「まずいな。……作木君、俺はこっちに避けるから、君はあっちに逃げてくれ」
「は、はい……」
ナナ子が大上段にボールを掲げる。その大げさな所作とは裏腹に、放たれたボールの的確さ、そして速力は大したものではない。
まず、逃げに回った削里を刈り取るべく、ボールが迫るがその力は命中する寸前で急速に霧散し、ぽんと削里でも容易にキャッチできてしまう速度まで下がってしまう。
「よっと。じゃあ、今度はこっちの番……」
「ちょっと待ってくださいよ! ……やっぱりこのルール、変じゃないですか?」
ナナ子が外野から文句を飛ばす。それに対して削里は肩を竦める。
「だってしょうがないだろう。俺たちだけやるのもな、って言い出したのはそっちじゃないか」
「真次郎殿の腕ではどうせ投球に耐えられるわけがありませんからね。このルールを採用したのは間違いではないかと」
「……言ってくれるなぁ。確かにペンよりも重いものを滅多に持たない立場ではあるけれど」
「削里! とっとと外野に渡せ! オレなら絶対に獲れる!」
外野から伽がパスを回すようにサインを送るが、削里は大きく肩を回して内野の二人に向けて投げる気は満々である。
「いや、それは俺だってたまにはスポーツの一個や二個、できて当然だと言うところを見せてやらないとな。なぁ、ヒミコ。編森さん」
その言葉に小夜と並び立っていたヒミコが構えを取る。
「……正直なところ、真次郎の弱っちぃ投球なんて怖いもんじゃないんだけれど、問題なのはあれよね」
「……あれですね」
小夜とヒミコの視線は作木の肩付近で浮遊しているヒヒイロに注がれている。削里が大仰な仕草で投げようとしたところでヒヒイロの掌が輝き、投球に満ち満ちたのはハウルの息吹だ。
本来ならば一メートルも飛ばないであろう削里の肩の力なのだが、ヒヒイロの加護を得たことで瞬間的に加速しヒミコの脇を突っ切っていく。
「おや。外れましたか」
「ひ……っ、ヒヒイロぉ……ッ! あんた、私を殺す気なの……?」
「死にはしませんよ。なんてたってこれは――」
「――ドッジボール……ですからね」
だが、削里の投球をキャッチした伽は相当にダメージを受けている様子で、うめき声を上げている。
「うぐぉ……っ。車にぶつかられたみたいな剛速球投げて来やがって……。オレじゃなくっちゃ死んでたぞ……!」
「すまん。力の加減を間違えた」
「てめぇ! わざとだろうが!」
とは言え、と伽は投球姿勢に入ろうとしてウリカルのハウルの加護で直進の速球を投げる。当然、小夜たちは避けるかに思われたが真正面からそれをキャッチしてみせていた。
「何だと!」
「ふっふっ……残念ね、鳥頭。私はねぇ……体育だけは5から下がったことは一回もないのよ!」
「と、とは言ってもウリカルのハウルで強化した一撃だぞ……! そんなもん……!」
「舐めないことね。さぁーて、内野は削里さんと作木君。二人纏めて倒しちゃうのもありよね?」
小夜ならば余裕でそれくらいはしてきそうだと作木は青ざめると、削里がちょんちょんと肩をつついてくる。
「……作木君、ここは同盟を結ばないか?」
「ど、同盟ですか……」
「ああ。……向こうの戦力はヒミコと編森さんの二人……。ヒミコはあれで意外と体育ができるタイプだが、ブランクがあって思ったよりも身体が動かないはずだ。しかし、編森さんは別。カリクムのアシストなしでも俺たちを刈り取るくらいは余裕だろう。そこで、だ。俺たちはフォーメーションを組む」
「フォーメーション……」
「それに関しては同意見ですね」
削里の肩に留まっていたヒヒイロが挙動し、そっと応じる。
「どうするって言うんだ?」
同じように肩から浮かび上がったのはレイカルで、この何でもありのドッジボール大会を浮き彫りにさせる。
そもそも――大の大人が六人も揃って何故、休日の昼下がりから緑地公園でドッジボールにしゃれ込んでいるのか――理由は朝方まで遡るのであった。
「――あー……退屈ぅー」
小夜が目の前に積み上げられたジェンガを引き抜く。すると少しだけ塔が揺れたが、それでもそう簡単にこの暇潰しが終わるわけではない。
「何よぉー、小夜。気が抜けたみたいな声を出しちゃってぇー」
「……そういうあんたも……似たようなもんじゃないのぉー」
間延びした声を発しながら、卓上に屹立するジェンガを引き抜いては積み、引き抜いては積んでいく。
「何て言うかねぇー……。ほら、涼しくなってきたじゃない。だからなのか、夏の祭典を乗り切って、その上で暑さも和らいできたとなると……気が抜けちゃってぇー」
「……まぁ、私もそうかも。実感を伴わせるものは一個もないんだけれど、何て言うのかな……終わっちゃったなぁーっていう」
そう、この言いようのない感覚を明言化するとすれば「終わった感」だろう。夏の40℃近いあの酷暑が嘘のように今は過ごしやすくなっている。
涼し気な夕暮れ時の風には、何となくだが物憂げになってしまう。それは大きな一つのイベントが終わったのもあり、そしてこれからどうせ寒くなって来るのだろうなという、諦観じみた感慨もある。
寒くなれば、一気に年末が押し寄せてくる――それが分かっているからこその、この秋口の気持ちの落ち込みなのだろう。
「小夜はさぁ、終わっちゃうって言っても仕事は継続して来るんでしょう?」
「まぁねぇ……。このあたりが番組改編の時期って言うのもあるし、私としても全く関係がないって言うわけでもないんだけれど……」
とは言え、涼しくなることをあれほど望んでいたのに、いざそうなってしまうと二の足を踏んでしまう。毎年、春と秋がどこに行ってしまったのだろうかと思うほど素早く去っていくものだが、たまたまこの時期に纏まった休暇を貰っているため、小夜にしてみれば手持ち無沙汰になってしまったのだ。
物珍しい、秋の長期休暇。とは言っても、学業は待ってくれない。後期が始まり、この時期に履修登録を済ませて取得できる単位を計算しなければいけない。自分たちは普通の大学生と違い、ダウンオリハルコン退治にも駆り出されている以上、あまり無理な講義を取ることも難しい。興味のある範囲は押さえておくにしても、ある意味では芸能活動と大学生活の板挟み。
「……はぁー……こんなので本当に大学を卒業できるのかしら……」
「小夜。ため息をつくと幸せが何とやらよ。けれど……私も今年はアクティブに攻めてみたから、ちょっと疲れが溜まっちゃっているわねぇ」
「……ふぅん。ナナ子にしては珍しい。年中アクティブなのはあんたでしょうに」
「私だって腑抜けちゃうような時期だってあるってば。特に……うーん……涼しくなってくると過ごし方を忘れちゃうみたい」
暑い時期が五月あたりからずっと続いているのだ。人間が生活できる常識の範囲内の気温を遥かに超えている。そうとなれば、極端な暑さ寒さに慣れてしまうのも致し方ない。
「……秋の過ごし方、かぁ。そう言えば秋は読書の秋、スポーツの秋……あと、何だっけ?」
「食欲の秋とかもあるわねぇ。読書だとかは秋の夜長ともいうわね。スポーツも分からないでもないわ。けれど、食欲って何でだっけ? 美味しいものが多いから?」
「……どうなんでしょうねぇ」
ジェンガを引き抜こうとすると不意にレイカルが奇声を上げたものだから小夜はびくっとして塔を崩してしまう。
「あー! おかしくなるぅ!」
「びっくりしたぁ……。レイカル、どうしたのよ……」
「小夜、崩しちゃったわね。アイス奢ってよね」
「はいはい、分かりましたってば。……思えばまだアイスを食べても何ともない季節なのよね。日本も変わっちゃったって言うか、お腹冷やさない?」
「アイスも夏だけの味覚ってわけでもなくなったのよ。まぁ、小夜は体重制限だとかあるからアイスは控えたほうがいいかもだけれど」
「……っと、そうじゃなくって。レイカル、一体どうしたのよ。カリクムも見てたんでしょう?」
振り返ると机に突っ伏すレイカルと、テストの答案を何度も近づけたり遠ざけたりして見ているカリクムが居た。
「……ねぇ、ラクレス。これ、採点間違ってない?」
「あらぁ、ちっとも間違ってないわぁ。レイカルは三十点、あんたは五十点よぉ」
女教師ルックに身を包んだラクレスの妖艶な物言いに、カリクムは頬をむくれさせる。
「……もう嫌だぁ……。算数はこりごりだー!」
「算数って……レイカルはまだ足し算引き算だけだろ。……私は……」
「ちなみに聞くけれど、ラクレス。それって二人とも何点満点?」
「当然、百点満点のテストですわ」
その言葉を聞いて自分たちの視線が胡乱そうになったのを察知してか、カリクムは瞬時に言い訳を述べる。
「ち、違うんだってば! 小夜! これには理由が……! 今まで国語算数しかして来なかったから、いきなり理科の話が出て来ちゃってびっくりしたって言うか……」
「びっくりで五十点? ……カリクム、あんたもちゃんと勉強しなさいよ」
「し、してるってばぁ……! これはあれだよ。ビギナーズラックの逆って奴!」
「ビギナーズラックの逆はただの怠慢じゃないの? ……とは言え、なになに……水の沸点だとかアサガオがどれくらいで芽を出すかだとか……まぁ基本的なことねぇ」
答案を引っ手繰って上下に見やると、やはり小学生レベルなのだなと実感する。
「か、返してくれよぉ……」
「……何だかカリクム、本当に子供みたいな反応をするのね。私もよく親には見られたくない答案を見られたものよ」
それがある意味では通過儀礼なのだろうかと考えつつ、小夜は国語と算数の間違えにも言及する。
「……カリクム、レイカルに対してあれだけ大げさに言ってのけたのにあんたも四則演算を間違っているじゃないの。これでよく吼えられたものね」
「そ、それは言わないでくれよぉ……」
「何ッ! カリクム! お前、私が間違えるとあれだけ馬鹿にしたくせに、お前だって駄目じゃないか!」
「まぁ、レイカルはそもそものお話で足し算と引き算で躓いているのだけれど」
ラクレスに言い当てられ、レイカルは答案を涙で濡らす。
「何でだぁ――ッ! 算数ばっかりしていると、おかしくなるぅーっ!」
「基礎学力なのよ、レイカル。大事にしないと」
ナナ子がそう言い添えると、レイカルは泣きじゃくって唇を尖らせる。
「……ナナ子たちはいいよなぁ……。勉強しないで遊んでいるんだから」
「私らはこういうの全部やってから大学に入っているんだってば……。小学校で躓いていちゃ世話はないわよ」
「……そう言えば大学生ってよく分かんないことばっかりやってるよなぁ。本当に同じ学生なのか?」
「……それは……」
言い返そうとして上手い言葉が見当たらない。確かに中学校までの義務教育に比べれば、少し緩やかな学びの場ではある。しかし、自分たちだってちゃんと勉学を積み重ねてきたからこそ、大学に入学できたはずなのだ。
「……それはそれよ。あんたらを見てると、自分が一応は最高学府に居るってことを疑いそうになっちゃうじゃないの」
「さいこうがくふ……? 大学生は楽譜なのか?」
「……また、しょーもない勘違いをしているわねぇ……」
「けれど、小夜ぉ……。何だってここで遊んでるんだよ。勉強とかいいのか?」
カリクムの言葉につい先刻までの自分たちはそんな風に見えていたのか、と小夜は椅子に座り込んでふんと鼻息を漏らす。
「……ちょっとした頭の体操よ。それに……まぁ大学生はレポートと出席日数だし……」
「それって勉強してるのか?」
どうしてなのだろう。レイカルとカリクムと相対していると、大学生である自分のアイデンティティに関わってくるような気がして、それはあまり追求しないほうがよさそうだと思えてくる。
「……それはそのぉ……」
「小夜も唐突に涼しくなってきたものだから頭の回転が鈍くなっているわねぇ。いい? レイカル。この日本社会じゃ、大学生って言うのはちゃんとした人間の前段階のようなものなのよ。そりゃー、大学でもうそれなりの地位を築いている人間も居るけれど、それはそれ。これはこれなのよ」
「その点で言っちゃえば、私は一応芸能人だし……まぁ、色々よね」
一応は纏め上げてから小夜は額に浮かんだ汗を拭う。何だかレイカルたちに丸め込まれそうになってしまって、大学生の存在意義を問うところであった。
「来たわよー、真次郎ぉー」
その時、店内に入って来た珍しい人影に小夜とナナ子は瞠目していた。
「……高杉先生……と、鳥頭」
「伽だっての。ったく、これだからたまには顔出さねぇと……」
文句を漏らすのは伽で、ある意味ではこういった場では珍客だ。ヒミコと伽の取り合わせはそうそう見なかったと思っていると最奥の居間で将棋を打っている削里が顔を上げる。
「おっ、頼んでいたもの、どうにかなったのか?」
「ええ。あんたの依頼通り、ダウンオリハルコンの創主候補一覧……。どうしたの? 編森さんも乾さんも」
「……いや、高杉先生がちゃんと仕事してる……って思って。削里さんも」
「何よ。私たちが年がら年中、何でもない毎日を過ごしているみたいな言い草ねぇ」
「実際、そう見えているんだろうな。俺はともかく、ヒミコ、お前がそう見えているのは問題だろうが……っと。名簿はこっちで預かっておくよ。そんでもって……あー……これで王手かな」
書類を受け取った削里が駒を打つと、ヒヒイロがすぐさま打ち返す。たちまち渋面を浮かべた削里が長考に入る。
「……待った」
「よいですが、待ったは一日三回までですよ。さて……秋の過ごし方に関してでしたか」
「あ、聞いてたんだ……」
「食欲の秋が何故なのか、という議題の途中でレイカルが奇声を上げたのだと記憶しております。食欲の秋のいわれは気温が下がることで体温維持の基礎代謝が上がるためという一説もありますが、それ以上に秋の味覚と言うのもあり、旬の食材が多くなるのも一因ではあるのでしょうね」
「……ねぇ、ヒヒイロ。あんた結構長く生きているんでしょう? こんな風に夏が馬鹿みたいに暑いことってあったの?」
「観測史上は年々塗り替えられていると思いますが、暑い寒いはどの年度ごとに違うもの。一概には言えませぬ」
「秋になって、何だか気持ちが落ち込むとかはあるの?」
「ふむ。一応は秋うつ、と呼ばれるもの自体はあるようですね。日照時間の変化についていけない、のもありセロトニン不足でなってしまうこともあるようです」
「日照時間かぁ……。確かに急に暗くなるのが早くなった気がするわねぇ」
ナナ子が再びジェンガを積み上げていく。
自分たちはこれでいいのか、と小夜は己に問いかけていた。せっかくの秋――夏が開けて、涼しい季節なのに、こんなジェンガで暇を持て余し、そして気づけば冬になって寒いと言い出す――それは何と言うか、感性が貧しいような気がしてくる。
「……決めた!」
周囲を見渡す。自分の発言にナナ子はぼんやりと応じる。
「何をよ、小夜ぉ」
「だらけ切った秋はよくないわ。……そうよ、秋はスポーツの秋でもあるもの。これだけのメンツが一同に会するのも珍しいし、お昼から、みんな予定は大丈夫?」
「……私は大丈夫だけれど……」
「オレもどうともないが……」
ヒミコと伽がうろたえ気味に応じたので、小夜は一つ頷いてからスマホの通話ボタンを押す。
電話をかける先は、もちろん作木だ。
「あ、もしもし? 作木君。実はなんだけれど――」
「――それでドッジボールしようって言いだすんだから……小夜さんも分かんないって言うか……」
ここに至るまでの経緯を思案していると、ナナ子が外野から投球する。ナナ子に味方しているのはラクレスだったが、彼女は意図的にナナ子の送球を制御し作木のようなもやしっ子でもキャッチできるくらいに調節してくれている。
「ちょっと、ラクレス! もっと素早いボールで二人同時に、とかくらいはあんたできるでしょう!」
その文句にラクレスは肩を竦める。
「あくまでも、オリハルコンのハウルは筋力を増強するもの。元のボールのスピードには干渉していませんわぁ……」
「本当? 私は小夜みたいにとはいかないとは言え、作木君ぐらいなら倒せちゃいそうだけれど……」
とは言え、これはチャンスだ。
「……レイカル。ハウルサポートをお願い……!」
「心得ました!」
レイカルのハウルを引き受け、髪の毛を逆立たせて作木はボールを投げる。
しかし、元々生来の運動音痴。投げるフォームが上手くいかず、思いっ切り地面にワンバウンドさせてしまう。パワーだけはレイカルの補助を受けているのでバウンドしたボールが外野の伽のほうへと跳ね返っていく。
「おいおい! 追うのは大変なんだからな、ったく!」
「す、すいません……伽さん……」
「作木君、大丈夫か? 体力がないとは聞いてはいたが、ここまでとは思っていなかったからな」
削里が何でもないように肩を叩く。
「そ、そう言う削里さんも……意外とタフって言うか……」
「まぁ、ドッジボールはよくやったもんだ。それこそ、ヒミコと伽と一緒にな」
「……削里さんが高杉先生や伽さんと……?」
「その話はまた追々……っと。来るぞ」
伽の放ったボールを素早く小夜がキャッチする。
「何ぃッ! 何でヒミコを狙ったのをそっちの姉ちゃんがキャッチできるんだよ!」
「甘いわねー、あんたたち。せっかくのドッジボール大会なのに欠伸が出るくらいに遅い送球ばっかり」
小夜はボールを器用に指先一本でくるりと回転させ、ふっふっふっと不敵に笑う。
「編森さん! やっちゃって!」
「じゃあ、行きますよぉ……ッ! まずは削里さんから!」
小夜の速球に削里が反応し切れずに足元に命中してしまう。
「あっ……じゃあ、作木君。後は任せた」
「真次郎殿。年長者として、少し情けないのでは?」
「そう言うなよ。年もあるんだよ、彼らみたいに若いってわけでもないんだから」
ヒヒイロの文句を受けながら削里が外野へと赴くのを、作木は絶望的に眺めていた。
「……ぼ、僕だけ……? こんな状態でどう戦えって……」
「創主様! 諦めてはいけません!」
「……うーん、普段ならその言葉が頼り甲斐はあるんだけれど……スポーツになっちゃうとなぁ……」
レイカルの激励も自分にとっては少しばかりは重い。何と言ってもドッジボールで誰かを退場に追い込んだことなど、これまでにないのだ。
ボールは削里から受け取ったものの、どちらを狙うか……と困惑する。
一応、相手は女子だ。あまり男子である自分が本気になるのは色々とマズそうな気がする。それ以前に、そもそも勝負になるのだろうか。
万年運動音痴の自分と、スタントでも何でもこなす小夜とでは基礎体力に雲泥の差があるに違いない。
「……しょーがないわねぇ。作木君! 私を倒せたら無条件に勝ちにしてあげる!」
不安に駆られたのを悟ってか、小夜が後頭部を掻いてそう口にする。
「作木の坊ちゃん! チャンスだ! 二人狙わなくっても姉ちゃんだけ狙っとけ!」
「そうだ。作木君、チャンスだぞ」
「……外野だからって、何だか気楽に言ってくれちゃっているなぁ……」
文字通り外野からの応援を受け、作木は策を巡らせる。
ヒミコを狙っても普通にキャッチされてしまうだろうし、自分に比べればヒミコのほうが随分と運動神経がある。
しかし、では小夜を狙って上手く倒せるかと言うとそうではない。
恐らくこの場の全員が束になってかかっても小夜とカリクムを倒すことはできないだろう。最大限の譲歩なのは窺えたが、だからと言って難易度が下がったわけでは決してないのだ。
「早く早くー。作木君、ドッジボールは相手にぶつけないと決まらないわよー」
外野のナナ子からの声も受けてこれ以上の長考は無意味だと悟る。いずれにせよ、考えに考え抜いたって小夜に真正面から勝つプランは浮かばない。
「創主様、創主様」
「ん……? レイカル、どうかした……?」
「割佐美雷、姿勢制御が甘いです。今なら創主様の投球に私がハウルを織り交ぜれば倒せますよ」
「そんな馬鹿な……。いくらハンデありとは言っても……」
と、そこで小夜の様子をつぶさに観察する。
オリハルコンのハウルの流れを読み取ることに長けた視界の中で、カリクムからのハウル供給をわざと断っているのが窺えた。
まさか、ここに来て真剣勝負と言うのか。いや、だとしても小夜の真意が分からない。誘いかもしれない、と思ったがこの戦力差でそのようなことをするメリットがない。
レイカルの言う通り、これは大きなチャンスなのかもしれない。
いずれにせよ、迷っている時間はない。
作木は大きく投球姿勢を取る。ボールを投げる、と言う一事に集中すれば、自分でも少しはマシになれるはずだ――そう断じて全身を伸びやかにさせ、一息に投球姿勢に入ろうとして、ぷつん、と何かが途切れていた。
「あ……」
その場に躓き、思いっ切り転んでしまう。
「創主様!」
「あーあ……転んじゃって……って、あれ? 作木君……!」
「い、痛ったたた……」
「大変! 慣れない運動でどこかやってしまったのかしら……! 作木君、聞こえる? 作木君……!」
――結果として左足首を捻挫してしまったらしい。
ヒミコに応急処置の心得があったお陰で助かったが、それにしても、と今もドッジボールを続けるナナ子と伽を見つめる。
「あっははー! 伽クーン! こっちこっちー!」
「待てよー! ナナ子ー!」
否、訂正。見せつけられてしまっているのだろう。
「大丈夫……? そんなつもりはなかったって言うか……」
ベンチで隣に座り込んだ小夜に心配され、作木は強がりを浮かべる。
「い、いえ……言うほどじゃないって言うか……」
「でも捻挫でしょう? ……何だか悪かったって言うか……」
「あ、いえ……。僕もチャンスだと思って力を入れ過ぎちゃって……レイカルとハウルの力を過信し過ぎたかな……」
「チャンスってことは……作木君。私が力を抜いていたの、気づいてたの?」
あ、と失言に気づいたその時には小夜はため息をついていた。
「……すいません。レイカルが先に気づいて……」
「なるほどね……。まぁ、別にハンデってわけでもないって言うか。私の我儘に今回は付き合わせちゃったみたいなもんだし、一回くらいはいいかなーって」
「……聞くチャンスを逃していましたけれど、何でドッジボールなんです?」
「ん。何て言うかさ。私たち、もったいない時間の使い方をしているのかなって、ちょっと思ったのよね。ほら、せっかく暑かった季節が過ぎ去ったのに、無為に時間を費やしているって言うか……」
小夜にも思うところがあったのだろう。
秋と言えばスポーツが話題に上がることも多い。その連想だったのだろうか。いずれにせよ、台無しにしてしまった感は否めないが。
「よぉーし、ヒミコ。久しぶりに身体を動かすのも悪くない。ドリブルって奴を見せてやろう」
「……いいけれど、真次郎、あんた明日には筋肉痛は確定よ? いいの?」
「まぁ、構わないだろう。たまにしか動かないんだ」
ボールを使って削里は公園に備え付けられたバスケットゴールに向けてドリブルするが、普段はペンよりも重いものを持たない主義の人間、言ってしまえば自分と同じ側なのにそんなに上手くいくはずがなく、ドリブルをし損なってバウンドしたボールはヒミコの側に渡ってしまう。
「……全然じゃないの。あんたってば昔っからぶきっちょねぇ」
「放っておけよ。……えーっと、ヒヒイロ。ドリブルってのはどうすればいいんだ?」
「真次郎殿、いいのですか? 今の真次郎殿の運動神経では上手くいくとは思えませんが……」
「……二人して失礼だな。俺だってまだやれるさ」
「……いいから。バスケットゴールは逃げないんだからゆっくりとやりましょう」
ヒミコがボールをパスしたところで削里は腰を下げて再びドリブルしようとしてミスを連発する。
「……うーん、おかしいな」