「はぁ? 何を言うとるんじゃ! わしはそこからそこまでやってもええ言うとるじゃろうが!」
「駄目だってば。ボクの取り分がなくなっちゃうでしょ! それとも、そんなことも分かんない鳥頭なの? あ、違うか。メカ耳っ娘ちゃん?」
ぴくり、と眉を跳ねさせる。明らかにこちらの逆上を狙った言葉にシオンも我慢すればいいだけの話なのだが、どうしても眼前の少女――エルニィ立花の憎たらしいサル顔を目の当たりにすればそんな我慢強さも霧散する。
「……ボッケームカつく! 分かった! 要はお前はわしの敵言うことじゃのう! ここいらで決着をつけたる!」
「いいさ! なら来なよ! どうせ、メカ耳っ娘にできることなんて一個もないんだろうしね!」
「はん! 言うやないか! なら、このデッキブラシに誓って、いざ勝負――!」
「立花さーん。二人とも、そろそろ掃除が終わって……って、何やってるんですか! デッキブラシ構えて!」
「あ、赤緒! こいつ、ナマイキ過ぎ! ボク、こいつ嫌いかもー」
「言うやないか! わしもこのサル顔は大嫌いじゃ!」
「何だとぉ! ボクの顔にケチ付けるなんていい度胸じゃんか! ……赤緒、こいつやだ! ボク、こいつの目の届かないところがいい!」
「えー……ワガママ言わないでくださいよぉ……。だって、立花さん、言ったじゃないですかぁ……。アルバイトしたいって……」
「そ、それは……だってさ。バイト先にこんな嫌な奴が居るなんて聞いてない!」
「はっ! それはこっちもおんなじじゃ! 何が悲しくってこんな場末の銭湯で働かなきゃならんのじゃ、まったく……。それもこれも!」
「それもこれも!」
エルニィと互いに反目し合い、ふんと鼻息を漏らしてそっぽを向く。それを困惑しながら赤緒は取り成そうとしていた。
「ふ、二人とも……せっかくのアルバイト先での初仕事だって言うのに、何でそんな風なんですかぁ……。早くしないと、掃除の時間終わっちゃいますよ……」
シオンにしてみればここまで馬鹿にされて黙っているのも無理な話。だが、それはエルニィも同じのようで、双方ともに別のほうを見ながらデッキブラシを走らせる。
その途中でカツンとデッキブラシがぶつかり合い、嫌でも睨み合いになる。
「……あのさ。退きなよ」
「それはこっちのセリフじゃ。退かんかい」
「……分かんないかな。このままじゃ仕事になんないんだけれど」
「それもそっくりそのまま返すわ。アホ面と仕事しとると、効率が下がってしゃーない」
「何だって! ……ねぇ、赤緒ぉ! こいつ、叱ってよ!」
エルニィがこちらを無遠慮に指差すので赤緒は憔悴し切ってしまったようで、すぐさま言葉を差し挟む。
「そ、そうはいきませんよ……。あと! 日本じゃ人を指差しちゃ駄目です!」
「ほぉーれ、アホ面。そっちが間違っとるんじゃ。とっとと道を開けぇ」
「何ぃ……! 絶対開けてやんない!」
デッキブラシ同士が激しく衝突し、エルニィの睨みにシオンは鍛え上げたチンピラの眼差しで応じる。
「あん? やるんか、おどれぇ……!」
「そっちこそ!」
「わわ……っ! もう、喧嘩はやめてくださいよぅ……! 私がせっかく、立花さんにアルバイト先を紹介したのに、これじゃああんまりじゃないですかぁ……!」
赤緒の困窮を他所にエルニィの足元へとシオンはデッキブラシを振るう。それを軽い挙動で飛び越えたエルニィがデッキブラシを突き出してくるので、即座に払い除けようとして、つるんと滑っていた。
背中からしこたま打ち据えたシオンは背中に広がる鈍い痛みに奥歯を噛み締める。
「勝った! ボクに勝てるなんて思わないことだね!」
勝利を確信したエルニィへとシオンはその足元に転がっていたタオルを引っ張る。すると、今度はエルニィが盛大に転び、その後頭部を洗面台に打ち付ける。
「痛った! 何すんだ! ボクの頭脳が駄目になっちゃうじゃんか!」
「そんなドタマ、元から駄目じゃろうが! おい! こいつの保護者じゃろうが! 何とか言ってやらんかい!」
「えぇ……私はあくまで立花さんのバイトの様子を見に来ただけなのにぃ……」
赤緒ががっくりと肩を落とす。再び立ち上がったエルニィとシオンは互いを睨み合いながら、こんな銭湯で働くに至った経緯を思い返していた。
「――瑠璃垣シオン。君は働け」
「あン? 何を言うとるんじゃ、このガキは」
『当たったぁー! 阪神レオボンズ、二塁送球!』
ちょうど七杯目の酒を注ぎながらテレビの野球中継に躍起になっていたので、シオンにしてみれば邪魔されたのが気に食わず、セリへと振り返る。
「聞こえなかったのか? そこまで低性能に造った覚えはないんだが」
セリは筐体と向かい合いながらキータイピングを忙しく打っている。その眼差しは一秒たりともこちらに注がれていなかったが、先刻の言葉を確かめるようにシオンは問い返していた。
「……聞き違えじゃなかったら、わしに働け、言うたか?」
「何だ、聞こえているんじゃないか。さすがに設計ミスを疑ったレベルだよ」
シオンはセリの分かりやすい挑発に立ち上がって酒瓶を掲げる。すると、割って入って来たのはこの部屋の主であるところのなずなであった。
「駄目ですよ! ドクターの頭脳は貴重なんですから!」
「退かんかい! こいつ……わしに命令しおった……!」
「命令して何が悪い? わたしは創造主だが?」
その言葉振りにシオンはとことん反吐が出るようにケッと毒づく。
「……それはその通りなんじゃがなぁ……! 稀代の人形師、ドクターオーバー言うんはここまでヒマなもんやったんか?」
「これが暇に見えるのならば君らの頭脳が追いついていないんだ。まったく、これだから戦場で戦いしか知らぬ身ばかりでは困る」
セリは一時としてこちらに視線を振り向けない。まるでその程度の価値でさえもないかのように。
「こいつ……! 一回酒瓶でそのご大層なドタマぶっ叩いたらな分からんようやなぁ……!」
「ここは抑えて! 第一、ドクター……ではなく、セリもどういう考えなんですか! シオンを……働かせるなんて」
「せや! どういう考え言うんや、ドクター!」
二人分の糾弾に晒され、ようやくセリはその気になったかのようにタイピングを止めてこちらへと向き直る。
「いいか? 如何に君が重要な……小型血塊炉を有する我々の切り札だとして、それでも限度と言うものがある。朝から晩まで飲み明かし、起きたかと思えば馬鹿みたいな音量で野球中継を見、そしてその結果に一喜一憂して、また飲み明かす。……これを看過できるのか? 姉さんは」
それは、となずなも言い辛そうにする。シオンはその場に座り込んで、なずなへと言いやる。
「……わしが下手に外とかに出ると困るんとちゃうんか。ヒマなんじゃ」
「だからと言って姉さんの貯金を全部酒に使うのもそうなら、わたしにしてみても、ずっとそんなザマでは大家に警戒されてしまう。東京がどれだけ他者に無関心な場所とは言え、その見た目で酒浸り、そしてずっと家に居るのも不自然だ」
セリの言い分にシオンはむっとしてしまう。
身に纏っているのは薄いタンクトップに下着程度で、確かに家の外に出るような格好ではない。
「……行きつけの酒屋はこれで何も言わんが……」
「それは常識外れと言うんだ。外見年齢はざっと十六歳程度なのに、酒を毎日のようにせがみ、そして無心する。……まったく、小型血塊炉のモデルケースでなければとっくに廃棄処分だな」
呆れ返った様子のセリにシオンは言い返す。
「そっちが勝手に造っておいて、わしのやり方に文句がある言うんか、ドクター。わしの魂を現世に呼び戻したのは自分らやろうが」
「それも若干の後悔だ。もっといい魂のサンプルがあったのでは、とね」
「……何やと。こいつ……一旦分からせてやらなあかんようやな……!」
酒瓶を掲げると、なずなが再び抑えようとする。
「ちょ、ちょっと! うちで流血沙汰は勘弁ですよ! ……セリ、そちらの説明も足りていないようですが……」
「これは失敬。馬鹿を相手にすると語彙も貧弱になる。反省だな」
「もう! そんな過剰に煽らないでください! ……シオン、一度座って話を聞いてください。ドクターも考えなしではないはずです」
「まぁ、そこまでの考えはないのだが。ゴクツブシを見ていると一言も二言も言いたくもなる」
明らかにこちらを煽っているが、シオンはなずなの説得もあって今一度胡坐を掻いて説明を求める。
「……考えくらいはあるんやろうな? ドクター」
「小型血塊炉のモデルケースだから、もちろん本来ならばその矮躯で対人機性能を誇るのが一番の運用方法なのだが、まだトーキョーアンヘルと対立するのには早い。ここは人間として、不自然ではない立ち振る舞いを覚えてもらいたい」
「はん! “人間”として、と来たか! わし相手によぉ言うやないか!」
「別に伊達や酔狂で言っているわけじゃないさ。ダテンシリーズであった頃の性能は最早、操縦技能以外ではほとんどないはずだ」
ダテンシリーズ――全ての因果の集約点の言葉にシオンは一瞬で酔いが醒めるのを感じていた。そもそも、金剛グループによって生み出された人造血続候補。戦い以外の価値なんて持ち合わせてはいないはずであったのだ。
「……ドクター。わしにそれ以外を求める言うんか」
「無論、それくらいはできてもらわないと困る。君は兵装である前に、その姿かたちは女性型そのもの。それなのに、いざと言う時まで遊ばせておく余裕もない。姉さんだってそれは困るはずだ」
シオンがなずなに視線を振り向けると、彼女はふぅむと瞼を閉じて思索する。
「……それは、確かにシオンが働いてくれれば、その分私も考えることは少なくっていいのですが……。ここ数日の出費は酷いものですし」
「ケッ! 要はわし一人養えんのかい!」
「それは養ってもらっている人間が吐く言葉ではないと思うが、いずれにせよ、瑠璃垣シオンとしてこの先生きていくのならば、もっと賢い道を取れ」
「……自分が瑠璃垣セリとして擬態しとるように、か」
「よく分かっているじゃないか」
皮肉たっぷりに言ってやったつもりだったが、どうやらセリは今の身分に納得しているらしい。特段のダメージを感じさせず、ただただ肩を竦められたのは純粋に腹が立つ。
「……そう言うても、ドクター。わしは女性型やし、その上で十六歳前後の見た目……元のダテン・スー時点よりも随分と華奢で若い身体で新生されたんや。これではできることにも限りあるが?」
「できることくらいはたくさんあるはずだ。この大都会、東京で生きていくのならばね。それに、見た目だけならば女子高生程度なのだろう。アルバイトでもするといい」
セリの言葉には裏面があるとは思えない。心底、働けと命じているだけのようであった。
「……その、ドクター。けれどシオンの性能が誰かの露呈するのはまずいです。如何に東京が混沌の街とは言え、真っ当な仕事以外をやらせるのは……」
「姉さんは何を心配しているんだ? アルバイトと言うのは別に後ろ暗いものばっかりではないだろう。そうだな……この間、チラシで入っていたここでもどうだ?」
セリがチラシを検分し、その中にあった「アルバイト募集中」の欄に着目する。
「何やと……? ふぅん、時給720円か。こんなもんでええんか? わしの本来の性能は人機と戦うためにあるんやろ?」
「もちろん、その性能を十全に活かせとまでは言わない。ただ、酒に溺れてるんじゃ、周りの心証はよくないし、わたしがこれから先、進めようとしている計画には不適合となる。どうする? 瑠璃垣シオン。せっかく生き返ったのに、また死ぬかね?」
明らかに分かりやすい挑発であったが、生殺与奪の権を握られているのは間違いないのだ。何せ、相手はドクターオーバー――稀代の人形師であり、単身でキョムに比肩し得る極限の存在。
自分のような戦闘兵器などそのさじ加減でどうとでも制御できるはずなのだ。だと言うのにあくまでも自意識に任せようとするのは彼なりの線引きか。あるいは創造物に対しての、愛情めいたものであろうか。
セリは読めない笑みを浮かべ続ける。
いずれにせよ、自分は戦闘単位。腹の探り合いをしていても、結局のところ勝機はない。
「……分かった。わしでも働けるところなら、それでええ」
僅かな睨み合いの後に譲歩した自分に、セリはこれも想定内とでも言うように微笑みかける。
「助かる。わたしとしても、君には自立してもらったほうがね」
それが本音なのか、それとも違う考えがあるのかは分からない。しかし、確かに十六歳前後の肉体であるのならば、働いていたほうが何かと便利ではある。
「わしが外で知識仕入れて……ついでに金も儲けてくれば、一石二鳥じゃ。言っておくが、わしの稼いだ金はわしのもんじゃ! 誰にもやらんぞ……」
「それはいざ、金を手にしてから言ってもらいたいものだ」
セリの言い分は気に食わないが、ここ数日間出不精であったのも事実。外との交遊は、言ってしまえば酒屋の親父とだけだ。そう言えば、と杯を振るとちょうど酒も切れている頃合いである。
「買うて来る」
「待て。まさかまだ姉さんの貯金を当てにしているのか? もう働く、と言ったんだ。なら、それまでくらい我慢ができないのか?」
「うっさいのぉ……。今日だけじゃ。明日からは働くんじゃ! 祝杯くらいええじゃろ!」
「その……シオン。せめてもうちょっとまともな格好で……」
なずなの声にシオンは脱ぎ散らかしたホットパンツと上着に袖を通す。
「こんなもん……」
「言っておきますが、うちから逮捕者を出さないでくださいね。……私が上に怒られるんですから」
含めたようななずなの物言いにシオンはケッと毒づく。
「諜報員、言うんは面倒でいかんのぉ。安心せぇ。明日から金には困らん!」
東京の街並みに吹き抜ける風はそろそろ夏の時分が近い。なので着込むのも馬鹿馬鹿しいのだが、そうしなければならない理由もある、と言うのが大都会のややこしいところだ。
いつも通り、行きつけの酒屋で酒を買い付けようとすると不意に声をかけられていた。
「……何だ。いつもの姉ちゃんじゃねぇの」
歩み寄ってきた姿にシオンは手を掲げる。
「何じゃ。いつもの浮浪者の兄はんやんけ」
「浮浪者とは言いようだな。……てめぇもどう見ても二十歳行ってなさそうだが」
「細かいこと考えんな。酒が不味ぅなるやろうが」
「……ま、それもそうか。オヤジ、いつものをくれ」
並んで会計をしている最中、ちょうど三十円足らないことに気づく。
「……なぁ、兄はん。三十円貸してくれんか?」
「あン? 何だ、てめぇ真っ当な人間がこんな人間に金なんざ借りていいことねぇぞ?」
「自分で真っ当やないって分かっとるんやないか。……ええんや! 何せ、わしは明日から働くんやさかいのぉ!」
自信満々に胸を反らして言い放つと、相手は呆れ返ったようであった。
「……何で明日から働くなんざ言ってる奴が、そもそも酒飲んでるんだよ。いいが、利子つきだ。橋の下暮らしの人間の三十円は命と同じくらい重いと思えよな」
「利子? ……ケチくさいこと言いよるのぉ……。まぁ、ええわ! わしは明日から働くんじゃ! どうじゃ! すごいやろ!」
「……そこまで偉そうにできる理由が分からん。相当な高給取りなのか?」
「時給720円やぞ!」
「……普通じゃねぇか。まぁ、何度か顔見知りだったんだ。利子つきとは言え、酒の趣味が合う奴なら歓迎はしてやるよ」
「辛い酒が野球中継には一番合うからのぉ!」
「おっ、分かってンじゃねぇの。じゃあ、三十円、ちゃんと貸したかンな! 覚えておけよ! 次会ったら請求するからな!」
「はん! せいぜい楽しみにしておくがええわ! じゃあ、酒瓶を……っと」
鼻歌を口ずさみながら途中まで同じ道すがらであったので、シオンは見上げて尋ねる。
「……なぁ、兄はん。自分、どこぞで見たことあるか?」
「あぁ? ……知らねぇって。知っていたとしても、酒浸りの若い女なんざ知り合いに居たってロクなもんじゃねぇだろ」
「それもそうか。わしらも酒の趣味だけは合うからのぅ。あんまし敵を作りとぉないんじゃ」
「それは同意だな。いずれにしたって、てめぇ、明日から働くんだろ? 真っ当に労働するんなら三十円くらい利子つきでもすぐ返せンだろ」
「当たり前じゃ! 何なら十倍にして返したるわ!」
「……それでも三百円なんだよな。ったく、豪快なんだかケチなんだか……」
ぼやくのを聞き留めながらシオンはちょうど路地に面した場所で手を振る。
「また気ぃ向いたら橋の下に行ったる。それまで死ぬんやないぞ、兄はん」
「おう、互いにな。金のトラブルと健康にだけは気を遣っておこうぜ」
手を振ってから、そう言えばとシオンは思い至る。
「……兄はんの名前、今日も聞けへんかったな。まぁええか。酒の趣味が合う奴じゃ。悪い奴のわけがないからのう」
――しかし、考えていたよりも面接と言うのは面倒くさいもので、シオンは本日三か所目のアルバイト採用が空振りに終わったことで堤防の上で胡坐を掻く。
「かーっ! 何や、あの店長! “酒くさい女子にコンビニは任せられん”やと……! 他の奴らも同様じゃ! こいつら何様なんじゃ!」
まずはコンビニであったがほとんど門前払い、次にガソリンスタンド、そしてスーパーの面接を渡り歩いてきたが、どれもこれも、ほとんどまともな面接にもならない。
「……大体、この金剛グループの主戦力であるダテン・スーが働く言うとるんやぞ! それを、どいつもこいつも……!」
ワンカップの瓶に口を付けようとして、これもまた不都合に映るのかもしれないと我慢して懐のポケットに仕舞う。
「……しゃーない。次のところはせいぜい、愛想よく行くとするか。……わし、見た目はええはずやな?」
ふと駅前で鏡の前で佇む。薄紫色の瞳に、亜麻色に近い長髪――服装に気を遣う趣味はないのでタンクトップの上からレザージャケットにホットパンツと言う井出達であったが、見惚れることはあっても拒絶されるいわれはない。
「やっぱり、笑顔の練習、か? 日本じゃ、スマイルはゼロ円言うからな。笑顔……笑顔……」
にへら、と精一杯の笑顔を作ったところで反射した自分の笑顔にOLがひっ、と短い悲鳴を上げて足早に去っていく。
「……笑顔、笑顔……っと」
今日の最後の面接だ。
時給は600円とかなり格安だが、この際、選り好みはしていられない。押し入るなり、シオンは頬を叩いて笑顔を作る。
「よし……!」
番頭の老人へと踏み入るなり、声をかけようとする。
「「すいませーん、ここでアルバイト……」」
そこまで声が合い、シオンは胡乱そうに視線を振り向ける。
「誰や。わしがバイトを……」
「誰? ボクがバイトを……」
互いに目線を合わせる。次の瞬間には睨み合いに発展しており、お互いに譲らない。
「……おい。ここでバイトするんはわしじゃ。おどれ、誰なんじゃ」
「そっちこそ! ボクだってここの銭湯、行きつけなんだけれど!」
額がくっつくほどの距離で、がるる、と唸り声を上げたところで人影が割って入る。
「立花さん! 何、喧嘩してるんですかっ! ……って、あれ? あなたは……」
「あ、自分は……確か……――」
「――赤緒ぉー……? ボクさ、ちょっといい?」