レイカル72 9月 小夜と過ぎ去りし夏の祭典に

「……撮影は……夏の間に冬用の宣材は撮っておいたって言うか……ほら、現場柄、夏だからって休みが取れるわけじゃないって言うか。まぁ、最近は労働環境が改善されたってもっぱらの噂だけれど」

 とは言え特撮の労働環境など小夜にしてみればほとんど知ったようで知らない世界であり、実際のところは実感しなければ分からないものでもある。

「へぇー……夏なのに冬の奴を? 大変な現場ねぇ」

 ナナ子はと言うとまだ秋口の前だと言うのに編み物をしている。器用なその手際を見ていると、夏に経験したとある出来事が思い返されていた。

「……ああいうの、何度も経験したくないわよねぇ……」

「あれ? 小夜ってばその時は解決したじゃない。イベント会場でトラブルに遭って、すぐに解決したなんてなかなかないのよ?」

「……それは……そうだけれど、私も初めてみたいなものだし……。何て言うか、あれはああいうものだって言う認識があったって言うか……」

 思い悩んでいる間にもレイカルが声を上げる。

「よしっ! 答えは3だ!」

 テレビのクイズ番組に熱中しているレイカルだったが、やはりと言うべきか答えは全然違っていた。

『答えは2500! やはりこれだけの資産を持っていらっしゃる編森グループの社長さんとなれば――』

「……って、あれ小夜のお父さんじゃないの?」

「……テレビに出るから観ておきなさいとかそう言えば今朝早く連絡来ていたっけ。パパってば、結局ああいう権力に弱いって言うか……」

「あれが割佐美雷の父親か? ……似てるのか?」

「レイカルは馬鹿だなー。大概、娘って言うのは母親似なんだよ」

「……娘は母親似……」

 じーっとレイカルが勉学に励むウリカルを視野に入れる。

「……できましたっ! どうでしょう……?」

「さすがはウリカルね。全問正解よぉ……」

 答案用紙に花丸を付けたのはラクレスで、レイカルの視線に気づいて見返してはせせら笑う。

「……あらぁ、レイカル。もしかしてウリカルと似ているところを探しているのぉ? あいにくだけれど、あなたとウリカルは似ても似つかないわぁ……。月とすっぽんとはこのことねぇ……」

「月と……すっぽん……? すっぽんって何だ?」

「……そこからなのね。ウリカルー、見ちゃ駄目よー。あなたの曇りのない眼が汚れちゃうわぁ……」

 ウリカルの目を隠したラクレスにレイカルは食ってかかる。

「何だとぅ……! 私だって月とすっぽんぽんなんだぞぉ!」

「……意味分かってから使いなさい。カリクム、あなたもあなたよ。全然、勉強が進んでいない様子だけれどぉ?」

「な……っ! これでもカリキュラムは進んだんだぞ! レイカルと一緒にするなよ!」

「……どうだかねぇ。ウリカル、次は理科の授業に入りましょうか」

「は、はい……っ!」

 勤勉なウリカルと対比してレイカルとカリクムは万年落第生でいい加減な様子である。

「……くそぅ……全然意味が分からん……! でも馬鹿にされているのだけは分かる……」

「……レイカルもその辺は面倒だよな……」

 小夜はレイカルたちの模様を眺めつつ、夏の出来事を思い返す。

「……せっかくだからってナナ子がくれたイベントの場だけれど……二度と御免って感じだったわ」

「何で? 結果、上手く行ったじゃないの」

「……それは結果論って言うか、そもそも、よ? 今年は暑過ぎてあんな人が多い場所に行くなんて……」

「ふぅーん……。でも何だかんだ上手く行ったのよね? それは私のお陰じゃないとでも?」

「……そ、それはそうだけれど……」

 濁していると奥の間で削里が駒を打つ。

「よし! 今度こそそう簡単には打ち返せないだろう」

「では」

 将棋盤を挟んでヒヒイロが容易く返答の手を打つと、削里の自信はどこへやら。一気に無言になっていく。

「……待った」

「よいですが、待ったは三度までですぞ。さて、夏時分のイベントの話でしたか」

「……あ、聞いてたんだ……」

「あれはある意味では刺激が強いものではありました。真次郎殿も滅多に外に出ないのですから、ああいう場も必須であったかと」

 当の削里は反撃する手立てがないのか、難しい顔をして将棋盤を見据えている。

「……でも、思ったよりも売れてよかったわよねぇ、小夜。案外、キャストってちゃんと見られているのね」

「それはそうでしょう。トリガーVは戦隊モノの中でも出色の出来でしたので。そのトリガーイエロー役となれば、当然、その人気もあったでしょう」

「……完全に気が抜けていたのも、もちろんあったんだけれどね……。あれは……そう、あれは強い陽射しが降り注ぐ、そんな夏の日だったわね……」

「――やって来たわよ、夏コミ!」

 ナナ子がスーツケースを携えて声を張り上げる。その気概でさえも小夜には理解できず、早速げんなりしていた。

「……あのね、ナナ子。ここに来るまでの電車、すごく混んでいたような気がするけれど……」

「そりゃー、当然! コミケは戦場だからね! ……でも、ラッシュの時間帯は避けたのに、何でそんなに疲れてるのよ」

「疲れるわよ、そりゃあ……! 一応、お盆よ? 普通はお休み!」

 小夜は東京ビッグサイトを睨む。群衆が行ったり来たりを繰り返す列を眺めるだけで猛暑に中てられそうになってしまう。ただでさえ、この日の気温は40℃近い。それなのに、行儀よく並んでいる人々には信じられない心地であった。

「……このクソ暑いのに……何でみんな……?」

「コミケ参加者はマナーが成っていますからね……。僕も一応は初参加なので、ちょっとだけわくわくしています」

「創主様! 人がいっぱいです!」

 同行した作木の肩でレイカルが飛び出す。慌てて小夜は制そうとしたが、ナナ子のスーツケースからカリクムがひょっこりと顔を出す。

「へぇー、本当に人が多いのね……」

「カリクム! ……あんた、ここで見られたら……!」

「大丈夫じゃない? 案外、コミケ参加者はお互いには無関心……いえ! そこは同じ戦場を行く者へと捧ぐ鎮魂歌……! 参加者は志を同じくした文字通り“戦友”として! リスペクトがあるのよ!」

 拳を固めて熱く語るナナ子を他所にへぇー、と感嘆の息を漏らしたのはヒミコであった。

「私、ビッグサイトってはじめてかも。……こういうイベントの場って案外来ないのよねぇ」

「ヒミコはどっちかと言うと行政の側の人間だからな。それにしても、コミケ、か。……古傷が疼く気分だな」

 涼しげな格好をしたヒミコに相反するかのように、削里はいつも通りの黒い長袖長ズボンである。

「……あんた、見ているだけで暑そうよ、真次郎。もうちょっとラフな格好にしなさいよ」

「俺の戦闘服はこれなんでね。悪いが崩す気はない」

「……いいけれど、熱中症に成ったら自己責任だからね。……さて、一応は学生と教授と言う関係性だから、言っておくことは言っておくわね。今日一日を無事に過ごすこと! 水分補給はこまめにね!」

「そして戦利品はちゃんと確保すること! サークル様には迷惑をかけないように千円札、五百円玉と百円玉、十円玉のストックは充分よね?」

「……一応、言われていた通り下ろしておいたけれど……そんなに買い物でもするの?」

「何を言ってるのよ、小夜! 私たちだって参加者なのよ? 小夜はレイヤースペースで着替えをすること!」

「……ねぇ、本当にやるの? 他人の目があるところで衆目に晒されるなんて……」

「何を言ってるの! せっかくコスプレ参加の許可を得られたんだから! なかなかないわよ? 本人降臨、って具合にね!」

 ナナ子の言うことは半分も分からないが、分からないほうがいいのではと言う気がしてくる。

「……まぁ、そんな自信満々に言うのなら……うん」

「作木君は企業スペースに用があるのよね?」

「あ、はい……。この間携わった立体物が出ているようなので……」

「私たちはこっちに行くぞ! また夕方合流だ! 割佐美雷!」

 レイカルと作木を見送ってから、小夜は困惑し切ってしまう。

「……ここまで来るだけで充分に疲れたってば」

「勝負はここから、いいえ! 夏コミはいつだって戦場! コミケ雲が見られるかもしれないわ……縁起物よ!」

 小夜は見渡した参加者の数々の汗から生成されると言う、伝説のコミケ雲なるものを伝え聞いただけで憔悴してしまう。

「今からでも帰ることは……」

「そうはさせないわ! 任せなさい! 自分の頒布物ももちろん、あんたのブラジャーからミサイルまで面倒看てあげるんだから!」

 道を塞いだナナ子に押し出される形で小夜はレイヤースペースへと赴く。

 ナナ子の用意した衣装はトリガーVの変身前のものであったが、公式の衣装に比べると少し露出度が高いような気がする。

「……ナナ子、気のせいじゃなかったらあれなんだけれど、肌色見えやすくなってない?」

「小夜、ちゃんと露出対策はしてよね。肌色のインナーはあるでしょうに」

 予め差し出されていたインナーは露出対策と呼ばれ、間違ってもポロリしないためだと言う。

「……はぁ、憂鬱。……とは言ってもお盆なんてお休みなんだから、別に何かをするってわけでもないんだけれど」

(小夜さん、お父さんのご実家に帰らないんですか?)

「いや、それはそれで湿っぽいって言うか……。私があまり長居するとパパもママのことを思い出して……?」

 小夜は鏡に映らない浮遊する人影に目を見開く。

(あっ、どうも~♪ お盆なので化けて出て来ちゃいました~うらめしや~)

「あ、あんた……カグヤ……!」

 どんと更衣室で背を打ったので慌ててナナ子が扉を叩く。

「小夜? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だから! ……一応は……」

 手を振るカグヤに対し、これまでも何度か対処はしてきたはずだと落ち着くように努める。

(あれ、何だか反応悪いですよぅ)

「……あんたが化けて出たからでしょうが。……うん? って言うか、お盆だからって言うと……」

(小夜さん、お盆と言えば心霊番組、心霊番組と言えば私っ! そう! お化けです!)

 幽霊と言うのはここまで愛想よくなれるものなのかと頭痛を覚えつつ、小夜はため息をついていた。

「……あんたねぇ。ただでさえ狭いって言うのに……」

(大丈夫ですよ~。ほら、私透けちゃってますので! あっ、これも幽霊ジョーク!)

「……まぁ狭いって言うのは撤回するわ。って言うか、着替えるから出てってよ!」

(いやですねー、小夜さん。私も女ですよ?)

「女同士だからって見られるのはいい気はしないんだってば……。いや、そもそも幽霊なんだから、関係ない……?」

 いやいや、と頭を振って調子を取り戻してから小夜は着替えを進めつつカグヤへと尋ねる。

「……で、あんたが出てきた理由ってのはもちろんあるんでしょ」

(ところがですね……今回はあまり関係がないのです! 何ででしょう? 普段は……)

「普段は私とカリクムの間に介在するハウルが形を伴ったもの……主にカリクムの不安だとかの具現化だって言うんでしょう。でも確かに。今回に不安を覚える要素はない……わよね?」

 疑問符を挟むとカグヤもうんうんと頷く。

(そうなんですよねー……。何ででしょう? 私自身、やっぱりお盆だから化けて出てもいいってことになったんでしょうか?)

「いや、知んないってば……。はぁー……ただでさえ憂鬱だって言うのに、あんたみたいなのが出てきたってなると余計に不安って言うか……」

(小夜さんっ! ファイトですっ!)

 更衣室から出たところでナナ子が待ち構えている。もちろん、カグヤは見えていないようだ。

「長かったわね。……どれどれー……うん! 私の採寸に狂いはなかったわね! 小夜の増えた分の体重も加味済みよ!」

(さすがはナナ子さんですねー。まさかちょっと増えた分まで理解しての採寸とは!)

「……二人して増えただの肥えただの勝手言ってくれちゃって……」

「二人? ……まぁ、でも露出対策も万全! コスプレスペースは限られているから。あっ、これちゃんと水分はこまめに取ってね? それとお腹が空いたらこれと……」

 クーラーボックスいっぱいの水分と空腹時のための非常食を差し出され、小夜は戸惑ってしまう。

「って、ナナ子……一緒に来てくれるんじゃないの?」

「私もスペースに少しは居ないと。もちろん、小夜一人にはしないするつもりだけれど、戦利品も漁りたいしねぇ……。そうだ! 三十分だけ! 三十分だけお互いの時間を作りましょう!」

 ナナ子に押されてコスプレスペースへと進んだところで早速カメラ小僧から声をかけられる。

「すいません! それってトリガーVのトリガーイエローコスですか? あっ、もしかして……割佐美雷役の……」

 困惑し切っていたところでナナ子から助け船を出される。

「そっくりさんです!」

 その一言でどうにかなってしまうのもどうかと思ったが、一応オフィシャルではない形なので小夜にしてみても答えるとすればそれしかない。

「ポーズお願いしまーす!」

「目線こっちで!」

 カメラを四方八方から向けられ、小夜は変身アイテムを構えながら何度もポーズを取る。写真に撮られるのは慣れたつもりだったが、それでも異様な熱気だ。参加者から噴き出したとしか思えない熱量に、小夜は中てられてしまう。

「……えっと……そろそろ戻らないと……」

「こっちもお願いします!」

「こっちも!」

 矢継ぎ早に声がかけられ、小夜は困り果ててしまう。その瞬間であった。

 びりっ、と何かが破れた感覚が伝わる。

 まさか、と小夜はポーズを取りながらそれとなくスカートのウエスト部へと指を当てる。

(さ、小夜さん……! 腰の部分が破れちゃってます!)

 カグヤの声に小夜は愛想笑いを浮かべつつ、どうするべきか、と思案を浮かべる。

 つい十分前にナナ子とは別れたばかり。この状況では助けも望めない。しかし、カメラは全方位から囲んでくる。不自然な動作をすれば一発でバレてしまうだろう。

 どうする、どうする――急く思考回路に、焦りばかりが浮かぶ。

 そんな中で不意にカメラマンの一人が首を傾げる。

「おいこれ……何か写ってないか……?」

 終わった――と思った瞬間、カメラマンが青ざめる。

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