「こんなザマじゃ、コネ宮は確実に補修……いいえ、もっと悪いことになるかもしれないわね。高校からドロップアウトしたら、そこから先は転落人生……不良まっしぐらよ」
どこから聞きかじった情報なのかは分からないが、恐らくはテレビドラマの影響だろう。その言葉でさぁっと金枝が青ざめる。
「て、転落人生……。か、金枝も不良になっちゃうんですか……?」
「金枝ちゃんっ! それはルイさんの勝手なイメージで……」
「けれど、赤緒にしてみても同級生が落第なんてなったら困るでしょう? ここはまず、客観的に学力を見るべきよ」
困ったことにルイの発言には言い過ぎな部分はありつつも間違いではないのだ。まずは金枝の基礎学力が分からなければ話にならない。
「じゃあその……この問題集を解いてみて。金枝ちゃんの学力がこれで大体は分かると思う」
ちょうどさつきの使っていた問題集があったので赤緒はそれを差し出す。高校一年生なら中学生レベルの学力があればそれなりに応用も利くはずだが――。
「分かりました……! 解いてみせます!」
「――これもバツ。これも、これも……。コネ宮、あんた本当に駄目なのね」
一時間で三科目の採点を終えたところでルイがため息を漏らす。赤緒もまさかの金枝の学力水準に閉口していた。さつきが何かしら気の利いた言葉を探ってあうあうと発し損ねている。
「で、でも……! 三宮さん、漢字は満点ですよ! よかったですね!」
「漢字だけできても現代文の一割の点数にも満たないわよ。それに……まるでちぐはぐね。難読漢字は読めるのに、一般的な国語力は皆無なんて」
「そ、その……難しい文字はよくお爺様が……読んで聞かせてくれていたので……」
結果として浮き彫りになったのは金枝の現在の学力では小テストの平均点どころか、赤点ラインでさえも危ういと言う事実だ。赤緒は頭を抱えて考えを巡らせる。
金枝の順調な学校生活こそが、自分にとっても平穏な生活に繋がる――そう考えていただけに思ったよりも落胆が大きい。
「金枝ちゃん……このままじゃ本当に補修になっちゃうよ」
「そ、それは困ります……。金枝は勉強もぱーふぇくとなのだということを示さなければいけませんから……。それに……あまり成績が悪いと、色々と都合をつけてくださってくれている南さんに申し訳が立ちませんし……」
「よし。いい方法を思いついたわ」
ルイが今しがたまで使っていた鉛筆を軽く削ったかと思うと、それぞれの面に油性ペンで数字を書き付けていく。
「る、ルイさん……? それは……」
「どうしようもない愚図で間抜けなコネ宮でも答えに辿り着ける魔法のアイテムよ。これで振ると……ほら、1から6までの数字が出るでしょう?」
コロンとルイがペンを振る。まさかの運任せかつ願掛けアイテムに赤緒は肩を落としていた。
「る、ルイさん……。こういうのってあんまりよくないって言うか――」
「すごい! ルイ先輩はやっぱり天才ですね! これなら答えに困らないじゃないですか!」
金枝が目を輝かせて願掛け鉛筆を天高く翳して何度も転がす。ともすれば真面目にこれまで生きてきた金枝にしてみれば、このようないい加減な代物そのものが珍しいのかもしれない。
「……けれど、四択問題とかならこれでどうにかなりますが、大変なのは記述問題ですよね……。それはどうするんです?」
さつきが隣のルイに問いかけると、ルイはうーんと呻ってからそうだと手を叩く。
「コネ宮は記憶術を心得ているかしら」
「記憶術……ですか?」
疑問に首を傾げた金枝と赤緒は視線を合わせる。ルイは蛍光ペンを取り出すと日本史の教科書の重要そうなワードに片っ端から線を引いていく。
「線を引いた箇所だけ覚えなさい。それ以外の部分は文脈以外は無視していいわ」
「そ、それってつまり……」
「つまりは――ヤマを張る、と言うことね」
ある意味では古典的で、なおかつ有効策ではあったが、それは試験勉強をしていると呼べるのだろうかと赤緒は疑問視する。
「あの……! それって勉強とは別のところなんじゃ……」
「これも立派な勉強よ。暗記して覚えるって言うね。コネ宮、できるかしら?」
「とは言っても、片っ端から覚えるって言うのは……」
懐疑的な自分に対し、金枝は画期的な勉強法を見つけ出したかのように目をキラキラとさせている。
「すごいっ! すごいですっ! これなら最低限の勉強だけでいいですし……やはりルイ先輩は天才ですか……っ!」
「安心なさい。よく言われるわ」
「か、金枝ちゃーん……。これって結構、よくある奴って言うか……」
「金枝、俄然やる気湧いてきました! これで明日の小テストは完璧ですね!」
やる気が湧いたのならばいいのだが、赤緒にしてみればそれはどれもこれも不安定なものにしか見えない。1から6までの鉛筆も、ヤマを張ることも何だか上手い具合に騙された気分だ。
「……まぁ、金枝ちゃんが納得しているのならいいのかな……」
すると不意にルイはふわぁと欠伸を噛み殺す。
「……眠い。もう寝るわ。おやすみ」
結局ルイに引っ掻き回されたばかりで、金枝は肝心の勉強をほとんどしてない。
「……終始、ルイさんのペースでしたね……そう言えば、赤緒さんは何でこんな時間まで起きていたんですか?」
ハッとして、赤緒は今さらな事柄を思い返す。
「……私も試験勉強していたんだった……。だって言うのに……ああ、もうっ! 全然勉強できてないよ……」
焦燥に駆られるももう朝までそんなに時間もない。徹夜するだけの猶予もなく、赤緒は諦めてとぼとぼと自室へと戻ることにしていた。
「……まぁ、でも……さすがに勉強しているし、赤点なんてことは……――」
「――ええっ! 赤緒、補修なの?」
「まぁ。赤緒さんにしては珍しいですわね……。具合でも悪かったんですか?」
マキと泉に言葉を投げかけられ、赤緒は憔悴し切った様子で返答する。
「……まぁ、ちょっとあって……」
「へぇー。万年真面目な赤緒でもミスすることもあるんだ。それに比べて……」
隣の席の金枝は満面の笑みでピースサインする。
「どうですか! 満点ですよ! ふふーん♪ やっぱり金枝はぱーふぇくとですね!」
運が良かったのか、それとも本当に勉強したのか、あるいはヤマが当たったのかは全て闇の中ではあったが金枝は百点満点の答案を誇示する。
「うぅーん……真面目なだけだと損をするのかなぁ……」
「そんなことありませんわ。赤緒さんも今回はちょっと運が悪かっただけですよ」
「そーだって。私だって赤点ギリ回避くらいだもん」
二人に慰められながらも赤緒はこれから先の補修が憂鬱で仕方がない。何せ――日本史の担当は他でもなく、担任の八城ジュリなのだ。
「遅いぞー、赤緒ー。ほぉら、補修来るー」
「……ま、女王バチに目を付けられたのは同情するかな……」
マキに肩を叩かれ赤緒は指で髪を巻く。
「こんなこともあるのかなぁ……」
「赤緒さん。補修が終わるまで待っていますから。いつもの喫茶店で待ち合わせしましょう」
一時間程度の補修なのでそれほど痛くはないのが不幸中の幸いだが、それでも赤点以下を取ってしまったのは自分の中では厳しい。
「……じゃあ、行ってくるね……」
「あっ、赤緒さん……!」
不意に金枝に呼び止められ、赤緒は足を止める。
「どうかした?」
「いや、えっと……。赤緒さん、待っていますからね。喫茶店でその……今回、金枝は運が良かっただけなのも、自分でも分かっているつもりですし。だからその、教えてくれませんか? 試験勉強の正しいやり方……ルイ先輩や川本さんとも、もう一回したいですから」
どうやら今回の結果で天狗になったわけではないようで、金枝も殊勝らしい。頬を染めてもじもじと言ってくるので赤緒は少しだけ微笑ましかった。
「……うん。じゃあ、今度は一緒にやろっか! 試験勉強はだって、学生ならずっと付き纏うから、今度こそ、ね!」
「は、はい……! 今度こそ……!」
約束の指切りを交わす。何だかこんなことで精一杯になれるのも恐らくは学生だけの特権なのだろう。
もし――時が過ぎればどうなってしまうのだろうか。
高校生でもなくなって、大人になって――その時にもこうして、取り留めのない約束事で省みられるのだろうか。
きっと、そのほうがいいはずだと赤緒は胸中に結ぶ。
足をもつれるような慌ただしい日々でも、前を向いて歩けるのならばそれに越したことはない。
「ほぉーら。赤緒、あんただけの補修なんだからさっさとやるわよー」
「じ、ジュリ先生っ! 恥ずかしいから……私だけって言うのは……」
「赤緒さんっ!」
その声に振り返ると、金枝がそっと手を振る。
自分も金枝も、どこかで普通ではない日々に慣れてしまいそうになるが、そうではない。普通であることに、愛おしささえも感じて。
だって、彼女らはいつもの喫茶店で待っているのだから。こんなことでへこたれているような時間はない。
学生時代は、長いようで短い、そんな青春なのだから――。