否、終わりは死ぬ時だけだ。
ロストライフの地獄は死んでからも続くと、そう嘯いていた同胞を知っている。それでも、どこかでぷつりと途切れてしまうのならばまだマシではないか。終わりのない煉獄に抱かれ、そして地の果てまで肉体を焼かれ続ける。
燻る灼熱の大気。
燃え上がる、鋼鉄の巨神。
闇は訪れず、それでいて光はなおも遠く、彼方へ。
《アサルト・ハシャ》を操る現地兵が《バーゴイル》へと特攻じみた動きで刃を振るい上げる。プレッシャーライフルの銃剣で切り裂かれ、ゼロ距離で頭蓋を撃ち抜かれる。
その最中に感じるのは血の走馬灯か。
『各員、出撃準備はできているな?』
通信が繋がれ、操縦桿をゆっくりと握り締める。血続トレースシステムを内蔵したとは言え、まだ初陣だ。自信のほどはないが、ここでうろたえるわけにはいかない。
『どーせ、まだまだ甘ちゃんなんだから。隊長、私たちは《ヴァルキュリアトウジャ》で出ます。挟撃を仕掛けるわよ、シェイナ!』
『……命令しないで』
まず先鋒を務めたのはトウジャの改造機である《ヴァルキュリアトウジャ》だ。加速性能、そして装甲の堅牢さ、話によれば換装システムも増設予定なのだと言う汎用機が槍を装備してキョムの《バーゴイル》を穿っていく。
光り輝く推進剤を焚き、チーム内の足並みを揃えようとする。
『続いて《バーゴイル改修型》、出ますよ』
飛翔して逃れようとするキョムの《バーゴイル》へと多重積層構造の重火力で縫い留めるのは無数の火力補填を施された《バーゴイル改修型》だ。両腕に装備したショットガンを放ち、肩口に装備したプラズマ弾頭を放射する。
つい先刻まで人々を追い立てていたキョムの戦力が一転して守りに入る。それを目の当たりにして、隊長であるダグラスの声を聞いていた。
『分かるか? これが――グレンデル隊だ』
「……これが、米国において最も強大な……人機の一個小隊……」
そして自分の新たなる居場所でもある。
『新入り! 《バーゴイル》の掃討は大した労力じゃないはずだ! やってみせろよ! ――サイラスとか言う坊ちゃん!』
そう声高に叫んだのは膨張した装甲を誇る薄紫色の人機を操縦する男であった。確か《ストライカーエギル》と呼ばれる特殊人機だ。通常、実体弾が徹るはずの装甲なのだが、《ストライカーエギル》は機動力を犠牲にして爆雷を物ともせずに進む。
まるで巨大重機――否、強力な人型兵器そのもの。
『それそれ! 《ストライカーエギル》の射程からそう簡単に逃れられると思うんじゃねぇぞ!』
《ストライカーエギル》が両掌に充填したプレッシャーエネルギーを四方八方に掃射する。《バーゴイル》は機動力で勝っている分、それを回避する機体もあったがその背面を狙い澄ましたのは四脚の特徴を持つ異形の人機であった。無数の高出力兵装と実弾で固めたその在り方だけで、まさに全身武器庫のハリネズミの様相である。
『よし、《バーゴイル》をかく乱できているな。ウィラード・ダグラス、《ハルバード》で殲滅戦闘に入るぞ』
ダグラスの操る巨大人機、《ハルバード》が砲門を開き、ミサイルポッドを開放する。
『照準開始。補正値はレイコンマ3以内。全弾――発射』
直後、火力の暴風が解き放たれ《バーゴイル》が上昇してそれをかわそうとするが、その時には躍り上がっていたのは自らの愛機であった。
「……《ブラック=ロンド》。敵機を撃墜する」
フットペダルを踏み込み、《バーゴイル》の肩を蹴って直上を取った直後にはブレードを閃かせその躯体を両断している。《ハルバード》の高火力と、《ヴァルキュリアトウジャ》の息の合った連携。《ストライカーエギル》の堅牢な守りとそれに付随する攻撃力。さらに《バーゴイル改修型》の柔軟性。
キョムの支配地域を一息に吹き飛ばすのには、さほど時間はかからなかった。
所詮、《バーゴイル》の寄せ集めだ。最新鋭機で固めたグレンデル隊の敵ではない。とは言え、油断は死を招く。《ブラック=ロンド》を着地させた瞬間、《バーゴイル》がプレッシャーライフルを速射モードに設定して足元を狙う。
舌打ちを滲ませて横っ飛びして回避するが、どこに潜んでいたのか光学迷彩を施されていたらしい《バーゴイル》の銃剣が《ブラック=ロンド》の片腕を落とす。
「……これが噂のステルスペイントか……!」
苦々しいものを感じつつ、もう片方の手で腰に提げたブレードを再展開し、切り返そうとして《バーゴイル》の血塊炉が撃ち抜かれていた。
友軍のものではない。
敵が肉迫を許した《バーゴイル》を壁にして《ブラック=ロンド》を追い込もうとしているのだ。都合が悪いことに着弾したのは《ブラック=ロンド》の血塊炉の循環パイプ周り。青い血潮を腹腔から噴き出させ、《ブラック=ロンド》が後ずさる。
「……こんな……ことで……ッ!」
マニュアルで補正値を振り直そうとしたその時には、銃剣を構えた《バーゴイル》が眼前に大写しになる。
終わるのか――そう予感した視界の中で《バーゴイル改修型》が腰に装備したレールガンで敵機の電脳を貫いていた。
『今ですよ!』
『合点! 行くよ、シェイナ!』
『……命令しないで』
《ヴァルキュリアトウジャ》二機が《バーゴイル》を押し返し、敵軍のウィークポイントへと《ハルバード》が間断のない重火力を見舞う。
そこまでだと判じたのかシャンデリアの光が降り注ぎ、敵《バーゴイル》の姿は欠片も残っていなかった。
『戦闘終了……。敵も《バーゴイル》とは言え、慣らし運転には緊張もするぜ……』
『ランディ。《ストライカーエギル》の装甲をもう少し固くしなければな。話にあったキョムの新型機……《ポーンズ》だったか。それはRフィールド装甲持ちと聞く』
『怖い怖い。《ストライカーエギル》の堅さも当てにならなくなってくるってことですか』
『まだ我々のほうに分があるとは思い込み過ぎないことだ。新兵器を開発されれば、そこまで。キョムは二、三世代先を行っているのは開発部のデータにもある』
《ハルバード》が機体を翻し、その後方に《ストライカーエギル》、そして《バーゴイル改修型》が続く。
『大丈夫ですか? 確か、サイラス君とか言う……』
「……平気だ。オレに構うなよ」
『構うなと言うほうが無理な話ですよ。よいですか? 我々は総体。グレンデル隊には一糸乱れぬ連携が求められているのです。私たちには、米国の矜持が――』
『ちょっとカミール。余計な仲間意識なんて私たちにはないんだから、その子に変なことを吹き込まないでよねー』
《ヴァルキュリアトウジャ》一番機からもたらされた女性の声に《バーゴイル改修型》を操るカミールと言う男は困惑した様子だ。
『……ですが、グレンデル隊はトーキョーアンヘルへのカウンターとなり得ます。米軍上層部も我々に予算を割いてくださっているんですよ。それを……』
『……結局のところ、仲間内なんてどうでもいいわ』
そう断じたのは《ヴァルキュリアトウジャ》二番機を操るもう一人の女性操主であった。カミールは困惑し切ったように返答する。
『……イヴさん、それにシェイナさんも。あなた方は少し独断専行が過ぎます。ダグラス隊長がお許しになっているからいいものを』
『隊長がどう考えていようとも、戦場では撃墜数だけが正義でしょ? あんたもそんな分かりやすい忠誠心だけを振り翳しているんじゃなくって、正直になりなさいな』
『……本当、イヴは身勝手ね。まぁ、それくらいでちょうどいいのでしょうけれど』
二機の《ヴァルキュリアトウジャ》が遠ざかっていく中で、サイラスは《ブラック=ロンド》を自力で起き上がらせる。
『起きられますか? 牽引車を要請しておきました。十分ほど待てば……』
「……いい。オレは、一人でも起き上がれる」
《ブラック=ロンド》の姿勢制御系を補正させ、サイラスはその言葉通り歩み始める。《ブラック=ロンド》は《アサルト・ハシャ》系列と同じく、内部に武器系統を持たない純粋な人機だ。よって、その戦闘力は操主の力がダイレクトに反映されると思っていいだろう。
『……サイラス君。別に無茶をする必要は……』
「放っておいてくれ。あんたらは、オレを金で買っただけだ。仲間意識なんて……要らない」
黎明の光がロストライフの宵闇を切り裂く。
また、世界で黒に染まった地図が増えた瞬間であった。
「――実際のところよォ、どうだって言うんです? サイラスとか言うの」
トレーニングの途中で切り出してきたのは《ストライカーエギル》の操主、ランディであった。ダグラスはバーベルを持ち上げながら、問い返す。
「どう、とは?」
「いや何。あいつ、施設の血続だって言うんなら、それなりの性能を持っているって話です。だって言うのに、今のところ目立った戦果はなし。これ、いわゆるごく潰しって奴じゃないんですか?」
「ランディ。それはよくない詮索ですよ」
ルームランナーで走っていたカミールの言葉振りに、ランディは食って掛かる。
「おいおい、こりゃあ傑作だなァ! 弱い奴同士で傷の舐め合いかァ?」
「……失礼。私のことを、弱い、と仰いましたか?」
「実際、そうだろうが。いつまでも《バーゴイル》以上を任されないってことは明白って奴だろうに」
ランディに対し、カミールはルームランナーの停止スイッチを押し、ゆっくりと歩み寄る。背丈で言えばランディが圧倒的だ。だと言うのにカミールに気圧された様子はない。それどころか、その蛇のような眼差しが邪悪な殺意を宿す。
「私は《バーゴイル改修型》を任されているのです。他の機体に乗りたがらない、ワガママなあなたとは違う」
「……ケッ。じゃあ何だ? 《ストライカーエギル》を俺よりもうまく扱えるって言うのかよ!」
「……ダグラス隊長のご拝命があれば、いつでも」
「言うじゃねぇか……。枯れ枝みてぇに細っちょろいカラダでよォ……!」
「あなたこそ。身の丈だけが異様に大きいだけで。見栄っ張りなのが透けて見えていますよ」
「……この……!」
ランディが拳を振り上げた瞬間、そのみなぎる筋肉を封じ込めたのは横合いから割って入ったイヴであった。
「はい、そこまで。……トレーニングルームで流血沙汰は勘弁願いたいわ」
イヴもトレーニングウェアに袖を通し、仕方がないとでも言うように嘆息をつく。
その細腕に見合わず、ランディの暴力を止めてみせるだけの実力を持ち合わせていた。
「……何だと、イヴ……! 俺に文句があるって言うのかよ!」
「今のはランディが悪いわよ。ねぇ、隊長ぉー」
ダグラスは静かにトレーニングを休めずに視線だけを振り向ける。ランディはチームの輪を積極的に乱すタイプではない。むしろ、逆だ。彼ほどグレンデル隊の士気を上げることにこだわっている人物も居ない。だからこそ、出てきた話題、否、不満なのだろう。
実際、サイラスを血続教育施設から買ったと言うのはまことしやかに囁かれている。それが事実にせよ、そうでないにせよ、グレンデル隊の士気を落とすのならば、サイラスを外すのも選択肢のうちだと思っているに違いない。
「……血続は貴重だ。ランディ、お前もそうだ。例外は認めない。グレンデル隊がトーキョーアンヘルに並ぶ戦力になるためには、一人として欠けてはならんのだ」
「……ですって。分かったでしょう? ランディ、この問答そのものに意味はないのよ」
ランディの暴力は振るわれることはなく、イヴに制されて霧散していく。
「……だとしても、ですよ。あの新入り、《ブラック=ロンド》だって真っ当に動かせやしねぇってんじゃ、戦力にもなりませんぜ!」
ランディの不満も分かっているつもりであった。ここに来るまでのグレンデル隊の研鑽、それを無為に帰すわけにはいかない。
「それは承知のつもりだ。……シェイナ、お前はどう思う?」
今の今まで我関せずのスタンスでトレーニングに打ち込んでいたシェイナは血続専用の油圧式の荷重トレーニングシステムを停止させる。実際、ダグラスは血続と言うものを軽んじているつもりはない。今しがたまでシェイナが使っていた器具は米軍の精鋭部隊の中でも指折りが使用しても三日はまともに動けないとされるものだ。トレースシステムの上操主席を模した形のトレーニング器具は体力を異様に奪う。
「……私はどっちでもいいわ。けれど、隊長。今のままじゃ、実戦投入にはかなり時間を要する。当てはあるんでしょうね?」
「無論だ。サイラスはこのまま《ブラック=ロンド》で終わっていい逸材ではない」
「だとしても見掛け倒しってのは困りますよ。あいつを十万ドルで買った上役の思惑もあります。俺にしてみれば、終始手厚くってのも変な話ですからね。俺たちは兵士、軍人なんだ。それはイヴやシェイナだって例外じゃないでしょう? だってのに、新入りだけ特別扱いってのはなしでお願いしますぜ」
ランディの言葉は何一つ間違っていない。だが、ダグラスの思惑ではまだその時ではない、と言い切るべきだったがグレンデル隊の者たちも不信を募らせている様子ではあった。
当然だ。
彼らは実力主義を突き詰めていった精鋭部隊。米軍だけではなく、一般からの採用だってあった。その中にはカミールのように表には出せない経歴の人間も存在する。
「……我々は前線に出て戦う、そのためのグレンデル隊。キョムと切り結ぶ、刃の切っ先だ。戦いしか知らぬ、悪辣の芽……と、同じ軍の中でも後ろ指差される存在。あるいは軍事予算を食い潰すお荷物、とも。だからこそ、存在意義を示さなければならない。戦うためだけの存在だと言うのならば、それを証明し続けろ。我々の戦いは、反証の連続だ。キョムに突き付けた銃口を決して外すな。振りかぶった刃に迷いを覚えるな」
「……御意に」
カミールが恭しく頭を垂れ、略式の敬礼を返す。イヴとシェイナは敬意を示した様子はないが、今の言葉に納得はしたらしい。
問題なのはランディで、彼はチームメイトを大事にするあまり、外から来た少年であるサイラスに敵愾心を抱いている様子であった。
「……ですけれどねェ……俺らが汗水流してトレーニングしているこの部屋にも来ない! これってのは、充分な背信行為と言えるんじゃないんですか!」
サイラスは一度として自分たちのトレーニングの誘いに訪れることはなかった。無論、ランディに絡まれることを嫌がっての理由もあるのだろう。しかし、それだけではないような気がしてダグラスは首に巻いたタオルを握り締めていた。
「……彼には彼の内包する闇がある。我々にもあるだろう。それぞれにしか分からぬ……本当の狂気が」
――《ブラック=ロンド》の修繕には二日はかかると言われてサイラスはコックピットで振り返っていた。そばかす顔の整備班の少女は眼鏡越しに調整値を補正する。
「やっぱり……このままじゃ、《ブラック=ロンド》が持ちませんねぇ……」
「頼む。オレだけ置いていかれているようなものなんだ。隊の奴らに……これ以上、迷惑はかけられない」
「クライヴ氏は、案外チームの輪を乱したくはないっすか?」
「……別に。オレはどっちだっていい。ただな、連中がそれなりの使い手だって言うのは分かっているつもりなんだよ。……あとファミリーネームは嫌いだ」
ファミリーネームで呼ばれるのは何度もやめろと言ったのだが、整備班でも若輩者のこの少女はどんな人間相手でもファミリーネーム呼びを崩さない。
「分かるっすよ、その感じ。ボクも正直、ずーっとグレンデル隊の人機は任されているっすけれど、どれもこれも一ミリでも調整を間違えれば危ういバランスっす。隊長の《ハルバード》なんてヤバいっすよねぇ! あれ、全身武器庫って言うのが正しい人機っすよ! だって言うのに四脚人機なんて物珍しさで言えばそれこそ奇跡的なバランスなんすよねぇ! 設計思想だけでも正直、ヨダレが……!」
《ハルバード》の設計図を見るだけで涎を垂らすのは年頃の少女としては正直どうかとは思うが、どこに行っても変わり者は居るのが常だ。
かつての戦場でも、施設でも同じであった。
彼らは排斥されることもあれば、実際には重宝されることも多かったと聞く。この少女整備士も同じなのだろうか、とサイラスは視線を振り向ける。
すると少女整備士は眼鏡のブリッジを上げてにっかりと微笑む。
「大丈夫っすよ! 《ブラック=ロンド》でも調整値は上回っています。クライヴ氏の頑張りってのはちゃんと伝わっているっすよ!」
「……何だ、その物言い。人機は戦闘兵器だ。そんなものに、まるで心でもあるかのように……」
「あれ? 違うっすか? ボクはあると思っているっすよ?」
図面と睨めっこをしつつ、《ブラック=ロンド》の形成回路を繋げていく。どんな場所にも、ロマンチストは居るのだな、とサイラスは頬杖をつく。
「……なぁ。人機に心があるって言うのなら、オレたちは何だ? こいつらなんて戦場を行くための鋼鉄の道具としか思っていない。戦うためだけに生み出された……悲しいだけの兵器だ」
「兵器も何もかも、使いようって奴っすよ。……っと、こっちの調整回路と血塊炉付近の回線を繋げば……よしっ」
途端、《ブラック=ロンド》に生命の息吹が宿り、コックピットでサイラスは仮組された両腕を動かす。まだケーブルで繋がっているだけだが、両腕は正常に稼働していた。
「……ああ、調子はいいな」
「よかったっす! じゃあ、ボクはこれで……!」
「おい、レベッカ! こっちの調整値甘いぞ!」
「やっべっ! じゃあまたっすよ! クライヴ氏!」
その背中が離れていくのを目にしてから、サイラスは口中に呟く。
「……レベッカ、か……」
《ブラック=ロンド》の血塊炉補正値を視野に入れつつ、サイラスは物思いにふける。
――キョムによる施設強襲から、もうそろそろ一週間が経つか。
あの場所で行われていた非人道的な実験はほとんどが破棄され、米国に不都合なデータは消されたのだと伝え聞いていた。元々、血続操主を見出すためだけに創られた名目ばかりの福祉施設。立ち上がるのも早ければ、跡形もなく消えるのもまた早い。
その中には施設職員の名前もあり、サイラスは何度か問い返したが、職員名簿には「勝世」と言う人間の記録は影も形もなかった。
「……どこに行っちまったんだよ、ショーセ……。それに、氷野も……」
その時、コール音に面を上げる。
「……ウィラード・ダグラス……」
『隊長、だ。躾がなっていないと言われるぞ、サイラス・クライヴ』
拡大モニターに映し出されたダグラスにサイラスは《ブラック=ロンド》のコックピットから出てその視線を合わせる。
右目の傷痕の厳めしさを崩さず、ダグラスは手招く。
「……来い。いいものを見せてやる」
そう言うなり身を翻したのでサイラスは昇降機で降りてから背中に追従する。
「……オレに強制力だとか、そういうものを期待しているのか? 言っておくが、オレはあんたらの上に十万ドルで買い叩かれたんだ。もちろん、人権なんて今さら主張する気はないさ。……ああ、分かってる。“商品”として、それなりの働きをしろってことだろう」
どこかやけっぱちにそう応じると、ダグラスは振り向きもせずにどこか落胆したように告げる。
「……上役のやり口をわたしは全て納得するつもりもない。だが、我々は軍人。上に従うのは義務であり、そして責務だ。そうあらねばならぬ、と言う。軍人はその強制力に縛られ、そして死ぬまで祖国への忠誠を誓わなければならない。上が一人、イエスと言えば、百や千のノーも覆る。それが軍属と言うものだ」
「……あんたは上のイエスマンになるつもりなのか?」
「隊長と呼べ。それと、もっと言葉遣いを覚えるべきだな。……それでは、カミールやランディを説得もできん」
「あの二人を説得するのが、目下のところあんたの課題か。……ランディとか言うガタイだけデカいの、あれもかなり薄いとは言えギリギリ血続か。米国政府は手段を選んではいられないと見える。血続反応がミリ単位でもあれば、そいつは血続操主として重宝される。……オレが前線を行っていた頃から、何も変わっちゃいない」
否、変わらないからこそ自分は再び人機操主として返り咲けた、と言うべきか。その冷酷な真実に肩を竦めていると、ダグラスが顎をしゃくったのは格納庫の奥にある開かずの間であった。
黒く重厚な扉に閉ざされたセキュリティをダグラスはカードキー一つで解除していく。重々しい音を立てて門扉が開き、視界に広がったのは水色の空間であった。
「……サイラス・クライヴ。わたしはお前の経歴にはある程度目を通した。キョムの勢力図が最も色濃かった、南米戦線。そこでの少年兵の生き残りだと。稀有な血続反応を有し、あの施設の中でも一、二を争う逸材であった、と」
ダグラスは歩を進ませる。ついて来いと言うのだろう。サイラスは返答せずにその背中に続く。
「だが……わたしはお前を特別視しない。お前を特別だと思ってしまえば、グレンデル隊のこれまで積み上げてきたルールが覆る。確かに同情を覚える余地はあるが、それは一般人の場合だけだ。お前は軍属、そして血続操主なのだ。ならば、わたしはお前を一切、憐れまない。……これを見ろ」
水色の空間はダグラスの低いバリトンの声を残響させる。
その最奥で眠っていたのは漆黒の人機であった。
両腕に特殊な機構を有し、今も静かに戦場を待ち望んでいる。特徴的な楕円形の胴体から末端肥大気味の首を項垂れさせて昏睡に落ちていた。
カメラアイはまだ剥き出しで、単眼がサイラスを睨む。
「……こいつは……新型機か」
「グレンデル隊の新たなる切り札、名称を《ヴェロニカ》。お前に充てるつもりだった人機だったが……今のままでは使わせられないな」
「……それは、オレがまだ、実力が足りないからか? それとも、あのランディだとかカミールだとかみてぇなカカシ共と仲良しこよしをしろってのかよ……!」
「……言葉遣いを覚えろと言った。《ヴェロニカ》は未完成だ。特殊機構が複雑なせいなのと、操主を選び過ぎるきらいがある。サイラス、三日後にキョムの制圧地域に仕掛ける。その時に、こいつを持っていくが、お前に充てるのは《ブラック=ロンド》だ」
「……何だよ、それ。わざわざ新型機をキョムに献上でもするって言うのか?」
「……今のままのお前ならば、それのほうがマシかもしれんな」
ダグラスの真意が分からない。分からないが、馬鹿にされていることだけは分かる――サイラスは腰のホルスターに提げておいたアルファーを翳していた。
「……馬鹿にしやがって……! 喰らえ!」
アルファーより放出された斥力磁場がダグラスを襲うはずだったが、その時にはダグラスの姿はない。どこへ、と首を巡らせる前にサイラスの身体は宙を舞っていた。
そのまま、捻り込むかのように鋭い投げで背中を地面に打ち据えられる。一撃での鮮やかな封殺にサイラスは手からアルファーが落ちてからそれを感覚していた。
「……日本式の“ヤワラ”、と言うものだ」
血続としての優位性がまるで通用しない――それだけではなく、自分を傷つけないように手加減した代物なのだとサイラスのこれまでの経験則が嫌でも理解する。
「……ふざけるな!」
足で刈るようにして蹴り技を見舞うが、ダグラスはその時には剥がれている。
「……サイラス・クライヴ。力の使い方を学べ。我々は総体。グレンデル隊なのだ。一人で泣けても、一人では勝てん」
「アルファー……!」
引き寄せるイメージを伴わせて地面に落ちたアルファーを回転させながら疾走させる。ダグラスの頬を掻っ切り、薄く血のラインが滴ったが彼は意にも介さない。
「……もう一度言うぞ。サイラス・クライヴ。一人で泣けても、一人では勝てない。お前が悲しみの中にあるのは勝手だが、それでは決して勝利は訪れん」
「知った風な口を利くんじゃねぇ! ……汚らしい大人の一員が……!」
「……分からんのか。それでは何も取り戻せんと言っているのだ」
不意に脳裏を過ぎったのは、施設での顕の姿であった。
まるで抜け殻のように全ての願いを失った、あの車椅子姿。少し猫背の彼の面持ちと声が、脳内で残響する。
「……何で……」
「三日後だ。《ブラック=ロンド》での出撃を打診しておく。心構えは、しておくんだな」
ダグラスは秘匿格納庫から出て行く。サイラスはしばらく取り残されていた。
「……オレは……教えてくれよ、氷野……。……ショーセ……!」
答えは返って来なかった。
「――あ、」
キョムの想定戦力は《バーゴイル》一個小隊であったか、などと言う益体のない考えが脳裏を掠める。
焼き尽くされたグレンデル隊の人機。
片腕を落とされた愛機、《ブラック=ロンド》。
灼熱に歪む大気と、プレッシャー兵装の独特のオゾン臭。
『……何てェ、こった……。キリビトだと……!』
《ストライカーエギル》を操るランディの声が通信網に焼き付く。後退しながらプレッシャー兵器を掃射するが、新型のキリビトタイプは衰えた様子もなく、無数の触手を放つ。
生き物のように大地をうねり、空間を疾走してその触手が捉えたのはカミールの《バーゴイル改修型》だ。
『ランディ……! 脱出を……!』
《バーゴイル改修型》が全砲門を開き、触手を火力で焼き切るが、それでも地面を伝っていた触手からは逃れられない。大地を割り、無数の触手に《バーゴイル改修型》は血塊炉を貫かれる。
人がそうするかのように身を折り曲げ、全身の関節部から青い血潮を迸らせていた。