『……機体が持たない……! ぐぅ……ッ!』
《バーゴイル改修型》が両断され、コックピットが射出される。寸前でカミールは脱出を果たしたようであったが、他のメンバーは別だ。
《ヴァルキュリアトウジャ》を操るイヴとシェイナは間断なく格闘兵装でキリビトへと仕掛けるが、その槍の穂先が障壁に引っ掛かった瞬間に融かされていく。
『……これは……! Rフィールド装甲な、だけじゃない……! キリビトの出力を使っての、現時点での最大出力の防御障壁……!』
戦場を蠢動する触手の数々が《ヴァルキュリアトウジャ》一番機と二番機の脚部を引き裂く。一番機が機銃掃射を見舞うが、それらは容易に装甲に弾かれてしまう。
『隊長……ッ! 敵キリビトタイプは、全てのエネルギーを防御に転化しています……! その代わりに、武器は古代人機と同じ触手だけのようですが……それだけでも……!』
『……驚異的、ね。隊長、イヴの機体を回収するわ。トウジャの装甲じゃ不利よ』
二番機が一番機を回収して後方へと下がっていく。
残ったのは《ストライカーエギル》と《ハルバード》、そしてサイラスの《ブラック=ロンド》だけ。
『……隊長。《ストライカーエギル》のRフィールド装甲で相手の懐に入ります。一瞬とは言え、中和できるはずです。そこに《ハルバード》の一斉掃射で仕留めてください』
『だがそれではお前が死ぬぞ』
『……構いません。キリビトのクソッタレをぶっ潰せるんです。……本望、って奴ですよ』
当然、サイラスはその考えは棄却されるものだと思い込んでいた。隊を束ねるダグラスならもっといい作戦を思いつくものだと。
しかし、ダグラスは一拍の逡巡の間も置かずに応じる。
『分かった。《ストライカーエギル》は突貫。わたしがキリビトを討つ』
まさか、とサイラスは目を見開く。この戦場の只中で狂ったわけでもない。冷静に、普段の思考回路を同じように、ダグラスは俯瞰して判断を下している。
「……待てよ。待てってば……! 何を言っているのか、分かっているのか……? それは《ストライカーエギル》を……血塊炉を誘爆させて、キリビトタイプの巻き添えにするってことじゃ……」
『何度も言わせるな。ランディ、まだやれるな? 奴の懐にファントムで入れ。それくらいの体力は残っているだろう』
『……へへ……馬鹿にしないでください。行くぜ、《ストライカーエギル》! キリビト野郎に見せつけてやれ……!』
《ストライカーエギル》が姿勢を沈めた瞬間、サイラスは考えるよりも先に動いていた。《ブラック=ロンド》にブレードを構えさせ、《ストライカーエギル》の針路上に入る。
『……おい。退けよ、新入り。ファントムで何度も方向転換できるほど、俺は器用じゃ――』
「何言ってんだよ……何を言ってんだよ、お前ら! 死ねって言われてはいそうですかって……そんなの、絶対に間違っている! オレたちはパーツじゃないんだ! 血続操主だからって……使われるだけなんて、絶対に……!」
『だからァ……ッ! 退けって言ってんだよ! 自分の意思で戦えるうちに、俺らは決断する。するしか……ねぇッ! 兵士として、パーツとして死ぬ以上に……一人の人間として死ねるんだ。それ以上なんて、願うだけ贅沢さ』
兵士として死ぬ――それはかつて、戦場を駆け抜けた自分自身もそう思っていたはずだ。それこそが誉れなのだと。しかし、施設の日々が――顕との毎日が、勝世とのほんの数日が――その考えを変えていた。
「……違う……。間違っている……! オレは……オレは、認めねぇ……ッ! 認めねぇぞ……ッ!」
『退けェ……ッ!』
《ストライカーエギル》が超加速度に至る。それと同時に《ブラック=ロンド》の機体が横合いから吹き飛ばされていた。
キリビトタイプの触手が走り、《ブラック=ロンド》を微塵に砕いていく。
その一撃が致命的に突き刺さる前に、ずんと重い一撃に遮られる。顔を上げたサイラスの視界には受け止めた《ストライカーエギル》の巨躯が大写しになっていた。
「……何で……」
『何でだろうなァ……。ただまぁ、新入りに言われっ放しで死なれるのは、寝覚めが悪いってことだろうさ』
よろめいた《ストライカーエギル》は血塊炉を貫かれている。戦線復帰はほとんど不可能だろう。
「……ふざけんな……」
何でこんな風にしか世界は回らない。何でこんな風にしか分かれないのだ。
ならば、世界への怨嗟を。そして再び取り戻すために――今また、凱歌の旗を掲げよう。
砕け散った《ブラック=ロンド》の頭部から飛び出し、サイラスは天高くアルファーを掲げて叫ぶ。
「ふざけんな! オレは認めない! こんな世界も! 失ったものも! 何もかも……物分かりのいい馬鹿になって……堪るかってんだ! 来い……!」
後方部隊で格納されていた新型機へと神経を繋ぐ。無数のロックを解除するイメージを脳内で描くだけで過負荷に鼻血が滴る。
血の味を噛み締めて、サイラスはアルファーの求める声を拡大させる。
後方部隊から瞬間的な加速度を得て降り立ったのは漆黒の新型機であった。疾走する触手へと鈴なりの両腕で《ストライカーエギル》を保護し、自分をコックピットへと導く。
これまでの人機操縦の経験則を発揮し、サイラスは複雑怪奇に折れ曲がった上操主席の操縦桿を握り締める。
「――熾きろ、《ヴェロニカ》」
ヴン、と蝶のような形状を模した赤いバイザーの奥でアイカメラが覚醒する。触手が空間を縦横無尽に駆け抜ける中で、サイラスは《ヴェロニカ》を跳躍させていた。
下方から迫る触手が四方八方を固める。
最早、戦場に逃げ場はなし。そして、呵責も惑いも、ここに捨て置け。
今はただ、躍動する己を感覚し、全ての神経を繋ぎ止め、身を任せろ。
鋼鉄の巨神の求めに応じ、サイラスは操縦桿を押し出す。
「切り裂け!」
直後、数珠繋ぎに固定されていた両腕が躍動する。
蛇腹のワイヤーで保持された腕が解き放たれ、発振したプレッシャー兵装の刃に生命の灯火が宿る。
棘型の刃が触手を断ち切り、先端部の爪が唸る触手を粉微塵に切り裂いていた。
着地した隙を狙おうとキリビトタイプが守りを固め、再び触手で攻め立てる。サイラスは面を上げ、その瞳の奥に向かって来る触手の軌道を描いている。
「一つ……二つ……! 三つ!」
《ヴェロニカ》が稼働し、触手の攻撃を一つ二つとかわしながらその根源を引き裂く。
キリビトタイプが咆哮したところで、サイラスは己の内奥を澄み渡らせる。《ヴェロニカ》は応えてくれている――ならば自分は、その声を聞くだけだ。
「……ファントム!」
超加速度に至り、《ヴェロニカ》の腕を伸長させる。蛇腹のワイヤーで繋ぎ留められた腕はキリビトタイプの持つ障壁に突き刺さっていた。
「徹れェ――ッ!」
障壁に阻まれた地点で、《ヴェロニカ》の爪が開き、内部に装填されていた特殊弾頭を撃ち込む。Rフィールドの性能を誇る弾頭が爆ぜ、キリビトタイプの障壁を中和していた。
その隙を逃さず、もう一方の腕も伸ばしてキリビトタイプに届くだけの道を作り上げる。
「撃て! ダグラス隊長!」
『請け負った』
ダグラスの《ハルバード》が一斉掃射し、キリビトタイプを超火力の物量で薙ぎ払う。キリビトタイプの血塊炉が粉砕された瞬間、乗り手の感情をアルファーが拾い上げていた。サイラスは驚嘆に目を見開く。
「……これは……氷野……?」
いや、その残滓と呼べるものか。
答えを手繰り寄せる前に思惟が消え去り、キリビトタイプが瓦解する。今のは――気のせいなのか、それとも戦場の昂揚感が生み出した幻影か。
沈黙したキリビトタイプの残骸だけを残し、キョムとの地獄めいた戦場は終わりを告げていた。
「――おっ、新人クン。今日もトレーニングとは、感心感心♪」
トレーニングを続けるサイラスへとイヴが顔を覗き込んでくる。明るい金髪のイヴはそこいらに包帯を巻きながらもトレーニングを怠ることはない。それはあの戦場で脱出を果たしたカミールも同じで、細い体型の割にスタミナは相当あるようだ。
「よぅ、新入り。ベンチプレスか? もっと重くしてみろよ」
ご機嫌なランディにサイラスは百キロを持ち上げてみせる。すると、少しは意外に映ったのか、グレンデル隊のムードメーカーは口笛を吹かす。
「やるじゃあないか。男なら、それくらいじゃなくっちゃな」
頭をくしゃくしゃと撫でられるのは純粋に不愉快であったが、サイラスは不平不満を口にする前に次のベンチプレスを持ち上げる。
「ねぇ、シェイナ! あんた、いつまでルームランナー使ってるのよ!」
イヴの声にシェイナは澄ました顔のまま走り続ける。
「聞きなさいってば!」
イヴがその手を掴んだところで、耳に嵌めていたイヤホンが落ちてようやくシェイナが気付く。
「……何よ」
「……呆れた。音楽を聴きながらトレーニング?」
「……これも私なりのルーティンよ」
「隊長。いいんですか?」
問いかけたランディに、油圧式のトレーニング器具で鍛えていたダグラスは回数を終えてタオルで汗を拭う。
「まぁ、構わん。トレーニングの形式は自由だ。……さて、グレンデル隊の次の作戦のブリーフィングをしたい。全員揃っているか?」
「イヴ・フローリアン・アームストロング、シェイナ・スチュアート、二人とも揃ってまーす♪」
「……カミール・イェーツ。ここに」
「ランディ・ホーマー! さて、次はどんな戦場に行きますか」
最後の答えを聞きそびれているように待ち構えられているので、サイラスは身を起こしてぼそっと応じる。
「……サイラス・クライヴ。……居ます」
「もっと愛想よく行こうぜ、新入り!」
ランディの腕で引き寄せられ、サイラスは不服そうに突き飛ばす。
「汗くさいんだよ、あんたは!」
「はっはっは! ……んじゃあ、まぁ! 次の作戦を建てましょうや!」
「そうだな。グレンデル隊、全員揃ったところで話し合うとしよう。――次の戦いの、その準備と言う名の“簡単な答え”を」
まだまだこの隊で学ぶこと、そして共に戦うことは長くなりそうだ――そう感じて、サイラスは嘆息をつくのであった。