レイカル72 9月 小夜と過ぎ去りし夏の祭典に

「これ……写っちゃいけない奴じゃ……!」

 その一人の声を嚆矢として囲んでいたカメラマンが遠ざかっていく。目を凝らせば、カグヤが必死に呼吸を我慢して小夜のスカート部が見えないようにカメラを塞いでいた。

(さ、小夜さんは私が……お守りしますー……!)

 カグヤは自分にしか見えないはずであったが、電子機器を通せば見えてしまったのだろう。その結果、人波が引いた瞬間を狙い、ナナ子が置いていったスーツケースを広げる。その中にあった補修用のテープでようやく修繕したその時にはカグヤの影響かカメラマンはまばらになっていた。

「……ありがと、カグヤ。もう大丈夫だから」

(ほ、本当ですか……? よかったぁ……!)

 力が抜けた様子のカグヤに小夜は笑いかける。

「……何だって幽霊のあんたがそこまで必死になってるんだか」

(だってですよ? 小夜さんのあられもない姿が撮られちゃったら……私の責任って言うか……)

 指をちょんちょんとしながら言い辛そうにするカグヤに小夜は馬鹿ねぇ、と笑いかける。

「何でトラぶった私よりもあんたのほうが困ってるのよ。……ま、助かったわよ。ありがとう」

(えへへっ……褒められちゃうと照れますよぉ……)

「調子いいんだから、まったく。……さて、残り二十分ほど。頑張るわよ!」

(はい……っ! って、幽霊の私が言ってもしょうがないんでした。ふふっ、幽霊ジョーク♪)

 今だけはカグヤのどこか空気を読み切れないジョークもいいものだと思える。小夜は再び変身アイテムを構え、カメラに応じる。

「よろしくお願いします!」

「――う、売れたぁー……。あれ? 作木君、結構戦利品多いわねぇ」

「そ、そういうナナ子さんも……」

 お互いに自分の思う戦利品は違っていたが、この戦場にまで来ればまさに戦友そのものだ。肘で小突き合いながら小夜の下まで向かうと人垣ができている。

「あれ? どうしたんですか? これ……」

「ああ、何だかトリガーVのイエローのそっくりさんのレイヤーが見れるって話なんだけれどここだけの話……幽霊も一緒に見えるとかで」

「幽霊も?」

 作木はナナ子と顔を合わせる。まさか、と思ったその時にはお互いに青ざめ、人垣をかき分けて小夜の下へと向かっていた。

「小夜さんっ!」

「小夜っ!」

「……あれ? 作木君とナナ子じゃないの。遅いわよ、二人とも!」

「そ、それは申し訳なく……って、あれ? 大丈夫……なんですね」

「何がよ。……ま、ちょっとしたトラブルはあったけれどそれも解決したわ」

「……意外。初参加の小夜が上手く行くなんて……」

「まぁ、助け合いよね。その話は打ち上げでしましょう」

 カメラマンの指示で小夜はノリノリでポーズを取る。それを目にしながら、作木とナナ子は困惑の視線を向け合っていた。

「……ま、後でいくらでも喋ってくれるでしょ。今は、ね」

「……ですね。この夏を楽しんでくれているのなら」

 それに越したことはない、と作木とナナ子は遠巻きに小夜の活躍を眺めていると不意に後ろから声をかけられる。

「あら、編森さん、上手くいっているのね」

「高杉先生……って、あれ? その荷物は……?」

「戦利品よ。あなたたちもでしょう?」

 ヒミコの戦利品は何なのだろう。自分たちはそれぞれの趣味の品物であったが、ヒミコの趣味とは、とそこまで考えたところで汗まみれの削里がぜいぜいと息を切らす。

「……ちょっと……あまりにも広いな……」

「もやしっ子ねぇ、真次郎。これくらい、何てことないって言い切りなさいよ」

「……俺はインドア派……なんだよ……」

「真次郎殿、水分補給は大事ですぞ」

 スーツケースからお茶を取り出したヒヒイロに荷物を抱えた削里は応じる。

「……すまん」

「削里さんも大荷物ねぇ……。まぁ、案外? 夏の祭典は分からないものね。それぞれの趣味って言うものは」

「ですねぇ……」

 お互いに戦利品を見せ合うのは帰ってから――そう、帰るまでが夏の祭典、コミケそのものだ。

 それぞれ楽しみにしつつ、暮れていく西の空を眺めるのであった。

「――じゃあもう帰るから」

「もう帰るのか? ……もうちょっと居てくれても……」

「駄目よ。仕事があるもの。……ねぇ、パパ」

 小夜は帰り支度を整えてから視線を逸らしつつ尋ねる。

「うん? どうかしたかい?」

「……私ね、この季節、正直嫌いだったの。湿っぽいし、どうしたってママが死んだのからは逃れられないし。……けれどね、そこまで嫌でもなくなったかも」

「……小夜の頑張りは見ているだろうね。母さんも」

「……行ってくるわ」

 実家を後にしてからその後ろ姿に追従する声を聞く。

(いいんですか? もっとゆっくりしていっても……)

「いいのよ。人には人の関わり合いって物があるんだから。それに気づけたのは……ま、一因が幽霊との交流のお陰、なんて言えないけれど」

(私のお陰ですか? これも幽霊冥利に尽きますね!)

「あんたの幽霊ジョークは聞き飽きたってば。……まぁいいや。一緒に帰りましょうか。日常へと」

(小夜さん。私っ、もっと出て来てもいいですか? お盆だとか、そういう特別な時以外でも……)

「……いいけれど、あんた、これ」

 スクロールしたのはフリマサイトに出品されている自分のコスプレ写真だったが、カグヤが写り込んだと思しき写真には一言コメントで「本物の心霊写真です!」と添えられプレ値が付いている。

(わっ……! 私だぁ……っ! よく撮れてますね!)

「いや、心霊写真呼ばわりされているけれど……。まぁ、あんたの底抜けの明るさだけは評価してあげるわよ」

 ぽち、っと競り落としてから小夜はナナ子との共同生活に戻るべく歩みを進める。

(すごいですね! 私、もう幽霊だから写らないんだとばかり……! 心霊写真って本当にあったんだ……!)

 行き帰りは付きっきりの口うるさい相棒の幽霊と一緒に。

 それくらいの喧噪が、夏の祭典の後には相応しいはずなのだから。

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