「……これが最新鋭人機……」
錐揉みながら上昇し、中天に至ったところで機体が陽光を照り受けてナイフのように輝く。推進翼を可変させ、ホバリングしたのも一拍、即座に戦線へと降り立つ機体性能には目を瞠るものがあった。
ロストライフの黒い地平を突き抜ける速力は変形機構を有したことで比肩を許さない。鳥のように戦闘領域を突き抜け、アイリスはさらに推進剤を焚かせる。まだ稼働状態には余裕がある。ためしに横ロールさせながら上下を逆さまにする。《バーゴイル》ならばこれだけで計器が異常値を示し、何事も上手くいかなくなるところだがこの人機はそうではない。
問題なく計測値が弾き出され、加速性能に翳りは見えない。
「……うん。この人機はやっぱり……できる」
キョムから奪った人機とは違い、新規生産されたと言う型式も、ましてやこれまでの既存人機の構造に捉われない機構も魅力的だ。フットペダルから足を離して、即座に制動用のスロットルを最大に。推進剤が機首より焚かれ、アイリスは素早く組み込まれた変形プロテクトを遂行する。
機首が下がり、武骨な頭部がせり出す。収納されていた脚部が展開し、翼に格納された両腕が開放されていた。
直後には人型形態へと可変を果たし、速力を殺さずにフットペダルを強く鋭く踏み込む。
「……ファントム……!」
超加速度への誘いもスムーズだ。《バーゴイル》はキョムによる制御がかかっているために、ファントムを使用可能にするためには無数の電脳による妨害を潜り抜けなければいけない。だがまっさらなこの人機はプロテクトのラグが存在しない。さすがに下操主だけで制御するのは困難なためパッケージングされる際の「救済措置」として上操主席には電脳が組み込まれていたが、ほとんど操主のサポートに徹しており、邪魔をする様子は一切感じない。
「これが……新しい機体……なのね」
人型形態で空中を舞うのは《バーゴイル》で慣れたつもりだったが、完全な空戦人機としての性能は遥かに上だ。まるで最初から空と言う領域が味方であるかのような錯覚さえも覚える。
その時、追従する青い翼の《バーゴイル》が接触回線を繋ぐ。
『少し急き過ぎている。大丈夫なのか、その人機は』
「ハザマちゃん。……うん、思ったよりも随分と素直な人機。これが、確か隊長が回してくれた……」
『《マサムネ》、というらしいな。可変型人機の構造はなかなか割れていないようだが、キョムよりも一手先んじられる可能性があるのならば、バルクス・ウォーゲイルの判断も間違っちゃいないのだろう』
《マサムネ》、と口中に呟く。
その名前が馴染む前に、アイリスは機体の袖口に内蔵されているガトリング砲を照準する。狙うのはロストライフの地平に晒された標的だ。照準が設定され、火器管制システムに素早く移行する。
直後にはトリガーを引き、撃ち出された弾丸が的を射抜いていく。ガトリングの砲塔が忙しく回転し、やがて薬きょうを排出したところでハザマがほうと感嘆する。
『よくやるものだ。百発百中とは』
「これでも《バーゴイル》で鳴らしたものだからね。それにしても……思ったよりも機体追従性能が高いわ。ここまでの性能の人機を……無償で? それって何て言うか……」
『冗談じみている、な』
ハザマの返答にアイリスは《マサムネ》の性能評価を下しかねていた。下操主席でチェックリストを取り出し、納品書と書かれた書類にチェックを入れようとしてペン先を彷徨わせる。
沈黙が何よりも雄弁であったせいか、ハザマが疑問符を浮かべる。
『……どうした? 今の性能を見れば《マサムネ》の随時実戦投入は迷うところはないはずだ』
「……分かっちゃうか。けれどね、私たちは今日まで数多の犠牲と、それに戦いを潜り抜けてきた。簡単に評価は下せないものなのよ」
『そういうものか。率先しての性能試験を買って出たんだ。みんなはお前の言うことを聞くだろう』
アイリスはペンで唇を押し上げつつ、何度も悩ましげにチェックリストを眺める。自分が合格だと判断すれば、《マサムネ》は三機分、レジスタンスに納品される。その責任の重さを感じないわけではない。これまでは鹵獲した人機でやりくりして来たのだ。もちろん、新型人機を優先して回してもらえるのはありがたい。
しかし、とアイリスは考える。
ただありがたいだけで、他意もなくレジスタンスに武力を回すような輩を信じていいものか、と。世界を回す側にしてみれば、キョムとの戦闘データも有用なはずだ。それを無償で差し出しているようなものではないか。世の中、ただほど怖いものはない。安くで手に入ったものはその程度の価値しか残らないのが常だ。特にアイリスはレジスタンスの中での物流を管理しているのもあって、こういうところの機微には聡かった。
「《マサムネ》が悪い、と言うよりも、この人機を私たちに与えて何を考えているのか、と言うところを評価したいのよね……」
『だがバルクス・ウォーゲイルは認めているのだろう? その上で、実戦に組み込むかどうかは判断して欲しいと』
「隊長が任せてくれるのはありがたいんだけれどねー……。こういう時の隊長ってさ、女の人が絡んでいる気がするのよね……」
『何だ、それは。経験則か?』
「と言うよりも、予感? 第六感めいたものかもね」
無論、バルクスがどのように立ち回ろうと部下である自分は付き従うのみだが、これは責任重大だ。何せ、《バーゴイル》の作戦陣形を崩してでも最新鋭機を入れるかどうかの決定権があるのだから。
だから、女の影があろうとも、それを理由にして編成案を却下するべきではない。そうなのだが、どうしても納得しかねる部分があった。
「ハザマちゃん。《マサムネ》の性能の所感、あなたなら聞いてくれるわよね?」
『チェックリストには書けない、そういうものか。いいだろう、聞こう』
アイリスは《マサムネ》をホバリングさせ、推進剤の貯蔵容量を垣間見る。《バーゴイル》の炉心は基本的にはキョムのもの。だから、これまではキョムの前線基地を攻めるか、あるいは撃墜した《バーゴイル》から補給するしかなかった。レジスタンスの攻勢部隊は基本的には飛翔する《バーゴイル》との空対空戦闘が加味されている。よって、飛行する燃料が足りない場合、地上から固定砲台のような役割に晒されるメンバーも居た。
だが、《マサムネ》の動力系統も、ましてや燃料補充もこれまでとは違う。真の意味で、補給が可能となってくる。キョムを闇討ちすることもなく、ましてやキョムの人機の自爆の可能性に怯える必要性もない。
「……安全性は《バーゴイル》よりも三段階ほど上。けれど、これは同時に隊長の関係している組織に与するほかなくなってくる……という懸念がある。《マサムネ》の設計自体はアンヘルから横流しされたっぽいんだけれど、火器管制システムに独自のアレンジが施されている形跡がある。となると、弾薬が切れたら私たちは隊長の当てにしている組織に頭を下げるしかない」
『どうにも信用できない、とでも言うような物言いだな。別段、怪しいところは……ないわけではないが、我々に人機を提供する以上はキョムの敵ではあるのだろう。アンヘルと協定を結んでいるかどうかは不明だが』
「そこなのよねー……。これまでも何だか隠密に長けたような動きが目立つし、何よりも組織とやらが私たちを公に支援すると決めれば、今度はキョムの矛先がそちらに向く可能性を加味していないはずがないのよ。だって言うのに、新型機を三機、しかも整備状況を見た限り、払い下げではなく新規の完品。……これを疑うな、と言うほうが無理筋よね」
《マサムネ》の高度を下げる。同じ高度、同じ速度でのホバリングの有効時間は三分ほど。それ以外ではやはり戦闘機を模倣した人機であるためか、動くことに長けており、隠密性能は《バーゴイル》に軍配が上がる。
『……分からないな。バルクス・ウォーゲイルは疑念を背負って立つ覚悟なのだろう? だと言うのに、見れば分かるようなものを部下に晒すような迂闊な人間だとは思えんが……』
「あら、ハザマちゃん。何だかんだで隊長を信じてくれているのね。……入った当初に比べれば丸くなったじゃない」
『……茶化すな。私が言いたいのは、組織とやらに私たちを騙すつもりがあるのならば、それは前段階で潰されていると見るべき……。つまりは、分かる場所に爆弾を吊るしておくはずがない、そうだろう?』
「まぁ、そうなのよねぇ……。この《マサムネ》が私たちの前に釣られたニンジンか、それとも爆弾だって言うのなら、もっと分かりにくく設計されているはずなのよ。それにしては素直が過ぎる……。これだと、見つけてくれって言っているようなものなのよ。そのことを鑑みると、組織とやらが何を考えているのか……」
『我々を嘗めていると見るべきか? あるいは、その程度は看破できると想定されているか……』
「いずれにしても、あまり大声では言えない話よね。キョムへの対抗馬にしては、私たちはあまりにも無力だって言うのに、それでもベットする価値があると考えているわけだし……。素直に喜ぶのには私たちはまだ頭が冴えているってわけね」
酩酊するようにこの戦力を喜び、歓迎するほど馬鹿ではない。《バーゴイル》を主戦力として据えている時点で、そのような楽観視は捨てている。だと言うのに、バルクスはこれを甘んじて通した。その流通に何か――よからぬ兆候を見るのは自分が彼に近い女性だからだろうか。それとも部隊を束ねる副隊長としての責務か。どちらにしても、事ここに至っての楽観視は損に、あるいは思わぬ怪我に転がりかねないのは事実。
ハザマの《バーゴイル》に補助されながら《マサムネ》を着地させる。
戦闘機形態からの可変は思ったよりもずっと簡易で、空戦人機と言うものに触れてきた経験が浅い身にすれば、ある意味では万能感さえも覚える。平時は格納されている脚部の強度に問題があるかと考えたが、接地の感触は穏やかであった。
「これが……空戦人機なのね」
歴然とした性能差に、アイリスは軽い眩暈のような絶望さえ覚える。キョムが一手、二手先を行っているのは承知のつもりだったが、空戦人機の性能だけで言えばこれでさえも瞬時に型落ちに成り果てる。人機製造はただのマンパワーだけでは済まないとは思っていたが、まさしく日進月歩の有り様には自分のようなちっぽけな操主未満では転がり出した産業の巨人の足元にも及ばない。
『アイリス。初めての空戦専用人機でここまで動かしたんだ。十全と言えるだろう』
「……何それ。慰めてくれてるの? いずれにしたって……これに慣れないとどうしようもないわね。一機は貰わないと隊長の面目も潰れちゃうだろうし」
組織にいいように使われているのは変わらない実情なのだ。自分自身、どこかでバルクスがそう言った閉塞感を打破してくれるのではないかと期待している辺り、別段他の者たちを笑えるわけでもない。
実際のところ、副隊長と言う身分と、レジスタンスの意地と言う名目の長期的な視点が見え透いている。付け入られれば強くは出られない。
《マサムネ》のコックピットから這い出たところで、ハザマが《バーゴイル》の腕を伝って持ってきたのはコーヒーメーカーであった。
「《マサムネ》のコックピットは狭いから持ち込めないだろう? 今日は私の奢りだ」
「……何だかね。見透かされちゃってるなぁ……」
抽出されていくコーヒー豆の芳しい香りが鼻孔をくすぐる。差し出されたコーヒーはいつもより苦み走っていて、まだ慣れていないハザマのお点前を見せてもらっている気分だ。
いや、その観点で言うのならば自分のほうがよっぽど醜態だろう。
副隊長身分で人機の導入を渋っているのも情けない限り。
「……バルクス・ウォーゲイルは責任のある決断をしてくれると信じているのだろう?」
「それはあるんだけれど……いつまでも隊長におんぶにだっこじゃね。一応は戦端を開くんだから、それなりの意見が求められるわよ。隊長も分かっていて、私に判断は投げたんでしょうし」
黒々としたコーヒーの液体の表層に、焦土に染まった大地を焼く太陽光が反射する。中天に昇った白い陽は、地球の裏側でも変わらない光であろう。それが一瞬で黒く染まるのがロストライフ現象――こうして堂々巡りの考えを打ち切れと急かすように、太陽光はじりじりと人機の装甲を炙る。
少し汗ばんできた頃合いだ。アイリスは生命の息吹を吸い上げられたこの土地にも、恐らくは夏がやってくるのだと考えていた。たとえこの地表から人類の営みの証明が失われたとしても、それでも明日はやってくるし、季節は巡る。その無常観に、これも詮無い考えかと《マサムネ》の装甲を撫でていた。
「隊長は……何を考えて《マサムネ》の導入を私に期待しているんでしょうね」
「それは……明白じゃないか? レジスタンスの戦力増強、そしてキョムに打ち勝つためだろうに」
「だけれど、隊長は逃げて逃げて……逃げられもしないこの世界にある意味じゃ飽き飽きして、私たちみたいな女ばかりを集めて、そしてキョムに刃を向けようとしている。それもね……悲しいわよ」
ずずっ、とコーヒーを啜る。ハザマは《マサムネ》の肩に座り込んで、そういうものか、と呟いていた。
「私は……境遇を呪うことくらいしかできなかったから……そこまで考えたこともない……かもしれない。お前たちと一緒に居ると、不思議な気分になるんだ。私は一度死んだものだと思っていたからな。《O・ジャオーガ》の使い手に育った村を焼かれ、そして性質が悪いことに、その相手が今一度、自分の前に現れたかと思えば禊の白だと言う。……お前たちと行動を共にしなければ、悪夢かと思ったほどだよ」
「じゃあ、これは悪夢の続き?」
尋ねるとハザマはうぅん、と首をひねる。
「……そうでもないな。案外、求め続けた力の答えは、ここにあるのかもしれないと……最近思い始めている。……言わせるな、馬鹿」
ふふっ、とアイリスはウインクして金属製のコーヒーカップを翳す。ハザマも心得ているのか、カツンと杯を交わしたところで、アイリスは《マサムネ》の熱源感知センサーが信号を発したのを聞いていた。
「……ちょっと待って。最新式の熱源感知センサーよね? ……敵襲?」
「まさか。キョムのシャンデリアの光なんてないぞ? それに……《バーゴイル》だとセンサーには反応もない」
「……件のステルスペイントの線もあるわ。気を付け――て?」
疑問符を思わず発してしまったのは《マサムネ》が照合した機体名称のせいだった。アイリスはコックピットに入って操縦桿を握り締める。
「どうした? 何が……」
「……ハザマちゃん。隊長を呼んできて。こいつの相手は……私がやる……!」
《マサムネ》を即時に変形させ、アイリスはハザマの制止の声を受け取る前に飛翔していた。中空を哨戒するのは半分ほど青い色相に染まっていたが、その半身は隠し切れていない。
「《バーゴイル》の改造機……、間違いない。あれは、《バーゴイルシザー》……。私の……敵……ッ!」
《マサムネ》が信号弾を放つ。《バーゴイルシザー》はステルスペイントを施されており、本当にこの空域を監視しているだけだったのだろう。その時点で下策、その時点で喰いかかったこちらの優位。
アイリスは脳内を埋め尽くしていく黒の衝動に駆られていた。
平時に鹵獲した《バーゴイル》を使っている時には、意識の片隅に置いている程度の復讐心、そして切り分けている理性。それが今――驚くほどに取り払われていた。
《バーゴイル》では勝てないかもしれない。バルクスと《O・ジャオーガ》が居なければ。だが、《マサムネ》なら。この新型人機ならば追い縋れる。
それはこの時まで棚上げしてきた、自分の因果。捨て去ったはずの因縁。
「《バーゴイルシザー》だけは……私が墜とす……!」
――接触は最低限度に、と留められていたのだから、会えるのだと期待したのは我ながら情けない限りである、とバルクスは眼前の仮面姿に目線を振り向ける。
「J・Jではないのだな」
「彼女は別件がありまして。わたしでは不足でしょうか?」
「……いや、構わん。交渉人を選り好みしてはいられないだろう」
廃村の病院にて、バルクスは目の前の仮面の青年が携えた黒電話を手に取っていた。
『すまないね。J・Jを遣わせられなくって』
深層心理を読まれているようで気に食わないが、バルクスはおくびにも出さずに応じる。
「《マサムネ》の提供、感謝する。支払いは……」
『いいよ。事前交渉通り、無料で引き渡そう』
ハイドの頭目を名乗る相手の言葉にバルクスは警戒心を解かずに返答していた。
「それは後が怖いな。自爆システムでも組み込まれているのなら、我々の禍根になる」
『疑り深いなぁ。……まぁ、自爆とは違うんだがちょっとしたシステムは組み込ませてもらっている』
まさか自爆に近いものを交渉材料に使われているとは想定しておらず、バルクスの声は僅かに上ずる。
「……どういうつもりだ? 部下たちに何を……!」
『あまり急き過ぎて欲しくないなぁ。なに、大したものじゃない。普段は機能すらしないだろう。アルファーを駆動系に組み込んであってね』
「アルファーを? だがそれは……」
『そう、八将陣ならばご存知の通り、血続にしか反応し得ない特権の塊。だが、それも改造しておいた。……おっと、“元八将陣”と言ったほうがよかったかい?』
通話先でおちょくられている事実よりも、アルファーの改造品を組み込んだ人機と言うのは聞いていなかった話だ。