「あら、小河原さん」
「……黄坂のガキじゃねぇの。……何やってンだ? こんなとこで……」
いや、それよりも疑問に思うべきなのは頭から被った仮装の着ぐるみだろう。特徴的な二つの複眼と、それに両腕より垂らしているのは袋であろうか。一体全体、どうしてそのような格好をしているのかはまるで不明で、両兵は言葉に迷っていた。
「……一体、何でこんな格好を? と言いたそうね……」
「言わんとしていることが分かっているのなら、そんなカッコすんなよな……。何だってンだよ」
「青葉なら出てこないわ。これが怖いのよ」
「……これ、って何だ? バッタか?」
体表が緑色なので日本で有名なヒーローものを想起したが、ルイは不服そうに胸元を反らす。
「分かんないの? 意外と自信作なのに……」
「手先器用でいやがるなぁ、てめぇも。黄坂とどっこいだよ。……で? それは結局何なんだ?」
問い詰めると、ルイはじとっとした眼差しで応じる。
「……教えれば、小河原さんは青葉に味方するから、教えない」
ぷいっと視線を背けられ、両兵は困惑するしかない。
「なーに、言ってンだ。……青葉と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩なんて、子供のすることよ。私はそんなに子供に見えるのかしら?」
両兵は沈黙を返事にする。充分に子供なのに何を言っているのだろう、その視線が伝わったのか、ルイは頬をむくれさせる。
「……呆れた。やっぱり、小河原さんには芸術が分からないみたいね」
「……何気に失礼でいやがるな。そんなことよか、青葉だっつーの! 下操主が居ねぇと訓練になんねぇだろ! てめぇらの都合は知んねーけれど、こんなところで無駄な争いをしてるンじゃねーよ!」
「無駄な争い? 失礼ね、これはちゃんとした、儀礼よ。小河原さん、知らないの? トリックオアトリート」
「あン? 何だったか、そりゃあ……」
ルイが両手の内袋を裏返すと、ちょうどポシェットのようになっている。なかなかに器用な仮装である。
「お菓子ちょうだい」
「……何を言って……。菓子なんざ、カナイマじゃ貴重品だろうが。てめぇにやる菓子はねぇっての」
「……じゃあイタズラね。ていっ」
ルイがローキックを放って来る。微妙に痛いのがより陰湿さを際立たせてきて少し嫌だ。
「痛って。痛ぇってば! ……何なんだ、マジに! ……もしかして、そういう陰湿な遊びが流行ってンのか?」
「……失礼ね。私のローキックはフェザー級よ。陰湿な遊びなんかじゃないわ。青葉じゃないんだから」
「……まぁ、それもそうか。年がら年中プラモばっかのもやしっ子の陰湿さには敵わねぇわな」
「……二人とも、聞こえてるんだからね……」
宿舎の扉一枚を挟んで青葉の声が聞こえてくるということは、寝入っているわけではない様子だ。
「何やってンだよ! 訓練! 分かってンだろ? 遅れたら山野のジジィがうるせぇンだからよ、てめぇだって《モリビト2号》から外されるのは嫌だろうが!」
ドンドンと扉を乱暴に叩くと、青葉の苦渋を噛み締めたような低音の声が漏れ聞こえてくる。
「……私だって、ちゃんと訓練には出たいもん。けれど……けれどね、両兵」
「おう。何だってんだ? 腹でも下したか?」
「……違う」
「じゃあ何だ? あれか? 歯が痛ぇだとかか? 安心しろって。麻酔ありでいいんなら、ヤブ医者共なら大勢……」
「それも違う! ……もう、何で分かんないの?」
「分かんねーって! 何なんだよ!」
籠城戦に持ち込まれれば青葉の部屋はちょうど角部屋に位置しているので、最終手段としてならば窓から入れるが可能なら穏便に済ませたい。両兵は時間いっぱいを要する覚悟で、問いを重ねていた。
「……じゃあ、何だ。てめぇ、まさか今さら操主やりたくねーとか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「そ、そんなの言うわけないじゃない……! 何で両兵ってばすぐ短絡的なほうを言うの! この分からず屋!」
「何だと! ……じゃあ一体何だってンだ! 他に変わったことでもあったか?」
「……何で両兵って目の前のことが分からないのに、そういう風なの? もっと周りを見なよ」
それは何だか、普段の自分に周りが見えてないように糾弾されているようで両兵にしてみても飲み込み切れない言葉であった。
「てめぇに説教垂れられるほど落ちた身分でもねぇよ。じゃあ、何だって言うんだ? ヒント! ヒントくれよ」
「……ヒントって……目の前を見れば分かるじゃない」
「目の前っつーと……」
扉から視線を配ると、謎の仮装に身を包んだルイの姿がある。視線が合うと、ルイは少しだけ目線を落とす。
「……何よ。小河原さん、視線が無節操よ」
「あ、いや……ってか、お前が原因か? 考えてみりゃ、お前がずっと青葉の部屋の前で……これは嫌がらせなのか?」
「そんなことはないんじゃない? だって小河原さんにはこれが嫌がらせに見える?」
ぴょこん、とルイが謎の仮装の複眼で首を傾げる。せいぜい、変わった寝間着程度にしか見えない仮装であったが、これがどうしてだか青葉の逆鱗に触れた――考えたくはないがそう思うほかないだろう。
両兵は扉へと背を預け、うーんと考えを巡らせる。
「それが嫌がらせだとして……よく分かンねーんだよな。思い当たる節もないし……。なぁ、青葉! もう答え言っちまえよ!」
「知んない! 両兵ってば何でそんなにデリカシーがないの?」
「何だと……! てめぇみたいな半端操主にデリカシーを説かれる覚えはねぇよ!」
「半端って言った! ……もう、いいっ! 両兵って本当に察しが悪いよね!」
「ンなことはいいだろうが! ……訓練時間過ぎちまうぞ」
さすがに言い合っていても平行線だ。ここは自分が大人になって退こうと声から毒気を抜く。両兵にしてみれば不服以外の何物でもないが、訓練に遅れれば呼びに来た自分の責任となるのだから、それに比べれば随分とマシだ。
「……ねぇ、本当に分からないの? 両兵に昔、ちゃんと言ったはずなんだけれど」
「昔……っつーと、本当に結構前の話だな。まさか、それを思い出せって言うんじゃねぇだろうな?」
「……私のことをちゃんと理解してるのなら出るはずの答えなんだけれど……」
これが女の面倒くささか、と両兵は後頭部を掻く。覚えてもいないどころか、ほんの些細なことを覚えているか覚えていないかで女性からの好感度は違うのだと、軍からの払い下げの雑誌には書かれていたのを思い出す。あんなもの、気にするまでもない身勝手な大人のテクニックなのだと思い込んでいたが、まさかこんな局面で必要になるとは想定外だ。
「……じゃあ一個ずつ。思い当たることを言ってくぞ。そうだな……ガキん頃のお前だろ? 日本人形みたいなおかっぱだったのは覚えてるぜ? 最初は……そういや女だと思ってなかったな」
「もう! そういうところだよ! ……そもそも私のことを男の子だと思ってたんだよね! 両兵のばーか!」
「な――っ……! ……まぁ、それは置いておくとして……。何だ? あの頃の話だろ? えーっとだな……ロボットの超合金とかで遊んだ覚えはあるな。そんでもってもっぱらのあの頃のオレのマイブームって言えば……給食の車をジャックして銀行強盗ごっこだとか、あとはマンションの屋根伝いにジャンプして回って、ヒーローごっこだとか……」
「……両兵、よくよく考えてみると今と大して変わらなくない?」
「はぁ? さすがに変わるだろうが! もう屋根伝いに遊んだりはしてねぇよ!」
「……何だか男の子ってそういうところあるよね。根っこのところは変わってないのに、あの頃とは違うとか言い出したりとか」
「……ケッ。男友達なんざオレくらいしか居なかったてめぇがよく吼えたもんだな。にしても、思い浮かばんな……。あれだ、草を結んで大人を転ばせて全員で笑い者にしたことだとか……」
「……それって普通に危なくない? 両兵、よく怒られなかったよね……」
「まぁ、所詮、子供のすることだからな。可愛いもんだよ」
「……それは被害に遭ったほうが言う言葉なんじゃ……」
青葉の機嫌が直った兆候はない。それどころか昔を思い出せば思い出すほどに、青葉を不機嫌にさせているような気がする。
ここは可及的速やかに、なおかつ的確に今回の根源を探り当てなければ堂々巡りになるだろう。
考えろ、考えろと自身に言い聞かせる。だが身に覚えのないことを思い出してみろと言われて、なかなか思い浮かぶことはない。
「あれか? 二日前の配給の時に、オレがチョコレートをちょろまかしたこと……だとか」
「……し、信じらんない。両兵、そんなことをしたの? みんなのチョコレートじゃないの!」
「う、うっせぇな……。魔が差したって奴だよ。……って、それでもねぇのか」
「……何だか両兵って普段から悪事を働いているせいで、こういう時の直感は鈍いんじゃない? いつもはあれだけ野性動物みたいなのに」
「……何気に悪口だな、てめぇ……。じゃあ、何だ? なぁ、黄坂のガキ。お前、知ってンじゃねぇの?」
頬杖をついて尋ねると、両腕から垂らした袋を裏返してルイが菓子を頬張っている。カナイマアンヘルでは高級品とされているチョコ菓子であったので、両兵は思わず声を上ずらせる。
「何?」
「あっ、てめぇ! ……なぁ、青葉。オレだけじゃねーようだが? ここに、チョコレート泥棒の犯人が居る」
「……ルイまで? 二人して本当に何やってるの!」
「……って、チョコレートの件じゃねぇのか。じゃあその……あれだ。この間、資料室に行った時、本の奥付破っちまって……そのまんま……」
「……両兵、そんなことまでやっていたの? 駄目じゃない! そういうことをすると、川本さんたちが怒られるんだよ!」
「わ、悪かったって……。って、これでもねーのかよ。じゃあ、もう一個。軍から払い下げのエロ本の取り分を多くするために、わざと要らねぇ本は廃棄処分にするって請け負って、そのスクラップを部屋のベッドの下に大量に……」
「……両兵、本当に最低じゃないの。それに、両兵のそういうガサツな部分に怒ったってしょうがないでしょ。生まれつきみたいなものなんだから」
扉一枚隔ててとんでもない罵詈雑言を吐かれているようなものだが、目の前に居るのならばともかく無理やりドアをこじ開けてまで首根っこを引っ掴む気も起きない。
「じゃあ、何だ? えーっとだな……」
会話を引き延ばしつつ、ルイにハンドサインを送る。どうにか話題を引き出せというサインのつもりだったが、ルイは少し考える仕草をした後、扉へと囁きかける。
「青葉のパンツ、しましまー、だってさ」
「な――っ! 何、考えてるの! 私のパンツを見たの?」
「ご、誤解だ! 誤解! ……第一、ガキのパンツになんざ欲情するかよ……」
「本ッ当! 最悪! 両兵ってば、汚らわしいんだから!」
「だから誤解だって言ってんだろうが! 今のは黄坂のガキが勝手にだな……」
当の張本人のルイと言えば、今度はスナック菓子を両腕の袋から取り出しており、涼しげな顔で頬張っている。
「……なぁ、その菓子はどっから出てンだ?」
「知りたい? 知りたいんなら、あれよ。トリックオアトリート」
「だから、それが分かンねーんだって。何だったか? トリック……って手品だとかそういう話だよな?」
英語がほぼ母国度とは言え、急に馴染みないスラングを出されると生来の応用力の弱さが際立ってくる。喋るのなら平気なのだが、座学となればそれは別種の話だ。青葉やルイのように必死に勉強したわけでもないので、言葉を変換し損ねて困窮する。
「こういう時、オヤジが居れば一発で解決してくれるんだが……今日は生憎出払ってるし……あんまし時間かけると山野のジジィもうるせぇし……」
ため息ばっかりが増える中で、両兵は不意に差し出されたルイの菓子を手に取って口に運ぶ。
「……うん、旨ぇ。普段は食わんからな。操主の体重制限もあるし、あんまし食うとヒンシやデブがやいのやいの言いやがるから……。あ……」
そこで思い至った予感に、両兵はだがこれは一歩間違えれば諸刃の剣だ、と言い澱む。さすがの両兵でもこれを言ってしまうと女性が怒ることくらいは分かる話題であったが、他に思い浮かぶ妙案もない。
「あのだな、青葉……」
「……なに? 急に歯切れが悪くなったけれど……」
「いや、そのだな……。これはさすがに……オレみたいな人間でも分かるんだぜ? けれどよ、他に思い浮かばねぇから仕方なしに言っているだけなんだからな? 勘違いするなよ?」
「……もう、ようやく分かったの? そこまで言い訳するんなら怒らないから、言ってよ。もう疲れちゃうじゃ――」
「ほんじゃあ、そのだな。……太ったんだな?」
「……は?」
扉の向こうで青葉が凍り付いたのが気配で伝わる。否、気配だけではなく、その存在の全部で理解できてしまう。
「いや、こっちに来てから操主の体重制限があるんだって、てめぇも分かったところだとは思うんだがよ。気持ちは理解できるぜ? ここのメシってまずい時にゃとことんまずいが、美味い時には食い過ぎちまう。そりゃー、日本でのほほんと暮らしてきた中学生であるところのお前にしてみりゃ、体重の増減なんざ日常茶飯事――」
言い切る前に扉が開く。ようやく当たりを引き当てたか、と思った瞬間、飛んできたのは枕の鋭い一撃であった。
「……本当ぉーに……信じらんない! 両兵ってばデリカシーなんて一欠けらもないとは思っていたけれど、そこまでなんて! 女子に体重がどうだとか、普通言う? 馬鹿っ! 万年不潔っ! でべそ!」
枕の一撃だけを自分に与えて青葉は扉を閉めるだけではなく、内側からロックをかけたのが音で伝わる。今までよりもなお強固に閉じこもった青葉に両兵は枕を顔で受け止めて、今しがたの青葉の悪口の応酬に言い返していた。
「でべそとは何だ! でべそとは! 見たこともねぇクセに勝手言ってんじゃねぇ!」
「見なくても分かるもん! 両兵ってそういうとこなんだよ!」
がるる、と両兵は扉に齧り付かん勢いで反論しかけて、それもこれも全部間違っているのか、と途端に冷静になる。
「じゃあ、何だってんだよ……。おっ、旨ぇ」
ルイから菓子を差し出されてぽりぽりと齧りながら、両兵は事の次第を整理しようとする。そもそも青葉が操主訓練を断るなど相当な一大事なのではないか。今まで人機に関してで言えば怖いくらいの積極性であったのだ。それを曲げてまで、こうして閉じこもっているのはともすれば自分にとってだけでもない、カナイマアンヘルにとっての損失になりかねない。
「……青葉の文句にも困ったものね」
「まぁ、それはその通りなんだが……。オレが解決しねぇとこの問題はデカくなるんじゃねぇの……?」
となれば、意地になってでも青葉を連れ出すべきだろう。説得はここまで試みて来たのだ、ならば実力行使だと思い立ち、両兵は角部屋の窓を垣間見るが、そこには「男子禁制!」と書かれた紙と共に予め有刺鉄線が張り巡らされている。
「……こんなの青葉がするわけねぇよな?」
「南が身勝手なお人好し精神で日曜大工していったのよ。私の宿舎の部屋もそうだもの」
こんな時に足を取られるのがまさか南による良かれと思った行動だとは想定外で、両兵はがっくりと肩を落とす。
「じゃあ無理だろうが……。どうすンだよ、こいつ。青葉ァ! いい加減機嫌直せよな! 《モリビト2号》に乗れなくってもいいのかよ!」
「そ、それはぁ……。嫌だけれど……」
どうにも青葉が人機への操縦を渋るのが納得いかない。一体、何をそこまで嫌がっているのだろう。両兵はこれまでの行動を顧みる。よくよく考えてみれば、自分が呼ぶ前に青葉は立てこもってしまっているのだ。原因は自分以外だと思うべきだろう。
「っても……それっぽい原因なんざ……」
理由を探ろうとして、両兵はポリポリと菓子を食べながらルイのほうを見やる。ルイは特徴的な仮装のまま、こちらの視線を受けて眉根を寄せる。
「……なに?」
「いや……よく考えりゃ、答えは最初からここにあるじゃねぇの。黄坂のガキ、その仮装、何なんだ?」
「見て分からない? かなりの自信作なんだけれど」
「まったく分からん。複眼に袋を持つ生き物なんざ居るかよ。緑色だし、カンガルーとかじゃなさそうだが」
「じゃあ罰ゲームね。ていっ」
またしてもローキックと言う地味に効くような攻撃をしてくるので両兵はそれを振り払い、足を掴んで逆さ吊りにする。
「だぁっ! 何だってンだよ!」
「ちょ、ちょっとやだ……離してよ……」
「離さん! 生意気なクセに、仮装なんてして色気づきやがって……!」
「ちょっと……! 青葉、小河原さんに襲われる」
「えっ……! ちょっと、両兵……!」
思わず扉を開けた青葉と視線がかち合う。逆さ吊りのルイに両兵、そして青葉の三者三様の眼差しがしばらく交わされた後に青葉が扉を閉ざす。
「……えーっと……最低! 両兵ってば、見境ないの?」
「な……っ! ってか、せっかく扉開けたんならそろそろ出て来いよ! これじゃあ、あれだ……。日本神話のーえーっとだな……」
「天岩戸ね。いつまでも出てこないアマテラスを八百万の神がどうにかして出すために四苦八苦したって言う」
「おう。それだ。……じゃあ、どうする? どんちゃん騒ぎでもして天岩戸作戦と行くか?」
「日本酒ならあるわ」
両腕の袋からワンカップを取り出したルイに、両兵は一体その袋にはどれだけ入っているのだと訝しみつつも杯をルイと交わす。
「じゃあえーっと……何に乾杯するでもねぇが」
「じーっと出てこない青葉に乾杯ね」
「……まぁ、そうなるのか? それにしても……こんだけ騒いでも出てこねぇのな」
ひとまず一杯とワンカップを呷っていると、扉が少しだけ開いていることに両兵は勘付く。肘で小突き、気付いているか、と目線を送るとルイも頷いていた。
「……にしても、青葉の奴ももったいねぇなぁ! 菓子に酒にたくさんあるのによ!」
多少わざとらしいが大声で言うと、ルイは両腕の袋からまだまだと菓子を取り出す。
「軽く宴会ができるわよ」
「……あのよ、貰っておいてなんだが、その仮装、どうなってンだ?」
「企業秘密よ」
唇の前で指を立てたルイに、両兵はさいですか、と呆れ返りつつも青葉を何とか引き出すための「天岩戸作戦」を敢行し続ける。
しかし、こうして視線を気にしながらだとまともに酔えないもので、何だか醒めてしまう。菓子がいくらあっても、これでは満腹感もないなと思っていると、両兵は思い至る。
「そういや、こんだけ菓子が集まるのも珍しい……。普段は倉庫に備蓄してるはずだろ? 何だってンだよ」
「……今さらね。だからトリックオアトリートだと言っているでしょう」
「だから、意味が分からん……あ、いや。天岩戸のついでに思い出した。ってか、何で今なんだ? もうとっくにハロウィンはやっただろうが。……この時期に菓子をねだる風習なんざ他にもあるんだったか」
どうしてなのだか失念していた。そもそもカナイマアンヘルにはまともに欧米の風習が息づいているわけではない。どちらかと言えば日本人ばっかりなので、地球の反対側でも日本の行事を大事にしていた。
そのせいでルイの珍妙な仮装と、そして菓子を結びつけるのが遅れてしまったのだ。その上、もうハロウィンの季節はちゃんとこなしていたので、まさかルイが蒸し返すとは思いも寄らない。
「何でもう過ぎたハロウィンなんだよ。てめぇがデカい図体のアルマジロのバケモンで襲ってきたのは……もう半月ほど前の話だろ? そうじゃないとすりゃ……単に脅かし合いか?」
「……そこまで分かっていてまだ分からない? あまりにも遅いわよ」
「けれど、だとすりゃあ、よく分からんのだが。何で青葉はこうも強情に立てこもって……」
そこでハロウィンの風習である仮装に気づき、ルイへと訝しげな眼差しを向ける。
「……それって結局何なんだ? 虫のオバケか?」
「分からない? カマキリよ」
「カマキリ……カマキリ……なのか?」
仮にカマキリだとして、青葉に何の因果があっただろうか、と思索していると、キィと開けた扉の隙間から青葉が口にする。
「……両兵、本当に忘れちゃったの? 私、一番怖いものがあるって昔言ったよね?」
そこまでヒントを出されれば両兵でもようやく答えに至る。いや、しかしと両兵は思わず青葉のほうへと振り返っていた。
「……まさか。カマキリが怖いってンで、ずーっと出て来られなかったのか? そんなことで?」
「そんなことって何! 私にとっては重大なことなんだよ!」
「いや、悪い……。けれどよ、モノホンじゃねぇだろ。黄坂のガキが入ってるのは見えてるだろうが!」
「それでも怖いんだもん……! ねぇ、どうにかしてよ……」
「どうにか……って言われても……」
ルイは悪びれもせずに菓子をもぐもぐと齧り、時々青葉のほうに振り向いて威嚇する。
「きしゃー」
「わっ……!」
まさかそんな幼稚なことでこうまで時間を取られたとは思いも寄らず、両兵はげっそりする。
「……なぁ、青葉。何だってその……カマキリが怖いってことがバレたんだよ」
こんこんとドアをノックして問いかけると、青葉は扉一枚隔てて泣き言を言う。
「だって……勉強の中でお互いの怖いものを英語で言い合おうって話になって……。私はルイや両兵と違って英語は喋るのも苦手だし……。例文を言い合えば親しみが持てるって先生に言われたから……」
「その例文がこれね。“私はカマキリが怖いです”と」
几帳面にもその文面を取り出したルイが言いやると、青葉は心底参ったとでも言うようにうぅ、と呻る。
「ズルいよぉ……。ルイは“怖いものなんてありません。強いて言うのならまんじゅうが怖いです”なんだもん」
「そうね。まんじゅう怖いわ」
明らかに青葉の怖いものを引き出すためのトラップであったわけだ。二人の勉強面でのやり取りにはそのような高度な駆け引きめいたものが垣間見えているとは、と両兵は呆れ返る。
「……なぁ、けれどそろそろ……。マジに行かねぇとヒンシたちから呼び出し食らっちまう。なに、油売ってたんだってな。カマキリなんざ怖くねぇだろ? あんなん虫だろうが」
「だって……! だって、鎌が両腕にあるんだよ? そんなの……怖いに決まってるじゃない……!」
どうにも他人の怖いものと言うのは理解できないものだ、と両兵は苛立たしげに髪をかき上げる。
「じゃあ、何だ。その怖いのを始末すればいいって話だよな?」
「そうだけれど……。ルイはまだ居るんでしょ?」