JINKI 320 特別な世界があるから

「……駄目だ、青葉……!」

 ぴたり、と刃が止まる。それを信じられない心地で眺めていたのはほかならぬ青葉自身だ。

「……こう、せ……?」

「青葉……」

 絶句する。

 振り向いた青葉の相貌には、ほとんどの感情を削ぎ落した純然たる操主としての狂気が宿っていた。

 その表情と一秒も顔を合わせていなかっただろう。すぐさま反撃に転じた二機の《ポーンズ》によるプレッシャー兵装の連撃に《プロトトウジャ》が悲鳴を上げる。

「……ぐぅ……っ!」

『性能では、こちらが圧倒的に有利ィッ! 舐めるなよ……!』

 遠距離からの《ポーンズ》のプレッシャー兵装の間断のない攻撃に青葉の額に汗が滲む。広世はその瞬間、下操主席へと潜り込んでいた。

「広世……?」

「今の青葉には必要だろ! ……ちょうどいいことに電脳も排除されている。なら……俺がトウジャに乗らない理由なんて、ないよな……!」

 操縦桿を握っていたAIサポートの機材を引っぺがし、広世は下操主席に入る。すると、脈打つトウジャの鼓動を感じ取っていた。

「……ごめん。お願いできる?」

「任せとけって! ……性能に胡坐掻いてる奴らなんかに……俺たちは負けない!」

「……ファントム!」

 超加速度で《ポーンズ》が大写しになる。広世は下操主席のペダルを踏み込み、トウジャの特性である下半身の伸びやかさを利用して《ポーンズ》の頭上を飛び越える。青葉がブレードを振るい、《ポーンズ》の頭頂部を引き裂いていた。

 コックピットは割っていない。だが、操縦をサポートする電脳部分は無事では済まないはずだ。

「こんのぉ……ッ!」

 体当たりを浴びせ、《ポーンズ》の姿勢制御をぶれさせる。もう一機の《ポーンズ》の放ったプレッシャー兵装が逆に同士討ちを誘っていた。

 互いに肩口を撃ち抜き、敵の連携に乱れが生ずる。

「広世……!」

「ああ……! 見せつけてやろうぜ! 俺たちは……こいつらなんかよりも何百倍も……人機のことを理解してるってな!」

《プロトトウジャ》が再び、加速度の中に掻き消える。《ポーンズ》二号機を操る相手は恐慌に駆られたようにそこいらへと無茶苦茶に乱射する。

『この……! この……! 骨董品風情がァ……ッ!』

「骨董品だとか、ガラクタだなんて関係がない……! あなたたちは私たちを怒らせた! この子も……怒ってくれている。だから、広世……っ!」

「請け負った……!」

 下段よりブレードを振るい、《ポーンズ》の肘から先を両断する。すぐさま返す刀で一閃。血塊炉を突き抜けた刃が、《ポーンズ》二号機を貫く。

『馬鹿な……! この《ポーンズ》は……最新鋭機なんだぞ!』

「そういうところが、性能に胡坐掻いてるって言ってるんだ。俺と青葉なら、そんなものぉ――ッ!」

《プロトトウジャ》が機体の奥底から吼え、重量差を物ともせずに《ポーンズ》を持ち上げる。恐怖した相手の操主が《ポーンズ》から緊急射出され、人機から勢いが削がれていく。

「……終わったみたいだな」

 操縦桿を握り締め、広世は青葉へと振り返り損ねていた。

 今、振り返った青葉は自分のよく知る彼女なのか、それとも――。

 だが、そんな迷いを振り切るように青葉がしゃくり上げる。

「……何で泣いてるんだよ、青葉……」

「だって、だってぇ……っ! 広世が死んじゃうかもしれなかったんだよ? ……私、そんなの……!」

「……馬鹿だな。フィリプス隊長や山野さんも言ってたろ? 俺はそう簡単には死なないよ」

 ようやく振り向ける。

 涙ぐんだ青葉に広世は微笑みかけていた。

「……本当、に……?」

 今の青葉には普段にはない、脆さが垣間見えていた。

 きっと、ずっと無茶をしてきたのだろう。“黒髪のヴァルキリー”だなんておだてられていても、彼女は変わらぬ――自分の恋した一人の少女なのだから。

「嘘は言わないって。……さぁ、帰ろうか、青葉。ちょうど……腹も減ってきたところだし」

 きゅぅ、と空気を読まずに鳴く腹の虫に今は少しだけ感謝しつつ広世は黎明の光を照り受ける。

 ラ・グラン・サバナにまた、朝が訪れようとしていた。

 ――《プロトトウジャ》の返還は思ったよりも三日も早まった。

 それはウリマンアンヘルにしてみても恥部であった強硬派を抑え込む意味合いがあったのだろうし、他にも理由はあったのだろうが、それは自分たちには関知しないところだと広世が表に出たところで青葉が佇んでいる。

「……青葉、あのさ……」

 声をかけようとして青葉の瞳が涙を湛えていることに気づく。

「……あっ、広世……ごめん、ちょっとね」

 何でもないように微笑む青葉に広世は胸を痛めて尋ねる。

「……《プロトトウジャ》と離れるの、嫌なのか?」

「……分かっちゃうんだね。うん、何だか現金と思われたらそこまでだけれど……愛着もわいちゃって。もちろん、雷号が帰ってくるのは嬉しいんだよ? けれど……《プロトトウジャ》は……あの子はずっと、ずっと戦う日を夢見て……」

 青葉と自分とでは見ている世界が違うのだろう。

 人機にそこまで寄り添えるだけの心も、ましてや技量も違う。その上で愛着など、他人に言えた義理ではないのだろう。

「あっ、そうだ。これ、返すの忘れてたね」

 青葉から差し出されたのは自分が思い至って書いた走り書きであった。一丁前に「これらがトウジャタイプを扱う時の心得!」とまで文末に記されていたのはむず痒さを覚える。

「……ああ、これ……何だかカッコつかないよな。結局助けられておいて……」

「ううん。これがあったから、私……あの子のこと、ちゃんと想えたんだと思う。広世を助けられたのもきっと、このメモに励まされたから」

「……じゃあ、まぁ、受け取っておいてくれよ。俺なりのその、言えることなんて少ないけれどさ。トウジャに関してだけなら、青葉よりも……そうだな。それっぽい言葉を使うのならきっと」

 ――愛せるのだから、と。

 そう紡いだ自分に青葉は一瞬だけ茫然としていたが、やがて大輪の笑みを咲かせる。

「だよね……! 人機を愛せるのなら、きっと……!」

 どこまでも行けるはずだと言うように青葉は両腕を広げる。

 正直なところで言えば青葉ほど人機を愛せるわけでもない。ただ、自分にとっての特別があるように青葉にとっての特別な世界があるのだ。

「……なら、俺は貫かなくっちゃな。俺にとっての特別……ってのを」

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