JINKI 325 開幕!テッチャンマラソン!

 筐体とあーでもないこーでもないと向かい合っているよりかは、彼女にとってもリフレッシュになるはずだ。そう信じての企画ではあったが、どうやら想定よりも自分は貢献できそうにもない。何せ、自衛隊よりも順位は下――今のところの最下位である。マラソン大会に便乗した形なので普通に走っている市民が手を振ってくる。

「頑張ってね」

「あ、はい……。ありがとうございます……!」

 今回のマラソン大会の目的の一つは市民へのトーキョーアンヘルへの理解を深める意味合いもある。ただでさえ、人機同士の戦いには被害が付き物なのだ。それを軟化させる、と言えば聞こえはいいが結局のところは少しでも理解と資金繰りを得たいがための慈善行為でしかない。だが、案外こうして愛嬌たっぷりの《テッチャン》で走っていれば応援はしてくれる辺り、悪感情をさほど抱かれていないのかもしれない。

 体操着に身を包んださつきはえっさほいさと《テッチャン》を走らせる。最前線で追いつき追い越しを繰り返しているルイと南の機体が激しくぶつかり合う。

「ルイ! 待ちなさいよ!」

「待てと言われて待つ馬鹿はいないわよ。それに、南、スタミナ落ちたんじゃないの?」

「馬鹿仰い! こちとらマニュアル人機なら負けないんだからね! 《テッチャン》の駆動系は《ナナツーウェイ》に似ているから……勘は鈍っちゃいないわよ!」

 その言葉を裏付けるように急カーブの際に南の《テッチャン》は腕を振り回して遠心力を得て加速する。

 元々、《テッチャン》自体に性能差はほとんどない。

 ディーゼルエンジンの混合血塊炉は平常時の人機に比べれば推力には乏しいものの、その巨大な両腕と、相反するような短い脚。走れば自ずとぺたぺたとまるでペンギンのように挙動する躯体。

 問題があるとすれば戦闘にはまるで向いていないことだが、今回は蹴落とし合いではない。単純に走力を競っているだけだ。

『メルJの《テッチャン》が三番手で差していくーっ! 速い速い! さすがは空戦人機の使い手だーっ!』

「悪いが、私は手を抜くような性分ではない。ここで決着をつけさせてもらうぞ」

「言ってなさい。あんたが私に追いつけるわけがないんだから」

 互いに挑発の言葉を交わしつつ、ルイの《テッチャン》に向けて南が追いつき、すぐ後方をメルJの機体が走り抜けていく。

「おっと! お前ら、そんなんで《テッチャン》の性能を引き出したつもりか? 甘いんじゃねぇの……っ!」

 シールがすぐさま四番手として追い縋る。自衛隊の沖田が操る《テッチャン》はそろそろスタミナ切れを起こしているのか、さつきが会釈して追い越す。

「その……どうも」

「あっ……さつきちゃん……。その、後は頼み……」

 ぜいぜいと息を切らして沖田の《テッチャン》がよろめいてそのまま転倒する。こうなってしまえば立て直しはほぼ不可能だ。《テッチャン》の構造上、一度転がると立ち上がることはできない。

『自衛隊がここに来て脱落ぅーっ! おーっと、市民からのブーイングがすごいぞぉー! これで本当に国家公務員なのかぁー!』

 観客席からブーイングの声が飛ぶ。

 さつきは上位争いをしている四体へと視線を振り向ける。

 メルJとシールはほぼ同列。加えてルイと南が熾烈な首位争いを繰り広げる。肩アーマーで牽制しつつ、機体同士を擦り合わせて火花を散らす。

『上位四名が並ぶ並ぶぅー! 誰が一位になるのかはまるで読めないぞぉー!』

「いい加減諦めたら? 南」

「それはこっちの台詞よ! あんたこそ強情なんだから……!」

「ルイに南、それにメルJか。《テッチャン》を造ったオレの敵としてみれば不足なしだぜ!」

「言っておけ。勝つのは私だ」

 バタバタと《テッチャン》四機が追い抜き追い越しを繰り返す。その時、ルイの《テッチャン》が前に出ていた。ここで勝負をかけようと言うのだろう、一気にフットペダルを踏み込み、前進するがそれを南が制するべく腕を振るう。

「させない! 剥き出しのコックピットは弱点よ!」

 南の《テッチャン》の手刀が迫るが、ルイはひょいと身を沈めてそれをかわす。すると南の機体は大きくよろけてしまい、後方に引きずり込まれる。

「あ、嘘……。ちょ、ちょっとルイ! 助けなさいよ!」

「慣性の法則を理解してない南が悪いんでしょ」

「何のぉ……ッ!」

 盛大に転がろうとした南の《テッチャン》がルイの機体後部の排気筒を引っ掴む。その攻勢はさすがに想定外であったのか、ルイの機体が仰向けに宙を舞う。

「……ちょっと。これは……」

 ドスンと大きな音を立てて首位争いをしていた南とルイが巻き込まれてごろごろと転がっていく。

『ぎ……逆走だぁーっ! ここに来て大混迷を見せる《テッチャン》マラソン……! 一番人気と二番人気だったルイ、南が共にコースアウトでリタイア! 立ち直りには時間がかかる中、観客の不満も最高潮! ハズレ馬券が宙を舞うーっ!』

 ブーイングと絶望の声が響き渡る中で、さつきは《テッチャン》を一歩鋭く踏み込ませていた。

 メルJとシールが前方で攻防戦を繰り広げ、機体の中心軸を保ったままかち合う。

「メルJ! やっぱり空戦人機の使い手ってのは、バランス感覚に優れてやがるな……!」

「この《テッチャン》なる人機は上半身と下半身のバランスに致命的な欠陥があるからな。それを崩さないように、かつ相手を妨害するための腕は最大限に使わせてもらう……!」

 肩アーマーで衝突しつつ、メルJは独走を図るが、それをシールが追従して許さない。さすがは開発者であると言えよう、《テッチャン》の駆動系を理解し切ったアクロバティックな稼働でメルJを翻弄しようとする。

 メルJはぺちぺちと叩いて来るシールからの張り手攻撃に対し、業を煮やしたように一度立ち止まる。

「……鬱陶しいのは……嫌いだ」

「一旦止まって、何を――」

 シールがその判断を後悔するよりも先に、メルJの機体がゴムボールのように跳ねる。

『これは……! まさかメルJ、《テッチャン》で……?』

「唸れ! 銀翼の――!」

 放たれようとしたのはメルJの必殺技である銀翼のアンシーリーコートであったが、基点となる武器もなければ加速に必要な推進剤もない。ただ、純粋な操縦技能だけでメルJの機体は跳躍し、シールの機体へと覆いかぶさる。

「わっ……! や、やめろって!」

『乱闘だぁーっ! 首位争いはまさかのキャットファイト!』

 観客席から歓声が上がる。シールとメルJの《テッチャン》が互いをペちぺちと跳ね除けようとするが、同じ重量そして同じ機体であるために勝負がつかない。

 どちらかが優位になったかと思えばそれがすぐに入れ替わり、さしずめじゃれ合いを見ているかのようですらあった。

 だが当の本人たちは至って真剣で、《テッチャン》の機体のイメージのせいでそうは映ってはいないが明確な攻撃である。

「め、メルJ……こんなことをしている場合かよ!」

「私にしてみれば……コケにされるのは一番に気に食わん」

「だ、だからって……これはレースなんだぞ! こんなことをしている間にも……!」

「お先を、行かせてもらいます……!」

 その隙を逃さず、さつきはフットペダルをより強く踏み込む。短い脚で駆け抜けてきた《テッチャン》がゴールテープを切る。

 果たして、《テッチャン》マラソンの勝者は――。

 ――今日の夜食では普段のおにぎりに加えて汁物を人数分要求されたので、さつきはお盆にそれらを乗せて今宵も格納庫の扉を叩く。

「お夜食の時間ですよー」

「おっ、きつねうどんとは冴えてるねぇ」

「ミニうどんですけれどね。……今日も立花さんは……」

「ブロッケンの上みたい。……さつきちゃん、お願いできる?」

 月子の言葉にさつきは胸元を叩く。

「任せてください……!」

 タラップを駆け上がり、さつきは《ブロッケントウジャ》のコックピットで今も悩み抜いているエルニィの背中を見据える。

「立花さん! お夜食です!」

「わっ……! って、何だ、さつきかぁ……」

 イヤホンをしていたのか、こちらの声に少し驚いたエルニィが前髪をかき上げる。

「データ、上手く集まりましたか?」

「あ、うん……。何だか拍子抜けだよね。まさかさつきが勝つなんてなぁ……。でもいいデータが取れたよ。みんなが同じ条件なら、こうも予想が役立たないなんてねー」

 筐体の液晶に映し出されているのは参加した全員分の《テッチャン》のデータで、それぞれのバイタルサインと反証されたデータが重なり合っている。

 液晶画面の隅には優勝トロフィーを市長から受け取ったさつきと、マイクを持って優勝賞品である米俵を受け取ったエルニィの写真が貼り付けられていた。

「……けれど、少し嬉しかったかもしれません。私の中にも、一番になりたいって言う欲みたいなのがあるんだなぁって」

「……何言ってんのさ。さつきは遠慮しているようで、実は我が強いのはボクだって分かってる。どれくらいの付き合いだと思ってるの?」

「……バレちゃいましたか」

 後頭部を掻いて舌を出すと、エルニィはため息を漏らす。

「赤緒もそうだけれど、意外と日本人って勝ち負けにこだわるよねー。そんでもって一番の負けず嫌いだって言うんだから始末に負えないよ」

「でも、思い出にはなれたんじゃないですか? それに、立花さん、マイクパフォーマンス楽しそうでしたし」

「……それは言わないでってば。まぁここ数日、ずーっとデータと睨めっこしていたからストレスが溜まっていたのかもねぇ」

 どうやらあの過剰なマイクパフォーマンスはストレス発散の表れだったらしい。それならば、企画したさつきにしてみても僥倖であった。

「……ちょっとだけ、変なことを言うかもしれません」

「ん? まぁさつきはいっつも変じゃん」

「じゃなくって。……何だか自由じゃない立花さんって私の中じゃ違うって言うか……ルイさんと一緒に、赤緒さんに怒られながら、それでいて負けん気が強い感じで……」

「何それ。本当失礼だなぁー」

 失礼だと思われてもいい。今はただ――どこか思い詰めたようなエルニィの背中を、見たくなかったのもある。

 だからこそ――。

「……だからなんでしょうね。こうして、愚直でも真正面で、向かい合えたほうがいいかなって」

「むぅ……何だか今回はさつきの思い通りに転がされた気がするなぁ。本音で言えば、ボクは本質的には自由人なの! 誰かの思い通りになんてならないんだからね!」

 不承気にそう言いながら、エルニィはおにぎりへと手を伸ばす。

 そうなのだ、とさつきも微笑ましく思っていた。自由人のエルニィには、ほんのちょっとばかしのワガママがよく似合う。

《テッチャン》で街中を珍走したのもデータで見るだけではない、一つの思い出として記憶されたはずなのだ。その証拠に写真の中で米俵を手に入れたエルニィは困惑しつつも笑顔を咲かせていた。

「……またやりましょうか、こういうの」

「ボクはどっちかと言うと企画する側なの! さつきの思うようには今度はいかないかもよ?」

「それでも構いませんよ。あっ、それと今日のおにぎりは手に入ったいいお米を使いましたので、いつもより美味しいかも」

 そう言い添えるとエルニィは割り箸を割りながら口にする。

「何言ってんのさ。さつきが作ってくれるものはいつも美味しいでしょ」

 茶目っ気たっぷりにウインクを返されてしまうので、自分もまだまだエルニィのことを分かったとは言えないのだなと思い知る。

「……ですね。じゃあ、お互いに」

「あれ? 今日はさつきも夜食? ……赤緒じゃないけれど、太るよ?」

「いいんです! だって、誰かのために必死になって、色々と頑張ったらお腹が空いちゃうものなんですから!」

 だから、今宵は互いにおにぎりを片手に夜食としゃれ込もう。

 まだまだ、相手のことをよく知るのには、星の数ほどの膨大な時間が必要なはずなのだから――。

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