JINKI 335 アンヘルとにゃんこ その2

「びぇぇぇ~……っ! 赤緒さんの……っ、赤緒さんの馬鹿ぁ~……っ!」

 身も世もなく泣き出してしまった金枝を制止できず、両兵は石段の途中で立ち止まるばかり。金枝が石段を駆け下りてそのままの勢いで下町まで抜けていくのを茫然と見送ってから、ようやく追いついてきたのは赤緒とエルニィだ。

「あーあ! 赤緒ってば三宮、泣ぁーかした!」

「わ、私のせいですかぁ? ……でも、これは厳格な決まりごとの上に成り立っているって言うか……一人でも例外を出すと私だけじゃなくって皆さん、困るって言うか……」

 ごにょごにょと言い訳をする赤緒を他所にエルニィはふーんと訳知り顔だ。

「三宮のこと、特別視したいんだ? やっぱねー、友達だもんねー」

「か、からかわないでくださいよ……もうっ。って、ああ、小河原さん。来てたんですか」

「来てたんですか……じゃねぇっての。どうしたんだ? あいつ。いや、どうにかしてンのは今に始まったことじゃねぇだろうけれどよ……。女子供に泣かれちゃ、寝覚めも悪いったらねぇよ……」

「両兵も気になる? でも、今回ばっかりは赤緒が悪いんだからね! あれも駄目、これも駄目で……三宮だって善意からだったんだから!」

「わ、私だけに責任を擦り付けないでくださいよ……。立花さんだってその……経験はあるでしょうし……」

「でもさー、赤緒ってば融通が利かないんだから。あの時はあの時、今は今でいいじゃん。何だってあそこまで意固地になるのかなぁ……」

「そ、それはその……言いっこなしって言うか……」

 ちょんちょんと指を突く赤緒はどことなく悪いと思っていそうだが、両兵にはまるで何をそんなに議論しているのかがそもそも不明である。

「だぁーっ! 何だってンだ! てめぇら女々しいこと言いやがって……! はっきりしやがれってンだよ!」

「それは赤緒に言ってよねー! いい加減、締め付けも厳しいばっかなんだからさ! そもそも、もうちょっと優しくすればいいだけの話じゃんか」

「や、優しさと規律を守るのは違いますっ! ……違うはずですよ……ね?」

 赤緒が同意を求めてくるので、両兵は堪りかねて後頭部を掻く。

「……たまにメシを貰いにくりゃ、こうして要らんトラブルばっかり起こしやがる……! 何だってンだよ。そもそも、何で三宮はあんな馬鹿みてぇに泣いてたんだ? いくらまだトーキョーアンヘルじゃ新参だからって、てめぇら寄ってたかってイジメただとかじゃねぇだろうな?」

「い、イジメるわけないじゃないですか! 金枝ちゃんは私の友達なんですよ!」

「じゃあ、本題。イジメたわけでもねぇってンなら、何でああなっちまうんだよ。何か不都合なことが起きて……三宮にしてみればおおごとなんじゃねぇの?」

 そう考えるほかない。言及すると赤緒は目に見えて視線を泳がせる。

「そ、それはぁ……。あっ、小河原さんっ! お腹っ! お腹空いてませんか?」

「いや、そりゃあ腹は減っているけれどよ……。さすがに三宮を放ってはおけねぇだろうが」

「そうだよ。赤緒ってば案外薄情なんだねー」

 自分とエルニィ二人分の糾弾を受けると、赤緒も観念したのか嘆息一つで諦める。

「……分かりましたよ。けれど……考えてみてくださいね? これ、本当に私が悪いのかって」

「何だよ。柊にしてみれば、ちょっと棘のある言い草だな……」

「その……小河原さん、見ましたよね? 金枝ちゃんが何かを抱えていたのを」

 そう言えばすれ違う瞬間、金枝は何か黒々としたものを小脇に抱えているようであった。よくは見えなかったがあれが揉め事の原因だと言うのだろうか。

「ああ、あれ、何だ? よく見えなかったんだよな……」

「両兵だって納得よりも、赤緒の横暴さのほうが際立つってば。だって、小動物を許している時点で三宮にしてみれば何で? って話だろうし」

「何でアルマジロの歩間次郎が関係あるんだよ。……いや、待て? このパターン、前にもあったよな? まさか……」

「そのまさかで……」

 観念した赤緒はぽつりぽつりと語り出していた。

 ――登下校が安定するようになったのは喜ばしいことだ、と赤緒は感じる。それも、こうして四人ともが、何かを気負うこともなく日常を過ごせていること自体が特別なのだろう。

「けれど、赤緒ってば、この間の小テストの惨敗っぷりは笑ったなぁ! 女王バチに睨まれてるんだから!」

「も、もうっ。マキちゃんってばそれは言いっこなしでしょ……」

「その点、三宮さんは凄かったですわね。初小テストで満点なんですから」

「ふふーん♪ 何てったって金枝はぱーふぇくと美少女ですからねー! どんな困難だってドンと来い、です!」

「……またいつもみたいに調子に乗っちゃって……金枝ちゃんってば……」

 大抵、こうして金枝が胸元を反らして調子に乗っている時には後々悪いことが起きるのだ、と思っていると不意にマキが耳を澄ませる。

「ん? 何か聞こえない?」

 唐突に立ち止まったものだから金枝が顔を真っ赤にして下腹を押さえる。

「……すいません……金枝のお腹の音かと……」

「いや、そうじゃなくってさ。……うーん、鳴き声?」

 マキが植え込みの辺りを探ると、そこには段ボール箱が置かれていた。四人でそれを覗き込むと、丸まっていたのは小さな黒猫だ。

 その背中に白い模様が走っており、さながらこぢんまりとした天使の羽根のようであった。

「わぁ……っ! 赤緒さん、猫ちゃんですよ、猫ちゃん! 可愛いなぁ……!」

「あ、うん……そうだね……」

 早速、その魅力に飛びついた金枝に比して赤緒は少しだけ引いた目線になってしまう。このパターンはと思っているとマキが指を差し出す。すると小さな黒猫はマキの指をぺろぺろと舐めていた。

「わっ……くすぐったいなぁ。この子、捨て猫かな?」

「そのようですね。でも、こんな植え込みの中に捨てるってことは……」

「見つかりたくないっていうことかも。……うーん、けれど見つけてしまった手前、知らないふりをするのも気が引けるし……」

「その点ならご心配なく! 金枝がこの子を預かってあげますから!」

 調子づいたままの金枝がそうして大言壮語を吐くと、赤緒は気が気ではない。だって――柊神社で動物の飼育は――。

「ちょ、ちょっと金枝ちゃん……? それはその……」

「あ! それなら助かるかも! 私のところもペットは駄目でさ。泉もそうだよね?」

「ええ。心配ですけれど……金枝さんが面倒を見てくれるのなら、私も安心して預けられますわ」

「あ、あのね……? 金枝ちゃん……」

 慌てて制する前に金枝は胸元を叩く。

「ドーンと来い、です! 猫ちゃんの家は今日から柊神社ですよー!」

 どうにも金枝は何でもできてしまえるような万能感に酔っているようで、赤緒は言い出そうとして言い出し切れない。

 猫はみゃあと鳴いて金枝に懐いているようであった。

「よかったぁー……。さすがにここで見捨てるのは人として気が引けるもんね」

「そうですわね。……あれ? でも確か柊神社は……」

 泉が思い出そうとしているのを赤緒は必死に唇の前に指を立てて制する。

「泉ちゃん、しーっ! 今は……!」

 赤緒は金枝へと視線を流す。

「あははっ! くすぐったいですよぉ!」

 猫は完全に金枝を飼い主と認識しているようで互いにじゃれ合っている。その模様を眺めて泉は口を噤んだ様子だ。

「……赤緒さん、その私から言っても……」

「まずいよ、それは……。けれど……うん。何とかして……機を見て言ってみる」

 泉は柊神社のペット事情を知っているが、今の金枝に突き付けるのはあまりにも酷だ。

「じゃあねー! 赤緒も金枝も、その子の名前が決まったら言ってよねー! 遊びに行くからー!」

 いつも通りの分かれ道でマキと泉とは別れてから、ルンルンと鼻歌交じりの金枝にいつ切り出すべきか、と悩む。

「赤緒さん! この子、なんて名前にしましょう! アルマジロの歩間次郎さんが居るんですから……猫ちゃんにもちゃんと名前をつけないとですよね!」

「あ……うん。そう……だよね。まぁ、そうなるよね……」

「よぉーし! この子には世界で一つだけの名前をあげちゃいましょう!」

 猫を天高く掲げて天真爛漫に微笑む金枝にはやはり言い出せない。

 そうこうしているうちに柊神社には帰宅してしまい、金枝が早速上機嫌に玄関を開ける。

「ただいまー! です!」

「あれ? 何だ、もう帰って来たの? 三宮は相変わらずご機嫌だねぇ」

 出迎えたのはエルニィでそんな彼女に対し、金枝はふふんと鼻を鳴らす。

「ええ! ええ! なにせ、金枝はとってもご機嫌なのです! 立花さん! この子を見てください! 可愛いでしょう!」

「うん……? 子猫……? わぁ……っ! 確かに可愛い……けれど?」

「うん? けれど?」

 金枝が首を傾げる。エルニィが後ろで気まずそうにしている自分へと目線を振って言葉を促す。

「赤緒ー? 確か柊神社はー?」

 これまで幾度となく苦汁を舐めさせられたエルニィにしてみれば金枝の横暴を許すわけにはいかないのだろう。ここで見逃してくれるのならば、少しは分があったのだが、と赤緒は白旗を揚げるように肩を落とす。

「……ですよね。まぁ、これまで何回も言ってきたことですし……」

「……何のことです?」

「まぁまぁ。三宮もその洗礼を受ける時……ってことかな?」

 エルニィが肩を叩くと、金枝はちょこんと玄関先で正座する。その手を大人しく舐める子猫に、これから辛辣な現実を突きつけるのだと思うと赤緒も心が痛んだ。

「あのね? 金枝ちゃん……これは意地悪で言うんじゃなくってね?」

「赤緒さんは金枝に意地悪を言うんですか?」

「いや、そんなつもりはなくって……。うーん、どう言えばいいのかな……?」

「そんなことより……! この子の名前、考えましょうよ! きっといい名前をあげられるよねー?」

 子猫の顔を覗き込む金枝に、これ以上残酷なことを言えるだろうか、とエルニィに助けを求める視線を寄越すが、彼女はそれに首を横に振る。

「赤緒。……赤緒の責任だよ」

 そう言われてしまえば立つ瀬がないとはこのことで、赤緒は憔悴する。

「……ですよねぇ……。金枝ちゃん、いい?」

「赤緒さんもこの子の名前の候補とかどうですか? あっ、そうだ! 金枝、とってもいいことに気づきました! 今日は宴会にしましょう! この子の祝賀会を――!」

「金枝ちゃんっ! ……その、水を差すようで悪いけれど……」

 堪りかねて赤緒は金枝の言葉を遮る。できれば言わずに済ませたいが、これまで幾度となくエルニィやルイを注意してきたのもある。ここで見過ごせば、それだけで彼女たちから糾弾を受けるだろう。

「……どうしたんです? 赤緒さん」

「あの、ね? 柊神社はペット禁止なの……」

「次郎さんが居るじゃないですか」

 そう返されるのはある程度想定していたが、それでも赤緒はぐっと堪えて返答する。

「次郎さんは……ルイさんが南米時代から飼ってたから、特別枠って言うか……アルマジロだし。けれど犬猫は神社じゃ飼えないの。金枝ちゃんが拾ってきたその時に言うべきだったよね、ごめん……」

 金枝がエルニィへと視線を振り向ける。

 エルニィもそれに関してで言えば反論の余地もないとでも言うように肩を竦めると、金枝が再びこちらを見つめる。

 その瞳が瞬く間に潤んでいくので、赤緒はうろたえたように後ずさっていた。

「だ、駄目なんですか? こんなに可愛いのに……!」

「か、可愛くったって駄目なんだってば! これまで色んな動物を飼うとか言ってきたけれど、私が全部断ってきたし……」

「でも、でもですよ……! ここでもう一度捨ててこいって言うんですか? 赤緒さんだって見たでしょう? 段ボールに捨てられて……こんなに小さいのに……」

 赤緒は完全に悪者になっている自覚はあったが、それでもここで下手に通せば例外を増やすことになるだけだと断言する。

「……金枝ちゃん。元の場所に帰してきて」

 我ながら辛いし、こういう物言いしか出来ないのはしんどい。途端、金枝は子猫と自分とを見比べてから、遂には泣き出してしまった。

「う……うぅ~……っ! そんなの、ひどいです! あんまりですよぉ……っ! 立花さん! どうにかならないんですか? 天才でしょう!」

「いやー、こればっかりはねぇ。難しい問題なわけ。小動物みたいに自分のことをある程度できるんならまだしも……完全に子猫だしなぁ……」

 参った様子で返答するエルニィに金枝は二人を交互に見比べてから、子猫を抱える。

「そ、そんな……! 赤緒さん!」

「……ごめんね? ちゃんと言えればよかったんだけれど……」

 全部言い切る前に、涙ぐんだ金枝は赤緒を振り切って駆け出してしまう。

「びぇぇぇ~……っ! 赤緒さんの馬鹿ぁぁ~っ! 金枝は……金枝は失望しましたぁ~……っ!」

「ま、待って! 金枝ちゃん!」

 その背中を追いかけようとしたところで――両兵と出くわしてしまったのだから、始末が悪いと言えばその通り。

 赤緒は話し終えてから柊神社の居間で少しだけ不貞腐れる。

 この説明では悪いのは完全に自分である。

「別に一匹や二匹増えたところでいいだろうが。子猫だろ?」

「駄目ですっ! こういうの……ちゃんとしないと、例外が増えちゃいますから……」

 不承気に赤緒はエルニィへと視線を振り向ける。

「いやいや! 犬猫を拾ってくると思っているなんて心外だなぁ……!」

「……一回や二回じゃないですよね? 立花さんやルイさんが拾ってきたの……」

「それは、ほら! 動物愛護的な観点でさ!」

 どう言い繕っても、結局のところ生き物を飼うのには責任が伴うのだ。それを――東京に来たばかりで自分のこともろくにできない金枝に任せるのが不安なのもある。

「……ふぅーむ。柊の言い分は分かったんだがよ。三宮の奴が簡単に諦めるとは思えんのだが」

「それに関しちゃ、ボクも両兵の意見に賛成。だって、あの三宮だよ? ワガママ放題をこれまで通してきたわけだし」

「そ、それは……二人以上に私だって分かってるって言うか……」

 当たり前だ。友達なのだから、金枝が何を思いどう感じているのかくらいは分かっているつもりであった。しかし、この二人にしてみればそれも懐疑的なようで顔を見合わせる。

「……なぁ、柊。あいつ、結構沈んでいたと思うぜ? 子猫一匹くらい……飼ってやったっていいんじゃねぇの?」

「ボクもそう思うなー。これからの士気にかかわるって言うか」

「な、何ですか……。二人して反対意見なんて……」

 とは言え数の利はあちらにある。ここは一度民主主義を通そうと、赤緒は格納庫までパタパタと駆けていく。

「あの……お三方! ちょっと来てもらえますか……?」

「何だ何だ? 赤緒がわざわざ呼びに来るなんて珍しいじゃねぇの」

「赤緒さん、何かあったの?」

「……その、スクランブル命令はかかっていないようですが……」

 非常時だと思ったのか、思ったよりもすんなりとメカニック三人娘が寄り合う。

「ああ、なんてことはないよ。三人とも、まぁ落ち着いてお茶でもどう?」

 エルニィが飲みかけの湯飲みを差し出すと、シールと月子は渋面を突き合わせる。

「……なぁ、エルニィ。オレらを呼ぶほどでもないってんなら、帰るぜ? ヒマじゃねぇーんだからな」

「正直言うと……シールちゃんの言う通りなの。今、ちょうど調整の難しい三宮さんの機体を扱っていて……あまり余計な時間はかけられないかな……」

「ならちょうどいいじゃん。その三宮の話だし」

「……それは……どういうこった? 赤緒」

 こちらへと目線を振り向けたシールに赤緒はこほんと咳払いする。

「その……柊神社がペット禁止なのは……知っての通りだと思うんですけれど……」

「あれ? そうだったのか? アルマジロの歩間次郎が居やがるもんだから、そういうのアリなんだと思ってたぜ?」

 そういえば、最初にペット禁止令を出した時にはまだ三人は居なかったのであったか。その心象も次郎が居る状態からスタートならば話も変わって来るのだろう。

「いえ……基本的にはNGなんです。けれど……次郎さんは特別枠って言うか……」

「そうなの? 私、結構動物好きだから、次郎さんが居るのはとてもいいことなんだと思うなー。私の散歩当番はなかなか回ってこないから難しいけれど」

「あー、小動物の散歩はルイとさつきが基本的には持ち回りだしねぇ。ってか、ツッキーってそうだったんだ? 何で小動物とじゃれ合わないの?」

「そ、それは……さすがに恥ずかしいって言うか……」

「見ろよ、エルニィ。これで月子の奴、人並みの羞恥心があるってんだから驚きだよな」

「もう! シールちゃんってば茶化さないでよ!」

 シールの背中をバンバンと叩く月子に秋は気圧されたように呟く。

「私は……歩間次郎さんはトーキョーアンヘルの正式メンバーだけ触れるのを許されているのだと……黄坂ルイさんから聞かされていたので……そうだったんですね」

 またしてもルイの嘘八百がここに来て効いてくるとは想定外だ。

「小動物のことは、まぁ一旦置いといて……。三人はさ、動物を新しく飼うって言うと、どう? 反対?」

 その返答は慎重にしなければいけないと理解されたのか、シールが腕を組んで神妙に呻る。

「いや、そりゃーな? オレも動物は嫌いじゃねぇし、癒し? だとかはあるんじゃねーの。あっちの言葉で言うところのアニマルセラピーってのもないわけじゃねぇのと思うんだよな。ただ……それが全面的に正しいかどうかは、ほら、郷に入っては郷に従えって言うだろ? 柊神社の決定には異を挟まねぇよ」

「私も……基本的には。けれど……個人的なことを言えば、賛成かな。動物は好きだし……」

「わ、私は……はい。先輩方と同じく、柊神社の意向に従うということで。あっ、個人的には動物は好きですよ? でも……それとこれとは別って言うか……」

 つまるところ、民主主義の赴くところで言えば、賛成票のほうが多いわけだ。赤緒は嘆息をついてから、エルニィの好奇の視線にムズムズする。

「これでどう? さすがの赤緒でも一方的に否定はできないんじゃない?」

 自分を弄っているのかと思ったが、これはそうではないのだろう。エルニィなりの妥協点を探しているのだと思われた。頑なにペット禁止を強いるのではなく、少しは許してやってもいいのではないか、という。

「……でも、決まりですし……」

「決まり決まりって、とは言ってももう例外を作っちまってるんだろ? オレは一個特例があれば、臨機応変に当てはめていくのがいいと思うがよ」

 シールの物言いに何も言えなくなっていると月子がすかさずフォローする。

「あ、でもね? 赤緒さんがどうしたいのか、が一番なんじゃないのかな……? だって、あまりよくないって考えているのは赤緒さん自身なんだよね?」

「それは……」

 それはその通りだ。生き物の命を預かると言うのはそう容易いことではないはず。その上、金枝は未熟な面が目立つ。日々の学業と操主訓練、それらを加味した上で子猫なんて飼えるはずがないと思い込んでいる節はある。

 うんうんと呻っていたって仕方あるまい。赤緒はすくっと立ち上がる。

 自分がどうしたいのか。そして金枝に対してどういう自分でありたいのかを、他の誰でもない自分で示したい。

「……ちょっと行って来ます」

「いってらっしゃい。ちょっと遅くなっても誰も責めないよ」

 エルニィにそう言ってもらえると多少は助かった気分で、赤緒は石段を駆け下りようとして追いかけてくる両兵を目の当たりにしていた。

「おい! 待てって、柊!」

「小河原さん……?」

「一緒に行ってやるよ。……三宮の奴と仲違いにはしたくねぇだろうが」

「……心配してくれているんですか?」

「そりゃあそうだろうが。トーキョーアンヘルの面子同士で喧嘩なんざするもんじゃねぇし、それに三宮はあれでまだ新参者だろ? 同調圧力っつーのか、それに潰されるのは見てらんねぇよ」

 何だかんだで両兵も目端が利くのだろう。赤緒はこれも一つ借りになるなと思いながら夕陽に沈んでいく石段を駆け下りていく。

「行きましょう……! 金枝ちゃんの下へ……!」

 ――別段、期待していたわけでもない。

 ただ――この小さな命が自分そっくりだと思っただけなのだ。赤緒にとってしてみれば軽薄な意思に見えたのかもしれない。あるいはいつもの自分のワガママか。いずれにしても、行き場をなくした者同士、行き着くところはありふれている。

「……君も金枝そっくりなんだにゃー……」

 みゃあ、と子猫が鳴く。どこにも行き場なんてなく、辿り着くべき座標もない。結局のところ迷子なのは、京都に居た頃から変わりはない。幽霊の小道を使って自由自在に花迷宮を行き来しても、気持ちが迷子だ。

 どこに行っても、誰と喋っていても何を食べていても、その度に笑ってその度に泣いても――まだひとりぼっちなのには変わらないのだろう。

「……誰かに分かって欲しいわけじゃないんだけれどにゃー」

 こうして一人、膝を引き寄せて子猫の体温を感じている。

 泣きたいわけではないのだ。

 ましてや、寂しいわけでもない。

 ただ、認められないことに喚いて、諦め切れないことに縋って、それで何が待っていても我慢するつもりだった。少なくとも東京に居る間は、誰かとの不和を生まないでおこうと、そう誓えただけの決心はこうも簡単に揺らいでしまうとは。

 元々、決意なんてものは似合わないのかもしれない。自分で決めたつもりでも、その意思決定までには数多の人の介入があった。

 赤緒もそうなら、南もエルニィも、ルイにさつき、メルJだって。だと言うのに、自分一人で決めたつもりになってその上でただただワガママを貫き通そうとして失敗して。

「……やっぱり、置いていくしかないのかな……」

 子猫を元の植え込みに戻すことは簡単だ。しかし、それでいいのだろうか。自分の感情に蓋をして、それで誰かとの緩衝を生まないように賢しく、ある意味では賢明に生きていくのがここに居る「三宮金枝」と言う名の自己なのだろうか。

「……けれど、赤緒さんに迷惑はかけられないから……ごめんね……」

 子猫に何度も謝る。

 自分が至らないせいで、身に余る希望を見せてしまってごめん。

 ただのお調子者の言動で、何でもやってみせると豪語してごめん、と。

 せめてもう一度、子猫の体温を感じようとしてその背中をゆったりと撫でる。少し湿った皮膚と安心し切ったようなあたたかさ。天使の羽根を思わせる模様をさする。

 それに相反するように、自分の手は冷たい。氷のようだ。

「見つけた!」

 不意に声が投げられて金枝は身を縮こまらせる。

 そこには――赤緒とどうしてなのだか同行しているのは。

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