「あら? 木枯らし一号が吹いたのね……って言うことは、もう冬か」
「小夜、ちょっとババくさいわよ。嫌ねー、気が付いたらおばあちゃんになっちゃうなんて」
対面で編み物をするナナ子の言葉に小夜は眉根を寄せる。
「……とか言いつつ、その編み物は誰の……?」
「そりゃー、彼氏である伽クンに決まってるじゃないの! ああ! もう一か月もすればめくるめくクリスマスイベント! ……って言うか、小夜はいいの? 手作りの編み物を作るんなら、今がチャンスよ? 来月になっちゃうと、年の瀬! 追い込み! で本格的に忙しくなっちゃうんだから!」
うっ、と手痛いものを食らった気分で小夜は言葉に詰まる。
「……そりゃー、ね……? 私も編み物の一つや二つ……やってみたいのは山々なんだけれど」
「図工は1だもんねぇ、小夜は」
やれやれと嘆息をつかれると、何だかいつまでも編み物が上達しない自分自身に嫌気が差す。そろそろ、手編みのマフラーくらいは安定して作れるようになりたいものだが、現状ナナ子の完全サポートと図解ありきでようやく一つ仕上がるかどうかだ。
「私、アレ苦手なのよねぇ……。ほら、家庭科とかでよくある……」
「あれって、もしかして針仕事? あー、確かに小夜って針で手を何度も刺して血まみれになってそう」
正直に言えばあれば小中学校時代のトラウマだ。どれだけやっても上手くいかないのに、他の女子は何てことないようにこなしていく中、自分だけが取り残されて居残り授業は通例であった。
「……何でみんな、当たり前のスキルのようにできるのかしら。ナナ子はいつ頃から上手く作れるようになったの?」
「いつからって……物心ついた時から手元の細かい作業は得意だったし、それこそ向き不向きって奴じゃない? 私は体育に関しては全然だったからねぇ」
喋りながらも器用に編み物を編んでいくナナ子の手元をじーっと小夜は凝視する。一体どこに、そのような素養があると言うのだろうと疑っていると不意にレイカルが叫んでいた。
「あーっ! これ……どうなってるんだーっ!」
「……びっくりした。急に大声出さないでよね……レイカル。って、あんたらそれ……」
「レイカルは針仕事もできないのかよ」
カリクムは何てこともないようにまち針を通し、自ら布の中に潜り込んで糸を通していく。今まさにレイカルたちが作っているのは手縫いのポシェットのようであった。
「駄目よぉ、レイカル……。こういうものは忍耐なんだからぁ……。それに比べてウリカルは順調ねぇ……」
「は、はい! ラクレスさんに教えてもらった通りにできそうです!」
ウリカルは器用にポシェットを作っていく。オリハルコン大のサイズなので彼女らにしてみれば大作業のはずであったが、こうも器用さに差があるのか、と小夜は茫然としていた。
「……意外……って言うか、何でポシェット? あんたらいつもの勉強はどうしたのよ」
「これも勉強ですわぁ……小夜様。木枯らし一号が吹いたのですもの。これから日本は寒くなっていくのでしょぉ? なら、創主に一つくらいプレゼントできたほうがいいはずですわぁ」
「つまるところ、レイカルたちも一か月後に向けてモノ作りに励んでいるってことね。……そうなると余計に小夜の立場がなくなるけれど……」
「そ、そうよ……! 大体、木枯らし一号くらいなんだって言うの!」
このまま追いこされてしまえば自分の立場が危ういと小夜があたふたすると、針を肩に担いだカリクムが自慢げに振る舞う。
「小夜と一緒にすんなよなー。私はこれでも、針仕事は得意だし」
その言葉に嘘はないようで、カリクムは順調にポシェット作りを敢行していく。小夜の中のイメージではカリクムは自分と同じく不器用だと思っていただけに意外でしかない。
「……カリクム。あんた、何で針仕事なんて得意なのよ。私のオリハルコンでしょう?」
「……別にオリハルコンが創主に似るとは限らないだろー! ……私は元々って言うか……」
口ごもったので、あっ、と小夜は勘付く。前の創主であったカグヤがともすればカリクムには針仕事を教えていたのかもしれない。ある意味ではカリクムにとっても大事なスキルなのだろう。
思えば、カリクムは野良オリハルコンであった時期が長いはず。自分の着るものを自分でメンテナンスをすることも多かったのは想像に難くない。
しかし、普段の行いや発言から鑑みると到底信じられず、小夜は疑念の眼差しを向ける。
「……何だよ、その眼は」
「いや……普段はあんだけ痛がりですぐに癇癪を起こすあんたが、まさか針仕事なんて我慢と忍耐の趣味があるなんて思っていなくって……」
「癇癪なんて起こしてないだろ! 本当、勝手なことばっか言うんだもんなぁ、小夜は!」
ぷいっと視線を背けてカリクムが針を通し、糸を自在に操る。そう言えばカリクムはレイカルよりも手元や足先で攻撃することが多い分、案外、繊細な作業が向いているのかもしれない。
レイカルは、と言えば予想通りで糸に絡まるわ針でちくちくと自分の背中を刺すわで散々であった。
「何でだぁ……! こんのぉー! 外れないぞー!」
「あーあー……絡まっちゃって……。ちょっと大人しくしてなさい、レイカル。ほら、解けた」
ナナ子が見かねて手を貸し、レイカルを糸から解放するとぜーぜーと息をつく。
「……は、針仕事……恐ろしい……! こんなに恐ろしいことを、何で平然とできるんだ? ナナ子は……」
「何でって……。慣れてしまえばむしろ手慰みになるって言うか、喋りながらでも余裕よ」
レイカルの視線が小夜へと注がれる。同類を探すような懇願の眼差しに思わず小夜は視線を外していた。
「……割佐美雷! 私たち、似た者同士……!」
「レイカルと似た者同士は不服ねぇ……。って言うか、何だってみんなしてポシェット作り? 私だけ何も用意してないのが何て言うか……」
「ヒヒイロもやってないぞ? なー、ヒヒイロー」
「少し待たれよ。……真次郎殿、次手まで五分以上経ちましたが」
「まぁ、ゆっくりやろうじゃないか。そろそろストーブを出さないときついかもな……。よっと」
「こうなってしまうと待ったと同じようなものですな。ストーブは棚の右下にありますので。さて、木枯らし一号が吹き、寒くなったので創主のためにポシェット作りですか」
「あっ、聞いていたんだ……。何だってレイカルたちにまで編み物させてるのよ」
「そもそも、編み物をすること自体はいいでしょう。オリハルコンはなかなか、自分よりも大きなものを自在に動かす、と言うトレーニングが必須なのです。それはアーマーハウルを自らの手足とする際、ハウルのコントロールを求められるのですからね」
「……そう言えばハウルシフトした時にはあんまり考えてなかったけれど、手元と足先とかで別のものを動かしてるって感覚はないわね。あれってみんなそうなの?」
問いかけるとラクレスが女教師姿で妖艶に微笑む。
「そうですわねぇ……バイパーは放出型ですから、さらにテクニックを要しますわぁ。レイカルとカリクムは武器にハウルを込めるタイプですから、それに関しても個々人で違いそうなものですが」
「わ、私のバロンイーグルはレイカルさんのと同じタイプなので……」
とは言え、ウリカルの戦い方の真骨頂は身の回りのハウルを利用してのテレポート戦法だったはず。やはりオリハルコンの戦い方の定石はそれぞれ違うのだろうか。
それとなくヒヒイロに視線をやると、彼女は何でもないように軽く応じる。
「九尾刀・蒼牙の扱い方ですが、あれもレイカルらと同じく武装型。私のハウルの推進力で加速はさせますが、基本的にはオリハルコンの戦法には三種類あると言っていいでしょう。放出型……これはラクレス、あとはセラミアも同様ですね。それとは違い、他者のハウルを使っての応用戦法。これはウリカルやミスリル姉妹が該当するでしょう。ミスリルの場合はリル、と言う限定概念となりますが、これもハウルを繰るのと同種の繊細な扱いが必須となります。残り一つは、単純な近接武装型ですね。レイカルやカリクムなどがそうです」
「……自分や創主のハウルを増幅させて、武器を伸長させたり、あるいはハウルを拡大化させてリーチそのものを変幻自在に操る……。最も基本的な型でありながら、やり方次第では多種多様な相手と戦える……。ある意味では万能ですわね」
そう結んだラクレスに小夜はうーんと思案する。
「その、三すくみ? とかはないの? 放出型は武装型に強いだとか、じゃんけんみたいな」
「残念ながら、そのようなものに捉われないのが強みであり、弱みでもありますね。単純に見ただけでは相手の武装タイプが割れない、と言うのはアーマーハウルを扱うに当たって初歩でもありますが」
「思い返せばエルゴナは近接武装タイプと放出型を行ったり来たりしていたわね。ああいうのもあるんだから……オリハルコンってのは単純な強み弱みに集約されないってわけ」
「……ちょっと、ナナ子。勝手に納得しないでよ。……うーん、それと針仕事の関係は?」
「甘いわねぇ、小夜。針仕事ってのは両方なわけ。手元の針と、完成イメージを描く近接型と応用型の合わせ技。ヒヒイロは創主へのプレゼントにするのと同時に、オリハルコンとしての戦い方を教えようとしているわけね?」
「さすがはナナ子殿。その通りでございます。二種類の技が使えれば強いのはどの世界も同じ。加えて、このように。放出型の鍛錬にもなりますので」
ヒヒイロがハウルで布と針を持ち上げるなり、するすると針に糸が通され、ほんの五分もしない間に立派なポシェットが出来上がる。
小夜が目を瞠っていると、ヒヒイロはぱんぱんと手を叩く。
「……ヒヒイロまで針仕事ができちゃうなんて……」
「鍛錬の代物ですので」
そうも簡単に言われてしまえば、とことん自分の立場がない。小夜は悩み、考えあぐねた結果、ナナ子へと視線を流す。
「……ねぇ、ナナ子。ソーイングセットの余りは……」
「そう言い出すかなって思って。手袋でも作る?」
ナナ子の常備しているスーツケースは本当に万能で、案外ミサイルからブラジャーまで入っていると言うのは誇張でも何でもないのかもしれない。
「……えーっと、こっちがこう? これがこうで……?」
探っている間にちくりと針が指先を刺して小夜は思わず取り落とす。
「……痛った。これだから嫌なのよ、裁縫って……」
「途中まで私が作った手袋なのにねー。って言うか小夜。今刺したのってまち針のほうじゃないの? ……どんだけぶきっちょなのよ」
「う、うるさいわね……。私、これも嫌なのよ……。まち針ってどういう文化なの?」
「まち針は布が動かないようにしてるの! ……これがないと布同士が擦れて、それでずれちゃうでしょ?」
その合理性が信じられないように見つめていると、またしてもレイカルの悲鳴が上がる。
「だぁーっ! 今度はぐるぐる足にまとわりついて……!」
「レイカル、もうちょっと針に慣れなさいよね。針は常に手前に構えて、そんでもってまち針にかからないように、ぐっと潜って……ほら!」
カリクムが針を通すと、自信満々に胸元を反らす。それを自分とレイカルはほとんど同じ気持ちで眺めていた。
「……カリクム……ぅ。何で普段はあれだけ痛がりなのに、針は平気なんだ?」
「そうよ。針って痛いじゃないの」
小夜とレイカルの意見が合うのは珍しいので、今度はカリクムが困惑する番だ。
「……何でって……。そりゃー、お前。簡単だろ。自分の武器を怖がる奴が居るか? って言う……」
なるほど。先ほどカグヤに教えられたと言うのはどうやら裁縫知識や技術だけではないらしい。針を自分の味方だと思う、そう言った心構えの部分もあるのだろう。
「……むぅ。そう言われてしまうと、確かにって納得するな……。カリクムなのに」
「本当、そうね。……カリクムなのに」
「何なんだよ、今日は二人して! ……教えてやんないぞ!」
すっかりへそを曲げてしまったカリクムに、レイカルは自力で糸を解こうとして何度もつんのめる。
「裁縫なんて大嫌いだぁーっ! 何だって言うんだ、これぇ……」
「……しょうがない奴だな。レイカル、大人しくしとけ。これがこうなっていて……ほら、簡単に解けた」
見かねてカリクムがレイカルの足に絡みついた糸を解く。思ったよりも簡単に解けたので、レイカルは当惑しているようであった。
「あれ……? 何を使ったんだ、カリクム!」
「別に、何も使っちゃいないわよ。……針に慣れて、糸に慣れること! 針は敵じゃないんだぞ」
「……針は敵じゃない、か……」
何だか簡単なようで自分たちには困難で、レイカルへと小夜は目を合わせる。
「……とは言ってもだな……。うーん……」
「できました!」
ウリカルが早速ポシェットを完成させる。ラクレスがチェックし、それから頷いて強度を確かめる。
「ちゃんと縫えているわね。上出来よ、ウリカル」
「皆さんみたいに、ちゃんと上手く縫えるように頑張りたいです! そうですよね、レイカルさん!」
その純粋無垢な言葉に痛手を負ったのはレイカルだけではない。小夜は取り落としていた手袋を今一度構え直す。
「……ウリカルの手前、投げ出すのはちょっとね……」
「小夜、怖がり過ぎよ。先端恐怖症だってわけでもなし、もっと針を信じなさいよ」
ナナ子に言われると自分はどうにもまち針を恐れて端っこばっかりを摘まんでおり、さらに自分の扱う針も過度に怖がってぎこちなくなってしまう。
「針を信じる……。とは言ってもねぇ、ナナ子。針にいい思い出がないって言うか……」
「小中学校の家庭科の嫌な記憶とさよならするんなら、今しかないでしょ! きっちりと時間をかけてでも、ちゃんと針に慣れること! 技術なんて、そこから先よ」
無様に居残りを食らった記憶がフラッシュバックし、小夜はよし、とリベンジを誓う。どうせ、ここで不格好に作ったところで誰かに怒られたり居残りを喰らったりすることはないのだ。
ならば、もっと気楽に構えよう、と針を布に通す。そのまま流れるようにして次のポイントへと並み縫いしていく。最も基本的な縫い方だが、自分にとっては最難関。猛勉強するよりも、50メートル走で新記録を出すよりも壁は高い。
「ここがこうで……ここが……こう!」
「通ったじゃない。その調子よ!」