JINKI 337 スキャンダル・ハリケーン

「……柊さん、私の顔に何か……?」

「あっ……いえっ……! そのぉー、瑠璃垣さん……って、お家ではどんな感じなんでしょう?」

 話題を逸らそうとした自分になずなは呆れ返った様子でぼやく。

「……どう、って……。ワガママ放題ですよ。セリ……弟も居るのですが、シオンは普段は酒浸りで……ようやく仕事を見つけたと思ったら、まさかあんなおじいちゃんの番台さんとなんて……」

「……お姉さんとしては心配……ですよね?」

「あっ、当たり前ですよ……! 第一、よくないって言うか、不健全じゃないですかぁ……! どれだけシオンが一人前を気取ったって、駄目なものは駄目なんです!」

 何だかその物言いはエルニィたちを普段気遣っている自分に近くて、赤緒は思わず頬を緩める。

「……そっかぁ……心配するのって普通なんだ……」

「あっ……ミラーハウスに入りましたね……」

 さすがに施設に入ると鉢合わせした時が怖いのでなずなは出口に回り込んで出て来るのを待つ。赤緒もそれに続きながら、そう言えばエルニィと両兵はどうしているのだろう、と手渡された携帯電話でコールする。

「立花さん。今どこですか?」

『あれ? 赤緒……って、そうだ。携帯渡したんだった』

『柊か? 今、どこだ?』

「それはこっちの台詞ですよ。……何だか通話口でざわざわしてる……?」

『ジェットコースターは現在、三十分待ちでーす!』

 漏れ聞こえてきたアナウンスに通話先のエルニィが誤魔化す声を発する。

『わ、わぁーっ! 何だか大変なことになっちゃったぞぅ……!』

「……立花さん? もしかして小河原さんと一緒にジェットコースターに乗ろうとしてません?」

『し、してないしてない! 神に誓って!』

『おい、立花。ここのジェットコースター、三回転ひねりがあるんだと。久しぶりに日本の遊園地に来てみりゃ、なかなか面白そうじゃねぇの』

『両兵、しーっ! ……あ、あのね? 赤緒……』

 自分たちが必死にシオンを追跡していると言うのに遊びとはと赤緒の中でふつふつと怒りが湧いてくる。

「……もうっ! 瑠璃垣さんが心配なんじゃなかったんですか!」

『だ、だってぇー……遊園地来たのに何も乗らないの損じゃん……。せっかく安くない入場料払ってるんだからさ』

「こっちだって入場料払ってまで追いかけて来てるんですから! 何で立花さんだけいい目を見て……こほん。違って……! 遊んでるんですか!」

『……今、いい目を見て、とか言った? ……でもさー、遊園地でばったりが一番まずいわけでしょ? じゃあ各々の配置をしたほうが賢明だと思うなぁ』

『何だ、柊も来たけりゃ来いよ。ここのジェットコースター……それなりに骨がありそうだぜ?』

「……立花さんも小河原さんも……元々は瑠璃垣さんが心配だから来てるってこと忘れてません……?」

『わ、忘れてないよ……! 忘れるわけないじゃん! ねー、両兵!』

『……うん、チュロスっつーのか、これ? 美味いもんだな』

 どうやらジェットコースターに乗るのに留まらず、チュロスまで買い食いしているらしい。これではデートをしているのはエルニィと両兵のほうではないか、と赤緒は苛立って来る。

「……分かりましたっ! もうっ、勝手にしてくださいっ!」

『あっ、赤緒ー! そんなに怒んないでよ……。ジェットコースターに乗るだけだからさ? ほら、その後はお互いに交代してもいいし!』

 その提案が魅力的に映ってしまうのは我ながら情けない。こうして逡巡してしまう時点で、何だか目の前の出来事を大して重要に思っていない証明のようであった。

「……分かりましたよ。ジェットコースターだけですからね」

『サンキュー。……けれどさ、そっちの様子はどうなの? 瑠璃垣なずなと一緒なんだよね?』

「え、ええ、まぁ……」

『うーん……正直さ、ボクは瑠璃垣なずなを信用してないの。何でだか分かる?』

「い、いえ……? いいお姉さんじゃないですか」

『うぅーん……そりゃーそうか。ホントのこと知らないんだもんなぁ。まぁ、けれど一つ忠告。あんまし気を許さないほうがいいよ』

 それっきりぷっつりと通話が切れてしまったので赤緒は首を傾げるばかりであった。

「……何なのかな……立花さん。あんまり人を疑うタイプじゃないのに……」

「柊さん。出てきたみたいです」

 なずなが手招きし、手持ちの双眼鏡でミラーハウスから出てきたところのシオンと番台を見据える。

「ちょっと貸してください。……うーん、どっからどう見ても……」

「親子レベルに年が離れていますよね……? いえ、もしかして孫レベルかも……?」

 赤緒はなずなに関してもそうならば、シオンに関してもさほど詳しいわけでもないし、その上で疑うなんてどだい無理な話だ。しかし、エルニィにとってなずなは警戒の対象でシオンは職場の友人なのはどうしたことなのだろう。

「その……瑠璃垣さんは……職場のことを言ったりしてましたか?」

「職場の……ああ、そう言えば。立花さんとの銭湯での業務は……楽しいと言っていたような気がします」

 その返答は少しだけ意外で赤緒は面食らう。

「……楽しい……ですか」

「ええ。……私が言うのも何ですが、あんまり楽しいだとか嬉しいって言わないタイプなんですよね、シオンは。だって言うのに、アルバイトはつまらないものではないって言っていて……よほど性に合っているのか、それともって感じなんですが……」

「……なずな先生は、瑠璃垣さんのこと、大事なんですね」

 そう言ってやるとなずなは頬を掻いて首を傾げる。

「……そう、なんですかねぇ……? 私自身も分からないんです。だって……姉妹って言ったって最近までは……まぁ、言うものでもないですけれど」

 何か肉親でしか分からない問題でもあったのだろうか。神妙そうに呻るなずなを他所にシオンと番台が次に選んだのはお化け屋敷であった。

「……あっ、お化け屋敷のほうに行っちゃいますよ。……番台のおじいちゃん、大丈夫なんですかね……?」

 心臓とか、と言外に付け加えるとなずなもそれには同意見のようでよしと意気込む。

「……せっかくですし、入って追跡しましょうか。だって、お化け屋敷って言うと……男女がこう……くんずほぐれつの……」

 赤緒も思わず想像してしまう。

 もし――両兵と一緒にお化け屋敷に入ったとすれば――。手を握ってもらうか、それとも驚いた振りをして抱き付くか。そうなってしまえば、少しは関係性が発展することも――そんな不埒な考えが浮かび、ぶんぶんと首を振る。

「い、行きましょう! 追いかけないと!」

「ですね。追跡……です!」

 入るなりひゅーどろどろと雰囲気たっぷりのお化け屋敷の中で受付から渡された懐中電灯を二人で一つ、なずなが握り締めている。

 その手元がぷるぷると震えているので、赤緒はそれとなく尋ねていた。

「その……なずな先生。もしかして、お化けとか苦手……」

「そ、そんなわけないじゃないですか! 大人ですよ……!」

 しかし、その声は怯え切っている。まさか互いにお化け屋敷が苦手なまま、突入するなんて思いも寄らない。

 直後に障子が破れて無数の真っ白な腕が突き出て来て、赤緒となずなは悲鳴を上げて尻餅をつく。

「び……びっくりしたぁ……って、あれ? なずな先生! 瑠璃垣さんと番台のおじいちゃん、見失っちゃいましたよ!」

「ま、待ってください……腰が抜けちゃって……。メガネメガネ……」

 二人して腰を抜かしたまま、なずなはさらに眼鏡を落としたらしく床を手で探っている。

「ど、どうするんですかぁー! このままじゃ、逃げ切られちゃう……!」

 お化け屋敷の暗がりで叫んでも、赤緒の声は残響していくばかり。

 見渡せば、シオンと番台の姿は完全に消え去っていた。

「――……ようやっと撒いたか」

 ようやく深呼吸したシオンは遊園地の一際高い丘から見下ろす。手を差し出し、足腰の弱い番台を補助する。

「すまないねぇ、シオンちゃん」

「別にええ。デートなんやろ」

 お化け屋敷からショートカットして訪れた丘の上にあるベンチにどかっと座り込むと番台もその隣にちょこんと座る。

「……今日は楽しかったよ。追いかけられるのも悪くないしねぇ」

「……なぁ、ジィさん。ホンマにこんなんでよかったんか? だって、元々は……」

「いーの、こういうので。たまには若い子と外に出てみるのもねぇ」

 買い付けておいたペットボトルのお茶を差し出す。シオンはと言うと缶コーヒーに口を付ける。

「……わしが家族の代わりになれるとは思わんがなぁ。所詮、代わりは代わりやし、代役っつーもんを務められたかは不安やし」

「いーんだってば。シオンちゃんが普段は頑張り屋さんなのは知っているし……こんな老人のお願いを聞いてくれるんだもの。根は優しいんだよね」

「ケッ。根が優しい人間がおんぼろ銭湯なんかで働くかいな」

 コーヒーを味わいながら、シオンはこのドタバタデートの発端を思い返していた。

「――にしてもヒマやのぅ……」

 平日の真っ昼間の銭湯はほとんど客なんて来ない。仕方なく浴室の掃除をしていると、番台の老人から声をかけられる。

「仕事にも精が出るねぇ、シオンちゃん」

「何や、ジィさん。わしは一応、仕事中……」

「分かってるって。ちゃんと給料は発生してるから。……シオンちゃん、ちょっといいかな?」

「日給下げるとかは聞かへんぞ?」

「下げるどころか上げる話だって。……わしもね、この銭湯を引き継いでから長いけれど……シオンちゃんって多分、わしの孫と同い年くらいなんだよね」

「ほぉー、それはけったいなこともあるもんやな。孫同然の人間をアルバイトに雇っとる言うんは」

「うん、だからさ。ちょっとしたお願い。わし、孫とは一度しか会ったことがなくってね」

 その言葉にシオンは胡乱そうにする。

「……それは変なんと違うんか? 孫、言うんやったら、相当遠い場所に住んどらん限り……」

「いやー、なかなか娘夫婦は会わせてくれないの。そんなこんなしているうちに、孫は多分シオンちゃんと同い年。老い先短いからね。もう一回会いたいけれど、多分無理なんだろうなぁって思うわけ」

 身の上話を聞かされるのはそういえば初めてであった。自分自身、この世に再誕してさほど時間が経ったわけでもない。誰かの事情なんて知る由もないと言うのが本音だ。

「……老い先短い言うんは、そりゃー同情もするが……」

「だから、シオンちゃんにお願いしたいんだよね。もう孫には会えそうにないしさ。一日だけ、孫になってくれない?」

 その提案にはシオン自身、目を見開いて硬直する。

「わしが……ジィさんの孫? それはその……変なんと違うんか? だって実際の孫は居るんやろ?」

「まぁ、居るって言っても十五年以上連絡取っていないしねぇ。ほとんど他人みたいなもんさ。それなら、シオンちゃんに、と思ってねぇ」

「……わしに休日返上でジィさんの相手しろ言うんか?」

「もちろん、お金は出すし、シオンちゃんが嫌なら無理強いはしないよ。ただまぁ……老い先短いなりに銭湯をやっている老人の、ささやかなお願いだと思ってくれれば」

 そう言われると断るのも気が引けて、シオンはぶつくさ文句を垂れる。

「……そんなんでええんか? ジィさん、わしなんかと一緒に出掛けたってむなしいだけやろ」

「かもしれない。けれど、そうじゃないかもしれない」

「……何や、それ。禅問答か?」

「遊園地に行ってみようよ。わし、孫と一回も行ったことないの」

「勝手に決めんなや……と言いたいところやけれど、何や憐れになって来たな。……一回だけやぞ?」

「もちろん。よろしくねー」

 手を振って戻っていく番台の背中を見送りつつ、シオンは呟く。

「……家族、ねぇ……」

 それは多分、自分にとってしてみても縁遠い言葉だろう。金剛グループの生体兵器として造られ、今もまたドクターオーバーの手中で新たな企みの只中にある。

 それでも――世の人々は、日常を謳歌する者たちにとっては、決して途切れることのない、言葉そのものなのだろうから。

「――ねぇ、シオン……。キミ、あのさ、先週の日曜日……」

「何や。はよ仕事に集中せい」

 エルニィは何かを言い損なったようにむずむずしたかと思うと、不承気に仕事に戻っていく。

 シオンはと言えば風呂桶を磨き、水垢を擦り落としていく。

「あっ、シオンちゃん。何か荷物が届いていたよ」

 番台の声に、ああ、とシオンは応じる。

「ちょうど届いたみたいやな。ほら、これ」

「これ……電話かい?」

 郵便で注文していたのは最新型の電話機で、レトロ風味なものばかり並んでいるこの銭湯では少しばかり珍しい。

「電話番号登録できるんやと。……ジィさん、孫の電話番号くらいは知っとるんやろ?」

「それは……」

「やっぱりな、直接話せるんなら話したほうがええ。一生会えんなんて悲観するもんやないで。所詮、わしは孫の代わりにジィさんとデートしただけやからな。……今度はちゃんと示し合せて、孫と一日、どこへなりと出かけてみぃや」

「けれどこれ……高かったんじゃないの?」

「なに、ちゃんと自分の財布から金は出したで? 特別支給があったさかい」

 番台が何かを言おうとして、彷徨った末に取り下げたのをシオンは背中で感じ取っていた。

「……シオンちゃん。ありがとう」

「何のことやか。わしは仕事に戻らせてもらうわ。……講釈垂れるつもりはないけれどな。血の繋がった家族が居るんなら、代わりなんて求めたってしゃーないで」

 片手をひらひらと振る。今は無言がありがたい。余計な言葉や、それに付随する感傷なんて自分のような身分にはらしくないからだ。

「あれ? シオン、どうしたの?」

「どうしたって、何や」

「いや……ちょっと嬉しそうだったからさ」

 その段になって、シオンは己の胸の内に湧いた感情を自問する。

「……わしが……嬉しそう、やと?」

「えっ、気のせいだった? ふぅーん。シオンも何だかんだ、顔に出るもんだねぇ」

 デッキブラシを走らせるエルニィが仕事に打ち込む。

 シオンは自らの唇の端に触れながら、その手をぎゅっと拳に変えていた。

「……分かりやすいんはわしも同じやった、言うことか。ほんま、お人好し……。おい、サル顔!」

「あっ、サル顔って言った! まったく! そんなんじゃいつまでも仲良くなれないね!」

「おう、上等じゃ。わしは……別に誰かと仲良しこよしがしたいわけやないからな。けれどまぁ、同じ職場なんや。せめて仕事の邪魔くらいはしてくれるなや」

「こっちの台詞だし! シオンこそ、ぼんやりしてないでよね!」

 エルニィがふんすと鼻息を漏らしてデッキブラシを床にかける。シオンは背を向けてから、フッと笑みを浮かべていた。

「……わしにもできること、あるんかもしれんな。ささやかなもんでも、ちょっとした……。けれど、何や、この何とも言えん感覚は……正直、言葉にならん言うんは……ボッケームカつく!」

 誰かを巻き込んだ激しい竜巻のような胸を掻き毟る感情を前にシオンは荒々しく風呂桶を掃除する。

けれど――そんな身勝手な自分でも、人間関係に良好な変化をもたらすくらいは、できそうな気がした昼下がりだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です