「……コネ宮が赤緒の買い物に付き合ったとかで。その時に日記帳を買ったんだって。けれど、家に帰ってから何度か赤緒の部屋には入ったけれど、一度も見たことがないって言って……。つまりそれは、赤緒にとって不都合なことが書かれている可能性が高いのよ」
「まさかルイちゃん……それを盗もうとかって……」
「……赤緒の弱みとお菓子のカロリーは多いだけお得なのよ。そうじゃなくっても、私は赤緒から厳しい制限を受けているんだから」
エルニィとルイは赤緒に小遣いを完全に掌握されているのは誰もが知っていたが、まさか水面下でそのようなことを仕出かそうとしているのは想定外である。
「でも、ルイちゃん。赤緒さんがそう簡単に尻尾を出すとは……」
「行動は早いほうがいいわ。今晩、仕掛けるわよ」
「ちょ……っ! ちょっと待って! ……何だか私まで仕掛けることになってない?」
「……あんた、確か中原ほにゃららとか言ったわね……?」
「何で疑問形……? 名前覚えてくれていなかったの?」
「影が薄いから覚えていなかったわ。いっつも自称天才と四人セットなものだから、似たり寄ったりだと思ってね」
「ひ、ひっどい……」
「じゃあメカニック二号でいいわよね?」
「に、二号……?」
とんだ言い草だったが、ここまで聞いてしまったのだ。逃げ出そうとすれば手痛いしっぺ返しが待っているに違いない。
「……メカニック二号、今日の深夜に準備をなさい。赤緒の部屋に侵入するわよ」
――時間が経つのは早いもので、すっかり夜が更けた頃合いにルイと月子は格納庫の前で示し合せていた。しかし、ルイの容貌に月子は絶句する。
「る、ルイちゃん……その格好は……」
「知らないの? 日本の怪盗のフォーマルファッションよ」
緑色のほっかむりを被ったルイは怪盗と言うよりかはただの小汚い泥棒であったが、自分もこれから同行するのだから強くは言えない。
「……けれど、赤緒さんは寝ているかな……?」
「赤緒はさすがにこの時間には寝ているわ。元々、勤勉なようで全然勉強もしていないし。そのくせ、テスト期間だからとか何だとか口うるさいし……」
ぶつぶつと文句を漏らすルイに月子は微笑ましく感じる。
「……赤緒さんのこと、ルイちゃんはよく見てるんだ」
「メカニック二号のクセにうるさいわね。……青葉に比べれば、赤緒なんて全然よ」
そう言えば青葉は寝食を忘れてよく人機に関して勉強をしていたかと思い返す。青葉には人機への深い愛情があった。赤緒にないとは言っていないが、青葉にとっての《モリビト2号》はただの人機と操主と言う関係性ではなく――。
キィ、と扉を開くと赤緒が寝息を立てている。
躊躇えば、それだけで勘付かれる可能性が高い。ルイに続いて抜き足差し足で忍び込むと、赤緒の部屋は女子らしいファンシーな色合いが基調なのだと月子は感嘆していた。
「女子の部屋……って感じだね……」
「二号も女子じゃないの」
「……私はほとんどシールちゃんや秋ちゃんと同部屋だし……。着飾るとかあんまりなかったから。こういうのって平和ってことなのかなぁ」
「平和だから、日記帳なんてわざわざ隠すんでしょう? えーっと、ここの棚が開かないわ。二号、持って来たわよね?」
月子はすっとピッキングの道具を差し出そうとして、これはいいのだろうかと思い悩む。
考えてみれば、操主とメカニックの領分を冒してまでやることなのか、と言う逡巡と何だか一般的な善悪論に板挟みになって戸惑う。
「何やってるの。早く渡しなさいよ」
「……あのね、ルイちゃん。やっぱりよくないんじゃないかなぁ……。だって、赤緒さんだって知られたくない秘密の一つや二つ……」
「だからこうしているんじゃないの。本人が気づく前にすぐ終わらせないと……!」
「――終わらせないと、何なんですか?」
ルイと月子は顔を見合わせて硬直する。明かりが点き、赤緒がすっと起き上がっていた。
「……ちょっと部屋を間違っちゃって……」
「そんな言い訳が通用するとでも? ……まったく、金枝ちゃんが気をつけるようにって言ってくれていなかったらどうなっていたか……」
まさか、とルイと月子は視線を合わせる。
「……裏切ったわね……コネ宮……!」
「――で、あんたらは結局、赤緒さんの秘密のためにこうして晒し者ってわけ」
せんべいを頬張りながらこちらに言葉を振った南に、月子はため息を漏らす。
首から下げられた板には「私は恥ずかしげもなく盗っ人を行いました」と言う反省文を書かれており、ルイもそれは同様であったが全く気にしていないかのように朝食を取る。
「……赤緒、おかわり」
「知りませんっ! 泥棒さんにおかわりはなしですっ!」
「……横暴よ。黙秘権を行使するわ」
「……絶対、意味分かっていませんよね……?」
朝食を終え、月子は反省しながら格納庫へと戻ろうとして不意に呼び止められていた。
「待ちなさい、メカニック二号」
「……ルイちゃん。さすがに二号って言うのは……」
問い返す前に投げられたものを月子はキャッチする。どこから盗み出して来たのか、イチゴ味の飴玉であった。
「……あんたの名前、できるだけ早く覚えるように努力するわ。メカニックって自称天才と合わせると四人も居て厄介なのよね」
飴玉に視線を落としつつ、もうと月子は仕方なしに嘆息する。
「……何だか拍子抜けかも。メカニックのことはメカニックのこと、操主のことは操主のことって思っていたから」
「何よ、今さら。柊神社で身を寄せ合っているって言うのに、冷たい考え方ね」
「……だったのかも。こういう悪ふざけもたまにはいいよね」
するとルイが不意に歩み寄る。間近の少女の麗しいかんばせに、同性である月子でさえもどきりとしていた。
「悪ふざけならいつでも歓迎よ。ただし、それがどんな結果になるかは保証しかねるけれどね」
くるりと身を翻し、ルイはさつきへと合流する。
「あっ、ルイさん。……そのまま登校するんですか?」
「赤緒から一日はこの格好で居ろって言われたもの。盗みを働いたのは悔しいけれど事実だし」
「……私が恥ずかしいんですけれど……」
石段を降りていく学校組を見送ってから、よしと月子は気合を入れ直す。腕まくりをして格納庫に入ると、おや、とシールがこちらに目線を振り向ける。
「おい、月子。どうしたんだよ」
「ああ、これ? ……ちょっとした名誉の負傷と言うか……」
「いや、首から下げてる板だけじゃなくって。デコ」
「おでこ……?」
シールが差し出した鏡に映し出された自分の額には「2」と書かれている。さては先ほどのルイの仕業だな、と思い知ったその時には少しだけくすぐったい。
「……でかでかと“2”なんて。さてはしてやられたな? 月子」
「……まぁけれど、覚えてもらえればいいし……これから、ね?」
悪ふざけもじゃれ合いも一つの歩み寄りの手段ならば、それをメカニックだから、操主だからと分けるものでもない。
「さぁーて! 今日も一日、お仕事頑張ろっか!」
飴玉を口に放り込み、月子は今日もまたメカニックの業務に気合を入れる。
ここもまた、柊神社の一部なら、自分たちだっていずれは赤緒やルイたちと肩を並べ合って笑い合える日はそう遠くないのだから。
口の中の広がるイチゴ風味の悪ふざけを味わいつつ、月子はその日を心待ちにするのであった。