

「……何で自信満々なんだ、てめぇはよ。……いいのか? 柊たちから聞いたぞ。今日、オーディションだとか何だとかだって」

「本当に、小河原両兵はデリカシーの欠片もないですね! 聞き出したんですか? 最低です!」

「……相変わらずオレへの当たりが強ぇの何のって……その様子じゃ、受かったのか?」

 その問いかけには何も言えなくなって今しがたまでの調子が嘘のようにしぼんでしまう。

「……それは、その……」

「……悪かったよ。そんなつもりで聞いたわけでもねぇンだ」

「な、何ですか! 小河原両兵がしおらしくなるなんて……気味が悪い……」

「……少し気ぃ遣ってやれば気味が悪いだの何だの言いたい放題だな。とは言え、よ。そう一発で上手く行くもんでもねぇんだろ? 芸能界ってのは厳しいって聞くぜ?」

「……分かった風なことを言うんですね、小河原両兵は」

「……その物言いじゃ、柊たちは違ったんじゃねぇの? よかっただろうが。オレは厳しい世界はとことん厳しいとしか言わねぇけれど、あいつらは違うだろ」

 両膝を抱えて座り込んだ金枝はぽつりぽつりと語り始める。

「……ヴァネットさんも、川本さんも……もっと権威に笠を着たような嫌な人たちなら、一方的に恨めたのに……そうじゃないんですね、皆さんは」

 ある意味ではこの恨み節でさえも自分の身勝手さが浮き彫りになるようで嫌になってくる。とことんまで、自分勝手に仕上がっているのだ、「三宮金枝」と言う自己は。

 両膝に顔を伏せていると両兵はそれとなく聞いてくる。

「……泣いてンのか?」

「……泣いてませんよ……! 小河原両兵の前で……涙なんて流すわけがないじゃないですか……!」

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