レイカル74 11月 レイカルと裁縫日和

 サムズアップを寄越すナナ子に小夜は少しだけ背中を押された気分で順繰りに縫っていく。

 それを見ていたせいか、レイカルがうずうずとしてヒヒイロへと声をかける。

「……ヒヒイロ、私もあれくらいはできるようになりたい! けれど、私にできるのか……?」

「レイカルよ。さっきのカリクムの言葉通りじゃ。“自分の武器を怖がるような者は居ない”、そうであろう?」

 ヒヒイロの心得たような言葉でレイカルも今一度、針を手にする。

「よぉーし! 絶対に仕上げるぞ!」

『――木枯らし一号が吹きました! 例年よりも四日早く……』

 家電量販店で買い物をしている最中、作木はそのようなテレビの文言を耳にする。

「あっ、もう寒くなるんだ……」

 レポートの保存のためにUSBメモリの安いものを探していたところだったが、ちょうど冬支度コーナーに差し掛かる。

 電気ストーブに温風機、さらに新型のこたつなど様々であったが、自分が買えるのはせいぜい使い捨てカイロが限界である。

「財布の中も寒いなぁ……。けれど寒くなるって言うんならそろそろ準備しないと」

 本来の目的から外れて使い捨てカイロを買い込み、帰路につく。

 思えば紅葉は目立たなくなってきた。それどころか寒々しい風が吹き抜け、自ずと肩を震わせる。

「うぅ……っ。思ったよりもすぐに寒くなっちゃうんだなぁ……。この間まで暑いくらいだったのに」

 憎々しげに空に放ったところで、虚しく霧散していくだけ。日が落ちるのも早まり、本格的な冬のシーズンの到来だ。こういう準備シーズンをもう少し設けて欲しいものだが、案外、気が付けば季節は巡っているもので、どうしようもなくなってから手を打つのが毎年恒例である。

「あっ、開いてる……」

 案の定、部屋の扉が開いており、窺うなりレイカルの反応があるかに思われたが、今日に限っては静かだ。

「あら、作木君。……ちょっとね」

小夜もいつものように余裕を持って返答するでもなく、目の前の型紙と布に悪戦苦闘している。

「……あの、何かあったんですか? 皆さん大人しいって言うか……」

「作木君。今日のレイカルと小夜には、超えなければいけない壁があるのよ」

 ナナ子の言葉に作木は布相手に針を通して二人同時に悲鳴を上げるのが視界に入る。

「痛ったー! もう……こんなものぉ……」

「また絡まった! こいつ……」

 二人して投げ出しかけて、六秒間深呼吸してその怒りを鎮めている。

「……レイカル。アンガーマネジメントよ。怒りのピークは六秒間。……ひっひっふー」

「ひっひっふー……」

 二人して深呼吸してはラマーズ法を用いて再び布に向かうので、作木にしてみれば困惑の種でしかない。

「えっと……どういう……。あっ、アイス買ってきましたけれど」

「アイスですか! あ、いや……それも我慢だ、ひっひっふー……」

 目を輝かせて飛び付きかけたレイカルが、また布との格闘に戻っていく。作木は冷凍庫にアイスを入れてからナナ子にそれとなく尋ねる。

「一体何が……?」

「まぁ、誰しも苦手なことってあるわよねぇって話。ところでだけれど、作木君。手袋って縫える?」

 差し出された型紙と布に作木は言われるままに針と糸を走らせていく。

「えっ……まぁ。こういうの久しぶりかもしれませんね……家庭科はまぁまぁ得意だったので、よく他の男子から代打を頼まれたなぁ」

「……やっぱり、作木君ってそういうキャラよね……」

 小夜がぼそっと呟いたのに目を向けると、彼女は悪戦苦闘しながらも布を投げ出すことはない。

 不思議そうに首を傾げながら縫いつけていると、ナナ子がちょいちょいと手招く。

「まぁ、半月くらい待ってちょうだい。これもある意味じゃ、小夜にとっては宿題みたいなもんだし。クリスマスの季節が来る前には、私が叩き込んでおくから!」

 ぐっと腕に力を込めたナナ子に、作木は分からないながらも裁縫に熱中している小夜とレイカルを視線に入れる。

「……まぁ、でも……乗り越えようとする壁があるって言うのは、いいことなんですよね?」

「もちろん! さぁ、みんな! 今日もナナ子キッチンの開幕よ! 寒さの沁みるこの季節には、あったかくしないとね! ロールキャベツを作ってあげる!」

 普段なら夕飯の献立にすぐに飛びつくレイカルも今日ばかりは真剣だ。作木は小夜のぎこちない作業風景を見ながら、ふふっと微笑む。

「時には見守ることも必要……ってことですかね。二人が、何かを乗り越えようと言うのなら」

 それを静かに待つのもまた、自分の仕事の一環だろうと作木はナナ子の待つ台所へと手助けすべく腕まくりする。

「今日は僕も手伝います。……いつも作ってもらってばっかりじゃ悪いですし」

「あら、作木君も殊勝ねぇ。じゃあお願いしようかしら! まずはキャベツを――」

 こうして役割が変わるのも、季節が巡った証なのだろう。

 冬の到来を吹き付ける窓辺の風の強さで感じつつ、作木はにこやかに自分のできる範囲でナナ子を手伝う。

 ふと、ポストに入っていたチラシが目に入る。

 こんな日は部屋に籠って、暖炉の前で裁縫日和――そんな事柄を記した料理チラシの通りに、きっちりと毎日を過ごしていこう。

「……うん。いい季節に、なったんだなぁ、今年も」

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